ライスの奇妙な兄貴   作:むうん

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第5話『振り返らず走れ』

「……迷惑かけてごめんね……お兄さま……」

 

「まったくだぜ。日本の新幹線ってのは初めて乗ったが、思ったより高いもんだな。

 エウロスタルなんかは一等車に乗ると新聞が無料でついてきたもんだったが……」

 

 あのあと、既にトレセン学園バスに置いて行かれたプロシュートとライスシャワーは、新潟まで新幹線を利用して移動した。メイクデビューが行われる新潟競バ場は新潟市内にあり、各ウマ娘たちは前日までに市内入りし、その後は学園の規則内で自由行動となる。

 

 ライスシャワーとプロシュートはなんとか夕方までにホテルにチェックインし他のトレセン学園勢と合流したためあまり調整のための時間は取れないそうになかったので、最低限のコース確認、そして柔軟と調整だけを行い、ここは大胆に休息を行う事にした。

 

「もう陽が落ちちゃってるけど……繁華街なんかにライスを連れてきて大丈夫なの?」

 

 新潟の中心市街地を歩く2人。

 

 居酒屋やバーのネオンライトが二人を照らす一種猥雑な空気感は、ライスシャワーは当然初めて感じるものだったし、プロシュートも当然、日本の飲み屋街を歩くのは初めてであった。

 

「いや? 規則違反ではあるな」

 

「ええ~!? ダメだよお兄さま!

 うわあ~ん! ライス、規則違反しちゃったよお……」

 

「オイオイ、ライスよぉ~~~そう力むな。

 今日連れ出した目的は、リラックスしてもらうことなんだぜ?

 おめーはなにかと固くなるところがあるからな」

 

 そういうと、プロシュートはスーツのポケットから1枚のパンフレットを取り出した。それはどうやら、新潟で行われる夏祭りのお知らせのようで、ちょうど今日が最終日となっていた。

 

「……お祭り?」

 

「あぁ、朝の一件で、俺たちはまだコミュニケーションが足りてないってことを痛感した。『相互理解』ってヤツさ。それに俺たちは『チーム』だ。チームは協力してコトにあたるもんだ。互いの事を理解してないチームなんてのはチームを名乗るだけの烏合の衆ってやつで……必ず瓦解する」

 

「まぁ――こういうコミュニケーションは最近じゃ時代遅れらしいがね。

 何、イタリア野郎に日本の祭りを案内するとでも思ってくれや」

 

 そうこう話しているうちに、祭りの会場へとたどり着く。祭りと言っても、たとえば地元の商工会が主催するような小さなものではなく、かなり大規模な祭りらしい。

 

「わ……すごい……」

 

 規則違反を気にしていたライスシャワーも、色とりどりのぼんぼりに飾られたの夜店の列――。たこやき、からあげ、焼きとうもろこし、わたあめ、イカ焼き、かき氷、フランクフルトといったものを目にすると、否応なくわくわくしてしまい。

 

「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけ、ね……!」

 

 耳をぴこぴこと動かしながら人波ではぐれないようにプロシュートに付き従う。

 

 それから、二人は見知らぬ新潟の地で、お祭りを楽しんだ。当然、羽目を外しすぎて翌日に影響がないよう食べ物関係はセーブはしたものの、ライスシャワーなどは風船やら光るカチューシャやら吹き戻しやらで完全にお上りさん状態になっていた。どうやら、大人しい気質のライスシャワーはあまりお祭りに積極的に出かけるタイプではなかったようで、彼女にとっても新鮮であったのだろう。

 

「あっ……ぱかぷちだ!」

 

「ぱかぷち? なんだそりゃ」

 

 と、ライスシャワーが一つの露店の前で止まる。『射的』――コルクを空気銃で飛ばして、景品を落とせばゲットできるというどこにでもある遊び。その景品に、デフォルメされたウマ娘をかたどった人形が飾られているのだ。

 

