ひょんなことから担当ウマ娘とデートすることになりました【短編集】   作:キビタキ

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役作りのためメジロアルダンとデートすることになりました

「トレーナーさん、実は折り入ってお願いがあるのですが…」

 

 秋のファン感謝祭…すなわち聖蹄祭を二週間後に控えた、ある秋の朝。メジロアルダンは何の前触れもなくそう切り出した。

 担当ウマ娘の願いを、担当トレーナーとして聞かないわけにはいかない。二つ返事で承諾し、その内容を尋ねてみると…。

 

「はい、演劇で主人公の恋人役に選ばれたのですが、その役作りのお手伝いをしていただけないかと思いまして…♪」

 

 両手をぽんと合わせながら、彼女はいつもと変わらない淑やかな笑顔を見せた。

 話によれば、聖蹄祭の出し物の一つである演劇の、いわゆるヒロイン役に抜擢されたらしい。だが、その心情がいまいち理解できないということだった。

 

「台本を何度も読み直しているのですが、上手く感情移入できないのです。特にこの…まだ顔見知り程度だった二人が、街中でばったり出くわして、そのままデートになって仲を深めていくシーン。この時点で既に、恋人役は片思いだったのでしょうか? それとも、ここから想いを寄せ始めたのでしょうか? そういった感情の機微が、この台本からはなかなか読み解けなくて…」

 

 台本を開いてみせ、とつとつと不明点を説明する彼女。そこには台詞だけしかなく、登場人物の表情や仕草といった細かな指示はない。恋人役はこのシーンから主人公に惹かれていく流れのようだが、確かに台詞だけではいまいち分かりにくいようにも思えた。

 

「ですので、このお話のように、私と実際にデートしていただけませんか?」

 

 難しい顔から一転して、にこにこと微笑みながら彼女は言った。そう、恥ずかしげもなく、あっさりと。

 唐突な依頼にたじろぐこちらを知ってか知らずか、彼女はいたずらっぽく続けた。

 

「百聞は一見に如かず…同じシチュエーションに身を置けば、きっとこの役の心情を理解することができると思うのです。こういったことを頼める身近な殿方も、今はトレーナーさんしかおりません。どうか、お聞き届けいただきたく存じます…」

 

 両手を前に添えての丁寧なお辞儀。担当トレーナーと担当ウマ娘の関係になっても、彼女は名門メジロ家の令嬢らしく、常に気品にあふれていた。

 ただ、この時ばかりは少し違った。俯き加減に頭を上げた彼女は、こちらの顔色を伺うようにして物憂げな視線を飛ばしてきたのだ。それはいわゆる、上目遣いといわれる行為。その紫苑色の瞳には、確かに小悪魔が潜んでいるような気がした。

 真面目な彼女が見せるはずがないと思っていた所作。その反則的なギャップに打ち勝てるわけもなく、無意識のうちに首を縦に振っていた。

 

「ふふっ、ご無理を聞いてくださり、ありがとうございます。明日は確かお時間がありましたよね? 本番まであまり余裕もありませんし、明日早速デートするということで段取りいたしましょうか…♪」

 

 そこにあったのは満面の笑み。いや、したり顔というべきだろうか。

 つややかな水色の尻尾は、いつになくふわふわと揺れていた。

 

 デートといえるのかは微妙だが、彼女と二人で出かける機会自体はこれまで何度かあった。印象に残っているのは、やはり美術館や観劇といった芸術鑑賞だが、他にはメジロ家のお屋敷や、避暑地である別荘に案内してもらったこともあった。

 ただ、いずれも『お出かけ』というよりは、『高貴な外出』と表現すべきもの…いわゆる上流階級の人間が行うイメージがあるものばかりだった。そもそも彼女はメジロ家の令嬢なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 何にしても、どうにも"浮き世離れした"お出かけばかりだったことは確かだった。そのことは彼女も気にしていたらしく…。

 

「明日は普通のデートにいたしませんか?」

 

 段取りを決める中で、開口一番に彼女は提案した。

 演劇の内容に合わせて…というよりも、彼女自身がそれを望んでいたように、何となく思えた──

 

 

 翌日の昼。幸いにも秋晴れに覆われた東京都心…その有名な待ち合わせスポットで合流する手筈となっていた。そう、この日のシチュエーションは、昼間の街中という、ごく一般的なデートだった。

