ライスの奇妙な兄貴   作:むうん

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第7話『無情の世界』

 チームスピカとの合同夏季合宿も終わり、学園へと戻ったチームブルームスの2人は、次の目標を『新潟ウマ娘ステークス』に定めていた。芝1200mと前回と同じく新潟開催の短距離のレースでグレードはGⅢ……すなわち、2戦目にしてライスシャワーは重賞に挑戦するという事になる。

 

 また、このレースは翌年のクラシック戦線を前にしたライスシャワーにとっての試金石でもあった。だが……チームブルームスには、やや重い空気が漂っていた。

 

「……『このままでは勝てなくなる』、か……」

 

「どういうこと、なんだろうね……」

 

 夏季合宿で、メジロマックイーンから発せられた言葉。それは、ライスシャワーの口からプロシュートの耳にも入った。

 

 メジロマックイーンはブラフや強がりといったものとは無縁の高潔な競技者と聞き及ぶし、プロシュートも夏季合宿で彼女を見て、実際にそう感じた。故に、口撃や威圧でライスシャワーの調子を崩そうとしたとは考えづらい。

 

「…………これに関しちゃ、天才ウマ娘サマからの宿題ってとこか。

 生憎、皆目見当もつかんのが情けない所だが……とにかく、今日のトレーニングを始めるぞ。

 ライス、今はあまり気にするな。お前はメンタルをただでさえ崩しやすい所がある」

 

「う、うん……ライスもそう思う……

 マックイーンさんは、ライスの事を思ってそう言ってくれたんだと思うし……

 がんばって、課題点を見つけなきゃ! といってもライスなんか課題だらけだけど……」

 

 ライスシャワーもその点は心得ており、むしろ前向きにマックイーンからのアドバイスとしてとらえているようで、ひとまずプロシュートは胸をなでおろした。

 

 夏季合宿を経て、ライスシャワーの走りは見違えるようだった。持ち前のスタミナはさることながら、全身の筋肉量が増えたことで体幹バランスが良くなり走る際のフォームもかなり奇麗になっている。このあたりは合宿でメジロマックイーンを参考にした点も大きいだろう。

 

 とはいえ、このところは強めのトレーニングは行っていない。なぜなら夏季合宿おわりから新潟ウマ娘ステークスまではさほど間があいておらず、夏季合宿でたまった疲労を抜くことを優先したからだ。

 

 メジロマックイーンからの課題……結局、限られた時間ではその謎を解くことができず、新潟への出発の日を迎える。前回はサボタージュを起こしかけたライスシャワーも、今回はちゃんと準備を整えて、トレセン学園バスへと乗り込む。

 

 以前勝ちをあげた新潟競バ場……相性は悪くないはずだし、ライスシャワーとしても、前回を思い出して幾分かリラックスして走ることができるはずだ。プロシュートは、そう良い方向に考えようとしていたし、それはライスシャワーも同じだった。

 

(ライスはできる……ダメな子じゃない……ダメな子じゃない……)

 

 ……当日。

 

 ライスシャワーはいつも通りアップを終え、いつも通り、いや、いつも以上に落ち着いてターフへと向かった。

 

(……ライスの奴、今日も調子がよさそうだな。

 メンタルも問題はない。だが……)

 

 今回もライスシャワーは3番人気。十分に評価は、されている。されているはずだが。やはり頭をよぎるのは、あのメジロマックイーンから発せられた予言めいた言葉である。

 

(……………………)

 

 プロシュートは漠然とした何かを感じながら、トレーナー席に座る。

 

 トレーナー業に専念するにあたりタバコ――もともと日本のものが口に合わず、持っていたイタリア物が切れたために、既にやめたが、こういう落ち着かないときにはどうしても欲しくなってしまうものだ。

 

「……ちくしょうめ」

 

 トレーナーである自分が不安になってどうするのか。ライスシャワーは今、自分以上のプレッシャーと戦っている。むしろ、このざまはなんだ。有用な助言一つできぬなんと情けなき『お兄さま』であることか。プロシュートは、トレーナーとしてライスシャワーを未だうまく支え切れていない自分に再び腹を立てた。

 

 一方、ライスシャワーは地下バ道をゆっくりと歩いていた。

 

「ふーっ……」

 

 胸に手を当て、息を吐き出す。落ち着けライス。がんばれライス。ライスはダメな子じゃない。そう繰り返して。

 

 ――コッ

 

 その時、後ろから近づいてくる足音があった。当然、それは同じレースに出場するウマ娘であって――ふと、そちらをみたライスシャワーは思わず目を見張った。

 

 そのウマ娘は。ウマ娘たちは。ただ、地下バ道入り時間が一緒になっただけのウマ娘だったのだろう。別段喋りもしなければ、煽り合ったり、にらみ合ったりもしない。互いを意識すらしていないかもしれない。

