「「「「「「「海だーっ!!!」」」」」」」
歓声と共に、ビーチに駆けだしていくウマ娘たち。さっそく水かけ遊びのじゃれあいやらがはじまり、きゃっきゃと歓声がビーチを満たす。
「おーう、トレーナーもさっさとこいよ!
このゴルシちゃんスペシャルmk564号がマックちゃんの次の犠牲者を待ってるぜーッ!!!」
「無体な真似はやめてくださいまし!?
犠牲者ってなんですの!? ってギャーッ!!!!!」
「まずはトレーニング――わぷうっ!!!!」
どこで売っていたのか分からない巨大水鉄砲をアクションヒーローが如く両手に装備した完全武装のゴールドシップが、メジロマックイーンの顔面を狙って水を吹きかけながら、ついでにライスシャワーまで巻き込みつつも、沖野とプロシュートに呼びかける。
夏の太陽の下、ライスシャワーとプロシュートの夏季合宿が始まろうとしていた――。
しかしなぜ、ゴールドシップやメジロマックイーンが共にいるのか?その疑問に答えるためには、一週間ほど前に時間がさかのぼる。
「……夏季合宿?」
「ああ、夏はウマ娘にとっても成長の季節だ。
学校指定の林間学校で、普段とは違う環境でのトレーニングを積むこともできる」
「ふむ……」
ライスシャワーの新バ戦から少しだけ経って。ふいに、チームスピカの沖野トレーナーがブルームスの部室を訪れた。沖野は学園の慣例などに疎いプロシュートを気にかけ、キャリア初期から助けてくれる気のいい男……のようだ。今回も、夏季合宿をまだ申請していないブルームスを気にかけ、やってきたということらしい。
「で、うちも諸々の予定の都合で、今年の夏季合宿はまだでね。
よければ、そちらさんのブルームスとスピカで合同合宿なんかどうかなとおもってさ」
「…………」
プロシュートにとっても、この申し出は魅力的であった。現在、チームブルームスの所属人員はライスシャワーただ一人だ。そのため、他チームの手を借りないと併走トレーニングや模擬レースなどのトレーニングが組みづらい状態が続いていた。
それに、スポーツ選手にとって目標というのは大切だ。特に、身近にライバルや競争相手という者があれば目標を持ちやすい。ライスシャワーのためにも、そうした目標が必要であったが――
スタミナに見るところがある彼女の目標として、長距離レースの代表格である春の天皇賞を獲ったチームスピカのメジロマックイーンはまさに適任であろうと考えていたところでもあったからだ。彼女の走りを間近で見ることができれば、ライスシャワーも得るものがあるだろう。
「わかった、その合同合宿……受けさせてもらおう」
「よっし、じゃあ書類の方は俺のほうで作って提出しとくよ
うちとしても、普段とは違う刺激をおたくのライスちゃんが与えてくれることを期待してる」
こうして、チームブルームスとチームスピカの合同練習が行われる運びとなった。
「よーし、全員集まれ! ゴルシ! 遊ぶのは後だ!
あとスペ! いつのまにイカなんか捕まえてんだ! あーもう、こら! 全員並べ並べ!!!」
沖野トレーナーの号令により、しぶしぶという風に並ぶのはチームスピカの面々。そしてちょこんとライスシャワー。
「えー、今回はチームブルームスのプロシュートトレーナーのご厚意により、
スピカとの合同練習としてライスシャワーさんが加わることになった!
全員、挨拶しとけよ! それから遊ぶのはトレーニングの後!」
「ラ、ライスシャワーです! よろしくおねがいしましゅ……ああっ、噛んじゃったぁ……」
ライスシャワーは、チームスピカの面々を前にして頭を下げる。
「ワガハイがスピカのチームリーダー、トウカイテイオーだよ~っ!
