浦城京介にとって、新しいKMFに乗り替わるということは非常に面倒な事であった。左利きということが災いし、より機体を自分の手足の感覚に近づけるには、デフォルトで設定されているモーションパターンや
グラスゴーではスタントンファ、無頼ではナックルガードとほぼ腕を振るう形で使用出来たこれまでの武装とは違い、廻転刃刀は手に持って使用するタイプの装備だ。左右問わず使用出来たこれまでの装備とは違い、明確に手に持って腕を振るう様に扱う動作が必要とされる。京介は刀の扱い方は幼少期に父から教わったことはあったが、そんなものはもう殆ど錆びついてしまっていた。だから無頼改で追加された廻転刃刀を扱うモーションパターンをまず反転し、それをシミュレーターで微調整してから、その挙動を身体に覚えさせるしかないのである。ここで更に面倒だったのが、前回の港での戦いで乗機だった無頼を完全に破壊されたことだ。
闘技場時代から使っていたグラスゴーに改修を重ねて使っていたものだったから、その機体CPUには今まで蓄積してきた全てのデータが揃っていた。それを流用出来れば無頼改の基本動作の調整は必要なかったのだが、生憎全て失われてしまったことで、また一から作業を行わなければならなくなったのだ。生半可な調整を行えば、自分の死に直結する。だから傷が治って自由に動けるようになってからの京介は、ほぼ連日連夜徹夜でモーションパターンの調整を行っていた。
拠点の工場の中の一角に、片膝をついた待機状態の無頼改と、そのコクピットから伸びた大量のケーブルが繋がる端末が簡易テーブルに置かれている。京介はその卓上に冷えたコーヒーの入ったステンレスマグと吸い殻がこんもりと溜まった灰皿を並べて置いていた。シミュレーターモードのコクピットでコマンドを実行した動作を端末上の3Dモデルで確認し、その問題点を紙に書き殴って改善策を導き出す。そして一通り終わればまたコクピットに戻ってモーションパターンを設定し直し、また動かしては確認して、という気が遠くなる作業をずっと続けていた。
京介のその鬼気迫る雰囲気に、団員達は誰も口出し出来ないでいた。軌道達であれば止められたのかもしれないが、彼らはキョウトからの依頼で他レジスタンス組織の為に軍が新規受領する予定のサザーランドの強奪作戦に従事していた。永瀬や竜胆は残っていたが、隊の末端に位置する彼らに止められる訳が無いのは明白だった。扇の言う事も聞かず、気を利かせて持って来てくれた飯に対する礼を口にするのみで、煙草と汗の臭いに塗れた少年はたった一人で情熱を燃やしている。二足の草鞋を履いていたカレンが、今は学園での生活を優先して拠点に顔を出していないというのも、何処か関係しているのであろう。自分の独善的な使命感と女への性的欲求というものを、ニコチンで抑えつけているだけだ。こんな作業でもしていなければ、無為に性欲を持て余していた。
「京介! ちょっと良いか!」
と、空になったレッドアップルのソフトケースを握り潰していたところで、背後から扇に声を掛けられた。少し前に声を掛けられた時には忙しいと拒否してしまっていたから、仕方なく椅子に座ったまま振り返ると、扇以外にも四人の男女がそこに居た。全員が日本解放戦線の軍服を着ており、異様な眼光でこちらを見据えている。
「……何です? その方達は?」
「日本解放戦線、四聖剣の方達だ。キョウトからの紹介で、俺達に支援を求めて来られた」
「四聖剣!?」
扇の言葉に、京介は目を見開いて口に咥えていた煙草をポロリと地面に落とした。その火を靴の裏で踏み消しながら立ち上がり、姿勢を正す。四聖剣、それは日本解放戦線に属していた藤堂鏡志朗中佐の懐刀であり、ブリタニア軍からも一目置かれていた凄腕の戦士達だ。老齢の男性、細見で背の高い男性、眼鏡を掛け、顔に一筋の傷が走る男性、そして目つきの鋭い、隣に並ぶ男連中にも負けない覇気を醸し出している女性、この四人がそうだった。京介は一瞬自分の臭いやボサボサの髪を気にしたが、過酷な戦いを経験してきた彼らがその程度で気分を害すだろうかと自分の中で結論付け、挨拶を交わした。
