イタリア、ナポリ。人口300万人を擁する南イタリア最大の都市でありナポリ大聖堂やヌォーヴォ城、ヴェスヴィオ火山、ポンペイ遺跡などを要する風光明媚な街。その美しさは「
イタリア人……ひいてはイタリアというイメージの最大公約数的な都市であるとも言われるこの都市だが、近年ではごみ処理場が足りず、街にゴミがあふれるなどの問題も起きており……それらの処理を請け負う事が、近年でのギャングやマフィアの資金源になっているとすら言われている。
とあるゴミ埋め立て地に白いバンタイプの車が入ってきた。ここは違法な埋め立て地であり、ギャングが管理する『有料』ゴミ捨て場だ。警察もわいろを受け取ってこれを黙認しておりつまり、治外法権に近い。
「じゃあ、今日は三体だ。いつも通り、一つ頭2000ユーロ(約20万円)で頼む」
「……聞いてるよ。またかい? 最近頻度が多すぎやしないか?
こっちとしても、アンタが顔を出す度びくびくしちまうよ。ガエターノ」
「そうかい、俺は親しみやすいナイスガイだと思うがな……
『イロ』もつけてある。それであんたの娘さんに流行りの服でも買ってやりな」
ガエターノと呼ばれた男は、このゴミ捨て場の管理人である初老の男に、雑に輪ゴムでまとめられたユーロ紙幣の束を乱雑に数個手渡す。処理費用だ。
「……はぁ、それにしてもなにをどうしたら『こう』なるんだ……?」
バンの荷台に積まれていたのは『死体』だった。しかも、どれも何千年も前のミイラであるかのようにからからに乾いている。正式な遺体袋にすら詰められていない、ただ乱雑に厚手のポリビニル袋に詰められただけのそれらはすでに掘ってあった穴にこれまた適当に投げ込まれ、燃やされたのちゴミで埋められるのだ……
――pipipi
と、その光景を見ていたガエターノのスマートフォンに着信。液晶画面には『Guido Mista』の表示。ガエターノは電話越しというのに、居住まいを直し……乱れたネクタイの位置まで直してその電話に出た。
「はい……ガエターノです。ええ、ええ、標的はちゃあんと処理してますよ。
今その最中です。で、次は……はい……はい……なるほど、はい。わかりました。
さっそく旅行の準備をしたいと思います……楽しい旅になりそうだ」
「次の殺しがもう決まったのかね……なんともまあ」
ゴミ捨て場の管理人は、その会話をぼんやりと聞きながらはぁ、とため息をつく。また、面倒ごとをしょい込まされるのか、とでもいう風に。
「いや、爺さん心配するな……次のターゲットは……生き延びてやがった。
ここから遠い場所でな……『日本』にいる……」
『殺し屋』は新たな獲物に犬歯を見せ、凶悪に笑った。
ところ変わって、東京都府中市、日本中央トレセン学園。
『あれ』から……ライスシャワーはあれほど熱中していたトレーニングを休みがちになった。無理もない。皆を幸せにする、という彼女の夢は――どうしようもない、大きな力の手によって脆くも崩れ去ったのだから。
流石のプロシュートも、彼女にかける言葉が見つからなかった。今や、ライスシャワーはミホノブルボン三冠を阻止した『悪役』だ。彼女を支持する声もあるとはいえ、いいところ賛否両論といった所だろう。
ライスシャワーは――華麗に舞い踊る『お姫様』を演じるつもりが『悪漢』を演じさせられたのだからそのショックは察するに余りある。
「……たった二人の部室だったってのに……だだっ広く感じやがる」
プロシュートは頭の後ろで両手を組んで思案を巡らせた。何とか彼女を、もう一度表舞台に立たせてやりたい。だが、ライスシャワーは折れてしまった。
以前は、彼女の中に『咲きたい』という意思があったが……。しかし、今のライスシャワーはそれすら失ってしまったかのように思えて。諦めていないなら、プロシュートだっていくらでも彼女に付き合う。無謀と笑われようと。何と言われようと。だが、本人が諦めてしまったのでは、無理やりに走らせるのも酷なのではないか……プロシュートもそう考えかけていた。
――こん、こん
と、ブルームスの部室の扉をたたく者があった。
「理事長の秋川だ。入るぞ……」
引き戸がガラガラと引かれ、入ってきたのはトレセン学園理事長秋川やよい。
「理事長さんか……で、今日は何の用で?」
「困惑ッ……プロシュートトレーナー……
わたしは、正直どう切り出したものかと悩んでいる。
だが、私の口から言わねばならない事だ」
「…………」
プロシュートの座るトレーナ机の前に立った秋川は頭を抱えながら言葉を選んでいるようだった。帽子の上に乗った猫が、その様子に心配げににゃあと鳴き、30秒ほど無言の状態が場を支配したところで……
「……君はやはりトレーナーではないのだな?」
秋川は絞り出すように、プロシュートの眼を見ながら言葉を吐いた。
「調査ッ……イタリアの
すると、君とよく似た経歴の一人の人物が浮かび上がる。名をニッコロ・ベラルディ――
サンシーロトレセン学園所属の新人トレーナー候補で、交通事故に巻き込まれ死亡した……はずの人物だ」
「はず、とは……?」
プロシュートは特段の動揺を見せず、寧ろ退屈そうに秋川の話に耳を傾ける。
「……イタリア政府の住基データが改変され、消されていたのだ。
はじめからニッコロ・ベラルディという人物などいなかったように、あらかたきれいさっぱり。
そして、その空白に入り込むように……プロシュートという人物が『後付け』されている」
「真実ッ……最近、イタリア国内で話題になっている『人』を『密入国』させる組織は、
税関や政府内部のデータまで改ざんしていたという。ハッキリいおう、君の『正体』は……
もうバレているのだ……プロシュートトレーナー……君は『ギャングの殺し屋』だった。違うかね」