 ただし、ばったり出会うという場面をできるだけ再現するため、落ち合う時間だけは曖昧にしていた。つまり、待ち合わせ場所でいつやって来るかも分からない担当トレーナーを、彼女は今ひたすら待っているという状況であった。

 腕時計をちらりと見て、そろそろと待ち合わせ場所へ向かう。あまり待たせるのも悪いという思いが、自然と足取りを速くしていた。

 

 大勢の人が佇むその場所でも、彼女を見つけるのは容易だった。

 一際目を引くロングヘア。それはアクアマリンを彷彿とさせる透き通った水色。世界に一人しかいないのではないか…そう思わせるほどに美しい髪だ。

 後ろ姿ではあったが、遠めからでもすぐに彼女だと分かった。

 しかし、近づくにつれ違和感が増し、やがて目を疑った。髪色こそ同じだが、ファッションのイメージは大きく違っていたのだ。

 いつもならベージュのブラウスに薄紫のミドルスカートといった、いわゆる清楚系の落ち着いた私服なのだが、この日は明らかに違う。ぴっちりとした純白の長袖カットソーに、烏羽色のプリーツミニスカート。もしかすると、スカート丈はあの優美でエレガントな勝負服よりも短いかもしれない。そして、その下で大胆に露出した肌色…日々のトレーニングやレースで見慣れているはずなのに、それはあまりにも眩しく見えた。

 彼女の視界に入らないように、側面に回ってみる。可愛らしい手提げカバンを両手で持ちながら、周りをきょろきょろと見回すこともなく、静かに考え事に耽っているようだった。

 意を決してそっと話しかける。その声に反応して、振り向きざま、あでやかに舞った水色のそれ。特注の洗髪剤が振りまく清らかな香りは、いつもと同じ安らぎを確かに与えてくれた。

 

「まぁ、こんなところで…奇遇ですね」

 

 口に手を当て、いかにも偶然の出会いを装う彼女。その表情は思いの外にこやかに見えた。

 一方、こちらといえば、彼女の姿を真正面から見て思わずドキッとしていた。服装が違うだけでがらりと変わってしまう印象。上半身のシルエットをこれでもかと強調する純白のそれは、同時にその陰影もはっきりと映し出していた。そこから逃げるように目を逸らした先には、健康的でいてどこかつやっぽい両脚。結局、彼女の顔を真正面から見据えることしかできなかった。

 これが彼女のデートにおける"勝負服"なのだろうか。新しい一面を見られた嬉しさと、何ともいえない気恥ずかしさに、これが役作りの練習であることも忘れて、待たせてしまったことへの謝罪を口にしてしまった。すると、すかさず…。

 

「駄目ですよ、トレーナーさん。私たちはここでばったり出会ったのですから」

 

 少しばかり意地悪っぽく、彼女は首を横に振った。あくまで演劇のシチュエーションに合わせて振る舞わなくてはならないらしい。

 わざとらしく咳払いして、今度は予定通り食事に誘った。

 

「はい、喜んで」

 

 心なしか上機嫌に頬を緩ませながら、それは普段と変わらない淑やかな受け答えだった。

 どうやら台詞選びに関しては自由で良いらしい。あくまで大まかな流れと雰囲気を味わうのが目的なのだろう。

 台本によれば、恋人役は主人公に食事と遊びに誘われ、存分に楽しんでからお別れすることになる。演劇の中では、ほんの数分で終わるシーンだ。

 

「私、あまりこういった場所に詳しくなくて…トレーナーさんが選んでくださったお店なら、どこでも構いません」

 

 自信なげに、それでいてうきうきと彼女は言った。

 となれば、定番の場所で構わないだろう。いや、むしろその方が喜んでもらえる気がした──

 

 

 清潔感のある今めかしい店内は、休日ということもあるのか、特にカップルが多く見受けられた。

 訪れたのは、"ウマバ"と呼ばれる全国的に有名なカフェ。さすがの彼女も名前こそ知っていたが、入店はこれが初めてだという。

 

「一度入ってみたいと思っていたのです。コーヒー、紅茶、日本茶…色々と嗜んで参りましたが、このようにカラフルでオシャレな飲み物はなかなかありませんから…」

 

 目をきらきらさせながら感嘆の声を漏らす彼女。視線は一箇所に落ち着かず、ガラスケース、期間限定メニューのポップ、他の客のテーブルと、次々と目移りしているようだった。

