某日、浦城京介は愛機と化した無頼のコクピットの中で山道を登っていた。リフレイン工場での事件の後、日本各地のレジスタンス組織を支援しているキョウトから新規生産分の無頼や各種補給物資を送られたことで、損傷していたグラスゴーも併せて現地改修を受けたのだ。本来であれば無頼は黒と暗灰色で塗られているが、京介の無頼は濃い青と黒で塗り上げられている。これは別に京介自身が望んだことでは無かったのだが、軌道達の対抗心で行われたものだった。
キョウトからの支援で受領したKMFには無頼以外にもう一種有り、それが深紅に染め上げられているのだ。紅蓮弐式、中華連邦のインド軍区に属する技術者が開発した新型KMF。航空機にも使用されているグラスコクピットとバイク型のシートで操作性と視認性を高めてあり、右腕はクランク機能による伸縮性を備え、銀色をした右手は指の一本一本が鋭利な爪状をしている。何よりも特異なのはその右腕に装備された輻射波動と呼ばれる装備で、高出力のマイクロ波を掌から放出することで、敵機体を加熱し内外共にダメージを与えたり、応用として銃弾を防ぐことも可能となっている。他にもランドスピナーの形状と言った違いもあるが、兎にも角にもこのような機体がキョウトから黒の騎士団に送られてきたのは期待の表れであった。
この従来のKMFを凌駕する性能を誇る紅蓮弐式には、黒の騎士団のエースとしてゼロ直々にカレンが搭乗するように指示があった。その事自体には文句は無く、ただ紅月カレンが唯一のエース呼ばわりされる事に軌道達が納得いかなかったというだけである。京介本人からしてみれば、黒の騎士団になる前からKMFを駆って実戦で活躍していたという事実があるのだから、カレンをトップに据えることに何ら問題は無い。どの道、自分はまだ一回しか戦っていないのだから、実績も無いのに実力者だと誇張するような色持ちになるのは逆に恥ずかしくなってしまう。
無論、新規にKMF担当となったメンバーの訓練相手は積極的に務めたし、実際敗北することは一回も無かった。不慣れだった射撃戦も突発的に発生する近接戦闘においても、新たにモーションパターンを設定・調整して、自己研鑽に努めてきた。だが結局は、如何に実践で戦果を挙げるかだ。シミュレーションでの経験を基にどれだけ実戦で活躍できるかは、個人の素質に関わってくる。シミュレーションの結果が良くても、実戦でそれを発揮できなければ二流でしかない。死んでしまえば、勿論三流だ。自分よりも優れた者の動きや考えを学んで良いところだけを吸収し、自分に合わせて発散できれば良いのだが、最初からそれが出来れば苦労は無い。だから人は質問するし、教えも請う、それに対して解答をし、教えを授ける。人に教えるということについては、十の頃------ブリタニアの侵略戦争が始まった年------京介自身も、かつて父からある言葉を教わったことがあった。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
世話になった日本海軍のある将校から教わったと言っていたが、当時は何を言っているのかよく分からず、結局その後、近所の跳ね返りだった子供の顎を喧嘩で砕いてしまい、固形物を暫く食べられなくさせた所為で鉄拳制裁を喰らったことを覚えている。京介が父から受けたこの言葉を理解し始めたのは、闘技場で戦い始めた頃だった。ただ他人より早くKMFの操縦のコツを覚え、ただ誰よりも先に勝利を挙げたことで、生き延びる為に誰かに縋りたがっていた軌道達に教え始めた。言葉遣いも良かったとは言えない、手取り足取り教えるほど面倒見も良くない、そう自覚しながらも、自分に出来ることはとことんやっていった。教えた相手が敵になることもあったし、自分の手で殺したこともある。
