あれから……ライスシャワーはあの時の奇妙な感覚がどうにも忘れられず、
お礼を言いそびれ続けていたこともあって『あの人』を探し回った。
――正直言って、素性はすぐに分かった。
彼の名前はプロシュート。イタリア出身の新人トレーナーで、
トレセン学園、ひいては日本に来てまだ日がほとんど経っていない。
来日前には大事故に巻き込まれ、一時は留学断念寸前だったとか。
しかし、それ以上の事を聞こうとすると
誰も話したがらないし、彼に関わりたがらない。
そもそもトレーナーは自分のチームを持ち数人のウマ娘に専属で着くケースが大半だが、彼はまだウマ娘をスカウトするどころか、自前のチームすら作っていないというのだ。
……とあるトレーナーなどは、彼の名前を出しただけで『忙しいから』といって露骨に逃げていった。たしかに、一目見ただけで一種近寄りがたい独自の雰囲気があるのは理解できる。しかし、あれだけ避けられるには何か理由があるはずだ。
ライスシャワーはまるで、危険の匂いにおびき寄せられるような――
ある種の怖いもの見たさに突き動かされていたのかもしれない。
(噂によると、プロシュートトレーナーはだいたい屋上で時間潰してるって……)
普段、生徒の大半が入ることのない屋上。
そこに通じる階段は大抵、生徒会によって管理されていて鍵が掛けられているものだが……
「開いてる……」
大抵彼がいるという屋上エリアにつながるドアは、カギが開いており
『生徒は許可なく立ち入り禁止』というドアノブにかかった札が空しく風に揺れていた。
恐らく、立ち入れば軽い校則違反にあたるのだろうが……ライスシャワーはしばらくその札を見つめたのち、意を決して屋上への階段に歩を進めた。
「………………」
初めて屋上に足を踏み入れたライスシャワー。
地面から何階か上にあるというだけなのに、快晴の大空はいつもより広く見えてまるで逆さまに吸い込まれてしまいそうだったが――
「……あの、プロシュートトレーナー、ですね?」
ライスシャワーの視線の先に彼はいた。
気だるげに壁にもたれかかった彼の足元には、校則でトレーナーにも禁止されているタバコの吸い殻がいくつか転がっていた。
「Chi?」
声をかけられた彼は、外国語……
おそらくなんだ? とか誰だ? とかそんなことを、
言ったのだとなんとなくわかった。
「スイマセン、ニホンゴ、デキナイ、ワカラナイ」
それから心底嫌そうにカタコトの日本語でそう話したが……
「……う、嘘を言わないでください。この前、ライスを助けてくれた時、
と、トレーナーは話していましたよね。日本語……」
そう、ライスシャワーの記憶に焼き付いたこの前のふしぎな体験。
その時、プロシュートはたしかに流ちょうな日本語を操っていた。
「こいつはミスったな、俺もあの時は多少は慌てていたってコトか……」
ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべたプロシュート。
その口からはライスシャワーの指摘通り、ネイティヴとさほどかわりない日本語が飛び出した。
「ああ、お嬢ちゃんの言う通りだ。喋れるよ。
……めんどくさいんで、このことは周りには秘密にしてくれや」
悪びれることもなく、ごまかすでもなく、むしろ傲慢なまでにライスシャワーに言い放つ。
プロシュートは、あえて日本語をしゃべることができることを黙って
周りとの付き合いを自分から絶っていたのだ。
「ま、たづなさんじゃなくてよかったぜ。
タバコは……持ってそうにねえな。お嬢ちゃんは真面目そうだしよ」
ぼやきながらプロシュートはどこかに去っていこうとする。
さすがに、生徒の前でダベリ続けるという気にもならなかったのだろう。
ライスシャワーは慌てて、その背後から声をかけた。
「ま、待ってください。あ、あの、この前は有難うございました……!」
その声には、プロシュートは特段何も反応を示さなかったが……
「それと……それと……!」
「ライスのトレーナーになってもらえませんか!? プロシュートさん!!!」
次に、ライスシャワーの口から出た言葉にはさすがのプロシュートも足を止めざるを得なかった。
逆スカウト――ごくまれにウマ娘側からトレーナーに対して指名してスカウト依頼が入ることがあるというが。
「何だって?」
振り返り、ライスシャワーの眼を見る。
その眼には、怯えがあったが、自棄を起こして暴発したという風でも、
質の悪い冗談でもなかった。ライスシャワーにいかな考えがあるのかはわからない。
しかし、不退転の……真剣な眼光で、真っ青なプロシュートの瞳を見つめ返していたのだから。
「……ライスの、トレーナーになってほしいんです。お願いします……!」
頭を下げ、もう一度トレーナーになってほしいと繰り返す。
その声色も必死な物で、本当に本心からプロシュートにトレーナーになってほしいのだという事は感じ取れた。
「ヤだね……まっぴらだ」
だが、少女の必死な言葉に帰ってきたのはそれを真っ向から打ち砕く、無慈悲な言葉。
ウマ娘の鋭敏な聴覚はその言葉を一言一句逃さず拾い、ライスシャワーの顔を絶望で染めた。
「俺はな、好き好んで日本に来たわけじゃあないんだ。
もっと言えば、『スポーツ』だとか『ウマ娘』なんかについてもド素人だよ」
その辺、なんとなくお嬢ちゃんもワカってたんじゃないのかい。
と声をかけながらプロシュートは、ライスシャワーの隣を通り過ぎ。
「やむに已まれぬ事情ってヤツさ。
だから悪いな。そもそもが、あまり俺に関わらん方がいい」
「諦めてくれ」
その言葉を残してプロシュートは何処かへと消えて。
「あ……あ……あああ……!」
その場には、ライスシャワーだけが残り、
ぽた、ぽたと落ちる涙がコンクリートにしみこんで消えていった。
「――消灯時間まであと15分です。ウマ娘・職員はすみやかに寮に戻ってください」
それから6時間後。既にとっぷりと夜闇があたりを覆い隠し、
ライトで照らされた練習用ターフには、もはやだれもいない、かに思われた。
「はっ……はっ……」
いや、まだ一人。時間ギリギリまで居残って練習するウマ娘の姿。
小柄な黒毛。ライスシャワーだ。
(だめだ……こんなんじゃ……もっと、もっとライス、頑張らなきゃ……!)
