ライスの奇妙な兄貴   作:むうん

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第3話『ライスシャワーというウマ娘』その1

あれから1週間――。

 

ライスシャワーは今まで以上にトレーニングに熱中していた。

小柄な黒毛がターフを駆け抜け、ゴール板を横切ると同時に

プロシュートは手元のストップウォッチを見やる。

 

メイクデビュー前のウマ娘にしては、それなりのタイムだ。

 

無論、トレーナーとなったプロシュートも、

付け焼き刃ではあるが午前中のウマ娘たちが座学している時間帯を利用し、

己のデスクでウマ娘やスポーツトレーニング関係の書籍をひたすらに読みふけっている。やると決めたらやる、プロシュートはそういう男であったが……

 

「おたくさんのところのライスシャワーちゃん、

 だいぶ良くなってきたじゃない。トモなんて結構今年の新人じゃいいとこいってるよ?」

 

なにかとプロシュートを気にかけていたチームスピカの沖野トレーナーの助力も大きかった。

今、プロシュートの机に積み上がっている『ウマ娘身体概論』『運動トレーナー入門』『やさしいスポーツ医学』といった本はほぼすべて、沖野トレーナーから勧められたものだし、スピカメンバーの指導の合間を縫ってごく簡単ではあるが、ライスシャワーのトレーニングメニューまで組んでくれたのだ。

 

「……らしいな。タイムはあがってる」

 

「にしても、水臭いじゃあないの。なんで日本語喋れること黙ってたワケ?

 新人さんに冷たくされて寂しくて泣いちゃうよォ、俺ぁ……」

 

冗談めかして、肩を組もうとする沖野だがプロシュートはそれを避け、

ライスシャワーにクールダウンを指示する。

 

「やーっぱつれないの」

 

「沖野トレーナー、あんたには感謝しているさ。ただ、あんまり同僚同士でベタベタってガラでもないんでな」

 

プロシュートには、どうにも沖野という男が読み切れていなかった。

ただ親切な男であればそれでいいが、どうにもそれ以外の何かを感じるのだ。

だが、それがわからない。現状は助かっているのは確かなのだが……

 

「……まぁ、あんたは……マジで新人って感じだからな。放っておけないのさ」

 

「トレーナー! 一体どこで油を売っているかと思えば!

 まさかトレーニングそのものをすっぽかすだなんて、何を考えておりますの!?」

 

と、そこにやってきたのは貴顕な雰囲気を身にまとった芦毛のウマ娘。

いかにも気位が高そうだが、決して気取らず誇りに満ちたその立ち姿は一目で実力のあるウマ娘で

あることをうかがわせたし、トレーナー業に就いたばかりプロシュートですら彼女――

 

――メジロマックイーンの名は噂に聞き及ぶところであった。

 

「おっと、これは失礼。お嬢ちゃんのところのトレーナーを長く借りすぎちまったか?」

 

「いえ、あなたを責めているわけではございませんの。

 トレーナーも、きっとあなたに良い結果を残してほしいという親心からアドバイスに力が入っているのでしょう。で・す・が!」

 

メジロマックイーンは、沖野トレーナーの耳を引っ張り。

 

「いででで!」

 

「さすがに時間を守らないのは、社会人としてどうかと思いますわ!

 困っている人に手を差し伸べるのはわたくしのトレーナーとして当然の使命!

 しかし、それはそれ、これはこれです!」

 

そのまま、チームスピカの部室までずるずると沖野を引きずっていった……

 

「まったく、騒がしい男だな。ヤツは」

 

「トレーナー!クールダウン終わりました!」

 

それと入れ替わりに、クールダウンを終えたライスシャワーが戻ってくる。

もうすでに、だいぶいい時間だ。周囲のチームはとうに練習を切り上げているものもある。

 

「そうだな、今日はこの辺でアガリでいいだろう」

 

「えっ、そうかな? ライス、まだまだ大丈夫だよ!

 練習できるよ! トレーナーさん!」

 

しかし、ライスシャワーは物足りない様子だ。

実際のところ、この娘のスタミナには同クラスのウマ娘とくらべても目を見張るものがあり、

気性も素直でひたむきだ。こうして、追加練習を自分から申し出ることもこの数日で何度もあった。

 

だが、プロシュートが心配しているのはいわゆる『オーバーワーク』……

過剰な身体への負荷は筋肉や骨格の成長にとって逆効果となるというのは、

特段スポーツに興味がなくても聞き及ぶところだが……

 

「ライス、オメー何を焦ってる?」

 

「えっ……」

 

プロシュートは、ライスシャワーの中に潜む『焦燥』に気づいていた。

そして、その原因についても大体はアタリがつく。

 

「ミホノブルボン、か……?」

 

「……はい」

 

そういって、プロシュートは少し遠くの坂路トレーニング用コースを見やる。

新人ウマ娘であれば一本こなすだけで疲労困憊となるという、強烈な負荷が特徴のコースだ。

 

