CODE GEASS 霧散の血潮   作:REDALERT

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CASE-3 恥辱の開花

 

翌朝、京介が目覚めた時には既に時刻は朝の9時を回っていた。トレーラーの外では既に誰かしら活動を開始していたのか、ガヤガヤと騒がしくなっている。起き抜けに顔を洗って歯を磨き、久々に柔らかい寝床で眠れた所為か凝り固まった身体を伸ばして解しながら京介は外へ出た。

 

 

日の光が差し込む工場の中で、何人かの黒の騎士団のメンバーが備え付けのクレーンを使用して闘技場から回収したグラスゴーの両腕を取り外している。青く塗装された機体が一瞬自分が乗っていた機体かとも思ったが、その思考は横から投げかけられた言葉に中断された。

 

 

「よく眠れた?」

 

 

振り返れば、そこに居たのは昨日水を入れてくれた女性だった。その手にはプラスチックのプレートに載ったおにぎりと小分けにされた卵焼き、水のペットボトルがある。その腕に下げたビニール袋には、紙皿や箸が入っているようだった。

 

 

「久々にぐっすりと、世話になります。朝飯ですか?」

 

「そうよ、そろそろ起きることだろうと思って。これから中に運ぶけど、貴方の分だけ取り分ける?」

 

「出来れば」

 

 

そう言うと、女性は昨日京介が腰掛けていた空コンテナにプレートを置いて紙皿と箸を取り出し、一人分の量を取り分け始める。そこで京介は漸く、昨晩置きっ放しにして忘れていた軌道の煙草が女性の足元に転がっているのを見つけた。

 

 

「朝からKMFの整備なんて、精が出ますね」

 

 

等と言いながら煙草を回収し、京介はプレートが除けられた空コンテナに腰掛ける。紙皿の上にはおにぎりが三つ、卵焼きが二切れ、後は水だ。女性は再びプレートを両手に持っていて、トレーラーに身体を向けながら京介に答える。

 

 

「今は少しでも戦える力が欲しいから。KMFが一機あれば、それだけ生身で戦う負担が減るもの」

 

「そういうものですか」

 

「ええ、後で中にあるお味噌汁も温めて持ってくるわ」

 

「すみません」

 

 

そう言って女性がトレーラーの中に消えると、京介は一先ずおにぎりを一つ掴んで口に放り込んだ。鮭の身と塩味が効いた美味いもの。その次に齧った卵焼きも甘すぎる気がしたが、それでも十分美味しかった。ブリタニア人の母の料理はどうしても向こう側の味付けが多く、嫌いではなかったが、かつて父に連れられたヒロシマの祖父母の家で食べた味の方が気に入っていたことを京介は思い出した。その後、温め直したみそ汁を紙コップに入れて持って来てくれた女性------井上と名乗った------から受け取り、京介は久方ぶりに安寧に塗れた無垢な朝食を得る。やはり、赤味噌より白味噌の方が好きなのは変わりないようだった。

 

 

そうして腹ごしらえを終えた後は、普段の癖で煙草に火をつけて咥えたまま、整備されているグラスゴーの傍へと近寄っていた。既に右腕は取り付けられていたが、左腕の結合部に異常があるのか眼鏡を掛けた男が大柄な男と何かしら言葉を交わしている。他には機体の足元に居る青い髪をした男が、強奪してきた修理用のパーツの幾つかを選定していた。ジッと機体を見上げている京介の姿に気づいたのか、声を掛けてきたのは青髪の男だった。

 

 

「よお、おはようさん。しっかり眠れたか?」

 

「おはようございます。御陰様で」

 

「そいつぁ良かった。ところでこのグラスゴー、どんな奴が乗ってたか分かるか? 左腕部の損耗だけ激しくてさ、接続部は問題無いんだけど……腕の方は丸ごととっかえた方が良くてさ」

 

 

左腕部の損耗、という言葉で京介が思いつく人物は一人しか居なかった。

 

 