だが黒の騎士団では生き残るために逃げ回っていても罵倒で済んでいた時とは違う。全力で殺しに行き、殺されに行く世界なのだ。お題目として掲げている正義の味方という言葉に酔いしれて、自分達が何をするのかを分からずに参加している連中が多く見えるのが、京介が今まで見てきた新人達だ。勿論ゼロの課した入団試験はそれなりに難易度の高いもので、それを突破したということは皆何処か優秀な素養を持っているのだろう。だがブリタニア相手に日本を取り戻す為に戦うというのは、戦争をするということだ。ナンバーズだのイレヴンだのと自分達を呼んで蔑み、人以下の扱いをして虫けらのように命を奪っていく。情け容赦無く撃ってくる相手を、こちらから撃ち返すのだ。それが出来ないと言うのなら、さっさと死んで道端のゴミになるか、焼かれて灰になった方が良い。
そこで京介は、上部モニターを通じて背後の様子を確認する。十六機のKMFを二部隊に分け、それぞれ別ルートで千葉にあるナリタ連山を登っているのが現状だ。ゼロは
荷台に居る何も知らない団員達はやいのやいのと本当の遠足気分で腑抜けた面を浮かべていたが、それで言えば京介達に同行している二人のKMF乗り達の方がまだ訓練と言えども腹を括っている様子だった。殆どの訓練生達が実戦レベルでは無いということで歩兵に回されている中、主要メンバー以外にKMFに乗っている新人はかなりの上玉だ。おまけに普段の訓練から苛烈さ極まりとでも言うべき激しさで、言動も褒められたものでもない京介達に、当初の部隊割に挙手してまで自分達から同行する事を求めてきたのだ。
死なせたくないな、と京介は思っていた。勿論仲間の中から死人を出すのは好ましいことではないが、能力が追い付いていないのに高みだけを目指そうとする人間は、いつか自分にも他人にも取り返しのつかない害を齎すからさっさと死ねる内に死んで欲しいと思っているのも事実だ。軍人でなく、民間人からレジスタンスになろうとしているのだから、そういった人間が出て来易いことは経験上知っている。身の程を知れとは言わないが、今の自分に出来ることを少しずつやっていけば自然と道は開けてくる。それを無視して大股で進もうとするから、足元を掬われる。今の自分で言えば、それはKMFで戦うことだった。
やがて目的地の山頂に到着すると、既に別行動を取っていた部隊とゼロが到着していた。荷台で運んでいた連中が武器や資材を取って展開し、各地にある目的の為に調達した削岩機のような何かを各所に設置していく。京介も無頼のコクピットを開いて飛び降りると、何事か話し合っているゼロと扇に近づいて行った。
「遅れたか?」
「いや、問題無い。扇、話は以上だ。削岩機の確認を急げ」
「あ、ああ、分かった」
何を話していたのかを悟らせず、扇を追い払ったかのように見えたゼロは、目の前に広がる麓の町を見下しながら、懐に手を入れた。
「浦城、もうすぐ敵が来る。事前に話していた通りだが、今回も期待しているぞ。後は……これを返しておく」
そう言って差し出されたのは、救出された日に回収されていた拳銃だった。それを受け取ってズボンの後ろに差し込みながら、京介はゼロに問うた。
「有難く受け取っておくよ。で、勝てるのか?」
「勝てる、勝てないという話ではない。勝つのだ。いくら人数が増えたとは言え黒の騎士団は実戦経験の少ない烏合の衆、ここで経験を積み、余計な枷を切り捨てていくことが今後に繋がるのだ。最も、ここでコーネリアの身柄を確保できれば全てが終わるのだがな」