「この様な身なりで申し訳ありません、浦城京介と言います。父は……ご存知であれば良いのですが、旧日本陸軍大佐、浦城源之介です」
「大佐殿の? 確かご子息はブリタニア人として暮らしていたと……。いや、挨拶が遅れましたな、仙波崚河と言う」
「卜部巧雪だ、よろしく頼む。大佐の息子と言う事は、夏希君の弟でもあるな」
「朝比奈省悟です。それはそうでしょうけど、まだ未成年のはずじゃ?」
「千葉凪沙と言います。見たところ、随分と大人ぶった事をしている」
仙波、卜部、朝比奈、千葉と名乗られた四聖剣が、京介自身の身なりと背後の卓上のだらしなさを見て、口々に言葉を漏らす。言外に、舐められているのだろうかと京介は思ってしまった。だから、四人の歴戦の勇士を前に言わなくても良い事まで口走ってしまった。
「ブリタニア人の皮を被って微力ながら抵抗運動の手伝いをしていましたが、実母と継父に売り飛ばされました。軍に処刑されるところ、腐敗に助けられたのか地下の違法施設でKMFのパイロットとして一年程、只管殺し合いの生活を。数か月前に仲間達と共に黒の騎士団に救出されて、今に至ります」
「彼は以前からの仲間と共に愚連隊としてKMFの別動隊を率いて貰っています。黒の騎士団の戦力の中核を担う、立派な男です」
嫌な雰囲気を感じ取ったのか、扇が京介と四聖剣の間に入ってそう言葉を続けてくれた。その内容も合わさってか、四聖剣の面々は重苦しい表情を浮かべてから、仙波が口を開く。
「これはとんだ無礼を、お許し頂きたい。日本解放戦線では浦城大佐には藤堂中佐含め色々と便宜を図って頂いた。ナリタ連山の戦いでは、立派な最期でした。お悔やみ申し上げる」
「いえ、結局直接会う事は叶いませんでしたが、最期の言葉は聞けましたので。……それで扇さん、どうして四聖剣の方がここに? 姉さん、いや、藤堂中佐は?」
そう言葉を続けると、扇がそうだと言わんばかりに表情を変えて京介の無頼改を一瞥する。
「ああ、その藤堂中佐がブリタニア軍に捕まってしまったんだ。四聖剣の方達を逃がす為に囮として。他にも何名か捕まっていて、処刑が今夜行われる」
「それを俺達で救出する?」
「我々も同行する。救出の手助けをして頂きたいのです。それに、捕まった者の中には浦城少尉……君のお姉さんも含まれている」
「何!?」
仙波の言葉に、京介は全身に一気に力が入るのを感じた。姉さんが生きている、信じてはいても証拠が無かったその考えに、唐突に確実な答えを差し出されたのだ。最早唯一の肉親となったその存在が救出対象に居る。その事に、京介は大きな懸念事項を抱えていたとしても、溢れ出る闘志を抑えられなかった。
「既にゼロには連絡をして、B13で指定ポイントに集合する手筈だ。軌道達にはキョウトから新型を運んで貰っている。京介の無頼改も投入したいが、行けそうか?」
「まだ詰め切れてない動きがかなりはあるけど……関係無い、詰め込んでくれ」
「分かった、合流場所でゼロから作戦の指示がある。三十分後に出発予定だ。貴方達はこちらへ」
扇に連れられて四聖剣の面々がその場を去った後、京介は無頼改に繋げていたケーブルを全部抜き取って、端末に保存していたデータを全て保存した。これでもし機体に何かあっても、次の機体に活かす事が出来る。積み込み作業に来た団員に機体を明け渡した後、京介は一先ずシャワーを浴びる事にした。お湯にすることも無く水のまま頭から被り、長時間の作業で疲弊していた頭を無理矢理覚ます。今までの作戦とは毛色が違う救出作戦、それも自分の肉親が関わっている。何としてでも助け出してみせると、強い覚悟を決めていた。