といっても、今はちょっと足をやっちゃって、リハビリ中なんだけどね~」
にししっ、と笑みを浮かべてまず挨拶したのはスピカのチームリーダーを自認する無敗の2冠馬、トウカイテイオー。しかしながら現在は骨折中で、もっぱらリハビリと他のメンバーのサポートを担当している。
「スペシャルウィークです! ライスシャワーさん、よろしくおねがいしますねっ!」
そしてチームスピカ中核メンバーの一人であるスペシャルウィーク。ジャパンカップで『ルドルフ会長以上に早い』とさえ学園関係者に言わしめた凱旋門賞覇者『ブロワイエ』を撃破。その勇士から日本総大将と称される。
「オレが」「私が」
次に2人のウマ娘がライスシャワーに声をかけようとするが、タイミングが被ってしまう。
「なんだよ!」「なんだよってなによ!」
「あぁ~もうやめろやめろ!こいつらはウオッカとダイワスカーレット。
まぁ、なんだ、喧嘩するほど仲がいいってやつだよ」
一触即発という状態となった2人を見かねて、沖野が助け舟を出す。
「「よくない!」」
「ほらな?」
まさしく夫婦漫才という風の2人をしり目に粛々と自己紹介は続く。
「で、アタシがゴールドシップ様って寸法よ。
球体から穴をくりぬいてドーナツにするバイト検定2級、
パリコレ道10段、マックちゃんの寝言鑑定士歴3年です。よろしくなッ!」
「まってくださいまし! わたくしの寝言鑑定士って一体どういうことですの!?」
次に出てきたのはこれまた見事なコンビネーションともいうべき掛け合いを披露する芦毛の2人。まず自己紹介したゴールドシップはいつの間に捕まえたのか、どでかいカブトムシを頭に乗せていた。プロシュートはなんとなくだが、かかわらないようにしようと思った。
「こほん、そしてわたくしがメジロマックイーンですわ。
ライスさん、短い間ですが一緒に頑張りましょう」
そして最後に、メジロマックイーン。この合宿は、半ばライスシャワーにメジロマックイーンを観察させるのが狙いでもある。当然、ライスシャワーと一心同体であるプロシュートも彼女の走りから学ばねばならない。
「はいっ、皆さんみたいな、素敵なウマ娘になれるようにがんばりますっ!」
「フフフ……」
小柄で、礼儀正しく、いかにも後輩めいたライスシャワーに鼻の下を擦りにやにやするスピカメンバー。……じつはライスシャワーは高等部で、後輩どころか先輩にあたるメンバーもいるのだが……あと、スピカにはサイレンススズカというメンバーがいるそうだが、彼女は現在アメリカに遠征中らしい。
「まず軽く流すジョグからいくぞー。
合宿所に荷物を置いたら、着替えて改めてここに集合だ。
テイオーには特別メニューを用意してある」
「「「「「「「はーい」」」」」」」
ブルームス、スピカのウマ娘たちは夏合宿の意欲高く、喜び勇んで合宿所に入っていく。
「この前のメイクデビュー、ライスちゃんよかったよ。
あのロングスパートは大したもんだ」
と、沖野はその様子を見ながらプロシュートに話しかけてくる。彼はやはり、気の良い新人思いのトレーナー……なのだろうか?
「あのギャングダンス!っていうのも意表をついてたよな
日刊トゥインクルでもちょっと取り上げられてさ。なんつーの?
あれ、アンタの趣味だろ? そういうの詳しいの?」
「いや――」
さすがに元ギャングでした、などというワケにはいかずプロシュートはお茶を濁したような返事しかできなかった。
一方その頃、合宿所内では――
「へぇ~、ライスさん、可愛らしい絵を描くのね!」
「あっ、ひゃい!? こ、これは……」
「絵!? 漫画かなんかか!? ゴルシちゃんにも見せてみろよ~!」
着替え中に、ライスシャワーがテーブルに何となく置いた『合宿のしおり』。夏季合宿の簡単な予定表が書いてあるものだが、出発前、それにライスシャワーが描いていたデフォルメされた自分の顔の絵に注目が集まっていた。
「ライス!ゴルシちゃんも絵には自信があるんだ!
こんど合作しようぜ合作! レンブラントみたいなのめざそーぜ!!!
『光と闇の魔術師』――レンブラントをよ……!」
「絶対『光と闇の魔術師』って響きがかっこいいからだけでしょうそれは!
そんなのにライスさんを巻き込まないでくださいまし!」
「『光と闇の魔術師』――カッケェーッ!?」
そんな風にわいわいと騒ぎながら、ジャージに着替えていくスピカメンバー。物静かで喋り下手なライスシャワーは、こうした同年代と騒ぐという経験をあまりしたことがなく、せいぜい、ゼンノロブロイと本の感想を語り合うぐらいだ。
(なんだか、こういうの……いいな……!)
ライスシャワーは思わず笑みを浮かべたのだった。
……そしてそれから、本格的なトレーニングが始まった。まずは合宿所の周りのランニングコースを軽く流し、各自の課題に応じた専用トレーニングを行っていく。ライスシャワーは他のウマ娘と混戦になったときに当たり負けしないよう、力強さを身に着けるウェイトトレーニングと、持ち前のスタミナを鍛えつつ、脚力をアップさせる砂浜での走り込みを重点的に行った。
「タイムがさっきより落ちてるぞッ!
疲れに負けるな、水分補給してもう3本!」
「ぜはーっ……! ぜはーっ……はい!」
(砂に足を取られて、足が普段より重い……!)
