式根島での作戦失敗から一週間程経過し、黒の騎士団の潜水艦は太平洋上のブリタニア海軍の勢力範囲外を航行していた。新たに手に入れたVTOL機の飛行訓練を実施する為だ。ブリタニア軍で正式採用されているVTOL機【T4】、陸戦兵器であるKMFを迅速に空中から展開する為の航空機で、サザーランドやグラスゴーと言った機体を基部に固定する事で運搬とスラッシュハーケンによる降下を行う事が出来るのだ。ゼロの手腕で潜水艦に搭載出来る限界数である四機を手に入れた事で、今後行われるであろう大規模作戦を見据えてパイロットの育成を行っている。上空を二機のT4が編隊を組んで飛行している真下、潜水艦の発進口に繋がる格納庫の中で浦城京介は一機のリフトアップされたT4と神讃を前に腕を組んで、何かの確認作業をしている整備員の動作を見守っていた。
「やっぱりダメですよ浦城隊長、この機体じゃ肩幅があり過ぎてどうやっても横向きには固定出来ませんぜ!」
「ソケットに嵌められるスラッシュハーケンの規格は一緒なんだろう?」
「そこは一緒でさぁ! けど肩のやつはダメですよ、両肩を無頼の装甲に変えるか基部を延長して無理矢理突っ込めばどうにかなるかも知れないけれど、固定も甘くなるしその内VTOLの方が逝かれちまう! 両腕を前に出してそっちのスラッシュハーケンを接続するしか無いです! ワイヤーで懸架する形にするのが精々ですよ!」
言いながら前ならえのポーズを取る整備員の姿を頭上に見上げ、京介はその黒髪をガシガシと掻いてため息をついた。T4はブリタニア系のKMFは勿論、紅蓮や月下と言ったインド軍区製の機体でも工夫すれば固定する事が出来る。だが神讃------エクター・ド・マリスはブリタニア製でありながらその大部分が違っていた。内部パーツや手足の接続部は勿論共通規格だが、そもそもその手足やランドスピナーが大型の特注なのだ。ここで両腕------と言うより両肩のパーツがハードポイントと大型スラッシュハーケンの所為で大型になっている為、VTOLとの接続に不備が生じてしまっている。更に別の問題点を上げるとすれば、機体を奪取した際に予備パーツも同時に手に入ったのは僥倖だったが、今後の事も考えてパーツを複製する為に、内部駆動系を除いた全てのパーツがインド軍区に送られてしまっている。だから式根島の戦いで損傷していた右肩の装甲は取り外され、間に合わせで加工された無頼の肩装甲が取り付けられている始末だった。
「そんなんで飛べるのかよ!?」
「飛ばしてみないと分からんでしょう! パイロットが慣れてくれりゃあ何とかなりますって! ね! おい、三番機が戻ってきたら無頼を乗せて送り返してやれ! こっちの四番機ももう飛ばして良いぞ、パイロットを呼んでやれって!」
楽観的な返答を投げてから、その整備員は自分の仕事に戻った。自分の仕事以上の事には関わらないという事をはっきりと意思表示している。その姿勢自体は、京介に取っては好印象だった。だから仕方なく、帰って来たばかりのVTOLから取り外された紅蓮陸式から降りてきた昴みゆきに声を掛ける。その身体は、機体と同じ黒に赤のラインが入ったプロテクションスーツに包まれていた。
「乗り心地はどうだったよ」
「あんまり良くないかも? グラグラ揺れてもあんまり影響は無いけど、降りるまで下をずっと向いているのはちょっとね。紅蓮タイプのシートは只でさえ長時間の操縦には向いてないんだし。煙草ある?」
汗に濡れた染め直した金髪を掻き上げるみゆきにモスレムを差し出すと、ソフトケースから一本抜き取ったみゆきはそれを咥えながらプロテクションスーツの上着をホックを外して前を楽にしてから、正面のジッパーを胸元辺りまで下ろした。噎せ返るような女の匂いを胸元から撒き散らしながら紫煙を吐き出す彼女の姿を前に、京介は思わずため息をつく。ついてしまってから、それを誤魔化すように自身もまたモスレムを咥え込んだ。