「それだったら、多分その機体は俺が乗っていたやつです。機体のモーションパターンを利き腕に合わせて調整していたんで、それの所為でいつも左腕だけすぐ壊れるんです」

 

「へぇー、モーションパターンの設定までやってたのか。吉田! 南! そいつの腕は新しいのを使おう!」

 

「分かった!」

 

 

そう言葉を交わして整備に戻る二人の男を尻目に、京介は工場の中を見回した。昨晩は気が付かなったが、闘技場から運び出したKMFがズラリと並べられ、同時に持ち出した資材のコンテナも一角に纏められている。見ただけで損傷が酷い機体は既にパーツ取り用としてバラバラにされており、京介が思っていたよりも黒の騎士団というのは手際が良い集団だと思えた。そしてその工場の中で、一機だけ見慣れない機体があった。闘技場の物とは違う赤色に染められたグラスゴーのような機体、頭部のファクトスフィアの形状が角ばっており、胸部には機銃のようなものが増設されている。両腕部にもスタントンファではなくナックルガードのようなものが装備されており、ブリタニア風に言えばグラスゴー擬きとでも言うのが正しそうな機体だった。

 

 

「あれは……」

 

 

「無頼だ。元々グラスゴーだったんだけどやられちまったもんで、キョウトからの支援で新しく手に入ったんだ。君らの機体が来るまではアイツが俺達の生命線だったんだぜ?」

 

 

青髪の男が無頼と呼んだ機体、その名前自体は京介も聞き覚えがあった。ブリタニアが使用しているグラスゴー、それを鹵獲・研究した日本でコピー生産されたKMFだ。かつて協力していた組織では運用されていなかったから、見るのは初めてだった。

 

 

「黒の騎士団にもKMFがあったのか……。アレはアンタが?」

 

「まさか、カレンが乗ってるんだ。うちのエースなんだぜ? って、カレンっていうのは------」

 

「昨日話しました。……あいつ、KMFに乗るのか?」

 

 

それから二つ三つ言葉を青髪の男------杉山と言った------を交わした後、京介は扇という黒の騎士団の副司令と会う事となった。癖のある髪をリーゼント気味にした背の高い男だ。軟弱かもしれない、それが無礼ながらも京介の受けた第一印象だった。

 

 

「上手く馴染めてくれてるようで良かった。細かいところはゼロに任せてしまってはいるが、良い関係になれることを願ってるよ」

 

「こちらこそ。……ゼロは普段は何を?」

 

「何かあった時は携帯で連絡するようにしている。普段姿を現す時は夕方……と言うよりは夜だな、そこで今後の活動について話し合ったり、行動を起こしたりするんだ」

 

(学生みたいな事をやっている? 昼間に顔を出せないなんて……何かあるのか)

 

「多分今夜も来るとは思うが、日中は可能ならKMFの整備を手伝ってくれると助かるんだが……」

 

 

言いながら困ったような表情を浮かべる扇に、京介は存外この組織は甘いのだと感じた。司令官をゼロとすると、そのゼロから自分達がまだ客人の扱いであることも聞いていなさそうだ。信頼関係が結ばれているのかいないのか、それとも黒の騎士団という組織自体がゼロの駒のようなものなのか。京介としては今時点で判断出来ないと頭では分かっているものの、どうしても邪推してしまうのを止められなかった。

 

 

「まあ……良いですよ。飯の礼もありますし」

 

 

言いながら京介は吸わない間にフィルターだけになっていた吸い殻を捨て、杉山達が修理をしている自分のグラスゴーに取り付いていく。少し時間が経てば漸く起きて飯にありついた軌道達も加わって、複数のグラスゴーへの修理が始まったのだった。

 

 

 

 

 

日が落ちてきた頃、既に四機のグラスゴーの修理が完了していた。汗だくになった京介や軌道、杉山達もタオルで乱雑に拭うかトレーラーのシャワーで流すなりにして、休憩を取っている。途中カレンもやって来たが、何処か機嫌が悪そうだった。扇から聞いた話では普段は病弱を装いつつ学生生活も続けているそうだが、学園や租界での現状にハーフとして何かしら思うところがあるのだろうと京介は自分を納得させる。だから昨夜の出来事があったにしろ、特に自分からアクションを起こすことはしなかった。

