CODE GEASS 霧散の血潮   作:REDALERT

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CASE-2 打算

 

黒の騎士団に救出された京介達がトラックの荷台に押し込まれるように乗せられてから、既に一時間近く経過したように思えた。荒廃したゲットーの中をどう進んでいるのか分からないが、頻繁に左右に曲がっているところを見ると軍の目を避けるために大回りしているのだろう。荷台の中の様子も様々だ。全員が不衛生な環境からそのまま出てきたお陰で、荷台の中は油や汗の臭いが充満し、同乗している黒の騎士団のメンバーは背中を向けて黙りこくっている。単純に臭いのだろう。だがそんなストレートに嫌悪の感情を表に出せるということは、少なくとも黒の騎士団はある程度の衣食住は確保出来ていることの裏返しであることを示している。自分達の間では臭い等気にすることもない環境にあるから、他人に対しては反射的に行動してしまうのだ。

 

 

京介は目の前で大物ぶって寝転がっている軌道の姿を一瞥すると、そのままその隣で腕を組んで胡坐を掻いて俯いている甲斐、不安そうに手指をモジモジさせている東、そしてうつらうつらと自分の隣で船を漕いでいるみゆきを見やった。東のグラスゴーから降りてきたガラの悪い黒の騎士団は自分達を助けに来たと言った。なぜ助けに来たのか。トラックに乗り込む前、自分達以外に救出された、選手をやっていた人間は皆無だった。誰も居ない、自分達五人だけだ。それは何故か。端的に共通点を上げれば、日本人の血が入っているのはこの五人だけだったからだ。純粋なブリタニア人はいらないということなのか、当然だろう。ブリタニアに対し攻撃を仕掛けるテロリスト------レジスタンスだ。自国に恨みを持つ人間が全く居ない訳ではないと思うが、それでも虐げられている人種の感情の方が、強い力を発揮すると思われる。

 

 

「……駒が欲しいんだ」

 

 

思わず口からポロリと言葉が零れ、その独り言に京介は自身を納得させてしまう。敵はKMFを扱う巨大な組織だ。KMF自体が極端に言えば馬鹿でも扱えるとはいえ、実戦となるとある程度の練度は必要とされる。ブリタニアの貴族では、KMFの操縦は必須技能だからだ。その点自分達五人で言えば、闘技場の中だけで戦っていたとは言え、操縦とある程度の戦闘ノウハウは持っている。KMFを動かせて、対ブリタニア感情を煽り易い存在、それが自分達だ。おまけに人員は兎も角闘技場に存在したKMFを十機程、更に各種部品も根こそぎ回収しているのを目の当たりにしている。一レジスタンス組織の規模で言えば驚異的と言えよう。必要な武器と人材、そして貴族から巻き上げたであろう資金、それが黒の騎士団の目的だったのだ。

 

 

しかし京介としては一つ、どうしても引っ掛かることがあった。初めてゼロと対峙した時、たった一言で貴族は抵抗することを辞めて完全に降伏してしまった。自分が銃を奪っていたとはいえ、普段の彼奴ならばあんなあっさりと降伏するなんて考えらないことだった。あの時ゼロの仮面から聞こえた謎の音、それが何なのかは不明だが、催眠術や暗示の類でも使うのだろうか。非現実的ではあるが、京介としてはそれ以上何かあったということに考えが辿り付くことは無かった。

 

 

(漸く解放されたとは言え、結局はブリタニアと戦えとくりゃあどうしたものか……)

 

 

直後に訪れるであろう自分達の今後の身の振り方について考える、が、京介自身としては特に黒の騎士団に参加することについては問題無かった。公には死んだ人間であるし、元々帰る家も戻るところも無い身、ブリタニアを敵対視していることに変わりはないし、今まで抱えていた鬱屈とした感情を戦いで発散できるのなら悪いことではない。それに今更母と自分を売った継父の下に戻るつもりなど毛頭無い。少し前に眉間に銃を突き付けられたことで死への感情が沸き上がったのも、久々のことだった。過酷な生活で薄れていた人間らしさというものが思い起こされたのか、それともKMFという鎧に守られていたことに脳が勘違いを起こしていたのか。兎にも角にも、自分独り戦いに赴くのは吝かではないが、軌道達の事をどうするのかというのが悩みだ。