藤堂鏡志朗他数名が囚われているチョウフ基地の近く、トウキョウ租界を通っている高速道路の高架下に、ゼロやカレン、京介を含めた主力は集合していた。軌道達四人は別のポイントにおり、愚連隊としては永瀬と竜胆の二人が京介の手元に残っている。敵戦力を誘き出し混乱させる隊を複数と、直接基地に乗り込んで捕虜を救出する隊に別れて行動するのが、今回のゼロの作戦だった。
「救出部隊に参加したい?」
そのゼロの作戦に異を唱えたのは、今回が初めてだった。周囲のトレーラーでは団員達が出撃準備を進めており、事前にゼロが収集した敵勢力の配置図を記した地図を下に必要な人員の配置を話し合っている。そんな中で、京介は話があるとゼロを呼び出したのだ。
「珍しいな、お前がそんな事を言い出すとは」
「捕虜の中に姉さんが居るんだ。出来ることなら、自分の手で助け出したい。我儘なのは分かっている、けど……」
「個人の事情で作戦に変更を加えることは出来ない。だが……篠崎の部隊と配置を変われ、その方が基地に近い。イレギュラーが起きた場合の対応に回れるだろう」
「良いのか?」
想定していなかった返答をゼロから貰い、京介は目を丸くして問い返す。
「作戦に関わる士気の向上は必要だ。それで仕事を熟してもらえるのならば構わない」
「……すまない」
そうして扇達と情報交換を行い、京介の隊はチョウフ基地からそう遠く無い駐屯地の襲撃に配置されることとなった。配下としてKMFは永瀬、竜胆に他二人の計五機、後は十数人の地上部隊を抱えることになる。そして少しばかりの時間が経過し、いよいよ出撃前というところで、京介は見慣れない人物がその場に居ることに気づいた。白衣を着た褐色肌で長身の女が細見と太った科学者のような男を二人連れ立って、ゼロと何事か言葉を交わしている。気になって傍に行ってみると、紅蓮弐式を搭載途中だったトレーラーの傍に居たカレンの姿を見た。だがその服装が普段と違う事に気づき、またその背後から見ている玉城の視線に気に入らないものを感じると、すぐに駆け寄って自分のジャケットを上から投げるように羽織らせた。
「どういう格好してるんだよカレン、何だそれ?」
「何って……プロテクションスーツって言うんだって。生存率が上がるってラクシャータさんが」
そう言っているカレンは、完全に全身タイツとでも言った方が早そうな薄地な格好に身を包んでいた。カラーリングを合わせたのか赤を基調とした中に灰色の部分が混じり、膝や肩にはクッション性のようなパーツが付き、首回りから胸部にも灰色のパーツが羽織るような形で着こまれている。全身のラインが完全に出るようなタイト具合で、少なくともカレンのような女性が着ていれば、男は誰だって視線を奪われてしまうだろう。といったような事を考えていたところで、京介はカレンからの言葉に意識を戻した。
「で、何で上着着せたの?」
「玉城の視線が気に入らないんだよ!」
「俺かよ!?」
「最ッ低!」
「違うってぇの!」
玉城の悲痛な叫びを背後に、京介はカレンがラクシャータと呼んだ女を見た。煙管を持った気怠そうな女性で、額には紫色のビンディが描かれている。彼女は横から現れた京介を訝しむような眼で見ながら煙管を吸ってみせたが、すぐに合点がいった様子で破顔した。
「あぁ~、坊やが紅蓮の子の番犬? 腕が良いってゼロから聞いてるわよ」
間延びした声色で語るラクシャータに、京介は首を傾げて見せる。
「後で話そうと思ってたんだけど、アンタのところでうちの紅蓮の試作機を使って欲しいのよね」
「紅蓮の試作機?」
「そ。紅蓮弐式を作る最中に出来た輻射波動機構を使えるレベルで調整した機体があるのよねぇ。折角だからそれを使ってもらおうかって」