「ぱかぷちはね……人気のあるウマ娘のお人形さんなんだよ。

 ここにあるのは、マルゼンスキーさんやオグリキャップさん……

 ミスターシービーさん、シンボリルドルフ会長……

 みんな、スゴク実力のあるウマ娘で……わっ!」

 

 説明の途中で、ライスシャワーは驚いたような声をあげた。その視線の先には、美しい芦毛のウマ娘のぱかぷち。

 

「マックイーンさん……もうぱかぷちになってるんだ……」

 

 そのぱかぷちのモデルはメジロマックイーン。菊花賞、阪神大賞典、春の天皇賞など重賞を立て続けに制し、まさしく上り龍の勢いの名門の秘蔵っ子。その可憐な容姿とノブレス・オブ・リージュを感じさせる言動もあいまって人気が爆発していたのだから、早い段階でのぱかぷち化も頷けるというものだ。

 

「ライスも、このぱかぷちとかいうののモデルに選ばれるよう努力しねえとな」

 

「うん……!」

 

その時。夜空がパッと花が咲くように彩られ、ドォンという音が遅れて響き渡る。

 

「わわっ……花火だ!」

 

「おー、立派なもんだ……」

 

 それを皮切りに、次々と上がる花火。ライスシャワーはそれを見て、再び決意を強固にした。

 

(ライスも……あの花火みたいに、青い薔薇みたいに、咲いてみせる……!)

 

――翌日。

 

 ついにライスシャワーのメイクデビューの日。十分に休養を取ったライスシャワーは気力・体力ともに充実がみられ、前日調整が不十分であったことも鑑みて、早い段階からレース場に入りアップに時間をかけた。

 

「ライス、調子は?」

 

「うん、お兄さま。体が何だか軽いの。

 今までレースの前に、こんなにリラックスできたの初めてかも……!」

 

 まだ多くのウマ娘を見てきたわけではないが、プロシュートの素人目で見ても、足取りも軽く肌のハリや目にも強さがある。それは観客や関係者も同じように見たようで、出走前の予想では2番人気に推されたことからも確かだろう。

 

そして、時間は飛ぶように過ぎて――

 

「……さて、ライス。ついにお前の初陣だ。

 ここまでくりゃあ、もう『逃げ』は打てねえぞ。覚悟決めろ」

 

「うん……お兄さまとやってきたトレーニングは無駄じゃない……無駄じゃない……

 お兄さまが信じてくれているんだから……ライスは、だめな子じゃない、だめな子じゃない……」

 

 決戦のターフにつながる地下バ道。トレーナーが立ち入れる、最もターフに近い場所ともいえる。ライスシャワーはさすがに多少ナーバスになっているようで、胸に手を当て自分に言い聞かせるように繰り返している。だが、精神的に不安定な彼女にあっては、これでもだいぶ安定しているほうだ。むしろ、新バ戦なのだからそれがあたりまえだろう。きっと他のウマ娘も多かれ少なかれ、今のメンタルはライスシャワーと変わるまい。ならば、あとは実力の勝負だ。

 

「イタリアの古い言葉でな……『Carpediem(一日の花を摘め)』という言葉がある。

 ローマの詩人ホラティウスの言葉だ。一日を楽しめ、という意味だが――」

 

「お前は『今日だけ』で終わるタマじゃないと、俺は信じている。

 これからお前と俺は、トゥインクルシリーズを戦っていくんだ。

 ……つぼみのまま終わるんじゃあねえぞ……自分のためにも、行ってこい!」

 

 プロシュートは、しゃがみこんで小柄なライスシャワーと目線を合わせ、檄を入れる。

 

「……はいっ!!!」

 

 ライスシャワーはそれに応え――軽く笑みまでみせて、ターフへと走っていった。

 

「さあ、やってまいりました新潟新バメイクデビュー戦芝1000M……

 晴天の中、新進気鋭の10人のウマ娘、各バ続々とゲートインしていきます」

 

 トレーナー用の専用席についたプロシュートの耳に、会場の実況が入ってくる。小柄なライスシャワーは7枠8番。表情まではうかがい知れないが、落ち着いているようには……見える。

 

「さあ一番人気は九番トウリュウモン、二番人気は八番ライスシャワー。

 四枠四番に入りました、キャプテンキャンターが三番人気となっております……

 各バ、出そろいました――」

 

 緊張の一瞬。そして。ガコン、という大きな音と共にスターティングゲートが、開く……!