 

「どういたしましょう…これだけ種類が豊富だと、何を頼めば良いか迷ってしまいますね」

 

 注文の順番待ちが徐々に短くなり、いよいよ自分たちの番が回ってくる。どれが気になっているのか尋ねてみると…。

 

「飲み物はこの期間限定メニューのりんごと梨…どちらかにしようと思うのですが…」

 

 入店するなり釘付けになっていたポップ、そこにあったアップルティーラテとペアーミルクティーで決めかねているようだった。確かにどちらも美味しそうで、迷ってしまう気持ちもよく分かる。そういう時は両方とも頼んでしまえばいい。

 

「えっ、よろしいのですか?」

 

 水色の耳がぴんと逆立ち、彼女は目をぱちくりさせた。

 それはこちらの財布の心配をしているのか、摂取カロリーを心配しているのか、そこは分かりかねたが、たまにはこういう贅沢も…と告げると…。

 

「今日はご無理を言ってお付き合いいただいたのに、贅沢までさせてくださるのですね。ふふっ、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」

 

 胸に手を当て微笑むその姿は、いつになく無邪気に見えた。

 

 お菓子にはガトーショコラを二人分頼んで、向かい合わせに腰を下ろした。

 

「とても美味しそうですね。りんごの薄紅と梨の浅緑…色の取り合わせも素敵ですし、絵の題材としても素晴らしいように思います」

 

 長い入院生活の中で、いつしか絵を描くことが趣味となっていた彼女。日常の些細な出来事でさえ、芸術的な視点を常に持っていた。

 

「あら…トレーナーさんは飲み物を頼まれなかったのですか?」

 

 不意に発せられた怪訝の声。頼んだ二つのドリンクが、もし彼女の口に合わなかった時に備えてのことだった。

 

「申し訳ありません。私のわがままを聞いてもらったばかりに…」

 

 見る見るうちに倒伏する耳。しかし、それは少しの間だけだった。

 

「…そうだ♪ せっかくですし、半分こいたしませんか?」

 

 いそいそと尻尾を揺らして、彼女は両手をぽんと合わせていた。それは機嫌が良い時によく見せる仕草だった。

 こちらのことは気にしなくていいと伝えるも…。

 

「トレーナーさんの方こそ、気にしなくていいんですよ。私とトレーナーさんの仲ですもの…それに、これはデートなのですから、二人共が楽しまなくては…♪」

 

 そう言い終えるや、浅緑のコップを差し出す彼女。次いで、手前の薄紅を口に運ぶと、目を見開いてすぐさま満足げな感想を述べた。幸いにも、彼女の好みの味だったようだ。その笑顔を見れただけでも、ここを選んで良かったと安堵した。

 

 こういったカジュアルな場でも、彼女は淑女らしく上品に振る舞った。改めてその姿に見惚れながら話に花を咲かせていく。他愛のない会話の中、待ち合わせ場所で思わずその姿に目を疑ってしまったことを告げる。

 

「ふふ、驚かせてしまったようですね。いつもと異なる趣であることは承知していましたが、演劇の衣装に近いものをと思いまして…」

 

 恥ずかしがる様子もなくそう言ってのけた彼女に、なるほど…と相槌を打つ。そのままの流れで似合っていると付け加えると、少しばかり顔を赤らめながら答えが返ってきた。

 

「まぁ、そのようなこと…けれど、そう言っていただけて、とても嬉しいです。演劇本番も是非近くでご覧になってくださいね」

 

 ガトーショコラを器用に切り分けながら、彼女は不意を突くように続けた。

 

「ところで、そろそろ交換いたしませんか?」

 

 何のこと…と、困惑するこちらには目もくれず、その視線は半分くらいに減った浅緑に向けられていた。よく見ると、彼女の持つ薄紅も同じくらいの量だった。

 おそるおそるその真意を問う。言わずもがな、彼女の言う半分ことは、そういう意味らしい。

 

「もしかして…ご無理を申し上げたでしょうか?」

 

 遠慮する理由が本当に分からない…そんな顔で、耳をぴくぴくと上下させる。

 

「確かにお行儀は悪いかもしれませんけれど…他のカップルの方々もされているようですし、私は平気です。だって、これはデートなのですから…」

 