「へぇ……それ、ゼロには?」
「許可は取ってるわよ。少し先に話にはなると思うけど……、まずはデータ取りからってところね」
ラクシャータはそれだけ言うと、京介との会話は終わりと言わんばかりに背を向けて何処かへと歩いて行った。視線を追えばその先にはカレンとは色違いのプロテクションスーツを身に纏った四聖剣の姿があり、その傍にあるトレーラーには見覚えの無いKMFが格納されている。灰銀色をした、無頼とは全く違う、どちらかと言えば紅蓮に似ていると言った方がしっくり来る機体だ。
(あれは何だ? またインド軍区の------)
思考の殆どをそのKMFに持って行きかけられていたところで、京介は出発を知らせる団員の声にハッとした。既に殆どの団員が持ち場に着くべく行動を開始しており、紅蓮のトレーラーも後はパイロットを載せるだけのようだった。
「っと……カレン、お前救出部隊だろ。ちょっと良いか?」
「何?」
団員に搭乗を急かされるカレンを呼び止めて、京介はその青い目を見た。
「捕虜の中に姉さんが居るんだ。俺のたった一人の家族が」
「お姉さんが?」
「だから……必ず連れて帰って来て欲しい。勿論、お前も気を付けて」
「うん、分かった。その代わり、そっちも無茶しないでね。怪我、治ってからそんなに経ってないんだから」
「分かってるさ。じゃあ、また後で!」
気持ち少なく言葉を交わして、京介は自分の機体のあるトレーラーに駆けていく。その後残されたカレンは自分が彼のジャケットを着たままだったことに気づくも、それを返す相手の姿がもう消えてしまっていたので、それから漂う煙草臭さに何処か安心したような表情を浮かべて、愛機のコクピットの中にしまい込んだのだった。
日も落ち掛けてきた頃、広大な敷地を誇るチョウフ基地周辺に在する各地の駐屯地に、黒の騎士団の陽動隊は一斉に攻撃を仕掛けた。強奪して無人化したトレーラーによる自爆攻撃、KMFによる制圧、地上部隊による占拠と攪乱放送。それが次々と行われ、チョウフ基地の通信回線は一気にパンクする。その間に基地へ直接ゼロ率いる救出部隊が突入し、捕虜を救出するのだ。京介の部隊が担当する駐屯地への攻撃も、順調に進んでいた。遠距離からの対戦車ロケットによる攻撃を起点に五機のKMFで乗り込んで、警戒に当たっていたか、まだパイロットが搭乗前の敵KMFを撃破していく。
青く塗り上げられた無頼改はサザーランドの銃撃を軽やかに回避してみせると、稼働して刀身が赤くなり火花を散らしている廻転刃刀でその胴体を真横に切り裂いた。装甲版に多少引っ掛かるような感覚を感じながらも京介は刀身を振り抜いて、真っ二つになったサザーランドは崩れ落ちると同時に動力となるサクラダイトがスパークに誘爆して爆発炎上する。既に地上戦力も制圧に乗り出し、受け持っていた任務はほぼ完了を迎えようとしていた。脱出したコクピットブロックから這い出た敵を撃ち殺し、最初の攻撃で破壊された監視塔から転がり落ちた死体が脳髄を飛び散らして京介の無頼改を空虚な目で見つめている事に気づく。捕虜とした兵士達も一か所に纏められつつあり、後は偽装通信を飛ばすだけだった。
≪案外あっけなかったですね≫
京介機の近くに竜胆の無頼が接近し、通信機越しにそう言葉を零した。永瀬の機体は地上部隊と共に捕虜とした兵士の監視についており、他の二機は駐屯地内の捜索を行っている。今は陰になって見えていない倉庫の周囲等を見回っていた。竜胆の言葉で死体から目を離した京介は、そう遠くは無い位置に見せるチョウフ基地の監視塔を見やった。
≪他の部隊も順調みたいですし、ゼロが動き出すのももう少し------≫