「そう言えばアンタ、紅月とヒッドイ喧嘩したって本当?」
「はぁ?」
互いに紫煙を吐き出してから唐突に放たれた言葉に、京介は思わず上ずった声を上げてしまった。
「噂になってるよ? 式根島の後にすっごい怒鳴り合ってたとか、京介が紅月を思い切りビンタしたとかさ? 実際のとこどうなの?」
「どうって……別にお前には関係無いだろ?」
「じゃあ事実なんじゃんかーもう、さっさと仲直りしときなよ?」
言うだけ言って、みゆきは片手をヒラヒラとさせながらその場を離れて行く。後に残された京介はモヤモヤとしたものを抱えながら、飛び立っていくVTOLを見送った。事実、式根島での戦いの後、姉である浦城夏希の件で混乱していた京介は紅月カレンと喧嘩し、更にその戦いの中での彼女の行動に我慢出来ず手まで出してしまった。今にして思えば個人的感情と戦場での優先順位をごちゃ混ぜにしていた所為なのでは無いかと思っていたが、どの道彼女も自分も互いに避けるようにこの一週間程を過ごしている。だから今更どんな言葉を掛ければ良いのかも分からず、今回も地上拠点から逃げるようにVTOLの慣熟飛行訓練に愚連隊として参加したのだ。
「クソッ……」
悪態をついてからモスレムのフィルターを握り潰して消火すると、京介はそれを携帯灰皿に押し込んだところで団員の一人に声を掛けられた。一瞬その顔がモスレムの臭いに反応したのを京介は見逃さなかったが、基本的に格納庫内の独特な臭いに慣れていないのか、鼻をひくひくとさせている。
「浦城隊長、ゼロから通信が入っています! 会議室へ!」
「ゼロから? 要件は何だ!」
「至急との事です! 南艦長代理もお待ちです!」
一体何なんだと思いながら、京介は足早に会議室へと足を向けた。呼びに来た団員も続いてやや足早に格納庫を後にする。正直に言って、京介はその団員が仕方なく来たのであろう事も理解してはいたが、黒の騎士団の最前線に繋がる現場で自らの嫌悪感を隠そうともしない姿勢が嫌いになっていた。KMFでの戦闘以外にも、情報戦が重要と言うのは理解している。それぞれの団員が自分に出来る能力を発揮して、力を発揮出来るのが黒の騎士団だ。それでも命を張っているのは実戦部隊で、そのお台所に入っておきながら嫌悪感を示すと言うのは単純に失礼だろうと言う話だ。実戦部隊が全滅すれば、次に命を散らすのは自分になるのだから。気が付けば呼びに来た団員は姿を消していたが、京介は自分が考え過ぎではないと思いながらも、会議室へと入って行く。だだっ広い会議室の中では既に南がモニターに表示されたゼロと言葉を交わしており、京介が到着するや否や彼は本題へと話を持って行った。
≪今から一時間程前、キュウシュウブロックのフクオカ基地が中華連邦の戦力を中心とするグループに占拠された。代表は澤崎敦、戦争前の枢木政権で官房長官を務めていた男だ≫
モニターの中のゼロが小さなウィンドウに変わり、それが左上に動くと同時に放送されているのであろうニュース番組の映像が新たに表示された。黒いスーツに身を包み、広い額を持った瘦せ型の男が映し出される。その背後には、大量の中華連邦で使用されているKMF------そう呼ぶには貧弱な見た目の------
≪黒の騎士団の活躍で生じた内情不安の隙を狙ったのか、中華連邦の曹将軍の協力を得て蜂起したようだ。フクオカ基地を中心に、独立主権国家日本の再興を宣言している≫
独立主権国家日本、一見すると聞こえの良い単語だが、背後に大国である中華連邦の影があるのなら、諸手を挙げて賛成出来るものではない。中華連邦の武力を使用している以上、その血を流して手に入れられたものは中華連邦のものだ。結局は、今のブリタニアの立ち位置に中華連邦が収まるだけ。民間人の立場も、そう大きく変わるものではないだろう。京介は素直にそう思った。曹将軍と言うのも中華連邦内での立場が低いものだから、自身の手柄を上げる為に今回の行動に同調したのではとも。