 

 飛び出したのは一番人気トウリュウモン。ぐんぐんと加速して、先頭につき、そのまま逃げ切りとばかりにハナを走っていく……。ライスシャワーは――三番手につけた!気弱な彼女は、スタートに不安があったが、見事なスタートを切り、先頭集団を形成する一人に食い込んでいる。

 

 むしろ、他の数頭のウマ娘は戸惑いや不慣れからやや出遅れが見られた。

 

「いいぞ、ライス……!」

 

 プロシュートも思わず熱が入る。事前に、ライスシャワーとは戦術も話し合った。

 

 今回のレースのライバルは恐らくトウリュウモンであることは事前に分かっており、彼女の脚質は逃げ、先行タイプであることも調査済み。では、我々はどうするか。

 

「今回は先行策でいくぞ、ライス。

 おそらく先頭に躍り出るであろうトウリュウモンの後ろからついていき、

 好きなタイミングで仕掛けろ。ここは下手に俺が指示するより、お前の判断に任せる」

 

 今のところは、事前に話し合った作戦通り。わずか1000mしかない、単距離電撃戦だ。仕掛けるタイミングを誤れば、トウリュウモンに逃げ切りを決められてしまう。

 

(…………この距離なら、息も乱れない。いけるっ……!)

 

 スタミナに見るべき点があるライスシャワーは、早めのタイミングで仕掛けた。2番手のウマ娘を躱し、いまだ先頭にたつトウリュウモンの背後に食らいついていく。

 

しかし――

 

 トウリュウモンは、さらに加速する。単距離での圧倒的な逃げ切りを狙うつもりだ。ライスシャワーもそれに付き合うように、さらに加速。このレースは完全に2人の叩き合いの様相を呈し、直線勝負になだれ込んでいく。

 

「トウリュウモン逃げる!トウリュウモン逃げる!トウリュウモン逃げる!

 2番手はライスシャワー!捉えられるか!3番手にライラックトーキョー伸びてくる!」

 

(ライスはッ……ここで、つぼみのまま終わらないんだッ……!)

 

「やああああぁあぁぁーっ!!!」

 

 ライスシャワーはついにトウリュウモンに並んだ。並んで、駆けて。駆けて。駆けて。駆けて。

 

「トウリュウモンとライスシャワーほとんど並んでゴォォォール!

 しかし、これはライスシャワー態勢有利か? 掲示板は――」

 

 ライスシャワーはスピードを落としながら、ほんのすこしだけ肩で息をしながら落ち着いて掲示板を見やる。一着に表示されたのは――『8』の文字。ライスシャワーのゼッケンの番号。

 

「あ……!」

 

 結果はクビ差でのギリギリの勝利だった。しかし。しかし。

 

「や……やったんだ……!

 ライス……やったんだ……!」

 

 ライスシャワーは目を潤ませたが、涙は流さなかった。レース前にプロシュートトレーナーが言っていたように……ここから自分のトゥインクルシリーズがはじまるのだ。ここで泣いて喜んで変わった、咲けたなどというほど、青いバラになる道のりというのは容易くは無かろう。

 

 ライスシャワーはスタンドに一礼してから、ターフを去り、地下バ道に一度引っ込む。そこには、プロシュートがおり……

 

「まぁ、勝つとは思ってたぜ……思ったよりギリギリの勝利だったが、

 及第点ぐらいはやってもいいだろう」

 

 フン、と鼻を鳴らしながらライスに声をかける。

 