竜胆が言いかけたところで、突然大音量の悲鳴が通信機から溢れ出た。同行していた無頼に乗っていたパイロットに乗っていた男の声だ。続けて、二機の無頼が進んでいった倉庫の陰から、一機の無頼が転がるように飛び出してきた。
≪た、助けっ------≫
涙声で助けを求める無頼の背後から、見たことも無いKMFが飛び出してきた。サザーランドとは違う角ばって鎧染みた装甲に身を包み、脚部のランドスピナーは通常より大型化している。両肩の装甲も横に迫り出しており、その先端には大型のスラッシュハーケンのような物が見えた。その白に黒い縁取りがされたKMFは両手に持った槍斧------槍に斧と鉤爪が付いたハルバード------を振るい、背後から無頼を縦に真っ二つにして見せた。無頼が起こした爆炎の中から飛び出した白いKMFはハルバードを構えたまま、残る京介達をジッと見据えている。
「新型!? 聞いてないぞ、こいつぁ……!?」
≪隊長、どうします!?≫
「永瀬と援護しろ! 地上部隊は捕虜の監視、逃げちまったら殺しても良い!」
≪り、了解!≫
返事を聞くが早いが、京介は廻転刃刀を手に無頼改を真正面から突っ込ませた。白いKMF------鎧付きはハルバードを短く持ち、振り込まれた廻転刃刀をその斧部分で受け止めた。先程は気づかなかったが、その刀身部分はまるで赤く燃えているかのように輝いている。ぶつかり合った刃同士から火花が飛び散るも、京介は操縦桿越しに機体が圧されているのを感じた。
「力負けしている! 馬鹿力がッ!!!」
叫び、機体の左足を軸に即座に半回転させて脇腹を狙う。だがその刃が届く前に、鎧付きは刃が迫るのとは逆方向の方からスラッシュハーケンを飛ばし、一瞬にしてモニターから消えてしまった。
「速------ガッ!?」
直後、背後から強烈な衝撃に襲われ、京介は激しく頭部を揺らされながらも機体を持ち直す。シートから身体が飛び上がったことで頭部をコクピット上部に打ち付けて出血していたが、そんな事を気にしている余裕は無かった。背後に振り返れば既に鎧付きがハルバードを真横から振るっており、それを防ぐので精一杯だった。垂れた血が口許にまで流れ落ち、京介はそれを舌で舐めてその鉄臭さに意識を保つ。敵はこちらを休ませることなく、連続で斧や槍の部分を使って攻め立てて来る。遠くに永瀬と竜胆の無頼が見えるが、二人共接近戦を行っているというのもあって、撃つことが出来ないようだった。
(こんな奴が居るなんて聞いてねえぞ! 冗談じゃ------)
何度目か数えてもいない斬撃を往なし、京介は叫ぶ。敵は自分よりも大型だと言うのに、その動きは遥かに上でこちらを圧倒している。付け焼刃のモーションパターンが上手く動作していることは有難かったが、どちらにしてもこのままでは敗北は必須だ。定石を無視した捨て身の攻撃で活路を見出すしか無い。
「こんな戦い方で勝とうとするなんて、まともじゃぁぁぁぁぁ!」
槍での突きを何とか受け流すと、京介は回避行動を取らずにそのまま真正面から機体を敵に叩きつけた。衝撃で跳ね返されそうになるのをランドスピナーを全開にして踏み止まる。リーチの長いハルバートを躱し切るには、その刃が触れない距離で戦うしかなかった。だが鎧付きはその大型ランドスピナーから大量の白煙を吐き出しながら回転させると、こちらの妨害を物ともせずに無頼改を押し返し始めた。根本的に出力が違い過ぎるのだ。
「この------っ!」
廻転刃刀を振るも間に合わずに距離を取られ、鎧付きは無頼改を突き飛ばすようにしてハルバードを構え直す。そのタイミングを狙って永瀬と竜胆の無頼が銃撃を加えるが、鎧付きは少し角度を付けただけで特に回避行動すら取ろうとしない。それはその機体の装甲の厚さを誇示しているようで、事実銃撃が終わるや否や両肩のスラッシュハーケンで無頼の銃を弾き飛ばしてしまった。
(破壊しない? 何を考えて------あ?)