 

 

トレーラーの外で夕飯を平らげたのと、ゼロが現れたのは同時だった。開口一番に武器とKMFを二機、更に運搬用のトレーラーを用意しろと告げた後、京介達にトレーラーに来るようにゼロは言い、中に入ってすぐにブリタニア語で記載された契約書を取り出した。

 

 

「これがこちらから用意した契約書だ。契約金代わりとしてだが、全員分の新規IDを用意した。これで租界内でも変な動きをしなければ問題はずだ」

 

 

さらりととんでも無いことを言い放ったゼロに軌道達は閉口していたが、京介はすぐに契約書の一枚を手に取って内容に目を通した。ゼロの言った通り契約金は無いが、新規のIDカード------恐らく偽造した? ------を渡し、一度の戦闘行動で参加した一人につき10万ポンド、そこから戦績により増減がある。KMFの修理・弾薬代は基本キョウトからの支援や敵対勢力から奪取するために経費として徴収されることは無い。死亡した場合は------墓くらいは建ててくれるそうだ。

 

 

「財源は?」

 

「暫くは君達を救出する際に確保した資金がある。今後も心配しなくて良い」

 

「羽振りが良いんだな」

 

「金銭を積むだけでブリタニアに勝てるのなら、既に誰かがやっているだろう」

 

「それもそうだな……分かった」

 

 

言いながら、京介は手にした契約書に署名した。どの道決めていたことであったため、そこに抵抗は無かった。ただ署名した契約書をゼロの前に差し出した後、京介は軌道達に視線を移す。

 

 

「俺は乗る。けど……お前達がどうしたいかはお前達自身で決めてほしい」

 

 

軌道達もそれぞれ自分の契約書を手に持っていたが、すぐに誰かが言うでも無く全員が署名をした。皆心の奥底で考えていることは一緒のようだった。

 

 

「ずっと一緒にやって来たんだ、今更一人だけ抜けようたって考えられねえ」

 

 

軌道新がそう言って書類をテーブルに置く。

 

 

「そうそう。それに今までブリタニアに良い様に扱われてきたのよ、派手に嚙みついたって良いじゃない」

 

 

昴みゆきも手の指でボールペンを回しながら応える。

 

 

「……命と飯の礼もあるし、俺達が今まで何とか生きてこられたのも京介が引っ張ってきてくれたからだ。お前が着いていくなら俺も行く」

 

 

甲斐龍馬が腕を組み、目を閉じながら静かに言葉を繋げる。

 

 

「何時死ぬか分からない状況だって言っても、仲間が増えるんだ。それだったら怖いことなんかないさ」

 

 

最後に、東翔が崩れた笑顔を浮かべながら最後の書類をテーブルにそっと置いた。

 

 

その様子を見てから、ゼロは言葉を紡ぐ。仮面に隠れて表情は見えないが、何処か笑っているように京介は感じた。微笑んでいるのではなく、口の端を吊り上げるようにして。

 

 

「決まりだな。ようこそ黒の騎士団へ、歓迎しよう」

 

 

その後は早かった。ゼロに連れられるようにトレーラーの外に出た京介達は、改めて黒の騎士団に参加することを扇達に告げられた。歓迎ムード一色になる扇や杉山、がさつな態度だった男------玉城と言った------達にもみくちゃにされている中、京介はふと集団から離れて立っていたカレンに視線が向かった。最初は何処か考え事をしている様子だったが、すぐに京介の視線に気づき、そして正式に黒の騎士団に参加したことが伝わって、彼女は今までの表情の全てを拭い去るように笑みを浮かべていた。そんな団員達を前にゼロが今晩の作戦行動を告げるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