「だろうな。……来たか」
ゼロの言葉を聞いていた京介の耳朶を、別の轟音が殴打する。視線の遥か先、ブリタニア軍の大部隊が侵攻して来ていた。大型爆撃機にKMF輸送用のVTOL、地上からもKMFや戦車隊が巻き上げているのであろう土煙が遠くからでも見て取れる。ブリタニアは完全に、今日この場所で日本解放戦線に止めを刺すようだった。
「始まったな」
ゼロがそう言葉を零すと同時に、団員達もブリタニアの大軍に気づいたのか一気にざわつき始める。眼下で削岩機の近くに陣取っていた玉城が、こちらを見上げて大声を張り上げる。
「冗談じゃねえぞゼロォ!!! あんなんが来たんじゃ、完全に包囲されちまうじゃねえか! 帰りの道だって------」
「もう封鎖されている! 生き残るにはここで戦争をするしかない!」
「真正面から戦えって言うのかよ!? 囲まれてるんだぜ!」
「しかも相手はコーネリアの軍、大勢力だぞ!」
玉城や杉山が感情的に声を荒げるが、ゼロは意に返さずに淡々と言葉を返していく。
「ああ、これで我々が勝ったら奇跡だ。しかし、メシアでさえ奇跡を起こさなければ認めてもらえなかった。だとすれば我々にも奇跡が必要だろう」
「バッキャロー! 奇跡はなぁ、安売りなんかしてねえんだよ! やっぱりお前にリーダーは無理だ、俺こそ------」
尚も噛みついていた玉城が肩に下げていた小銃を下ろそうとした時、それよりも早くゼロが拳銃を構えた。照準は真っ直ぐに、玉城に向いている。一瞬緊迫した空気が走ったが、ゼロはすぐに手の中で銃を回転させて銃把を差し出して見せる。
「既に退路は断たれた。この私抜きで勝てると思うのならば、誰でも良い。私を撃て! 黒の騎士団に参加したからには、選択肢は二つしかない。……私と生きるか、私と死ぬかだ!」
ゼロの言葉によって沈黙が訪れ、やがて戦闘が始まったのか遠方から銃声や爆発音が響いてくる。既に戦争は始まっているのだ。
「どうした? 私に挑み倒してみろ」
既にこの後起こる事を確信しているのか、ゼロはそう言って全体に問い掛ける。
「……畜生! 好きにしろよ!」
「ああ、アンタがリーダーだ」
玉城を始め、各々がゼロをリーダーと認める言葉を口にする。それを横目に見ながら、京介は背後で固まっていた軌道達に目配せをした。頷いた後、新入りを含めた六人はすぐに自分の無頼やグラスゴーへと乗り込んでいく。
「ありがとう、感謝する」
ゼロはそう言うと、別途用意された専用の無頼へと向かっていった。頭部が赤く、頭頂部に金色の角の装飾がされたものだ。それを見て、京介もまた自身の青い無頼へと駆ける。シートが格納されて操縦桿を握った時には、外部スピーカーでゼロからの指示が飛び込んで来た。
≪よし! 全ての準備は整った! 黒の騎士団、総員戦闘準備! これより我が黒の騎士団は山頂よりブリタニア軍に対して奇襲を敢行する! 私の指示に従い第三ポイントに向けて一気に駆け下りろ!≫
「さぁて……」
≪作戦目的はブリタニア第二皇女コーネリアの確保にある! 突入ルートを切り開くのは紅蓮弐式だ! カレン、貫通電極は三番を使用する。一撃で決められるな?≫
≪はい!≫
快活な少女の返事が耳朶を打ち、京介は正面モニターで地面に突き刺さった筒状の物に近づいていく紅蓮弐式の姿を捉えた。輻射波動の熱量を地下水脈にダイレクトに与えるもので、紅蓮はその中の一つに異形の右手を載せる。
≪出力確認、輻射波動機構・涯際状態維持------鎧袖伝達!≫