≪この蜂起はキョウトにも一方的な宣言を持って実施されたものだ。サクラダイトの採掘権に関する内容をな≫
「キュウシュウはこれから嵐だろう? ヤマグチやシコクからの陸路を抑えられたらブリタニアの進軍は……」
≪当然停滞するだろう、航空戦力も無力だ。その間にキュウシュウブロック全域を抑えられれば面倒な事になる≫
南に言葉を返したゼロに、京介は続け様に言葉を投げ掛けた。
「黒の騎士団としてはどうするつもりなんだ? 言葉遊びの延長線上とは言え、日本が立ち上がろうとしている。無視するのか、協力するのか」
≪そう、あの日本を我々は認める訳にはいかない。海洋部隊をすぐにヨコスカへ戻してくれ、必要な部隊は現在移動させている。合流後、主要な団員を集めて今後の目標を通達する。VTOLの訓練はどうなった?≫
「飛ばすだけなら全員、KMFを乗せて飛ばせるのは二人くらいだ。俺の機体を安全に飛ばすにはまだ時間が掛かりそうだがな」
≪分かった。すぐに部隊を回収し移動しろ、以上だ≫
そう言って通信が終わると、京介は南と顔を見合わせてから会議室にある内線電話に向かった。南は南で潜水艦をヨコスカへ向かわせる為の指示を出しに行き、背後でドアが閉まる音を聞きながら、京介は壁に貼られた内線番号表を見ながら受話器を取って、格納庫に繋がる内線番号を押した。何度かコール音が耳朶を打ち鳴らした後、間延びした男の声がスピーカーから響く。
≪格納庫―≫
「浦城だ。訓練中のVTOLを全機収容、KMFも指定の位置に固定してくれ」
≪訓練中止ですか?≫
「ゼロの指示だ、今すぐ動け! 作業完了後は艦長席に連絡、いいな! 急げよ!」
≪四番機がたった今出て行ったばかりなんですよ!?≫
「戻らないなら置いて行くから墜落しちまえとでも言ってやれ! 固定作業は暇しているパイロットが居るならそいつらも使え、軌道らが居るだろうに。俺も行ってやる! 以上!」
ダァンッと音を立てて受話器を基部に叩きつけるように引っ掛けて、京介はモスレムを一本咥えながら会議室を出た。ゼロの語る今後がどのようなものになろうとも、それは必ず戦火が上がるものになる。絶対とでも言うべき確信が、京介の心の中にあった。そして願わくば、その戦いの激しさが自身の抱えている悩みや問題を全て吹き飛ばしてくれないかと言う思いも。
ヨコスカ港に置かれている内部を繰り抜いた偽装タンカー内に浮上した途端、必要最低限と思われる月下や紅蓮、無頼が潜水艦内部の格納庫に送り込まれてきた。他にはバラバラの状態で搬入された機体もある。ゼロやラクシャータからガウェインと呼ばれている大型KMFだ。中華連邦がタンザニアでブリタニア軍から強奪した機体だそうで、その解析を任されたインド軍区がご丁寧に黒の騎士団へと横流ししてくれたのだそうだ。ゼロの指示で黒と金色に塗られたその機体は通常のKMFの二倍の大きさを誇り、更にフロートシステムと呼ばれる六枚からなる翼のようなパーツを装備している。式根島で見たあの空中戦艦と同じ原理で、これがあればKMFが戦闘機のように空を飛び戦う事が出来るらしい。だが京介が知る限りでは、複座型をしているそれを動かすパイロットはゼロ以外まだ決まっていなかったはずだった。
「ガウェインを使うのかよ! パイロットはどいつだ!?」
固定バンドで床と固定された神讃の上から、今まさに組み上げられようとしているガウェインを見ながら京介が声を荒げると、ヨコスカで合流して来た整備員が解答を持っていた。
「C.C.さんだそうですよ! ゼロの命令です!」
「C.C.? アイツ動かせるのか!?」
「少なくとも無頼の模擬戦じゃあ玉城さんには勝っていますよ! あれじゃあ愛人兼用心棒みたいなもんです!」