 

 

どの道軌道達四人も自分と同じ居場所が無い人間であることは間違い無く、最終的には本人達の選択を尊重するしかないのは確かだ。だが、京介自身としては無理に戦いに参加することはないと思っている。ブリタニアとの戦いが闘技場でのそれと比べて死ぬ確率は遥かに高いことは確かだ。ゼロがどういう戦術を持って戦いを進めていく人間なのかは分からないが、それでも犠牲の出ない戦いなど無い。だが考えても仕方のないことなのかもしれない。結局は本人達の意思を確認するしかないのだろう。と、ここで京介の脳裏には格納庫で出会った赤毛の少女の姿が浮かび上がってきた。若い女だ、大人ではない。レジスタンス組織に子供が参加しているというのも珍しい話ではない。京介自身も捕まる前までは、同じように組織と繋がっている同年代の姿をよく見かけていた。大体は自分のように体の良い駒として使われているか、抵抗活動にかこつけて大人の肉欲の道具にされているかだったが。

 

 

彼女もそうなのだろうかと、ふいにそんな考えが頭を過った。余裕の無い人間の行動は獣と同義だ。反骨心に溢れている間は良い。だが少しでも精神に余裕が出てくると、自分の行動に陶酔して邪な心が牙を剥く。俺は崇高な戦士だと勘違いしている内に、支配欲と嗜虐心を拗らせて自らに都合の良い人間を手元に置いて保身に走る。少なくともあの少女は、見た目と態度で言えば性的欲求に忠実には見えなかった。裏の顔がどういうものかは、他人が考えたって仕方がない。だがもし表の顔と正反対の裏の顔があるとすれば、それがどういうものであれ、お近づきになってみたいというのが京介の感想だった。欲情したからではなく、久方ぶりに遭遇した同年代への思いとして。そしてもう一つ理由付けをするとすれば、かつてアッシュフォード学園の敷地内で捕まった時に自分を見つめていた赤毛の少女、その赤色が黒の騎士団の中で咲いているあの赤と同じものに見えた気がしたからだった。

 

 

(本当……疲れてるな)

 

 

トラックの揺れが心地良く感じるようになってしまっては終いだ。京介は僅かに重たくなってきた瞼を思わず閉じそうになり、そしてその瞬間から、トラックのスピードが緩やかになった。到着するのだ。そう気づいた瞬間、京介は自分がやるべきこと、確かめることを感じ取った。黒の騎士団の目的が自分達のスカウトであるのなら、まだ交渉の余地がある立場にあるのでなら、精一杯享受出来るものは享受させてもらう。赤毛の女も言っていたではないか、ゼロから話があると。

 

 

停車したトラックの荷台が開かれ、薄暗い照明が視界に入った途端、飛び降りた京介は周囲に居た黒の騎士団に叫んだ。

 

 

「風呂と着替えくらいは用意してあるんだろうな! 飯も食うぞ、話はそれからだ!」

 

 

 

 

 

 

控え目に言って、黒の騎士団の拠点は生活する上では何も問題は無かった。ゲットーの廃墟に存在する大きな町工場、そこに隠すように駐車された居住区画付の大型トレーラー、それが彼らの現在の拠点だ。簡易シャワーもあれば、眠るにも申し分ないソファーが幾つもある。到着早々啖呵を切った京介だったが、逆にそうしてくれと言わんばかりに一人ずつシャワーに押し込まれたのが現実だった。汚れ切った身体をシャワーで洗い流し、それぞれを使い過ぎと言わんばかりにソープやシャンプーで清めていく。京介がシャワーを浴びる前には脱ぎ捨てた作業着の下に奪った拳銃を置いていたが、シャワーから出た時には作業着ごと無くなってしまっていた。

 

 

五人全員がシャワーを済ませ用意されていたヨレヨレのTシャツとジーンズに身を包んだ後、居住区画にある一際大きい長方形上のテーブルに並べられていたインスタントや出来合いの料理、更には手作りらしいおにぎりやみそ汁を見るや否や、全員がそれを流し込むようにがっついていた。酷い時には乾パン程度しか口にすることが無かった生活から、突如フライドチキンだのパスタだの、果ては手作りのおにぎりやみそ汁まであるとすれば、とても食べ合わせ等考えることもなく貪るしかなかった。兎にも角にも、美味いのだ。京介本人にとっては、塩味の効いたおにぎりが最高だった。