 

 しかし……迸る『スゴ味』があった。絶体に、このレースを勝つのだという執着めいた情念が彼女らの間を渦巻き、既にバチバチとやりあっているかのごとく、ぶつかりあってライスシャワーの眼には火花を散らしているかの如くにすら見えた。

 

「あ……」

 

 ライスシャワーは、思わずそれに見惚れ……そして、恐怖した。

 

「さあ新潟第11R、重賞新潟ウマ娘ステークスのターフに次々とウマ娘たちが入場してまいりました。5枠7番サザンリップ、9番ドミニオンボウイの姿も見えます。そして今日の一番人気は3枠4番ジャーマンミラクル」

 

 ターフ上にでると、その恐怖はさらに強くなった。あの、先ほどのウマ娘たちの『スゴ味』はもはや、奔流めいてぶつかりあい――ライスシャワーの脳裏にいたいほど明確に、ひとつの言葉を投げかけてくる。

 

――『勝ちたい』、と。

 

――ガコン!

 

「あ……」

 

 気圧されほとんど前後不覚のままふらふらとゲートに入っていたライスシャワーは、ゲートの開く音と同時にようやく我に返った。

 

(は、走らなきゃ……!)

 

 他のウマ娘より1拍遅れて、ゲートから飛び出すライスシャワー。

 

 当然、後方から追い上げる展開となる。スタミナを活かし、序盤から前方でレースを進めることが得意なライスシャワーは無理にでも、順位を上げるべくスピードを加速させていく。この前の1000Mよりは長いとはいえ、このレースは1200Mしかないのだ。序盤に好位置につけなかったことは、かなり不利としかいいようがない。

 

 しかし――

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

(道が、無い……!?)

 

 ライスシャワーは後方集団の、しかも内側に取り込まれてしまっていた。前も、横も他のウマ娘に塞がれ行く場所がない。走れる道がない。取れる方策が……ない……。そのうちに、レースは無情にも最終直線を進んで残り400Mの表示板が横を過ぎ去っていった。

 

「う、うわぁぁぁぁっ!!!」

 

 ライスシャワーは歯を食いしばり、スパートをかけようとする。他のウマ娘も、早いものはすでにスパートをかけており辛うじて隙間が開いたのだ。しかし、足が前に進まない。何故……!?

 

「「「「やあああああああっ!!!!」」」」

 

 違う、他のウマ娘たちが気迫と覚悟で、ライスシャワーを上回っていたのだ。勝負に勝つ、ただそれだけを考えた一団がゴール板の横を駆け抜けていく!

 

「……コートダジュール1着でゴールイン! 2着マイネームイズカエサル、3着グリーンドライ。

 一番人気ジャーマンミラクルも追いあげましたが4着に終わりました……ッ!」

 

 終わってみれば、ライスシャワーは11着に敗れた。それが、今回のレースの結果だった。

 

「ライス」

 

「あ……」

 

 ライスシャワーは、ふわふわとした、それでいて心の底が崩落していくような感覚を抱えたままいつのまにか地下バ道にまでもどってきていた。そこではプロシュートが待っており、特に表情を変えることもなく普段通りに彼女を出迎える。

 

「…………ごめんなさ――」

 

「謝るな。ライス」

 

 プロシュートの言葉は、レースに敗北した彼女を慰めるような風ではなく、どこか冷たく、絶対的な指令のように聞こえて、ライスシャワーはそれ以上何かを言う事が出来なくなった。

 

「今回のレース、何がいけなかったかわかるか?」

 

「ス、スタートが遅れて、位置取りが悪くて、それで――」

 

「……違う」

 

 プロシュートはため息をつき、ライスシャワーに己の額を重ねた。そして、彼の中で激しく渦巻いていたエネルギーが放出されたかのように話し始める。

 

「ライスライスライスよォ~~~……お前は、『ビビった』んだ……

 ほかのウマ娘たちの『スゴ味』にな……いいかッ! ターフの上はもう『鉄火場』なんだ。

 俺もようやっと理解したぜ……アレは貴様たちウマ娘の武器を使わぬ『真の戦い』の場なんだッ!」

 

 そう、メイクデビュー時は、みな一度も勝った事のないウマ娘ばかり。しかし、このレースは違う。既にメイクデビューを勝利し、これから羽ばたこうとするウマ娘たちが集まっているのだ。彼女たちには……ライスシャワーと同じように皆『覚悟』があるッ! そして勝者と敗者を分ける物……それは能力、そして最後に『執念』ッ!