 すっと差し出される薄紅のコップ。やおらに受け取ると、彼女は可愛らしい小動物でも見るように目を細めてみせた。

 所有者の入れ替わったそれを、お互い口に運ぶ。味蕾を心地良く刺激する高貴な味。甘酸っぱいりんごと、淡く穏やかな梨の取り合わせは、意外にも相性抜群に思えた。

 同じことを感じていたのか、彼女もこちらを見ながらくすくすと笑っていた──

 

 

 ウマバを後にしてからは、典型的なデートコースを辿った。ゲームセンター、カラオケ、ショッピングモール…一般的なカップルが真っ先に訪れるであろうそれら。しかし、いずれも彼女とは初めての体験だった。

 生まれつき病弱で、深窓の令嬢だった彼女。友人と外に遊びに行くことすら稀であったという。ましてや、トレセン学園に入学してからは怪我による入院もあり、とても悠長にお出かけする時間など無かった。言い換えれば、精神的な余裕が一切無かったのだ。

 しかし、今は違う。スカウトされてからはメジロ家の友人だけでなく、クラスメイトとともプライベートで交流を深めているし、学園の食堂で談笑している姿もよく見かけるようになった。

 そして、今日のデート…今まで知らなかった姿を何度となく見せてくれた。初めて触れたであろうメダルゲームで大はしゃぎしたり、カラオケルームでダンス付きで持ち歌を披露してくれたり、アパレルショップで普段着ないような服をいくつも試着してみたり…全てが新鮮に感じた。

 それはきっと、彼女に対してずっと大人びた印象を持っていたからだ。実際、お姉さん気質のしっかりした性格であるし、トレーニングへのストイックさは並大抵のものではない。

 だが、ひとたび街に繰り出せば年相応の女の子になる。演技ではなく、彼女は心から楽しんでいるように見えた。そう、まるで本当のデートのように…。

 トゥインクル・シリーズという途轍もなく過酷な舞台に挑みながらも、やはりその本質は年頃の少女なのだと、今更ながらにその当たり前の事実を再認識していた。

 

 淡い街灯に照らされた帰り道。

 不意に、秋の夜風が水色のロングヘアを撫でた。毎日入念に手入れしているであろう一本一本が、絹糸のようにさらさらとなびいている。

 

「どうしても確かめたいことが一つあるのです。最後までお付き合いいただけますか?」

 

 たおやかに舞うそれに手を当てながら、その横顔はとてもリラックスしているようだった。もちろん、断る理由なんてなかった。

 

 帰りの電車がトレセン学園の最寄り駅に着いたのは、空がすっかり紺色に染まり切ってからのことだった。ただ、門限まではまだ時間がある。彼女の提案で、通い慣れた河川敷の土手沿い…契約を結びたての頃に、散歩コースとしてよく訪れたその場所を二人で歩いていた。

 

「今日は色んなことがありましたね…」

 

 妖しくきらめく星々に向かって、感慨深げにささやく彼女。レースに勝った時よりも嬉しそうな顔をしている…思わずそのことを伝えた。

 

「あら、そうなのですか? あの瞬間もこの上なく嬉しいはずなのですけれど…でも、今日は本当に楽しかったですから、そう見えても不思議ではないかもしれませんね」

 

 楽しんでもらえたのならそれ以上のことはない。彼女をエスコートした身として、それは最大の賛辞だった。

 一方で、そもそもの目的である、恋人役の心情は理解できたのかと問うと…。

 

「はい、何となくですが…おそらく、恋人役は主人公とばったり会う前から、自分でも気づかないうちに片思いしていたのだと思います。多分…いえ、きっとそうです。そして、即席のデートの中で、その思いが確信に変わった…」

 

 とつとつと、それでいて婉麗に彼女は告げた。役作りのために、無事に自分なりの答えが見つかったようだった。

 

「ふふ、これで恋人役の心情はばっちりですね。今日の経験を活かして、本番では素晴らしい演技を披露してみせます…♪」

 

 水色の尻尾を軽やかに波打たせて、得意満面に自信をみなぎらせる彼女。そこには確かな安堵感が内包されていた。

 充足の余韻に浸る、一拍の静寂。やにわに、彼女はその柔らかな声を響かせた。

 

「トレーニング以外で、トレーナーさんとこんな時間まで過ごすのも久しぶりですね。何だか…あの日のことを思い出してしまいます…」

 