 

 

「水もあるから、喉を詰まらせないようにね」

 

 

紙コップに水を注ぎながら、黒い長髪をした女性が声を掛けてくる。大人の女だ、バイザーも付けていない、日本人の顔。相手の言葉に「どうも」と短く言葉を返し、再びおにぎりを押し込んでみそ汁で流し込む。赤味噌の味、白味噌の方が好みだった。軌道達も手当たり次第に皿を空にしては水を飲み込んでいく。そして全ての料理を食べ終わった直後、まるでタイミングを見計らっていたようにゼロが現れた。

 

 

「持て成しとしてはこの程度しか出来なかったが、満足頂けたかな」

 

「……ああ、ご馳走さん」

 

「それは良かった。では早速本題に……と行きたいところだが、食後の一服は必要かな?」

 

「俺は構わない。先に俺と話せ」

 

 

言いながら立ち上がると、京介は軌道と視線を合わせる。小さく頷くと、軌道は他三名を連れてトレーラーから出て行った。それに合わせて残っていた黒の騎士団のメンバーも空気を読んだのかその場を離れ、トレーナーには京介とゼロだけが残った。ゼロはそのままソファーの一角に座ると、手の動きだけで京介にも座る様に促す。京介は座ると同時に中身の残っていた紙コップに手を伸ばしてそれを飲み干すと、ゼロを見やる。その一連の仕草を見てから、ゼロはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「単刀直入に言おう。我々黒の騎士団に参加して欲しい」

 

「そうだろうと思ったさ。KMFをまともに動かせる駒が欲しいんだろう?」

 

「大事な戦力として、だ」

 

「何が違う?」

 

「違わない……が。少なくとも私は無駄に戦力を消耗させるようなことはしない」

 

 

ふぅん、と京介が息を吐く。

 

 

「我々は幾つか、ブリタニアへの奇襲攻撃を計画している。詳細はまだ明かせないが、その中で君達には作戦の中枢を担ってほしい」

 

「随分と買われているんだな。気に入らねえ」

 

「何か問題でも?」

 

「救出した見返りに命を張れって言うのは、釣り合いが取れてねぇんじゃないか?」

 

 

成る程、とゼロは仮面の顎の辺りに手をやる。

 

 

「では何か望みでもあるのか?」

 

「……金だ、俺達五人は黒の騎士団と契約を結ぶ」

 

「契約?」

 

「吹っ掛けるつもりはねぇ。だが俺達は公には死んだ人間だ、だが金さえあれば何とか出来ることもある。金を貰う代わりに、俺達は前線に立つ」

 

「傭兵と言うことか」

 

 

ゼロはそう言うと、考え込むように黙り込んだ。今の京介自身が考え得る最善手がこの傭兵契約。協力はする、だがそれには条件がある。完全な支配下に下るということにはまだ抵抗がある。ゼロという人間を知らなさ過ぎ、黒の騎士団という組織を知らなさ過ぎる。自分達の心の避難場所というものを、無理矢理にでも確保する必要があった。この交渉が決裂した場合、自分達がどうなるのかまで考える余裕は無いが。暫しの沈黙があった後、ゼロは立ち上がった。そしてそのマントを大仰に広げて見せると、スッと右手を差し出してくる。

 

 

「良いだろう。契約書はこちらで用意する、暫くは客人としてここに居ると良い」

 

「随分あっさりと受け入れてくれるんだな。良いのか?」

 

「無論だ、今は少しでも使える戦力が欲しい。それに……君達が死んでしまうことがあれば、そこで契約は終了になるからな」

 

「上等」

 

 