どこか苦しげに語る秋川の手前、プロシュートはふーとタバコでも吹かしているかのようにため息をつき、なんのこともなげに、言い放った。
「……そうだな。その通りだ。俺も寧ろ、ここまで長々とバレなかったことに驚いてるよ」
「………………」
場を重苦しい雰囲気が支配する。
「……君をイタリア本国に送り返す。君は『殺人』その他の容疑で『法の裁き』を受けるだろう。
ライスシャワー……君の担当ウマ娘には、別の人物をトレーナーとして用意する」
帽子で顔が見えなくなった秋川は、泣いていた。
本来ならこんなことはしたくなかった。プロシュートとライスシャワーは、沖野の報告では固い信頼関係で結ばれており、現状悪役扱いされている彼女にとって、
一番必要な理解者であることもわかっていたからだ。
だが、『法』を……一個人に忖度するために捻じ曲げることなど、公人である秋川にはできない。
それから20分も立たずに、手配された日本の警察がプロシュートを拘束した。これからプロシュートは手続きの後、本国に送還される。大人しく裁判を受けられるなどとは思っていない。ギャング組織『パッショーネ』の裏切り者であるプロシュートは十中八九、裁判までに『報復』を受けて『消される』
(ライス……すまねえ……『結局また』、
途中で慕ってくれてるおめえを導けなくなることを許してくれ……)
……ライスシャワーがその話を聞いたのは、それから一時間後だった。
「え、なんで……お兄さまが……イタリアに……」
「プロシュートトレーナーはイタリアで犯した罪を償うために、
イタリアへ帰ることになりました。今後のライスシャワーさんの扱いについては……」
たづなは、まだ事態が呑み込めないという風のライスシャワーを落ち着かせるように興奮させてしまわぬように、辛抱強く、ゆっくりと説明を行った。ただ、子供に言うような嘘は言わない。今後、この件は確実にスキャンダルになる。隠しても意味がないからだ。
「まってください……罪ってどういうことですか……
お兄さまが殺し屋? そんなの、そんなのうそだよ……あんなにやさしいお兄さまが……
たづなさん、うそだよね。からかっているんだよね。ライスやだよ。お兄さまじゃないと、
お兄さまと一緒に、いままでがんばってきたのに……」
「…………」
しかしその取り乱しようは尋常ではない。ライスシャワーはトレーナーに対してかなり依存度の高いウマ娘……それがいきなりトレーナーを取り上げられれば、こうもなろうというもの。
「お兄さまに……お兄さまに会わせてください……どこにいるの、お兄さま……」
「できません……こうなった以上は、もう……」
「やだやだやだやだ……!!!! お兄さまは、ライスとずっと一緒なんだッ!!!!
こんなだめなライスをはじめて信頼してくれた、ライスのお兄さまと一緒にトゥインクルシリーズを走るんだッ……!!!」
そう言って、ライスシャワーはたづなを突き飛ばし、どこかへと走り去っていった。
「ラ、ライスシャワーさん……!」
ライスシャワーは靴を履くことも忘れて、はだしのまま駆ける。そのまま、寮を飛び出し、廊下を駆け、学園の校門を駆け抜けようとした――
「待った……」
そこで待っていたのは、秋川そして沖野であった。ライスシャワーは身構えをして立ち止まる。取り押さえる気ならウマ娘の力を使ってでも――彼女がそう決めたとき、沖野はランニングシューズを差し出した。
「はだしのまんまじゃ、足が痛んじまうからな……」
「え……」
「空輸ッ……プロシュートトレーナーは……羽田からあと数時間でイタリアに出発する。
すでに内々で検挙や書類の準備がすすんでいたからな。そして私は……ここにはいなかった。
沖野もだ。君の姿は誰にも見られていない……わかるね?」
秋川は、手短にただそういうと、踵を返して沖野と共に学園内に戻っていく。
「……ありがとう、ございます」
その後姿に、礼をしてからライスシャワーは再び走り出した。お兄さまのもとへ向けて。自分を信頼してくれた。自分が最も信頼する、人物のもとへ。
……羽田国際空港。21:13分。
警察の護送車が小型のチャーター便の近くに止まり、警護の警官2名が後部囚人スペースに手錠を駆けられ乗せられていたプロシュートを下ろす。
「歩いて」
「……………」
プロシュートは素直に警官の指示に従いチャーター便へと乗り込もうとした。しかしここで、妙なことに気づく。さすがに添乗員などは望むべくもないが、この近辺で『作業』を行っている者がいないのだ。出発直前の機体とはいえ、多少なり人員がいてもおかしくないのに……
「あ……!!!!」
と、プロシュートの隣に付き従っていた警官が、唐突に声を上げ、倒れた。
「え?」
もう一人の警官は、何が起こったのかと倒れた同僚を確認しようとするが……どさり、とその体の上に追加で倒れ込み、パクパクと痙攣しながら喉元をかきむしる……
「…………ッ!?」
プロシュートは、その姿に目を見張った。『ボルト』――ボウガンで使われる矢弾が、過たず二人の警官の喉を貫いていた。しかし奇妙なのは、そこから一切の出血などがなく……代わりに水筒を倒したかのように『水』らしき液体が漏れ出していることッ! しかも、急速に警官たちは『ひからびていく』ッ!
(スタンド攻撃……!?)
プロシュートは、とっさに出てきたばかりの護送車の影に身を隠した。
――ギャリッ!!!
小石を跳ね飛ばしながら、矢弾がプロシュートの近くのコンクリート床に突き刺さる。それには矢文めいて紙が縫い止められており――
『FAIR PLAY』という文言が、新聞の切り抜きを使って描かれていた。
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