言うだけ言って自分の仕事に戻った整備員のむさ苦しい尻を向けられてから、京介はあの緑髪の女------C.C.の冷たい眼と表情を思い出していた。とても自分から何か行動を起こすようには見えなかったが、ゼロの傍には常にあの女が居る。拘束衣という目を引く格好の所為で下品な目で団員達に目を向けられていた事は知っていた。それを意に返していない事も、実際に手を出そうとした奴が憔悴した様子で精神的不調を訴えて医務室送りになった事もあった。カレンや四聖剣の千葉にそう言った実力行使が無かったのは、二人の実際の腕っぷしを知っていれば間違いを起こす気にもならないのは当然だ。だから一部の連中は目で見るだけで満足し、一人の時の自慰でその脳内に咲いた性的欲求を満たすのだ。C.C.に手を出そうとしたのは、余りにもその人格や背景が分からないと言う事もあったのだろう。但し、その後不祥事が発覚した場合にどうなるかまで考えられる頭は無かったのだろうが。
と、頭の中で余計な事を考え始めていた京介の意識を、東の声が現実へ引き戻した。声がした方向を見れば、格納庫の内線電話に取り付いている。何処かから連絡が入って、その相手が自分を呼んでいるのだろう。すぐに神讃の上から飛び降りて東の下へ向かうと、彼は京介に受話器を差し出した。
「南艦長代理から。積み込みが終わったから今から港を出て急速潜航、キュウシュウに向かうって」
「まだ固定も終わってねえってのに! 南さん、ガウェインの組み立ても終わってないんですよ! 機体の固定作業を優先させる、後五分は欲しい!」
東の持った受話器にそう怒声を飛ばして、京介は目の前の少年に今から五分後の予定を確認しておけと指示を飛ばした。どう言えば良いのかと戸惑う様子を見せた東に、京介はその頭を軽く小突いてから口を開く。
「そのまま!」
そしてさっと身を翻して作業中の整備員達を視界に入れると、肺に一気に空気を入れてから大きく叫んだ。人の掛け声と重機の音が鳴り響く喧騒の世界に、よく響き渡るように。
「後五分で移動から急速潜航だ! KMFの固定を最優先にしろ! ガウェインの組み立ては安定してからだ、急げよぉ!」
艦の運航作業から離れても支障の無い団員全員が会議室に集合するよう艦内放送が掛けられたのは、ヨコスカを発って三十分程が経過してからだった。急速潜航後に揺れが安定した艦内で再び始まったガウェインの組み立て作業を眺めていた京介はその放送で腰を上げ、今日何度目かの会議室との往復を実行する。既に会議室は多数の団員でごった返しており、京介はその人混みの間を縫う様にして前へ出た。既に大型モニターの前にはゼロが立っており、藤堂を始めとする幹部も勢揃いしていた。どうやら格納庫でえっちらおっちら大事な積み込み作業を監視していたのは、愚連隊だけだったらしい。人混みから出た段階で京介の傍には井上が居た。そしてその隣にはカレンの姿。気を利かせようとしたのかカレンと立ち位置を変わろうとした井上に、京介は咄嗟に袖を引っ張ってその場に引き留めた。怪訝そうな表情を浮かべた彼女にゼロの話を聞こうと言わんばかりに、京介は顎で正面に向くように示す。そんな滑稽にも見える京介の姿を見てから、全員が揃ったのであろうと判断したのか、ゼロはざわつく団員達を鎮めるように両手を開いた。
「諸君、よく集まってくれた。今から話すのは君達も知っての通り、キュウシュウで起きた澤崎敦による独立主権国家日本についてだ。我々黒の騎士団は------あの日本について関知しない」
「するってえと?」
「澤崎と合流はしない。あれは独立と言えば聞こえは良いが、実態は傀儡政権だ。中華連邦のな」
惚けた声を上げた玉城の声に対してゼロははっきりと黒の騎士団としての立場を口にする。だが今回は内容が内容の為、他の団員から事情を確かめるような質問が飛ぶ。最初に口を開いたのは、四聖剣の卜部だった。
「だが、あれは日本を名乗っているぞ」