京介も立ち上がると、差し出されていた右手をグッと握った。手袋越しの感触ではあったが、その細くて長い指と力の弱い掌、戦う手では無いなと思ったのが正直な感想だった。その後ゼロはトレーラーを離れ、京介は軌道達に事の次第を伝えた。独断で決めたことに多少の反発でもあるかと思っていたが、特にそういう事も無く、今後行われる契約書を用いた話をした際に、彼らも自分達の今後を決めるということだった。気が付けば時刻も深夜に掛かろうとしており、ゼロからトレーラーの寝具やソファーを好きに使って良いと言伝を受けていたのか、黒の騎士団のメンバーから簡易毛布を受け取った軌道達は久々の歯ブラシの感覚に文句を言いながらも、すぐに寝入っていた。

 

 

一方の京介は一人、トレーラーの外で膝程の高さの空コンテナに腰掛け、レッドアップルの最後の一本を吸っていた。手元にはまだ中身のあるソフトケースがあるが、それは軌道の荷物からくすねてきたものだ。紫煙を吐き出しながら、光量を抑えられた仮設電灯の下で暗闇を見つめる。久々のシャワー、満腹になるまでの食事、苦みの無い水、自由に使える寝具、その全ての存在が京介自身にも強烈な眠気を齎していた。ただ久々に行えた歯磨き後の口内の感覚がやや落ち着かなく、磨いた意味が無くなるとしても今日一日を振り返るために一服したいと思っただけである。黒の騎士団達も常日頃からこのトレーラー付近で暮らしている訳ではなさそうで、周囲に人の気配は全く無かった。水を飲むのに使っていた紙コップに灰を落とす。煙の熱が通った喉に焼けるような感覚が浮かぶ。と、ふいに眠気に振り回されていた三半規管に小振りな駆け足の音が聞こえてきた。それと同時に、少女の愚痴を漏らす声も。

 

 

「------全く扇さんったら、電気の消し忘れが心配なら自分で見てくれば良いのに……って、貴方?」

 

 

言いながらトレーラーの陰から現れたのは、あの赤毛の少女だった。イレヴンじゃ持つことを許されない携帯端末を片手に、驚いた表情で京介を見つめている。服装は黒いジャケットのままだったが、青い目が露になっている。バイザーを外していたのだ。京介は相手の目に射抜かれたような感覚を覚え、同時に見てはいけなかったものを見てしまったような気がして、視線を手元の煙草に移した。

 

 

「よぉ」

 

 

「眠れないの?」

 

 

精一杯の強がりで言葉を掛けるも、相手はスッと近づいて来て京介の傍に立った。距離感が近過ぎる、周囲に人の気が無いというのによく知らぬ男に不用意に近づくなんて。生娘か、ふと脳裏を過った言葉を誤魔化すように京介は紫煙と共に吐き出す。

 

 

「ちょっと一人になりたかっただけだ。もう寝る」

 

 

「そう。……ねぇ、ちょっと良い?」

 

 

そう言って赤毛の少女は、まだスペースのある空コンテナに腰掛けた。煙草の臭いに交じって、シャンプーだけでは出せそうに無い甘い匂いが鼻孔を突く。深呼吸をする振りをして、京介はすっとその匂いを肺が一杯になるまで吸い込んだ。煙草の煙を吐く時よりも深く息を吐き捨てて、視線を目の前の暗闇に飛ばす。

 

 

「何だ?」

 

「貴方、ケイス・ユーラックって言うんでしょう? 知ってるのよ、私」

 

「何が!」

 

「去年までアッシュフォード学園に居て、ブリタニアに捕まった男の子でしょ」

 

 

少女の口から紡がれた言葉を耳朶に受けた途端、京介はポロリと手から吸いかけの煙草を取り落としてしまった。予想していなかった思わぬ言葉に、身体が素直に反応してしまっていた。そんな京介の姿を見ること無く、少女は言葉を続ける。

 

 

「貴方が捕まった日、私も学園に居たの。見てたわ、軍人を二、三人叩きのめしていたでしょう?」

 

「じゃあ、あの時俺を見てた赤毛の女は……」

 

「あら、見られてたのは私もってことかしら。……紅月カレンよ、よろしく」

 

 