自分を追い込むため、ぎりぎりまで走りこむ――
というよりは、立ち止まってしまえば不安と恐怖に追いつかれて、
押しつぶされてしまいそうな錯覚が、彼女の足を止めさせないのだ。
「ふーっ……ふーっ……まだ、あと1本だけ……!」
ベンチに置いたタオルで汗をぬぐい、最後にダッシュ一本、というところで、
ライスシャワーは誰かが自分を見ていることに気づく。
「あ……」
そしてライスシャワーはライトの光の下にたたずむプロシュートの姿を見つける。
相変わらず仏頂面で、不機嫌と尊大が入り混じったような顔をしていた彼に見られているという事実に気まずくなり、走り出すライスシャワーであったが……
「……待ちな」
その背後から声が追いかけてきた。
当然、プロシュートの声だ。
「一つだけ気になることがあるんだが、おまえ、
なんでオレを『トレーナー』にしたいと思ったんだ?」
「それは……」
足を止め、不安げに振り返りながら言葉を吐き出すライスシャワー。
「あなたがッ……ライスが知らない世界を知っている人間だと思ったから……」
表情を変えることなく、言葉を受け止めるプロシュートに対して、
ライスシャワーはそれから、一人、吐露するように言葉を紡ぎ始める。
「ライスは昔から自分が嫌いでした。
人とうまくお喋りできなくて、どんくさくて、ダメな子で……
一緒にいる人を不幸にしちゃう……」
「だから何度も変わろうとしました。何度も、何度も……!
でもダメだった……私だって変わりたい! でも自分だけじゃあ無理だったんです!」
「だからッ! 私の知らない事を知っているはずのあなたなら、
わたしを変えてくれるかもってッ――」
その時、ライスシャワーの体がぐい、と前に引っ張られた。
いや、いつの間にか目の前に来ていたプロシュートにジャージの襟首をつかまれたのだ。
「甘ったれんじゃあねーぞ……
今までライスシャワーが曝されたことのない、鋭いナイフような言葉。
プロシュートは、彼女の態度に対して明確に怒気を放っていた。
「変わりたい、そりゃ結構なことだ。尊敬するよ。
お前が何度失敗したかなんて知らねえし、もしかしなくとも俺の言葉は無責任で無理解だろう」
「だがッ! テメーの言ってることは自分の『覚悟』を他人任せにすることだッ!
自分自身のかじ取りを放棄し、『運命の奴隷』に成り下がることだッ!
それ以上、自分で自分を辱めんじゃあねェッ!!!」
ライスシャワーは、衝撃を受けた。
その言葉に。その真剣さに。昼に自分に対して冷たい言葉を投げかけたはずの男の、
胸の奥の潜む激情に。そして、返す言葉もなかった。
「…………うっ、くっ……ぅう……!」
悔し涙を流しながら、その場に座り込む。
なぜ私は自分を信じられなくなった? いつのまに、こんなことになった?
変わろうと思う事さえ、他人にゆだねるようになったのか? 情けなくて、仕方がなかった。
「ひっ……ぐ、うううぅ……!!!」
「おまえ、自分を信じてえんだろ……
ワカるさ。こんな時間までトレーニングしてるんだからな」
そして次に投げかけられた言葉。
その通りだった。ライスシャワーは自分の事が嫌いだ。
今の自分が大嫌いだ。だが、あきらめたくはなかった。自分を少しでも信じて、
すくなくともマイナスからゼロに――歩み出したい。そう、願っていた。
「だが、どうしても自信が持てねえってんなら……
お前の分まで代わりに俺が、お前を信じてやる」
プロシュートは我ながら甘くなったものだと、
内心、自嘲的に笑った。あるいは、かつて面倒を見た子分と同じ――
『覚悟』を彼女の中に見出したのか。プロシュート自身にも、それはわからなかった。
「え……?」
「おめーのトレーナーになってやるって言ったんだ。
それとも、もうトレーナーはいらねえか?」
ライスシャワーは、瞳を大きく見開き
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を乱雑に、ジャージ袖で拭き、叫んだ。
「……よ゛ろ゛しくお゛ね゛か゛い゛しますッ!!!!」
←To Be Continued
本体名:プロシュート兄貴
スタンド名:ザ・グレイトフル・デッド(偉大なる死)
パワー:B スピード:E 射程距離:列車一本分程度は十分
持続力:A 精密動作性:E 成長性:C
本体名:ライスシャワー
スキル名:ブルーローズチェイサー(青薔薇の追跡者)
スピード:F+ スタミナ:E
パワー:F 根性:G+ 賢さ:F