「ライスよォ……何か思いついたか?」
「う~ん……」
練習後。ベンチに座り、頭を悩ませるプロシュートとライスシャワーの姿があった。ここまで完全に棚上げしていたが、理事長秘書であり、学園やチーム運営にも深く携わる駿川たづなから『チーム登録の期限日が近づいているため登録を行わないと出走自体ができなくなる』という旨を知らされたからだ。
そして、2人に立ちはだかったのは……『チーム名』であった。プロシュートは当初『なんでもいい』と記入して提出したが、たづなにこれを怒られそれがきっかけで、ライスシャワーにもチーム名の件を知られることになったのだが……
「ち、チーム名は重要だよ!
お兄さま! 絶対! 重要! 絶対!」
「……そういうもんなのか?」
妙に凝り性なところのあるライスシャワーは、チーム名の命名に関してそう言って譲らず、ああでもない、こうでもないと考え始めたのだ。しかし、これでライスシャワーの士気があがるのであれば考えてやるのもやぶさかではないだろう、最初こそ、プロシュートもそう思ったもののいざ考え始めてみると何も思い浮かばない。
(俺が元いたチームですら、『暗殺チーム』だもんな……
よく考えたら、まともな名前ですらねえ……)
最初からほぼ、頼みの綱はライスシャワーだったのだが、むしろその彼女も迷っているようで。
「ウララちゃんに相談したら、ねぼけながら『にんじんぷりん』……って言ってたの
でも、『にんじんぷりん』ってチーム名は……うーん……」
「さすがに俺たちの柄じゃあねえな。『にんじんぷりん』は……」
このままだと、どんな名前を付けられるかわかったモノではない。プロシュートは、少し悩んだのちなんとか助け舟を出した。
「おう、そういえばよ……オメーの良く読んでるあの絵本
『幸せの青いバラ』っていったか? あれからとったらどうだ?」
「あ!」
ライスシャワーは、たしかにという風に手をポンと打った。そして、それから少しだけ考えて……
「『ブルーローズ』……っていうのも考えたけど、そのまますぎるから……
『ブルームス』はどうかな? お兄さまに見出されて、みんなを幸せにした青い薔薇みたいに、
才能が開花するみたいな感じをイメージしたの」
ブルームス、たしかにいい名前かもしれない。今のライスシャワーはまさに才能のつぼみなのだから。
「なるほどな……では、それで登録しておくとするか。ああ、それと……」
登録が終われば、ついにメイクデビューという形になるな……」
「…………!」
実際、チーム登録に関する警告をされたのはライスシャワーを新バ戦……いわゆるメイクデビューに登録しようとした際のことであり、時期的に札幌開催のメイクデビューは逃すが、書類が出来上がった以上、次の新潟で開催されるそれに出走することになるだろう。
「それとさらにだ、チーム専用の部室がもらえる事になるそうだ
実質、ライス専用の部室ってコトだな……俺のイタリア時代よりいい生活してやがる。まったく、トレセン学園ってのはカネはあるんだな」
「えっ、ぁ、ああ、そうだね……?」
珍しく冗談めかして、プロシュートがライスシャワーにそう話したが、彼女はどこか上の空のようで、少し遅れてから返事をした。
「……あっ……そろそろ寮に戻らなきゃ、
ヒシアマゾンさんが今日はごちそうだって言ってたんだ。
もうおなかぺこぺこ! お兄さま、また明日ね!」
思い出したように、そしてごまかすように寮へと戻っていくライスの後ろ姿。ライスシャワーは、正直言って考えや心理状態がかなり態度や顔に出るタイプだ。そして、この短い付き合いの中でプロシュートもそれを理解し始めていた。
「………………」
(こりゃあ、一波乱あるかもしれんな……)
プロシュートはやれやれと頭の後ろを掻きながら、一度職員室に戻るのであった。
……翌日。
「へぇ、こいつが……」
昨日までは更地だったグラウンド隅の一角に、小さいが真新しいプレハブ造りの部室が一夜にして建てられていた。いままで、チーム申請をしていなかったプロシュートのデスクは学園の一般教職員のいる職員室の一角に置かれていたし、ライスシャワーの更衣室などもロッカーに空きのあった別チームのものを借りている始末であったが、これで一気にトレーニング環境が整ったともいえる。
特に、繊細なライスシャワーの事。こうした自分のパーソナルスペースが確保できる空間は彼女のためにもいいだろう。
「わぁ~!!! すごいね! お兄さま!!!!」
ライスシャワーも昨日とは打って変わって、新造の部室に目を輝かせて、さっそく、部室内の設備を確認。ロッカーに自分の名前を書いたり、ホワイトボードに練習メニューやこれからの目標──『才能開花』だとか『変わる!』だとかをいろいろと書き込んでみたりしている。その様子には、特にメンタルに問題はなさそうに思えたし、むしろ士気は高く見えた。
そして練習でも、ライスシャワーは新バとは思えない走りを見せている。
「やぁぁぁぁぁーっ!!!」
「新潟の最終直線は長い! 最後まで競り合っても尽きないスタミナを身につけろ!」
プールトレーニングやウェイトトレーニングといった室内での訓練では高いパフォーマンスを発揮してみせるし、同年代バとの併走訓練でもよい時計を何度も何度もたたきだした。その姿に、時には偵察めいて他チームのトレーナーがライスシャワーの走りを観察していることも、最近では増えてきているほどだ。
これなら、大丈夫なのではないか──
プロシュートは先日の自分の直感を杞憂が過ぎたか、とも思いながらメイクデビューまでライスシャワーを仕上げていく日々を過ごした。
そして、新潟への出発当日──。
約束の時間になっても、ライスシャワーは現れなかった。あの真面目を絵にかいたような彼女が、こんな大事な約束をすっぽかすわけはない、はずなのだが。1時間経っても、2時間経っても、彼女は姿を現さない。既に、同じレースでメイクデビューするトレセン学園所属生徒を乗せたバスは、先に出発している。
「……チッ」
プロシュートは、いつになく厳しい表情をして学園へと引き返す。
まず、向かったのは美浦寮。学園に二つあるウマ娘専用寮の一つであり、平時であれば完全なる男子禁制。トレーナーでさえ、特別な許可がなければ立ち入りは許されない。
「ちょっと待ちな! 何ヅカヅカ寮に入ってきてるんだい! ここは男子禁制だよ!」
居合わせた寮長ヒシアマゾンは、不埒な闖入者に顔を怒らせ、両手を腰に当ててその前に立ちふさがる。
「ライスの奴が来ねえんでな。あいつァどこだ?