「ふっ……ふっ……」

 

そして、その坂路コースをまるで往復路のように

何度も何度も間を置かず走り込んでいる、一人のウマ娘……

彼女こそが、今年の新人の中で最も期待を集めている『ミホノブルボン』であった。

素人目に見ても、あきらかにバ体が潰れかねないある種危険なまでの追い込み。しかし、

鬼コーチとして有名な彼女のトレーナーは黙々とそれを指示し、彼女も機械的にその指示に従う。

 

たしかにあの練習量を見れば、ライスシャワーが不安に思うのも無理はない。

 

「……いいか、ライス。俺たちには俺たちの。ミホノブルボンにはミホノブルボンの『道』がある

 それは、将来きっとぶつかるんだろう。トゥインクルシリーズ、クラシック三冠路線って言ったか?」

 

ミホノブルボンは、目標として三冠バ――皐月賞、日本ダービー、菊花賞の制覇を口外してはばからない。それは彼女の幼少期からの夢でもあり、元トレーナーであった彼女の父親の願いでもあるのだという。

 

「……だが、ぶつかるのは今じゃあねえんだ。アセるな、自分を知り、自分にできることをしろ

 俺の見立てじゃあ、お前にはスタミナがある。それはまだミホノブルボンにはない武器だ。

 自分の軸をフラつかせるやつは、肝心なときに踏ん張れず負けるんだ……ワカルか?エ?」

 

「焦らない……焦らない……」

 

ライスシャワーは、自分に言い聞かせるように焦らない、と繰り返す。

 

「休める時には休め。休養も立派なトレーニングの一つだぜ

 ……と、ドシロートの俺に言われんでも、お前ならワカってると思うがね」

 

プロシュートは、ふいにライスシャワーの足元に目を落とし、

既にだいぶ傷んでいるシューズを見つめた。ライスシャワーの練習量だって尋常ではないのだ。

 

「おう、それとだ。週末、少し付き合え」

 

「……え?」

 

……それから時間は流れ。

週末の駅前広場。午前10:42分。ライスシャワーとの待ち合わせの時間……から10分ほど過ぎて。

 

「と、トレーナーさん!」

 

丁度腕時計を確認していたプロシュートに、ライスシャワーの声がかかる。

私服のライスシャワーはシックなベージュの装いで、いかにも彼女の趣味が現れている。

 

「ごめんなさい! 何度も赤信号につかまって、ちょっと遅れちゃった……」

 

ライスシャワーは真面目な気性のウマ娘だが、どうにも間が悪いところがある。

それを言うと、周りを不幸にしてしまうと気にしだしてしまうのでプロシュートは

特に何か言おうとも思わなかったが。

 

「いや、オレが言い出したことだからな。

 週末少し付き合わねえかってのは……」

 

「……ううん、大丈夫だよ。でも、今日は一体……?」

 

そういえば、ライスシャワーには今日の外出の目的を伝えてなかったな、とプロシュートは思い当たる。

 

「ライス、おめーシューズまわりは何使ってる?」

 

「え? えーと、学園から支給されてる中距離用シューズの8号と……

 蹄鉄は普通の極軟鋼かな……?」

 

シューズと蹄鉄はウマ娘の強靭な脚力から来る衝撃から足首や膝関節を保護し、負荷を軽減する重要なアイテムだ。人間の陸上選手がシューズにこだわるように、ウマ娘も当然シューズにはこだわりを持つ者も多く、実力のあるウマ娘ともなれば企業からスポンサードを受けワンオフの『特別モデル』を作ってもらったりすることもある。

 

「……フゥーム、なんでも沖野の言うところじゃ、

 シューズがおまえにあってないかもしれんらしい。今日は、ひとつ新しいのを買いに行くぞ」

 

今のトレーニングシューズはだいぶ損耗している。買い替えにもいいころだろうし、

このところのライスシャワーはかなり根を詰めてトレーニングに熱中していた。休養と気分転換がてら、プロシュートは彼女を外に連れ出してみようと思ったのだ。

 

「おめーのトレーニングはかなりハードってことはワカったからな。

 余計なお世話かもしれんが、今日は俺が飯をおごってやる。」

 

「え、い、いいの……そんな……悪いよ……?」

 

「軽い親睦会だと思ってくれりゃあいい。

 『これが友情の始まり』ってやつだ。

 駅前のデパートでいいな?」

 

ライスシャワーはおずおずと聞いたが、

既にプロシュートは有無を言わさずデパートへ向けて歩き出しており

ライスシャワーは慌てて、それに追随するのだった。

 

「わああっ……世界の絵本展だって!」

 

それから。いくつかのシューズを試し、沖野から借りたシューズのカタログ本も参考に、

トレーニング用品をもろもろ買いそろえたのち、手ごろなレストランを捜してぶらつく2人だったが、ふいにライスシャワーがいつもより一段大きな声をあげた。

 

その視線の先には『世界の絵本展』というデパートの催し。

 

「おめー、絵本が好きなのか?」

 

普段は見せないライスシャワーの様子にプロシュートは声をかける。

 

「あ……うん。ごめんなさい、ちょっと子供っぽいよね……」

 

ライスシャワーは照れ笑いを浮かべながらも、

やはり気になるのかちらちらとそちらの方を伺っている。

 

「いいんじゃあねーか?