「名前と主君が変わるだけだ。ブリタニアが中華連邦に挿げ変わるだけで未来は無い。無視するべきだ、あの日本を」
「その日本に対するブリタニアの行動はどうする? 放っておいて、また日本の名を掲げる存在を彼奴等に蹂躙させるのか?」
卜部の言葉に一瞬の静寂が訪れるも、それに口を挟んだ存在が居た。ディートハルトだ。このブリタニア人はマスコミと言う立場を活かして様々なツテから情報を手に入れ、黒の騎士団の人気向上や人員増員に役立っている。大きなやらかしと言うのも、先日のカワサキゲットーの入団試験施設の襲撃と壊滅くらいで、それも直接彼に責任が発生するものでは無かった。
「ゼロ、ここは組織としての方針を団員に対して明確にしておいた方が良いのでは?」
「そうだな。澤崎の件は置いておくにしても、当面の目標くらいは定めて置いた方が……」
ディートハルトに同調するように扇が声を上げると、ゼロはその言葉が言い終わる前に言葉を発した。
「トウキョウに独立国を作る」
その言葉に団員達は耳を疑ったのか、静まっていた会議室が一斉にざわつき始める。
「独立!? 今独立って言ったか!?」
「国を作るなんて本気かよ!」
「俺達がやるのか? 冗談だろ!?」
その混乱を纏めるかのように、困惑した様子の扇が声を荒げる。他の幹部達も困惑した様子で、それに続いた。
「待ってくれゼロ、いくら黒の騎士団が大きくなったと言ってもそれは……!」
「敵は世界の三分の一以上を占める大国だ」
「俺達だけでそんな事が出来るって言うのか!?」
困惑と混乱が肥大化していく中、京介は黙ってジッとゼロの仮面を見つめていた。元々ブリタニアから日本を取り戻す為に戦っていた黒の騎士団だ。その為には色々な考えがある。コーネリアやユーフェミアと言った皇族を人質に取り、交渉のテーブルに着かせる事。各地でテロを勃発させ、その勢いのままにブリタニアに日本から手を引かせる事。それらの為に日本とブリタニアを問わず悪人と呼ばれる存在を打ち倒し、軍を攻撃して来た。そんな中で、指導者であるゼロがブリタニアの支配下にあるこのエリア11の中に独立国を作ると言ったのだ。恐らく、澤崎のように外国の兵力に頼らずに。だから京介は、ゼロがこれから何を言おうとしているのかを待っていた。案の定、ゼロはざわつきを抑えるべく声を荒げて演説染みた言葉を発する。
「では諸君らに聞こう! お前達は何処かの誰かがブリタニアを倒してくれるのを待つつもりか? 誰かが自分の代わりにやってくれる、待っていればいつかはチャンスが来るとでも!? 甘ったれるな! 自らが動かない限り、そんな
ゼロの言葉で会議室に静寂が訪れ、やがてポツポツと雨が降り始めたかのように賛同の言葉が降り始める。それはいつしかゼロの名を叫ぶ合唱と化し、大きな渦となって黒の騎士団を飲み込んだ。そんな中で、京介はただ一人無言で仮面の男を見上げていた。その目はこれからの黒の騎士団や日本の未来と言うよりは、その中で起きる戦いを見据えているようだった。結局ゼロは黒の騎士団の最終目標を掲げて賛同を得た後、澤崎の動向を見守る為にキュウシュウ近くまで潜水艦を移動させる事を発表する。十中八九ブリタニアに敗北する未来は変えられないだろうが、黒の騎士団としてどう行動するかはギリギリまで見極めたいと言う事だった。
ゼロの発言は作業の所為で会議室に集まれなかった団員達の間にも瞬く間に広がっていき、艦内は熱気という熱気で湧き上がっていた。大多数の人間がその胸に掲げて入団した思いである日本の解放が、遂にはっきりと示されたのだ。ゼロが居れば自分達はブリタニアに勝利出来る、今までも胸の内に抱いていたその思いが、遂に日本を取り戻せるという表立った感情に昇華したのだ。それは京介達愚連隊の中でも同様で、軌道達は兎も角永瀬や竜胆を始めとする無頼乗り達までもが、浮足立っていた。
「トウキョウに独立国家ねぇ……やっぱりブリタニア政庁を制圧すんのかな」