紫電が迸り、紅蓮の周りの地表が衝撃で僅かに沈む。右腕から空になった専用カートリッジが排出され、飛んでいく。少しの静寂が訪れた後、大きな地響きが京介達の足元を揺らした。そして次の瞬間には、水蒸気爆発によって発生した大規模な土石流が黒の騎士団の足元から地上へ向けて流れていく。その巨大な奔流はブリタニアも日本解放戦線の区別無く飲み込んでいき、戦況は一気に混乱に陥った。
≪歩兵部隊は後詰の戦車部隊の排除! KMF隊は当初の予定通り二つに別れ行動する、我々はコーネリアへ向け直進! 浦城の隊は猟兵として敵陣を掻き乱せ!≫
「了解だ! 行くぞ手前ら、俺達ゃ愚連隊だ、見つけ次第ぶっ殺せ!」
ゼロの部隊が土石流の痕を駆け下りていったのを見ながら、京介も仲間達に指示を出して別方向に向けて斜面を駆け下りた。木々の間をすり抜けていき、ファクトスフィアが収集した情報がモニターに表示されていくのを確認し、土石流からギリギリ逃れたであろう部隊を発見する。ブリタニア軍の現在の主力機、第五世代KMFサザーランドが四機、機体の右手で合図を出せば、軌道ともう一機の無頼が先行して銃弾を浴びせた。右手に広がる爆発を尻目に更に京介達は前進し、次々と部隊の混乱を突いて撃破していく。
「広がり過ぎるなよ! 孤立したら集中砲火でお陀仏だ!」
≪りょ、了解!≫
すれ違いざまにサザーランドの顔面にナックルガードの付いた右腕を叩き込みながら、京介は新入りに声を掛ける。軌道達には態々言うまでも無く、あくまで緊張でガチガチになっているであろう相手に声を掛けることで出来るだけ緊張を解してやる必要があるのだ。とは言っても京介自身も全く緊張していない訳ではない。だが部隊を率いるという大役を受けている以上、自分が率先して行動するしかないのだ。
≪正面、敵戦車隊! ここの地上部隊は全滅だ!≫
「龍馬とみゆきで相手しろ! 正面からやり合うなよ?」
≪了解!≫
火力のある大型キャノンを装備した甲斐とみゆきの無頼が前方の戦車隊に背後から回り込むように転進し、京介は新入り二人を背後に回らせて自分と軌道で戦車隊の注意を引くように銃弾を放つ。東の無頼は下がらせた新入りの更に後ろで、背後からの敵に備えている。
スラッシュハーケンを地面に刺し、それを巻き取る勢いで浮かび上がった甲斐とみゆきの無頼が上空から四両の戦車に砲弾を叩き込み、そのまま車列を飛び越えて着地・反転後、京介達の機体に注意を向けていた先頭車両の後部に更に砲弾を直撃させる。戦車隊を先導していた装甲車を蹴り飛ばし、京介は一度部隊を集合させて状況を確認した。
「ここら一帯の敵は大体片づけたか? ゼロ! 聞こえるか!? そっちはどうなっている!」
≪コーネリアを追い込んだところだ、援護に回れるか?≫
「了解、急行する。こっちの連中を退路の確保に回すが、良いか!?」
≪任せる!≫
ゼロとの通信が一方的に打ち切られた後、京介はすぐにレーダーでゼロの居場所を確認した。距離としてはそう離れてはいない。山腹に抉られたように走る溝の周囲に展開していることから、その中にコーネリアが居るのだろうと予測をつける。
「翔とみゆきは新入りを連れて撤退ポイントの確保に向かえ! 歩兵部隊が居たら助けてやるんだぞ!」
≪そんな、まだ自分はやれます!≫
「今日の人殺しはもう十分だろう! 弾も殆ど残ってないはずだ、少しでも味方を助けてやれ。分かるな?」
≪ッ、了解!≫
≪すみません、ご武運を!≫
喰らいついてくる新入り達を宥めてから、京介は軌道と甲斐を連れて共にゼロの下へと向かった。道中、黒の騎士団のジャケットを着た何かが地面に転がっているのを見ながら、京介はレーダーの端に猛スピードで過ぎ去っていく何かに注意を向けた。死んで肉片になったモノを一々気にしていては、何も出来ないのだ。
(何だ……?)