赤毛の少女------紅月カレンと言った------が差し出した右手を、京介は反射的に掴んでいた。ただの握手だが、その手指の柔らかさはゼロと手を交わした時よりも京介の心に大きく絡みついてくる。心臓の鼓動が早くなったような気がして、そこで漸く自分が煙草を取り落としていることに気が付いた。既に根本まで燃えていて、崩れた灰の塊にフィルターがくっ付いているだけになっているそれを、京介は握手をした手を放してそのまま拾い上げた。そしてそれを紙コップの中に放り込むと、京介は右手に残った感触を確かめるように握り締める。

 

 

「……浦城京介だ。ケイス・ユーラックは好きじゃない」

 

「ブリタニア人としての名前だから?」

 

「親父に付けられた名前じゃないからな。……で、お前のもう一つの名前は?」

 

「私?」

 

 

軌道からくすねたレッドアップルを咥えながら京介がそう問い掛けると、カレンは不機嫌そうに眉を潜めた。それを無視するように、京介は煙草に火をつける。

 

 

「それ、必要な情報なの?」

 

 

「------ふぅ……人の嫌いな名前を一方的に知っておいて、自分はダンマリってのは不公平じゃねえか?」

 

 

紫煙を吐き出しながら言い返し、京介はどうすると言わんばかりにカレンを一瞥した。別に何て事の無いただのちょっかいだ。ただの冗談。アッシュフォード学園には純ブリタニア人だろうが、日本人が行政機関に申請することで国籍を鞍替え出来る名誉ブリタニア人だろうが関係無く通うことが出来る。表向きは人種差別など無いとのたまっていたが、裏じゃその人種差別が陰湿に横行していた学校だった。名誉ブリタニア人と名前を変えても、純ブリタニア人からしてみれば自分達のテリトリーにノコノコと入り込んで来た異物でしかないのだ。

 

 

「……それもそうね。カレン・シュタットフェルト、それがもう一つの名前よ」

 

 

何の意味も無いやりとり。それだけでも、京介の心の臓は思わず口から飛び出しそうだった。

 

 

「最初にゼロから地下闘技場の話と、貴方達の顔写真を見せられた時はびっくりしちゃった。てっきり殺されちゃったのかと思ってたから」

 

「そんなに好印象だったのか?」

 

「私みたいなハーフが居るのは知っているけど、同じようにレジスタンスをやっている子なんていなかったから。まさか純粋なブリタニア人が学生をやりながら抵抗運動なんてする訳無いって思ったしね」

 

 

言いながらカレンは立ち上がると、背を向けたまま大きく両腕を組んで天に伸ばした。引き締まった臀部が目の前で揺れ、京介はそれを網膜に焼き付けるかのように見つめながら煙草を進めた。

 

 

「けど良かったわ、今まで黒の騎士団には同年代の子って居なかったから。勿論遊びで戦ってきた訳じゃないけど……ほら、なんかそういうのってあるじゃない?」

 

「こっちは減るばっかりだったからな……」

 

「大変だったんでしょう? 分かるわ」

 

「そんな簡単に分かられてたまるかよ」

 

 

吸い殻を紙コップに投げ込み、京介も立ち上がるとカレンに並んで同じように身体を伸ばした。この後身体を横たえるソファーの柔らかさを考えれば、多少のコリは解しておきたかった。そしてカレンの横に立った時、その頭頂部は京介の視線の少し下にある。最初に嗅いだ甘い匂いが再び鼻孔を突き、京介は煙草を吸った時とは違う眩暈を感じた。

 

 

「けど、これからは一緒に戦ってくれるんでしょう? だったら、私は歓迎する」

 

「ああ……まだ、ゼロと話し合ってる途中だけどな」

 

「そっか。けど、ゼロは凄いのよ。ゼロと一緒なら、きっと私達はブリタニアから日本を取り戻せる!」

 

 

そう力を込めて言ったカレンの姿に、京介は何処か苛立ちのようなものを覚えてしまった。ブリタニアを日本から取り戻すことではない、ゼロという得体の知れない存在に心酔しているかのようなその態度が、気味が悪かったのかもしれない。或いは、気になっている同年代の異性が別の男に好意を向けているのを知った時のような------嫉妬のような感覚だったのかもしれない。だから気が付いた時には、京介は左手をカレンの顎に添えてその唇を奪っていた。

 

 

「------ッ」

 

 