 

 ライスシャワーは他のウマ娘に気圧され、己の中にあるそれを十全に発揮できなかった。

 

「例えば……『勝つ』と思った時……

 たとえ片腕を吹き飛ばされよーとも……『勝つ』ために血反吐ブチ吐きながら向かっていく。

 そういう『覚悟』と『スゴ味』が他のウマ娘にはあったッ!」

 

「だがライス!ママッ子娘(マンモーナ)のライス!お前は、お前の中にある『覚悟』をビビって封印しちまったんだ。それじゃあ、勝てるもんも勝てねえ……なるほど、マックイーンの言ってた意味、ようやく分かったぜ」

 

 今のライスシャワーには勝負強さが欠けているのだ。彼女の中には、たしかにウマ娘としての本能的な『闘争心』と『覚悟』は見て取れる。それは間違いない。だが、それを発揮できない時があるのが彼女の弱点というわけなのだろう。

 

 メジロマックイーンは、ほんの少し接しただけでライスシャワーの気性から来る弱点を見抜いていた。

 

「……これから、練習方法を変えるぞ。ライス。

 弱みがわかりゃあ……『やり様』はあるッ……!」

 

 こうして、『弱点』を自覚したブルームスの新たな日々がこれから始まる……!

 

 が、その前に一つ。語っておかなければならない事柄がある。それは、トレセン学園の理事長室での出来事。

 

「……という感じで、夏季合宿の間も見てましたが。

 彼は確かにズブの素人ではありますね。それは間違いない」

 

「そうか……」

 

 沖野トレーナーからの報告にトレセン学園理事長秋川やよいは、顔の前で手を組んで、思案するような表情を浮かべる。

 

「ですが、本当なんですか? 彼が『元ギャング』というのは」

 

「熟慮ッ! それに関しては、こちらでも慎重に精査を進めているッ!」

 

 そう、沖野トレーナーが周囲から煙たがられていたプロシュートに対してよく接していたのは、トレセン学園理事長からの直々の命であった。

 

「プロシュート。イタリア・サンシーロトレセン学園にトレーナー候補として入学。しかしイタリア競バ会の経営問題から日本留学を熱望。その後、交通事故に巻き込まれ一時意識不明となるも奇跡的に一命をとりとめ……今年4月に来日。日本中央トレセン学園の新人トレーナーとなる……」

 

 秋川理事長は、手元にあるプロシュートの略歴を読み上げる。

 

「一見、経歴の時点では、おかしな点はないが……『できすぎている』のだ。

 サンシーロトレセン学園の授業を受けていた人物があれほどウマ娘に対して

 知識がないのは、おかしすぎる……本人の言動にも気になる点が多い。そして……」

 

「最近、イタリア国内のとある組織が当局に摘発され、

 社会問題になっているというのは知っているか?」

 

 その言葉と共に沖野に投げ渡されたのはイタリアの新聞で警察関係者の記者会見のような写真が見出しと共に大きく掲載されている。

 

「すいません、語学の方は全然で……」

 

「……摘発されたのは『密輸入組織』。運んでいたのは『人』だ。

 経歴を完ぺきにすり替えたうえで、それを他国に密入国させる。どうやっているのか、

 入国した国の言葉さえ喋れるようにするというサービス付きッ!」

 

 沖野は、はあ、と秋川理事長の言葉を聞きながら1mmたりとも理解できない伊語新聞をぼんやりとながめる。

 

「懸念ッ……もし……『ギャング』なのだとしたら大問題だ。

 URAのクリーンなイメージに大きく傷がついてしまう」

 

「ははあ、そういうもんですかね……でも、彼。

 新人?にしてはよくやってますよ。担当ウマ娘からも信頼されてるようですし

 当初と違って、情熱は感じますが……」

 

 沖野はプロシュートの事を、さほど悪く思ってはいなかった。たしかにぶっきらぼうで、周囲との付き合い下手なところはあるが、プロシュートがトレセン学園に入ってからライスシャワーのために費やした時間と労力は、並大抵の人間にできるものではない。むしろ、この件に関しては沖野は秋川理事長に対して懐疑的であった。

 

「そこはこの私も認めるところッ……

 ただの私の杞憂ならばそれでよし。だが、念のため、

 もう少し彼に力を貸しつつ、様子を探ってみてくれ……頼む~っ!」

 

「は、はいはい……わかりましたよ……

 まぁ、彼も新人で結構苦労してるみたいですからね。

 様子を見るぐらいなら……」

 

 こうして、秋川理事長は沖野にプロシュートの件を改めて依頼する。彼が理事長室から出ていったあと、秋川はホットミルクをすすりながら、秋の始まりの空を眺め呟いた。

 

「私は学園を。ウマ娘界を。そしてなによりウマ娘たちを……守らなければならんのだ……」

 

←To Be Continued

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