夜中、トウキョウ租界中心部からやや離れた倉庫群の一角に京介達はやって来ていた。カレンの乗る赤い無頼と京介の乗る青いグラスゴー以外は、軌道達も歩兵としてその手に銃を持っている。ゼロから告げられたのはリフレインと呼ばれる麻薬の製造工場の襲撃だった。接種者に過去に戻った幻覚を起こさせる常習性が強いもので、京介も闘技場で廃人になるまで使用した人間の末路を何度も見てきた代物だ。ブリタニアに支配され蔑まれてきた日本人達には魅力的に映る所為か常習者も多く、非合法組織の間で大きな稼ぎになっている。

 

 

京介はグラスゴーのコクピットから迫り出したシートに腰掛けながら、足元で言葉を交わしている玉城達の声を黙って耳に入れていた。その太腿には、受領したばかりの黒の騎士団のジャケットが掛けられている。

 

 

「何考えてんだゼロの奴は! ブリタニアを倒すって言ってた癖によぉ、やってることは警察の手伝いじゃねえか!」

 

「例えそうでも、リフレインを潰すことは日本人を助けることに繋がるんだ。無駄じゃないさ」

 

「そうそう。ネットじゃ俺達英雄になってるからな」

 

「ケッ!」

 

 

扇や杉山に宥められるも納得のいかない様子の玉城を尻目に、京介は無頼のコクピットハッチの上で座り込んでいるカレンを見やった。肩からジャケットを羽織り俯いているその姿を後ろから見ながら、何となく自分もジャケットに袖を通す。その時カレンは何事か呟いていたのだが、それが京介の耳に入ることは無かった。やがて先に侵入していたゼロからの合図が光り、各々は襲撃準備を整えていく。京介もまたグラスゴーを起動し、モニターの映像が暗視モードに切り替えられることを確認する。

 

 

準備が整ってからは早かった。カレンの無頼がシャッターをアサルトライフルの弾丸で撃ち破り、突入した部隊が手当たり次第に銃撃を敵に叩き込んでいく。先に突入した無頼を尻目に、京介は後詰として破壊したシャッター間際に待機する。正義を成していると言わんばかりの快哉代わりの銃声が、スピーカー越しに京介の耳朶を打った。このまま何事も無く終わるかと思っていたが、突如工場の中から爆発音が響き渡る。

 

 

「ッ、何だ!?」

 

 

直後、中に居た軌道から通信が飛ぶ。

 

 

≪京介、ナイトポリスだ!≫

 

「ナイトポリス!?」

 

≪繋がってるってことだろ! 無頼がやばい!≫

 

「退いてろ! 轢き殺すぞ!」

 

 

通信に答えながら即座に機体を切り返し、京介も工場内へと突入した。最初の撃ち破ったシャッターの先にはリフレインを箱詰めしていたところのようで、そこかしこにブリタニア人の死体が散乱している。それらを一瞥しながらも京介の視線はその先の更に破られたシャッターに向かっており、そこではゼロや扇達が明かりの無い薄暗い空間を覗き込んでいた。

 

 

「下がってろ!」

 

 

ゼロ達が道を開けるのを見ることも無くグラスゴーをシャッターの向こうに曝け出した瞬間、機体の足元に左側面から銃弾が飛来した。見てみれば、サイドモニターに青と白のKMF------グラスゴーを再利用した警察仕様の------ナイトポリスが二機、シャッター付近に居たゼロ達を狙っていたのかKMF用のマシンガンを構えている。カレンを襲ったのとは別の機体か、正面には破壊された無頼の右腕が転がっている。

 

 

「下衆がァ!」

 

 

言うが早く、京介は機体を反転させ、左手に持ったアサルトライフルを乱射させながら突っ込んでいた。致命傷にならずとも真正面から銃弾を受けて怯んだ様子を見せたナイトポリスに体当たりを喰らわせると、機体のサイドモニターが至近距離に居た別のナイトポリスの姿を映していた。荷物の陰に隠れていたせいで、見えていなかったのだ。壁とグラスゴーに挟まれたナイトポリスのコクピットブロックが歪に潰れていくのを正面モニターに捉えながら、京介は右腕部のスタントンファを展開し、フック気味に横に居た敵の頭部に叩き込む。直撃したそれは頭部を抉り潰すように振り抜け、体勢を崩して露になったコクピットブロックにマガジンに残っていた全弾を撃ち込んだ。

