ライスの奇妙な兄貴   作:むうん

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第9話『春を待つ谷間で』

「わぁ~、おいしそうな物がいっぱいあるねお兄さま!

 あっ、でも、先にお参りを済ませちゃわないと!」

 

 はしゃぎ気味のライスシャワーが、白い息を吐きながらプロシュートの少し前の石畳を小走りでかけていく。トレセン学園には基本的に長期休暇などはなく、その代わり地方遠征などにフレキシブルに時間を使えるのだが、流石の年初はあまりめぼしいレースもないこともあり、ウマ娘に小休息を取らせるトレーナーも多い。

 

「なんつったか……『一年の計は元旦にあり』、か?

 日本人は信心深くないと聞いたが、時々に応じてこういう場所に訪れるんだな」

 

 チームブルームスもご多分に漏れず、スプリングSに向けての追い込みをかける前の休息も兼ねて、トレセン学園近くの神社を訪れていた。体の不調の改善、そして勝負事にご利益があるだとか言われているため学園のウマ娘が時折願掛けをすることもある由緒正しい(?)神社なのだが、年始ということもあって、参拝客でごった返していた。

 

「うん。初詣っていって、日本では三日までに神社に参拝して、

 その一年の健康とか安全とかを祈るの。イタリアでは……そんなことないのかな?」

 

「ミサなんかはあるな。ヴァチカンの方じゃ、ローマ教皇が祈ったりだとか――。

 俺みたいなのには関係のねえハナシさ。最後に教会に行ったのはいつだったかな……」

 

「へ、へぇ~っ……」

 

 などと雑談をしつつ、神社の境内を進んでいくチームブルームスの2人。

 

「ええとね、お兄さま。お賽銭を賽銭箱に入れてから、

 二回礼をして二回拍手して……あれ……?」

 

 参拝の作法を教えるライスシャワーは賽銭をするためにポケットから財布を取り出そうとした。しかし……いくら探っても、ポケットに入れておいたはずの財布が見当たらない。

 

「な、ない……お財布が……ない……」

 

 落してしまったのか? ライスシャワーの顔面が一気に蒼白になる。今月のお小遣いやら生徒証やら図書室の貸し出しカードやら……そうしたものがすべて入っていたのに。ライスシャワーはさすがに涙目になった。

 

「……待ってろ。いいな?」

 

「あ、お兄さま……?」

 

 と、プロシュートはどこぞへと歩き出した。その声にはいままでライスシャワーに対して向けられたことのなかったカミソリめいた『怜悧さ』があり、ライスシャワーはその後姿を呆然と見守ることしかできなかった。

 

 そんなプロシュートは少しだけ境内を戻りひとつの出店の前で立ち止まり、心底めんどくさそうにその店主に声をかけた。

 

「財布、返してくれねえか?」

 

「は、はァ……財布ですかぃ?」

 

 店主は突然現れたイタリア男の言葉になんのことかわからない、という風にきょとんとした表情を浮かべたが……

 

「こいつだよ。あんたらが『拾って』くれてたんだよな。そうだろ?」

 

 既にプロシュートの片手にはかわいらしい装飾のついた、ベージュの財布があり。有無を言わさず中身を確認したところ、ちゃんとお金とライスシャワーの学生証が出てきた。

 

「え、ええ……はいぃ……」

 

「理解が早くて助かるね。その素直さに免じて、

 カウンターの下の財布のしこたま入ったビニール袋をチクるのは見逃してやる」

 

 ……そう、ライスシャワーは境内を通るうちにいつのまにか財布をスられていた。

 

 プロシュートは、ギャングとしての経験から、すぐさま犯人――とある露店の店主を見つけ、対処したのだ。正確には露店の店主たちだ。この露店には常に、周囲に2人の共犯者がおり、露店の店主が客の注意を引いている間に共犯者数人が後ろから並ぶフリをして体を使って手元を他の客から隠しつつ財布をすり取るよくある手口だ。

 

 もっといえば、喋り方がこの辺の人間ではない。地元の祭りの感が強いこの神社の初もうでは大半、地元商工会が店を出しており、大方、この一団は屋台にみせかけて全国を回る小規模詐欺集団というところだろう。そうした『稼業』をクサるほど見てきたプロシュートにとって発見は簡単であった。

 

「おら、もう落とすんじゃあねーぞ」

 

「お、お兄さま……ありがとう……

 ライスだけじゃ、どうすればいいかわかんなくなってたと思う……」

 

 ぎゅっと自分の財布を握りしめ、涙目でそう語るライスシャワー。彼女には神社の社務所に落とし物として届けられていたのを受け取ってきた、と説明しておいた。

 

「で……二礼して二拍手して、なんだ?」

 

「あ、ぅ……えっとそのあと最後に一礼するの。

 その間に、今年一年のお願いを神様にするんだ」

 

「ふむ」

 

 ということでひとつ、やってみようとばかりにライスシャワーとプロシュートは賽銭を投げ、二礼して、二拍手、それから一礼。

 

「……ライスはね、幸せの青いバラみたいに咲けますように……ってお願いしたよ。

 お兄さまは、どんなお願いをしたの?」

 

「……俺は神サマに祈るなんてがらじゃねーしな……

 月並みで悪いが、適当に次のレースの勝利でも祈っといたよ

 それに……『勝利』なんてのは神頼みでもたらされたものは『真の勝利』じゃあない」

 