愚連隊に割り当てられていた寝室の中で、二段ベッドの下段に寝転がりながら軌道がそう言葉を零した。その足元には東が座っていて、その反対側のベッドにはみゆきと甲斐が肩を並べて座っている。京介と言えば、その軌道が寝転んでいるベッドの更に奥、部屋の中に三つある二段ベッドの一つを占領するように、頭の後ろに手を組んで寝転がっていた。
「そこが最終目的地にはなるだろう、あの場所を抑える事はコーネリアを捕らえる事に繋がる。後は占拠したトウキョウ租界に各地のレジスタンス達が集まり、防備を整えれば------」
「私達の日本が復活する?」
甲斐の言葉を引き継いだみゆきが締め括るも、東が不安げに言葉を投げ掛けた。
「けどそう上手く行くのかなぁ、今までの作戦だって奇襲が前提だったし。真正面からやり合って勝てる理由は……」
「今考えたってしょうがないだろう、翔」
「けどさぁ!」
甲斐とやり合う東の言葉を聞きながら、京介は足を組んで大きな欠伸をした。そして寝転んだ頭上から叩き付けられる子供の口喧嘩のようなやり取りに限界を迎えると、頭をガシガシと掻きながらベッドから立ち上がる。その姿が、全員の視線を引き付けた。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ。今は澤崎の日本に対してどう動くかが一番で、その先の事はまだどうでも良いだろう」
「そう言われればそうだけどさぁ、まあ、結局その時もゼロの作戦有りきってのは確かだけどよ」
「うだうだ考えたって気が滅入るだけだぜ。今は自分の仕事を考えろよ、翔」
「……分かったよ」
部屋の内線電話が鳴り響いたのは、丁度そのタイミングであった。立っていた京介が受話器を取ったところ通話先の相手はゼロで、内容はキュウシュウのフクオカ基地襲撃作戦への参加要請だった。
普段通りの黒の騎士団のジャケットの下に、藍色をベースに黒いラインの入れられた専用のプロテクションスーツに着替えた京介を格納庫で出迎えたのは、数時間前に整備員に言われたようにVTOLに前ならえ状態で接続された神讃の情けない姿だった。右肩は無頼の装甲のままで、コクピットブロックを解放し、無人のシートがパイロットを待っている。左肩のハードポイントは散弾砲から通常のアサルトライフルに付け替えられていた。よく見れば、グリップ下部から飛び出ているマガジンが通常の物より長い。多弾倉だ。他のKMFは床に固定されたままで、唯一組み上がった状態で片膝をついて前屈みになっているガウェインのコクピットだけが解放されて、その前部シートにC.C.が座っているのが見えた。普段の拘束衣では無く、プロテクションスーツでも無く、まるでゼロのスーツを白くしたような服装をしている。少しの間白に映えるその緑色の髪を見つめていたが、ガウェインの足元にゼロが立っている事に気が付くと、京介は慌ただしく移動している団員を避けながら彼に近寄って行った。
「ゼロ!」
京介の呼び掛けにゼロは振り向き、コクピットに登るワイヤークレーンに手と足を掛けながら返答を返す。
「敵航空戦力はガウェインで殲滅し、その後私は敵司令部を叩きに行く。その間に後続の地上部隊の足止めをやってもらいたい!」
「俺単機でやるには荷が重すぎねえか!? こっちの機体はガウェインと違ってステルス性が無い、空で撃ち落されたら終いだぞ! 対空砲火だってあるし、海上を飛ぶにしたって爆雷だってある!」
「当たらないように祈れ、VTOLのパイロットを信じれば良い! ナリタと同じ奇跡を起こすのだ! それに、鋼髏程度であれば神讃だけで十分だろう。黒の騎士団の意思の象徴として、ガウェインと神讃を使うのだ」
「分かったよ! 黒の騎士団は澤崎を徹底的に叩くって事で良いんだな!」
「そうだ!」