 

 

即座に二機を沈黙させた後、京介は機体にマガジンを交換させながらその奥に広がる広い倉庫の中を見やる。暗視モードに切り替わった視界の奥に、カレンの無頼が居た。少なとも死んでは無さそうだったが、全体的に損傷しているようだった。背後から撃たれたのか、倒れこんだところを上から襲ったのであろうナイトポリスが棚の金属フレームに突き刺さる形でコクピットを潰されて沈黙している。スラッシュハーケンを上手く使ったのだろう、傍に何処か呆けた様子をした女性が座り込んでいた。

 

 

(民間人を守ったのか? それでナイトポリスを一機……)

 

 

グラスゴーを動かしカレンの所へ向かおうとした時、京介はふいにモニターの隅に映り込む何かを見つける。自機と無頼の間の通路部分、そこから銃口のようなものが飛び出ていた。

 

 

「紅月ッ!」

 

 

言うや否や、京介は操縦桿のトラックボールを親指で思い切り弾いていた。連動したランドスピナーが超高速で回転し、グラスゴーの身体を一気に加速させる。全身に掛かるGに歯を食いしばった京介の機体が飛び出るのと、隠れていたナイトポリスの銃口から火を噴いたのはほぼ同時だった。庇う体勢で飛び出たグラスゴーの右背面、コクピットブロック付近に着弾し、火花が京介の目の前で飛び散る。そして同時に損傷した装甲の一部が跳ね回り、その衝撃共々右半身に突き刺さった。それでも京介は右手の操縦桿を引き、左足のペダルを押し込むと同時に左手でトリガーを引き絞る。煙を噴いたグラスゴーの身体が右足を起点に身体を滑るように回転させ、視界の正面に捉えたナイトポリスに銃弾が吸い込まれていく。爆炎に塗れたナイトポリスが崩れ落ちた後、そこで京介は漸く右の脇腹に刺さっていた金属片に気づくと、にべもなくそれを引っこ抜いた。鮮血が一瞬溢れ出し、Tシャツと貰ったばかりのジャケットがジワジワと鉄の臭いと共に濡れて重くなっていくのを感じる。

 

 

「地上、索敵!」

 

 

ファクトスフィアを展開しながら乱暴に吐き捨てると、京介は無頼のコクピットからカレンが出てくるのを見た。

 

 

「今ので最後だ! 機体は大丈夫か!?」

 

 

そして地上の誰の声とも判別がつかない報告を受けると、京介はコクピットを解放しながら声を荒げた。基部に損傷は受けていたが、思ったよりもシートは滑らかにその身体を外部へと曝け出す。

 

 

「こういう時はパイロットを心配するもんだろうが! 乗っているのは人間だぞ!」

 

 

そして地上へ身を下ろすと、一気に脇腹の傷が痛んだ。だがそれを無視して、京介はカレンの近くへと寄った。周囲では慌ただしく仲間達が銃を手に倉庫内を警戒しているが、カレンは茫然とした様子で先程の女性の傍に居た。知り合いなのだろうかと、それならば納得できた。

 

 

「紅月、怪我は? そっちの女性も……分からないか」

 

 

上から言葉を掛けてみるも、女性の方がリフレイン中毒でまともに会話も出来そうにないのは一目瞭然だった。カレンは名前を呼ばれて漸く気づいたのか、視線だけを京介の方に向けながら口を開いた。

 

 

「こっちは二人共大丈夫よ。……庇ってくれたんでしょう? ありがとう、ごめんなさい」

 

 

「いや、無事なら良い。それにしても、その人は……うっ?」

 

 