「ありがとう……お兄さま……」

 

「ア……?」

 

 と、ライスシャワーは、ぺこりと頭を下げて謝意を述べた。

 

「まだまだこれからだってことは分かっているけど……

 お兄さまが居なければ、ライスは今、この場にはいなかったと思うの

 だから、これから何度も言う事になるかもしれないけれど……言わなきゃって思ったの。

 『ありがとう』って……」

 

「そうか、まぁ、それでおめーの気がまぎれるんならいくらでもやってくれ

 ところでよォ――……」

 

 プロシュートは、関係者向けプログラムを取り出し、その一点を指した。

 

「ウイニングライブって、なんだ?」

 

「………………」

 

「…………」

 

「……」

 

「あーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ライスシャワーは突然大声を出し、狼狽え始める。その様子は尋常ではなく、さすがのプロシュートもこれはえらい事が起きたと思わざるを得なかった。

 

「ああああ゛あああああどうしよおおおおおおおお

 ウイニングライブの練習してないよおおおおおおおぉおおぉ……!!!!」

 

 ウイニングライブとは、レース後に行われるファンや関係者への感謝を示すためのアイドルライブのようなものらしく、楽曲によっては古い歴史がある神聖なものだったりする、らしいが。そんなものがあるとは知らなかったプロシュートは、完全にその練習を指示していなかったし、当人であるライスシャワーも完全にど忘れしていた。失態である。

 

「お、オイ……どーすんだ。そんなんがあるとか聞いてねーぞ!!!!」

 

「どーしよおおおおおォォォお兄さまァーッ!!!」

 

 完全に涙目になり、プロシュートに縋りつくライスシャワー。とはいえ、プロシュートにもできることは……あるッ!

 

「し、仕方ねえ……急場しのぎではあるが、俺がダンスを教えてやる。

 簡単な振り付けを繰り返すだけだが、無策よりはましだろう……ッ!」

 

「え!!!」

 

 その時ライスシャワーはプロシュートがお兄さまどころか、救いの神にすら見えた。お兄さまは、ダンスもできるんだ!すごい!

 

「さっそくいくぞ、振り付けはこうだ――」

 

 こうして、応急処置的に振り付け指導が行われたのだが……

 

「わぁぁぁぁぁァ―ッ!!!!」

 

「キャーッ!!!」

 

「全員いい走りだったぞーっ!!!」

 

 ウイニングライブの場に立ったウマ娘たちに声援が降り注ぎ、色とりどりの応援ペンライトが振り回される。この熱狂を楽しみにするウマ娘ファンも多く、特に初のウイニングライブは注目を浴びるものだ。センターに立つライスシャワーは、神妙な面持ちで音楽の始まりを待ち……

 

――ズッタン、ズンズンタンッ!

 

 ライブ用のスピーカーから、腹に響くような重低音が発せられる。ウイニングライブ楽曲としては、あまり聞きなれない。

 

「お? ラップ? かな? 珍しいな……」

 

「センターのウマ娘の子の趣味かな……?」

 

 ざわざわと少し、驚きの声が広がった時。

 

――グイン!グイン!バッ!バッ!

 

 なんともいえない振り付け……奇妙なダンスが披露される。

 

「あれは、ギャングダンス!」

 

「どうした急に」

 

 観客席にいた二人組の男の一人が、驚愕したように声をあげた。

 

「たとえばアメリカのギャングスタ・ラップやメキシコのナルコ・コリードのように、アウトローを歌い上げるタイプの、荒々しい楽曲だ。特にこれはイタリアのギャングの間で流行した、といわれている……!」

 

「なるほど、大人しそうな見た目とのギャップを狙ったという訳か!」

 

――ズッタン、ズンズンタンッ!

 

――ズッタン、ズンズンタンッ!

 

――グイン!グイン!バッ!バッ!

 

 このことは後で日刊トゥインクルに少し取り上げられた。

 

 ←To Be Continued

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