「『ネットに弾かれたボール』はどちらにおちるかはわからない。だが――

 『実力者』は『ネットに弾かれる』ようなボールを極力打たねえようにするもんだ。

 『実力』あるものにこそ『栄光』は訪れる……覚えとけ」

 

 日本には心技体という言葉がある。

 

 心の強さ、技の巧みさ、身体の健やかさ……どれが欠けても相手には勝てない。プロシュートの言う通り……ネットに弾かれたボールがどちらにおちるかわからないなら、それを極力打たないよう、自身に磨きをかけるべきなのだ。きまぐれな運命にレールをゆだねてしまわないように。

 

 皮肉なことに、ライスシャワーはこの言葉を身をもって味わう事になる。

 

 クラシック前哨戦。重賞競争スプリングS。重馬場。

 

(……体の調子は悪くない)

 

 ターフに立ったライスシャワーは、いつものように胸に手を当て息を整える。前回はあれほど『怖い』と思ったほかのウマ娘たち。正直言って、今も『怖さ』はある。だが、ライスシャワーは誓ったのだ。誰に誓った? 自分に誓った。

 

 あの心の奥底が崩壊していくような『悔しさ』をもう一度味わうくらいならば――と。

 

 ……かつて哲学者にして作家、エッセイストであったラルフ・ワルド・エマーソンは言った。『英雄は他のものより五分だけ長く恐怖に耐えることができる者である』、とライスシャワーは、なんと頼りなき『英雄』であろうか。五分とはいかずとも、三分、いや二分でいい。どうか、脚よ、恐怖で止まらないでくれ。そう願い、請い、そして……覚悟を決めた。

 

 ――ガコンという特徴的な音と共に、目の前の空間に緑と青が広がる。出走だ。

 

 ライスシャワーは風を切って飛び出す。歓声。風の声。ウマ娘たちの呼吸。土を踏みしめる音。それらがすべて後方にカッ飛んでいく。今回もライスシャワーは先行策を取り、いい位置についた。そして、先頭を走るのは――

 

(ブルボン、さん……!)

 

 1枠1番ミホノブルボン。内側からスルスルと苦も無く、最短距離で先頭に立ち。既に逃げの態勢。二番手には『学級委員長』ことサクラバクシンオーが付く。

 

「………………」

 

 プロシュートはトレーナー席から、その光景を見やった。悪くない。メジロマックイーンとの並走をひたすら行った事によって、悔しさを自覚したライスシャワーはかろうじてではあるが、他のウマ娘たちの気迫に飲まれてはいない。今回馬場の状態が悪く、ライスにとって初めての重馬場競争になったことは懸念点だったが、足もよく動いており、キレがある。

 

 ……あとは、地力の勝負だ。

 

 400Mを過ぎ、ライスシャワーが仕掛けた。既にスタミナを使い果たし、失速したサクラバクシンオーを躱し4番手の位置につく。このまま、追い上げる。追い上げようとする。しかし、しかし――!

 

先頭を走るミホノブルボンと、距離が縮まらない。むしろ、離されていく。無情にも。絶対的なまでに。ライスシャワーがその背にあのメジロマックイーンを重ねてしまう程に。

 

(……悔しい……悔しい悔しい悔しい悔しいッ!!!勝ちたいッ!!!)

 

「ゴォオオォオオル!!!ミホノブルボン無傷の4連勝!まるで超特急だ!

 後続に十分な差を離し、実力を見せつけました……ッ!」

 

 走り終えたライスシャワーは息を整えることも忘れて、ターフのすこし向こうでただ当然という風に仁王立ちする勝者の姿――ミホノブルボンの立ち姿を心に刻み付けた。……強い。迸るほど。それが、ミホノブルボンと初めて走ってみての感想。

 

 スプリングSの結果は、4着に入着。最善ではないが、決して悪い『結果』ではない。だが『勝負』としては……歯が立たなかった。ミホノブルボンは、二着メイドインターバンに7バ身という差をつけての圧巻の勝利。

 

「……まだ、差があるようだな」

 

 地下バ道に戻ってきたライスシャワーを出迎えるプロシュート。今まで、プロシュートはライスシャワーが落ち込むたびに説教をしたり喝を入れて奮い立たせたりしてきたが、今日はそうしたことをしなかった。その必要がなかったからだ。ライスシャワーはプロシュートの胸に頭を当て、淡々と今回のレースを語る。

 

「……今日のライスは調子は悪くありませんでした。

 ブルボンさんに勝てなかったのは、ライスの『実力』が足りなかったから。

 ……悔しいね、お兄さま」

 

「ああ。悔しいなライス」

 

 ブルームスの二人は、ただ静かに、お互いの心を確認しあうように述べた。

 

「だけどライスは……変わります。ワカるんです。怖いけれど、恐ろしいけれど……変わらなければ勝てない。そして、今、ライスは変わっている最中なんです。ここで、勝負を降りるなんて、ライスにはできません」

 

 既に、よわよわしいママッ子娘(マンモーナ)の姿はそこになく、いるのは一人の『ウマ娘』だった。

 

「ライスはブルボンさんに『勝つ』。そして、マックイーンさんに『勝つ』」

 

――かつて『泥』を見た囚人は、ついに『星』を見た。

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