再度問い掛けようとした時、京介の脇腹に尋常じゃない痛みが走った。戦いで分泌されていたアドレナリンが薄くなってきた所為なのか、抉り続かれているような痛みと気持の悪い生暖かさが傷口を中心に広まっていく。

 

 

「浦城君?」

 

 

カレンがそう言って振り返るのと、京介が膝をついてから仰向けに倒れこんだのはほぼ同時だった。床についた背中がビチャリと嫌な音を立て、打ち付けた後頭部がジンとした痛みを発する。真っ暗な天井が歪んで霞み、一気に呼吸が荒くなっていく。

 

 

「京介! 翔、機体見ろ! 京介、大丈夫か!」

 

 

歪んだ視界にカレンと軌道が入り込んでくるが、京介は特に言葉を返すことが出来ない。京介が文字通り血の気が引いていく中で、みゆき達が止血に掛かっている。いよいよ耳まで遠くなっていく中で、京介の目が最後に捉えていたのは自分を覗き込むゼロの仮面だった。

 

 

 

 

 

京介が目覚めた時、そこは見慣れない部屋だった。壁の色や調度品の感じから黒の騎士団のトレーラーの中だろうかと想像はついたが、その疑問はすぐに部屋に入ってきたゼロの姿によって解消する。

 

 

「漸く目が覚めたか」

 

「拠点まで戻ってこれたのか……?」

 

「既に三日経っている。が、異常な回復力だ。あの日重傷を負った後すぐに私のツテを使って病院へ運び治療を受けさせた、流石にずっと入院させる訳にもいかずに先程引き取った訳だが……」

 

 

聞けば腹部に突き刺さっていた金属片は幸いにも内臓を傷つけてはいなかったらしく、だが出血多量によるショックで死ぬ寸前だったそうだ。

 

 

「それがここへ運び込んだ途端目を覚ました。運は良いようだな、工場でのKMF戦闘も見事だった」

 

 

ゼロの言葉を聞いてから、京介は自分の上半身が包帯でグルグル巻きにされているのを見た。身を捩ると少しばかり痛みが走るが、問題は無さそうだった。自分の身体のことは、自分がよく分かっている。

 

 

「幸い次の作戦までには少しばかり時間がある、その様子なら問題無いだろう。今回の作戦の報酬は既に用意した口座に送金してある。動けるようになったら君の仲間に詳細を聞くと良い」

 

「ああ……そうさせてもらう」

 

「君達を引き入れて良かったよ、軌道新達のKMFでの戦闘も期待している。君がリーダーだったのだからな」

 

 

そうしてゼロが出て行った後、京介は暫くの間天井を見つめて茫然としていた。死の危険を感じたことは今までもあったが、こんなあっさりとしたのは初めてだったからだ。KMFに乗った人間を殺した事は何度もある。が、それは基本的に近接戦闘に則ったものが多い。今回のように圧殺したり、射殺したりすることは無かった。それを今回勢い任せとは言えあっさりとやってのけてしまった事に、京介自身が驚いていたのだ。

 

 

そしてカレンを庇って敵の射線上に出たことも、その時に取った行動も、本能的に取っていたのだと思い返す。何か考えを挟む事無く、思ったままに行動した結果があのザマなのだ。後から適当に理由付けをするにしても、カレンに良いところを見せようとしたとかでは無い。ただ、守ろうと思ったから守っただけ。覚えている限りではカレンも彼女が守っていた女性も無事だったはずだが、先程のゼロとの会話を差し引いても、今はあの赤毛に彩られた少女の顔を見たくなっていた。

 

 

それから数分程ただの呼吸を繰り返した後、京介はゆっくりと上体を起こした。ベッドから両足を下ろし、きつく締まった包帯に辟易しながら、足元に置かれていたサンダルを履いて立ち上がる。全身が強張った感覚に、空腹も合わさって視線がふらつく。そこから同じように傍に置かれていた新品の黒の騎士団のジャケットを肩から羽織って、京介もゼロが出て行った扉から外へ出た。やはりベッドの置かれていた部屋はトレーラーの一室で、視線を左右に振れば何度か見たテーブルとソファーがそこにあった。