唇越しにカレンの身体が硬直するのを感じ取り、一瞬だけだったがすぐに京介は顔を放した。煙草の味に染まった舌下と唇に、明らかに毛色の違う甘い味が広がっている。当のカレンも少しばかり呆けた顔を浮かべた後、すぐに困惑一色に染まった表情で声を荒げた。

 

 

「いっ、今! 今アンタ、私に何をしたの!?」

 

「何って、これからゼロと一緒に俺達の手で日本をブリタニアから取り戻すんだろう?」

 

「あっそうか……じゃなくてさぁ! 私初めてだったんだよ!? 初めてが煙草の味なんて……いや、それはこの際どうでも良くて------この馬鹿!」

 

 

京介の惚けに一瞬困惑した様子だったが、すぐにカレンは顔を髪の毛のように真っ赤にして京介に怒鳴り込んだ。急ぎ過ぎたかと一瞬思ったが、京介としてはやってしまったものはもうどうしようも無かった。

 

 

「責任を取れって言うなら幾らでも取ってやるって」

 

 

「だったら一発殴らせな!」

 

 

怒りの表情で右腕を振り上げたカレンだったが、その拳は軽く躱されたことで大きく空を切った。バランスを崩したカレンを京介は肩に手をやって受け止めるが、すぐにお返しとばかりに物凄い速度で飛んできた左のビンタに思い切り頬を叩かれる。乾いた音が周囲に響き渡り、京介はその威力に目の裏で大量の星が飛んでは墜ちていくのを見た。KMF同士の戦いでも滅多に感じない衝撃だった。

 

 

「あっ、ごめ……」

 

 

無意識の行動で思わず勢いがつき過ぎてしまったのか、怒って当たり前のはずのカレンが困惑した表情を浮かべて京介の顔を覗き込んでいた。何故だがその仕草が嬉しくて、京介はヒリヒリとした痛みを感じながらも別の紅葉を顔に咲かせていた。

 

 

「いや、正しい怒り方をした。ビンタ一発で美人の唇付きだ、悪くない」

 

「……不思議な人ね、貴方って」

 

「捻くれてると思ってくれて良い。そういう生き方をしてきたからな」

 

「なら、そう思う事にするわ。------今日は帰るわ、また明日」

 

「ああ」

 

 

そう言って小走りでトレーラーの陰へ消えていったカレンを見送った京介だったが、すぐに彼女はまた姿を現した。少し気恥しそうに、点きっぱなしの仮設電灯の傍へ歩いていく。そういえば、と京介も最初に彼女が電話で話していた内容を思い出した。

 

 

「……ここの電気、全部消していくから」

 

「ああ、気を付けて帰ってくれよ」

 

「何時もの事よ。……お休みなさい」

 

「ああ、お休み」

 

 

そう言ってトレーラーの入り口に身体を向けると、背後の電灯が消えて闇の中に反響する駆け足の音が耳朶を打つ。そうしてトレーラーの中に戻った京介だったが、中では起きていた軌道がソファーの上で胡坐を掻いて座っていたのだ。途中で眠りを起こされた、不機嫌そうな顔で。

 

 

「起きてたのか?」

 

「ああ……ちと騒がしくてさ」

 

「悪い」

 

 

軌道の座っているソファーとL字で繋がっている別のソファーに腰掛けると、京介は何度目か分からぬ深い息を吐いた。その様子を見ながら、軌道がまた言葉を掛けてくる。

 

 

「あんま良く聞こえなかったんだけどよ、随分盛り上がってたな」

 

「ああ……ちょっと顔見知りが居てな」

 

「へぇ、凄いな。ところで俺の煙草知らねえか? 荷物ン中に無くてさ」

 

 

そう言われて、京介はジーンズのポケットを探してレッドアップルのソフトケースを引っ張り出す。だがよく見てみれば、もうその中身はライターだけしか入っていなかった。自分のものだ。きっと軌道のレッドアップルは外のコンテナの近くに転がっているだろう。だが自分が煙草をくすねたことを軌道は知らない。だから京介はそのソフトケースを軌道の前で軽く振って見せると、悪びれも無く答えるのだった。

 

 

「さあなぁ、どっかに落としちまったんじゃねえのか?」

 

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