それはそう距離の離れていない京介達には気づいていないのか、はたまた最優先目標の為に無視しているのか分からないが、猛スピードでそのままレーダーから消えていく。背後から来ていたように見えたが、京介達の背後には土石流の痕があったはず。一体何処から来たのか一瞬考え込んだが、すぐに思考をゼロの下へ向かうことに切り替えた。
「急ごう、嫌な予感がする!」
≪分かった!≫
そうしてゼロの下に辿り着いたのは良かったが、既に現場は混乱していた。両腕を破損したコーネリア機と思われるグロースターを守るように、白いKMFがカレンの紅蓮と戦っていた。白兜、ゼロやカレンから聞いていた強敵の名前だ。紅蓮と壮絶な応酬を繰り出し合いながらも、コーネリア確保に向けて突入した無頼にスラッシュハーケンで取り付いて撃破していく。カレンの紅蓮もそうだが、白兜も空中で身を捻ったり飛び蹴りをかましたり、通常では有り得ない挙動を平然と実行している。無頼では勝てない、そう京介は思わざるを得なかった。だがやがて紅蓮が白兜に押され始めると、そのまま崖から転落していった。
「紅月!」
叫ぶや否や、京介は既に味方の無頼が援護に向かっているのを見たにも関わらず、自らも飛び込もうとしていた。だがその動きを止めるかのように、その場に居た全員の耳に日本語による通信が飛び込んで来た。
≪この通信を聞いている全ての誇り高き日本人に告げる! 片瀬少将は既にナリタを脱出なされた! 各員、早急にこの場を離れるのだ。一人でも多く生き延び、明日の日本の解放へと繋げるのだ!≫
「何だ、解放戦線の通信? けど、この声は……」
その場に居た全ての機体が動きを止める中、その軍人は言葉を続ける。京介は何処かその声に聞き覚えがあった。
≪ブリタニアの支配から日本を解放する事こそが我々の本懐である! 一人でも多くの将兵の脱出を支援するべく、これよりこのナリタ連山に連なる施設を爆破する! だが約束して欲しい、人の本懐とは生き延びてこそ達成される! その為に命を無碍にするようなことはするな! このような形で死に絶えるのは、この浦城源之介唯一人とせよ! 一人でも多く逃げ延び、再び力を合わせ、その願いを化けさせるのだ! さすれば、勝つ!≫
「父さん……!?」
間違いではなかった。聞き覚えのある声、浦城源之介という名、それは七年前に姉の浦城夏希と共に離れ離れとなった父親のものだ。全身が強張る、喉の奥がキュッと音を立てて歪な音を立てた。それは久々に父の声を聞いたこともあるが、その内容にも問題があったからだ。自分自身の手で基地施設を爆破して可能な限りの敵を道連れにし混乱を生じさせ、少しでも味方が脱出する時間を稼ごうというのだ。それは自らの死を意味している。
「ダメだ……! ダメだダメだダメだ! 父さん、それだけは絶対にダメだ!」
父の居場所も分からず動き出そうとした京介の機体を、咄嗟に軌道と甲斐の無頼に止めた。無頼のモニターに軌道の困惑した表情が映り、声を荒げる。
≪何やってんだよ京介! 今の放送聞いてなかったのかよ、逃げろってことだろ!?≫
「けどよ新、あれは父さんなんだよ! 父さんの声なんだ!」
≪父さん!? けど逃げなきゃマズイって! おっつ、龍馬ァ! 手ぇ離すな、無理矢理にでも引っ張るぞ!≫
≪分かってる!≫
京介が二人の機体を振り解こうとしたところで、ゼロからの通信が入る。
≪全軍脱出地点に移動せよ! 撤退だ、すぐにここを離れろ!≫
見れば、白兜の方も放送を聞いた所為かグロースターを抱えて戦場を去っていく。そこで京介は混乱する頭の中で相手が日本語を理解しているという可能性を浮かび上がらせたが、すぐに味方に引き摺られたことで再び抵抗に意識を持っていかれた。そしてそこへ、最期と言わんばかりの父の声が響き渡る。