 

 

(飯……水……)

 

 

テーブルの上に何も載っていないのを横目に、京介はトレーラーの外に出た。仮設電灯が爛々と輝く工場の中に、大勢の黒の騎士団のジャケットを着た人間が動いている。一部が忙しそうに資材を運搬し、また一部は一角に並べられた見慣れないKMF------無頼------を前にやいのやいのと騒いでいた。玉城や井上の姿も見掛けたが、京介からすれば見慣れない顔つきの連中に何かしらのレクチャーをしているようだった。

 

 

(新入り? ここまで増えたのか、あの後で……)

 

 

黒の騎士団のジャケットを羽織っているとはいえ、上半身を包帯でグルグル巻きにしてサンダルを履いて歩いている人物は相当怪しいようで、京介は奇異の目に晒されながらも無頼の陰に見つけた甲斐に近づいた。それと同時に甲斐も京介の姿を確認したようで、すぐに立ち上がって傍に寄って来る。

 

 

「……気が付いたようで良かったよ。気分はどうだ」

 

「上等。……さっきからそこら辺うろちょろしてんのは、新人か?」

 

「ああ、入団希望者のテストが終わったらしくてな。先輩先輩と犬みてえに着いて来やがるのさ」

 

「金魚の糞ってかぁ? へへっ……ところで飯でも水でも良いんだがよ、なんか無ぇか?」

 

「……そうだろうな。待ってろ、持って来てやる。後、紅月はそこの赤いKMFの前に居るぞ」

 

 

思わず京介は、その場を去ろうとしていた甲斐の肩を掴んでいた。

 

 

「おい龍馬! 待てよ、何だってアイツの事を------」

 

 

「何でって、惚れてるんだろお前。新も翔も気づいてねえ、みゆきは多少鼻が利くからどうかは知らんが……見れば分かる」

 

 

頑張れよ、と声を掛けた上で甲斐は自分のレッドアップルのソフトケースとライターを京介の手に握らせた。茫然とした様子の京介を置いて何処かへと消えていく甲斐の後ろ姿を見つめながら、京介の身体は嫌な汗を掻き始めていた。

 

 

「惚れてる……? そうか、惚れてんのか俺は」

 

 

心の何処かで靄が掛かっていたところに、派手な暴風が吹いてきて全てを吹き飛ばしてしまったような感覚だった。初めてこの工場で言葉を交わして、ゼロを褒め称えるような言葉に嫉妬心のようなものを感じたのも、全部分かった気がした。だから自分の背後からひょこっと顔を見せたカレンの存在に、京介は気づかなかった。

 

 

「惚れてるって、誰に?」

 

「そりゃあ、お前だよ」

 

「っ、私ぃ!?」

 

「ああ……あぁ!?」

 

 

それぞれがそれぞれで大声を挙げたところだったが、周囲の視線はそれ以上の雑音に掻き消されていたのか二人に向けられることは無かった。予想外過ぎる出来事に、京介は困惑で震える手でレッドアップルを取り出して火をつける。一方のカレンも仮設電灯の明かりが生み出す陰の中に居ても分かる程に顔を赤くしながら、口をパクパクさせながらも言葉を吐き出した。

 

 

「そ、それより、それよりもっ、あの……その、無事で良かった。もう一度言うけど、助けてくれてありがとう、()()

 

 

「……おう、どういたしまして」

 

 

吐き出す紫煙の味も分からず、京介は天を仰いだ。名前を呼ばれたことの嬉しさ、不用意な独り言を聞かれてしまった恥ずかしさ、これらがごちゃ混ぜになった感情は、魂魄百万回生まれ変わっても晴れそうにないなと、京介はそう思った。そしてこんな状況であっても、たった三文字のカレンという言葉を紡ぎ出すのでさえ臆病になってしまうというのが、浦城京介という男の現在(いま)だった。

 

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