真夏の照り付ける太陽、そして普段のターフとは違う砂地のコースは、練習量の多いライスシャワーにとってもキツいものであり、いつも以上に体力を消耗する。プロシュートは彼女が熱中症で倒れてしまわないように注意し、こまめに水分・塩分補給やスプレーでの冷却を挟みながらも負荷をかけていく。
「全員集合だ。特別プログラム、はじめるぞーっ!」
と、ホイッスルと共に沖野の声が響く。しおりによれば全員での合同トレーニングの時間だ。とはいえ、これは沖野の発案でプロシュートも、ウマ娘たちも何をやるか聞かされていない。
「ひえーっ、キツい……でも、がんばりますっ……!」
「ぜぇーっ……ぜぇーっ……アンタいきあがってんじゃあないの?」
「ぶはーっ……おまえこそな……はぁーっ……そんなに肩で息してよく言うぜ……はぁーっ……」
「特別プログラム、いったい何をやるのでしょう……」
「夏合宿と言えばやることは一つ…………セパタクローじゃな」
ゴールドシップがまた珍妙なことを言い出した、という風にジト目で彼女を見やるマックイーンだったが、沖野トレーナーはニカッと笑みを浮かべてみせて。
「セパタクローじゃあないが……まぁ、スポーツには変わりない。
これからお前らには『3on3ビーチラグビー』をやってもらう。チームはそうだな……
スカーレット、マックイーン、ゴルシ組と……ウオッカ、スペにライスシャワーさんが入ってもらうか」
ビーチラグビー。ビーチフットボールとも呼ばれることのあるスポーツで、本家のラグビーのようなタックルなどはなく、タッチがその代わりになるため危険が少ないスポーツである。本来のビーチラグビーは5人なのだが、今回は3on3だ。
「これは、各自の瞬発力と判断力、そしてチームの連帯感を深めるのが目的だ!
だが、手を抜くようなことはするなよ! 全力で走り回れ!」
「ウオッカさん、スペシャルウィークさん……よ、よろしくおねがいします……っ!」
「スカーレットには絶対負けねえ……ライスシャワー先輩、スペ先輩、勝ちに行くぜ!」
「ライスシャワーさん、改めてよろしくお願いします!
ウオッカさんの言う通り積極的に勝ちに行きましょう! よーし、がんばるぞーっ!」
「「おーっ!!」」
チームスピカの2人は、そういって気勢とともに拳を突き上げる。
「お、おーっ!」
それにつられて、ライスシャワーも少し遅れて同じように拳を突き上げた。ビーチラグビーは、まずセットプレーの態勢から背後にいる選手にボールを渡し、スタートとなる。
まず、セットプレー位置についたのはスペシャルウィーク。
「ライスシャワーさん!」
「ひゃわ!」
脚の間からパスが飛び、ライスシャワーは驚きすくみながらも、辛うじてそのボールを受け取ると、相手陣地へと走っていく。
「お米~~~~~っ!!! ゴルシちゃんの光と闇の力を喰らえーッ!!!」
まず、ライスシャワーの前に立ちふさがったのはゴールドシップ。長身の彼女は小柄なライスシャワーから見れば壁のようで、手足も長い。フィジカル全般が強い彼女を抜かない事には、ライスたちに勝機はない。
――ギュパッ!!!
「何ィ~~~~ッ!!!」
だが、ここで午前中に行った浜辺での走り込みが生きた。確りと砂をつま先でとらえて蹴り、ライスシャワーはほとんど直角に曲がると、寸での所で、ゴルシの手を躱しその背後に回り込んだ!
だが!
「練習でも勝負なら……アタシが一番なんだからッ!」
ゴルシの背後にはダイワスカーレットが既に控えており、ゴールドシップとスカーレット、2人に挟み撃ちされる形となるライスシャワー。
「てやーっ!」「お米ーーーーッ!!!!」
(や、やられるーっ!!! え、えーい!)
とっさに、ライスシャワーは前方にいたウオッカにパスを出す!ビーチラグビーは一回だけ、前方にパスができるのだ。しかし、そのパスをインターセプトしたのは長く美しい芦毛をなびかせながら、ジャンプしたメジロマックイーン!
「やべっ!? スペ先輩!ライス先輩!
守備固めてくれーっ!!!」
着地と共に、ふっと息を吐いて猛進を開始するマックイーン。ウォッカは攻め気を出しすぎて敵陣深くにおり、すぐには戻ってこれない。ここは、ライスシャワーとスペシャルウィークだけが頼みの綱だ。が……
「わ、わぁっ……!」
予想外のインターセプトにライスシャワーは思わず出足が鈍り、マックイーンを阻むに間に合わない!スペシャルウィークとマックイーンが一対一だ!