≪娘よ! この日の本の国の何処かに生きている息子よ! お前達が平和に生きられる世が来ることを祈っている! 去らば!≫
そうして次の瞬間にはナリタ連山が大きく震えだし、山の麓の方から少しずつ地下で発生した爆発によって地面が捲れ上がっていった。そこまで行って漸く、京介も抵抗を辞めて撤退せざる得なくなってしまう。その操縦桿を握る手には皮膚が真っ白になる程に過剰な力が籠められ、ズボンの太腿にはいくつもの水滴が零れ落ちていた。捲れ上がった土と小石が無頼を打ち、揺り籠代わりのその振動は、少年の感情をより一層逆撫でしていった。
日本解放戦線の自爆行為によって、ナリタ連山は内側から爆破されていった。黒の騎士団は全員脱出することには成功したが、その途中でゼロの無頼が逸れてしまう事態が発生した。幸い連絡が取れたことで一部の団員が回収の為に現地に残り、他のメンバーは拠点へと即座に移動することとなる。ブリタニア軍が混乱している今、街中を突っ切って撤退するにはタイミングを計っている余裕など無かったからだ。現場の指揮官として扇が残ることとなり、京介やカレンは乗機ごとトレーラーに押し込まれ、子供に崩された砂場の山のように崩れ去ったナリタを離れているところだった。
無頼がスタンバイモードになった状態の薄暗いコクピットの中で、京介は頭を抱えて震えていた。声にならない嗚咽が漏れ、瞼をギュッと瞑って涙を零す。久しぶりに父の声を聞き、そしてその父が死んだ。近くに息子である自分が居たというのに、その存在に気づくことなく、成長した姿を見せることも出来ずに永遠の別れを迎えてしまった。それは今までのどんな出来事よりも京介の心を傷つけた。別人だと思い込もうとしても、その無様さと情けなさがより一層感情を負のスパイラルに陥らせていく。
≪……京介?≫
そこに、同じトレーラーに同乗しているカレンからの通信が入る。京介はそれに反応を示すことなく、通信機のスイッチを切ろうと手を伸ばした。今は誰とも、話したくなかった。だがカレンはその様子に気づくことは無く、無言を肯定の意として捉え、言葉を一方的に続けた。
≪もしかして……もしかして何だけど、あの日本解放戦線の浦城って人は貴方の……≫
「止めてくれ!」
京介は思わず声を荒げてしまう。だがカレンは、それでも彼に言葉を続けた。しかし独り善がりのその歩み寄りは、その傲慢さは、少年の地雷を情け容赦無く踏み抜いてしまう。
≪……ねえ京介、泣いているの? 泣いているのなら、話してよ。家族を亡くした経験は、私にだって------≫
「ほっといてくれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
それをにべもなく拒絶し、京介は通信機のスイッチを切った。父と共に過ごした十年間、離れ離れに過ごした七年間、その全てを脳裏に流しながら京介は慟哭する。それから拠点のトレーラーに到着するまで、何者も京介に触れることは無かった。
このナリタ攻防戦の結果、ブリタニア軍は黒の騎士団の奇襲と日本解放戦線の最後の自爆によって投入した戦力の殆どを失うこととなった。日本解放戦線もその拠点を失い、残存勢力は日本各地に散らばることとなりその戦力を大きく低下させる。黒の騎士団でも多数の団員やKMFを失う事となったが、生き残り達は強い結束と自信を手に入れることとなった。全てを失ったもの、運良く生き延びられたもの、その境界線が曖昧なまま、この戦闘は終結したのだ。
そして黒の騎士団はこの戦果を持って、キョウトから大きな期待を得ることとなる。それはこれからの戦いがより一層過激なものになることを示していたが、それを実感出来ていたものは極少数でしか無い。
そして浦城京介はこの後、黒の騎士団の拠点から姿を消した。