ガウェインにワイヤーで登っていくゼロを見上げてから、京介は待機しているVTOLに近づいた。既にパイロットは搭乗しており、出撃の時を待っている。京介は神讃のシートに座り、乗る前に整備員から手渡された母機であるVTOLとの通信の為のインカムを耳に付けた。格納庫の雑音の中でも、パイロットの声がはっきりと聞こえる。
≪ゼロからは時間差で出るように言われてます! 機体の接続が安定しないので揺れると思いますが、良いですね!?≫
「大丈夫だ! 俺を降ろしたら撃ち落されない内に戻ってくれ! ただ、降ろす前に落とされるなよ!」
≪勿論ですよ! ここで仕事を熟せれば、自分もVTOL隊で良い思いが出来るってもんです!≫
頼もしいパイロットの言葉を聞いて、京介は笑みを浮かべながらシートをコクピット内部に移動させようとした。だが直後、視界の下の方に赤毛の女が入り込んだ気がして、その動きを止めた。視線を動かせば、神讃の足元にカレンが居た。青い目でジッと京介を見つめている。出撃前と言うのもあって、やや苛立ちながら京介はコクピットの淵に手を置き、覗き込むように眼下に声を投げた。
「何だよ!? 危ねえから下がってろ!」
「一人で乗り込むんでしょう! 大丈夫なの!?」
「ブリタニアに殴り込むよりはマシだろう! 今更心配されるような事じゃない!」
地上から投げ返された言葉を投げ返すと、格納庫の中が一瞬大きくざわついた。視線を揺らせば待機状態だったガウェインが立ち上がり、発進口の方へと歩き始めている。整備員達や初めてガウェインが飛ぶところを見ようとする団員達の声で、格納庫内がごった返している。京介もガウェインのその大きな体躯で本当に飛べるのかどうか半信半疑だったが、直後に飛び込んで来た光景でそんな思いは吹き飛んでしまう。
≪ガウェイン出ます! ガウェイン発進!≫
インカムから飛び込んで来た誘導員の無線に一瞬意識を取られた後、京介の目の前でガウェインはまるで風に舞い上げられた木葉のようにふわりと浮き上がり、そしてそのまま嵐の晴れた夜の闇に向けて飛んで行った。本当にKMFが空を飛んだのだ、目の前で実例を示されても、錯覚だったのでは無いかと思ってしまう程の衝撃だった。暫し茫然とガウェインが飛び立った後の虚空を見つめていた京介だったが、VTOLのパイロットからの無線で現実に引き戻される。
≪そろそろ発進です! ご準備を!≫
「っと、分かった! カレン、これ持ってろ!」
言うが早く、京介はジャケットのポケットからモスレムのソフトケースを取り出して放り投げた。封を切ったところから一本飛び出し、宙を舞っていく。慌てた様子でカレンがそれらをキャッチしたのを見ると、シートに座り直しながら言葉を続ける。
「無事に帰ったら渡してくれ、怪我して帰ったらそのまま預かっていてくれよ、禁煙すっから!」
「無事に帰って来ても禁煙しなさいよ、未成年なんだから! 行ってらっしゃい!」
カレンの言葉を聞きながらシートがコクピットに格納され、京介は機体の各部チェックに移る。既にVTOLは動き出し、発進口へと移動している。何の気無しにやって見せた自分の行為に自分で驚きつつ、京介は自分も存外女々しいのだと自覚していた。喧嘩別れのようなダラダラとした行為をやっておきながら、咄嗟に自分の形見のようなものをかの女に渡してしまっている。それは出撃前に顔を見に来たカレンにも言える事ではあったが、結局の所双方共に未練があるのだ。言葉にしないと伝わらない事があると分かっていても、青少年故の意気地の無さと頑固さが和解の邪魔をしている。
≪発進しますよ!≫
「おう!」
VTOLが浮上し、京介はKMFをジャンプさせた時に感じていた重力に引かれる感覚を覚えなかった。居心地の悪い浮遊感に全身が包まれ、やがてその浮遊感はGとなって京介の身体をシートに押し付けようとする。普段とは何もかもが違う感覚に高揚感を覚えつつ、京介は次なる戦場へと向かって行ったのだった。