 あの日とは一体…首を傾げるこちらへと向けられたのは、どんな宝石よりも美しい紫苑色の瞳だった。

 

「覚えていますか? 美術館で開催された"刹那展"の帰り…私の覚悟を聞いてくださった、あの夜のこと…」

 

 もちろん…と、すぐさま。

 選抜レースを見事に走り抜いた彼女と契約を結んだ翌日、案内されたのは様々な芸術家の"遺作"だけを集めた展示会だった。そこに宿るのは刹那の息遣い。彼女は確かに言った。『短くとも。儚くとも。ほんの微かな光跡であろうとも。私は私自身の生きた軌跡を、「今」に一筋、残したいのです』と…。

 

「あれから、たくさんの"今"がありました。嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、苦しいことも…いつもトレーナーさんと一緒に。そして、これからもたくさんの"今"が訪れるでしょう。以前の私なら見られなかった未来も、二人でなら掴み取ることができる…あなたという止まり木があるからこそ、私はどこにだって羽ばたいていけるのです」

 

 ほのかな月明かりのような淡く優しい面持ち。それとは対照的に、その両耳はぴくぴくと定め無い。まるで、気恥ずかしさを必死に紛らわそうとしているようだった。

 

「だから…感謝してもし尽くせないほど、本当に感謝しています。私の覚悟を受け入れてくださったトレーナーさん…もし、あなたに出会えなかったら、私は…」

 

 そっと口をつぐむ彼女。その後に続く言葉は口に出すまでもない…満足げに微笑む彼女の横顔が、その答えだった。

 川沿いに果てしなく続く道を、しずしずと横並びに歩く二人。心地良いしじまに、涼やかな微風が吹き抜けていく。歩き慣れたこの場所で、担当ウマ娘と改めて心を通じ合わせられたこと…それはこの上ない幸せだった。

 ふと、そういえば…と、出し抜けに切り出す。ここに来る直前、彼女は確かめたいことが一つあると言っていた。それは何かと問いかけるや、口に手を当てふふっと微笑んでみせた彼女。次いで、いそいそと尻尾を揺らめかせながら、その声を上擦らせた。

 

「そうですね…♪ どうやって確かめようか悩んでいたのですが…決めました」

 

 わずかばかりあったお互いの距離を詰め、彼女はぐっと体を近づけてきた。二人の隙間はもはや風も吹き抜けられないほど。耳打ちのごとく、どこか甘美なささやきが間近で鼓膜を撫でていく。

 

「私は先ほど、恋人役の心情が理解できたと申しました。それと同時に、どうしても確かめたくなったのです。主人公役は今、どんな思いを抱いているのか…」

 

 意味深に言い終えるや、彼女はおもむろに視線を落とす。その歩調も距離感も変えることなく、静謐な表情をしたまま…。

 その時だった。

 手に温かな感触が宿る。指と指とが交錯し、瞬く間に絡め取られていく。やがて全てが彼女に包み込まれると、優しく、柔らかく、ほのかに体温が伝う。

 突然の出来事に、思わず目を白黒させるしかなかった。ただ、混乱する頭をよそに、自らの手は逃げるでもなく、振り解こうとするでもなく、彼女をすんなりと受け入れ、気がつけば、同じようにぎゅっと握り返していた。彼女の思いを受け止めるため、そして、とめどなくあふれる何かを伝えるために。それはきっと、知らず知らずのうちに育まれていたもの…そのことに気づくのに、大して時間はかからなかった。

 おそるおそる彼女の方を向く。そこにあったのは、アップルティーラテのように赤くなった顔。こちらを見上げるようにして、いたずらっぽくはにかんでみせる。

 

「ふふ…やはり主人公役も、恋人役と同じ気持ちだったのですね…」

 

 耳と尻尾が、共鳴し合うようにふわりと揺らめき、嬉しげに反応する。その満たされた表情は、今まで見てきたどの彼女よりも庇護欲を駆り立てるものだった。

 思いがけず高鳴る鼓動。一人の少女としての姿をありありと見せつける彼女に、愛おしさが募っていく。

 

「トレーナーさん…これからも、どうか私と一緒に…」

 

 手を強く握り返して肯定する。彼女もまた、同じように。

 

「私たちの未来が…光多きものでありますように…」

 

 彼女はささやく。三女神のようにささやく。穏やかに、そして、淑やかに微笑みながら。

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