 別段、今日は用事もない。少し見ていくか」

 

「え! いいの?」

 

言うが早いが、飛び出すように世界の絵本展の催し会場に入っていき、きょろきょろと楽しそうに

辺りを見回すライスシャワー。その眼はキラキラと輝くようで、よっぽど彼女は絵本が好きらしい。

 

「あったぁ! 『幸せの青いバラ』!」

 

ライスシャワーが最初に手に取ったのは、『幸せの青いバラ』という名の絵本。

そういえば『あの時』も彼女は図書室の児童文学書コーナーでこの本を取ろうとしていたのだったか。

 

「随分と迷いなく手に取ったな。

 そいつがお気に入りなのか?」

 

「えへへ、そうなんだ……この絵本、昔からお気に入りで……」

 

「どういうハナシなんだ?」

 

プロシュートが問うと、ライスシャワーはすこしだけもったいぶって、

こほん、と咳ばらいをすると本の内容をソラで語り始める。

 

「昔あるところに、薔薇でいっぱいの美しい庭園があって、

 そこに来る人みんなを楽しませていました。そしてある時、その庭園に一本の薔薇が咲きます

 青い青い、誰も見たこともないような薔薇が――」

 

「ですが、その青い薔薇を見た人々は、口々に青い薔薇なんて気味が悪い……

 きっと不幸を呼ぶと噂して、青い薔薇に近寄ろうともしません」

 

「そんなとき、一人の青年が現れて、こういいました。

 『やあ、青い薔薇なんて珍しい。きっと幸運の花に違いない。僕が買い取りましょう』」

 

「そうして青い薔薇は、優しい『お兄さま』に買い取られて、窓辺に飾られて……

 その美しさでみんなを幸福にしながら、幸せに暮らしました……めでたしめでたし」

 

ライスシャワーは内容を語り終えると、

興奮したように顔を輝かせ。プロシュートに笑みを向ける。

 

「ライスね、このお話の青い薔薇にあこがれてて……

 読むたびに、私もきれいに咲きたい! みんなを幸せにしたい、ってそう思うの!

 とはいえ、ライスなんかだめだめでまだまだだけど……」

 

へへへ、と鼻の下を擦りながら照れ笑いするライスシャワー。

プロシュートはその様を見ながら、フンと鼻を鳴らし。

 

「そう卑下するモンでもねーだろーがよー……

 お前は十分頑張ってる。それは俺も認めるところだ」

 

実際、ライスシャワーのひたむきさと真面目さは

この一週間で痛いほどわかった。まだ結果が十全に出せているとは言えないし、

現実は無情だ。努力したものすべてが、その通り報われるとは限らない。

 

だが……

 

プロシュートは、この少女を一度面倒を見ると決めたのだ。

ならば、トコトンやる……そう決めていた。

 

「お前が青い薔薇のように咲きたいなら、せめて俺はその『お兄さま』の代わりになってやらなきゃあな」

 

「わ……」

 

その瞬間、ライスシャワーの顔がぱああ、

とほころぶ様に。輝くような表情が浮かんだ。

 

「すごい! ライスに本当にお兄さまができちゃった……!」

 

驚き半分もあるのか、瞳を大きく見開いた彼女は。

 

「これからもよろしくお願いします! お兄さま!」

 

「!」

 

その時プロシュートの脳裏に、かつての弟分の姿がよぎった。

少し頼りない所もあるが、兄貴! と無邪気に声をかけ、己を慕うあの姿は今はもう永久に失われてしまったはずのものだとおもったが。

 

(センチメンタリズムか……らしくもねえな)

 

「どうしたの、お兄さま……?」

 

いつもとは違う様子のプロシュートに、

ライスシャワーはきょとんとした様子だったが、

いや……と一声置き、プロシュートは歩き出し。

 

「そろそろ飯にいくぞ。

 おまえは体が小さいからな。飯を食って体を作らなきゃならねえ」

 

「あ、うん……」

 

そうして、適当なレストランに入って、半刻ほどのち……

 

「人参ハンバーグ特盛に、サービスライス5杯、ミネストローネにサラダ。

 ゼリー。ロールパン5個……その他もろもろ……おめー、見かけによらずめちゃくちゃ食うんだな……」

 

「えへへ……」

 

プロシュートとライスシャワーのついた卓には、

空き皿が山のように積み上げられたのであった。

 

←To Be Continued

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