相手を破壊する攻撃を取らない鎧付きの行動に疑問を抱いていた京介だったが、モニターが捉えたある一点に気づく。鎧付きの背部、コクピットのハッチから何かが滴り落ちている。彩度を上げれば、それは赤い色をしている。血液だ。敵パイロットは、負傷していることの証だ。
「騎士らしく俺との一騎討ちで最期を締め括ろうとしている? 永瀬、竜胆! お前らは手を出すな!」
≪え、けど!≫
京介が発した言葉に、永瀬が疑問を挟む。どの道銃火器を失った無頼では胸の対人機銃か拳のナックルガードくらいしかまともな武器は無い。そんなもので目の前の鎧付きに勝つのは無理だ。
「こいつは最期の勝負に俺を選んでいる! だから邪魔をするんじゃねえ!」
京介の言葉に、永瀬と竜胆は押し黙って機体を後退させた。その意図が伝わったのか、鎧付きは構えを解いて京介の無頼改に向き合う。そして、外部スピーカーを通じて男の声が二機の間に静かに響いた。
≪……どうやらイレヴン……いや、黒の騎士団にも話の分かる戦士が居たようだな。お気づきの通り、私は既に死を間近に控えた身。最期くらい……騎士らしく戦いの中で果てる事を望んでいる≫
男の声を聞きながら、京介は額に流れていた血が止まっていることに気づく。顔面で乾いていた血の跡を腕で乱暴に擦って剥がすと、カスになった血の欠片がコクピットの床へと落ちていった。
≪もし私に勝つことが出来れば、この機体を……我が一族が心血を注いで完成させたこの鎧を差し出そう。破壊するなり拿捕するなり、好きにすると良い。敗者には不要なものだ≫
男の言葉を黙って聞く。ただ京介がやる事は、廻転刃刀を構えることだけだ。何故だか京介は、目の前の敵に対して不思議な感覚を覚えていた。先程までの生きる事に必死になっていた頭には無しかなく、一度冷静になってみれば、そこには男の最期の覚悟というものが流れ込んできている。男の要求通り戦えば、自分は殺され、相手もそのまま勝利の美酒を味わい死んでいくかもしれない。だから、勝ちたかった。闘技場でも、その後の戦いでも湧き上がらなかった勝利への渇望。生死の境を超えた先にあるその感情が、今の京介には芽生えていた。
≪話し過ぎたか……が、戦う前に貴公の名を教えてはもらえまいか。冥途の土産に、最期に戦った相手の名を知っておきたい≫
男の問い掛けに一瞬の逡巡を経て、京介は外部スピーカーのスイッチをオンにして口を開いた。
「……浦城だ、浦城京介」
≪ウラキ、キョウスケ……良い名だ。では参ろう≫
男は京介にそう答えると、ハルバードを構えた。大型のランドスピナーが煙を上げ、今から突っ込んでいくことを知らせて来る。操縦桿を握り締め、京介は廻転刃刀を上段から頭部の左側に構えて突きの体勢を取る。
≪我が名はオーギュスト・ゴダール! このエクター・ド・マリスの槍捌き、受けるが良い!≫
一瞬の超加速から、男------オーギュストはハルバードを袈裟切りに振り下ろす。それは無頼改の頭部から右肩に至るまでの部分を切断し、そのまま刃は地面へと突き刺さった。その間に京介は廻転刃刀を突き出していたが、その刃は動作していなかった。させなかったのだ。敵の鎧------エクター・ド・マリスの胸元に突き刺そうとした刃はその堅牢な装甲にぶつかった衝撃で中程から折れてしまっており、傍から見れば、無頼改の負けは明白だった。だが、オーギュストの口から零れた言葉は全くの逆であった。
≪脱出装置が作動せず……貴公の刃は我が胸を刺していた。見事だった≫
その言葉を聞きながら、京介はモニターが死んだコクピットを解放し、無頼改の上に立った。それから少し遅れて、エクター・ド・マリスと呼ばれたKMFのコクピットハッチも開き、シートが迫り出してくる。そこから出てきたのは、金髪の偉丈夫と言うべき若い男だった。ブリタニア製の白いプロテクションスーツを身に纏ってはいるが、その腹部は赤い血でべっとりと濡れている。見たところ、乗り込む前に負傷したが、そのまま意地だけで戦いに赴いたのだろう。小刻みに震えている身体を必死に抑えつけるように歯を食いしばり、オーギュストは京介の顔を見て僅かに微笑む。その茶色い瞳から色彩が失われたかと思えば、震えの止まった偉丈夫の身体はゆっくりと揺れ、そのままシートを離れて地面へと落下していく。
京介はただ、騎士としての人生を全うした男の姿を、黙ってジッと見つめていた。