部屋でシーツでも被って寝てるんじゃあねえかと思ったが」
「あぁ、そのことかい! それはこっちも連絡は受けて探してる最中さ!
でも、この感じだと寮にはいないね……って、さぁいったいった!
このことは、特別にヒミツにしといてやるからさっさとでていっておくれ!」
ヒシアマゾンが、そう言って手荒にご退場願おうとした時には、既にもう用はないとばかりにプロシュートは踵を返していた。寮にいないとなれば──おそらくはあの場所だろう、とアタリがついたからだ。
「よう」
……その場所は、図書室の児童文学書コーナー。ライスシャワーは、ただ本棚に手を突き、静かにそこで泣いていた。
「──何故、来なかった?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
プロシュートは静かにライスシャワーに話しかける。
ライスシャワーは、それに対してごめんなさい、と繰り返した。
「……そういうのはいい。深呼吸しろ。ゆっくりな。
で、ワケを話せ。コミュニケーションだ。俺たちにはコミュニケーションが足りてなかった。そうだろ?」
プロシュートは、やはりこうなったか、と思い少し前に気づきかけていたのに、ここ数日の様子から大丈夫だろうと安く見てしまった自分に腹を立てていた。だが、熱くなるだけでは事態は何も解決しない。今は、彼女との対話が必要だ。
「ごめんなさいぃ……はぁーっ……はぁーっ……ごめんなさい……」
それでもしばらく、彼女は荒い息を突きながらごめんなさいとだけ繰り返す。
プロシュートはただ何も言わず、ライスシャワーが落ち着くまで待ってやった。
「……怖いんです」
そして、彼女がようやくしゃべり始める。完全に落ち着いたというよりは、内心を吐き出して安定しようとしているという風であったが、それでも彼女にとっては、精いっぱいの一歩であったに違いない。自分に歩み寄ろうとしたプロシュートに対する、一歩。
「ライスは……精一杯変わろうとしてきました。
最近は変われるかな、って思って、信じてくれるお兄さまの分まで、頑張ろうと思って──」
「でも、だめなの。選抜レースの時も、今日も。
レースに出ると思うと、怖くて怖くて、仕方がなくなっちゃうの……!」
「レースに出たら、きっと『ライスは青い薔薇みたいに奇麗に咲けない』って分かっちゃうんじゃないかって……! ライスがレースに出ても、『誰も喜ばない』ってわかっちゃうんじゃないかって……そう考えると……怖くて、怖くて……!」
ライスシャワーは自らの『夢』に押しつぶされそうになっていた。
青い薔薇のように咲いて、結果を残して、皆を笑顔にするという『夢』に──。
大きな力──責任──希望──夢──。そうしたものは時に残酷なまでに反転して、持ち主を食い荒らす。
「……馬鹿野郎」
プロシュートは、静かにそうつぶやいた。
「そうだよね。ライスバカだよね。ごめんなさい、お兄さま。ライスはもう、だめだよ。
こんなダメな子のことなんか、あきらめて──」
「諦めねェッ……! 『諦めたくねえ』ッ!」
そして男は今、はじめてこの場で語気を強めてライスシャワーの言葉を遮った。
「馬鹿野郎だぜ……まったく、『俺』という男はよ……
こんな小さな体に『夢』のっけて、潰されそうになってる娘っ子一人支えきれず……
兄貴だのお兄さまだのであるもんかよ」
「え……ちが……バカはライスで……」
「違わねェッ! いいかライス! お前は変わりたい、咲きたいと、何度も何度も言っていたなッ! その『覚悟』に俺はよォォォ──ーッ……『期待』だけを乗せちまったッ……
てめーと『一心同体』になる『覚悟』が足りなかったんだッ!」
プロシュートは、今まで誰にも話したことのないイタリア時代を少しだけ語り始める。
「昔な、俺にもお前みたいな『弟分』が居たんだよ。スットロくて、
俺はヤツを最後まで支えてやれなかったッ! 導いてやれなかったッ!!!」
冷めたような態度の中に隠れた激情が男を突き動かした。そして、その言葉は少女の心臓をじかに揺さぶり、振るわせるような『力』を持っていた。虚飾のない言葉から発せられる、真実の力を。
「もう一度言う……お前が自分を信じられねえなら、俺がお前を『信じて』やるッ!
だからよォ~~~ッ……お前も、俺を『信じて』くれッ……!」
「ッ……!」
ライスシャワーは言葉を失った。プロシュートは、まだこんなダメな自分を信じてくれている。そして、自分を信じてくれと、一回り以上も年が違うであろう小娘に等身大からぶつかってきてくれている。
「ライスは……」
まだ、自分を信じ切ることはできないかもしれない。しかし……
「お兄さまを、お兄さまを……信じます……!
まだ、レースに出るのは怖いけれど、お兄さまが私を信じてくれるなら……!」
ライスシャワーから弱さが消え、覚悟がその瞳を満たした。
←To Be Continued