「マックイーンさん!行かせませんよーっ!!!」
スペシャルウィークは、左右にフェイントを織り交ぜながらその進路を妨害するが、マックイーンはむしろ、完全に最初からルートを決めていた。となれば、生半可なフェイントなどは無駄な動きにしかならない。
「わわわっ、とうっ!!!」
「甘いですわ!」
スペシャルウィークの左脇をまさしくすり抜けるように通り抜けるマックイーン。一呼吸遅れて、スペシャルウィークはタッチを繰り出したが彼女の髪の毛が指先を撫でただけで、完全に突破されてしまい……
「タッチイン!マックイーン3点!」
「ああ~っ……!」
マックイーンがラインまで到達し先取点を許してしまう。その後も、ライスシャワーたちは所々でいい動きこそ見せるもののマックイーンに翻弄され結果として敗北してしまった。
「はぁ……はぁ……悔しいですっ……むーっ!」
「ぜーっ、ぜーっ、次は絶対負けねえ……」
「……がんばろうね」
勝利して、ワイワイとはしゃぎまわるマックイーンチームと対照的に、ライスシャワーたちはバタリと地面に倒れ、肩で息をしていた。既に、晩夏の日は傾きかけており相当長い時間濃密なトレーニングをこなした彼女たちはウマ娘と言えど体力の限界だったのだ。
「おーい、みんなーっ、はちみー入りカレーできたよーっ!!!」
そこに声をかけたのはテイオーである。サポート役として合宿に同行したテイオーは、皆がビーチラグビーを行っている間、夕飯の準備を任されていた。
「カレーですかーっ!? やったーっ!!!
合宿やキャンプと言えば! ゴロゴロ具が入ったカレーですよね!」
スペシャルウィークなどはそれを聞いてバネ仕掛けが如く跳ね起き、練習時とかわらないダッシュで合宿所に戻っていく。
「まったく、スペ先輩は食べ物に弱いんだから……
ライス先輩も早くいきましょう。スペ先輩に全部食べつくされちゃいますよ!」
「え、ええ~っ、ら、ライスもおなかペコペコなのに……!」
それから全員シャワーを浴びて、トレーニングの汚れや疲れを洗い落とし。自前のラフな服やジャージに着替えたあと食堂の席に着く。既にカレーは全員分、テイオーによってよそわれており、炊き立てのお米とスパイスと具のとけあった匂いが調和し、何とも言えない良い匂いを食堂に漂わせていた。
「「「「「「「いただきまーす!!!」」」」」」」
席に着き手を合わせていただきますの大合唱。それからものすごい勢いでウマ娘たちの胃の中にカレーが吸い込まれていく。
「うーん、おいしーい……!」
「これは……隠し味にはちみーだけでなくタマリンドのチャツネだな。
焼きそばとラーメンを極めたゴルシちゃんにはわかる」
「ていほーはんかれーもふひっぱひ」(テイオーさんカレーもう一杯)
わいわいがやがや和気あいあい。林間学校の食事時はおだやかにすすみ、ライスシャワーもトレセン学園でのように、食堂の隅でこそこそと食事をとるのではなく、自発的にスピカメンバーの近くで食事をとった。
「……マックイーンさんは凄いなぁ。どうやったらあんな風に動けるんだろう……」
「そういう、ライスシャワーさんも大したものですわ
初日からスピカの練習メニューにちゃんとついてくるなんて」
「ひゃわ!」
ふと、ライスシャワーがこぼした独り言。ちょうどおかわりのカレーを取りに行くところのメジロマックイーンがそれに反応した。
「チームスピカは……にぎやかなチームですし、トレーナーはあんなですけど、
決してお遊びチームではございませんの。トレーニングの質も量もリギルやカノープスといった
他のチームに引けを取る物ではない……私はそう思っています」
メジロマックイーンはただ己の才能にのみ頼るウマ娘ではない。才能という稀有な武器を、たゆまぬ努力によって研鑽し、研ぎ澄ましている。努力『も』する天才であるのだ。
「ら、ライスはまだまだだよ……今日だって、
いっぱいいっぱい、失敗しちゃったし……」
「……そのことについて、ひとつ懸念があります」
「え……?」
その天才は。メジロマックイーンは。真剣な視線でライスシャワーの瞳を覗き込んだ。
「ですが、これは『あなた』と『あなたのトレーナー』が気づかなければならないことです。
部外者である私がどうこういうことではありません。考えてください。でないと……」
「……あなたは遅かれ早かれ、『勝てなくなる』」
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