一騎討ちを終えた後、京介はオーギュストの遺体を生き残りのブリタニア兵達に引き渡していた。どいつもこいつも今にも飛び掛からんばかりの殺気を醸し出していたが、銃を一方的に突き付けられている状態ではそれも構わず、歯痒そうにしている。そんなブリタニア兵達を前に、京介はただ冷静に言葉を紡いだ。
「俺を殺したいのなら、明日の何処かの戦場で襲って来い! 俺はゴダール卿の遺品を貰い受ける、居所はすぐに分かるだろう!」
援護に来た他部隊のトレーラーに詰め込まれるように載せられて運ばれていったブリタニア軍人達を見送った後、京介の傍に永瀬の無頼がやって来た。コクピットハッチを開き、青あざの薄くなった白い肌の顔を外気に晒す。
「あのKMF、本来の予定を変更してここに運ばれてきたみたいです! 奥にあったトレーラーから輸送計画書と、見た事無い武器とか予備パーツがたんまり出て来ました! 大漁ですよ!」
「先に全部ここから運び出すようにしてくれ! 発信機の類にだけは注意だ!」
「分かりました! けど、そのKMFに乗って大丈夫なんです!?」
エクター・ド・マリスに乗り込もうとしていた京介はそう問いかけられると、シートにべったりと付着して乾燥した血液を気にしながらも、声を上げて返す。
「
「そうじゃなくて! ああもう、分かりました! ハル!? 聞いてた!? 通信開けてんだから聞いてなさいよこの馬鹿!」
騒ぐ永瀬の声を聞きながら、京介はシートに座りコクピットに入り込む。コクピットの
正面モニター下部にあるキーボート端末、そしてその下部のスロットに差し込まれている無骨な長方形状の起動キーを見て、京介はキーボードを操作して機体データを表示させる。【Hector de Maris】と機体名称が表示された後、各部の詳細な情報が正面と上部モニターに次々と表示されていった。固定武装は何度か見た両肩の大型スラッシュハーケン、両腕部にも手の甲の位置に小型の物が搭載されていて、後は腰部にも一基あるようだった。他は大きく出張った肩装甲の内、腕部とスラッシュハーケンの間、両腰、背面のコクピットブロック下に装備懸架用のハードポイントが備えられている。堅牢な装甲を盾に継戦能力を高めて切り込んでいく機体なのだろうと、京介は判断した。今は専用規格らしいマルチプルラックが両腰部にそれぞれ装着してある。
通常のKMFよりも大型のランドスピナーは実際に相手をして味合わされた驚異的な加速性を発揮している。それはこの通常の機体よりも重量のありそうなボディを俊敏に動かす為に必要なもので、互換性を無視して搭載されているということは、白兜や紅蓮弐式のように次世代のKMFを目指して開発された事が見て取れる。そして更に目を引いたのは、通常一基用意されている動力源となるエナジーフィラーのスロットが、機体とコクピットブロックに合わせて計六基存在している事だった。余程燃費が悪いのか、或いはこれも戦闘時間延長を目指してのものなのか分からないが、少なくとも先程の戦いを終えたばかりだと言うのに、上部モニターに表示されているエナジーフィラーの残量は全く減少していなかった。ただそれは言い換えれば、当たり所が悪ければ損傷したエナジーフィラーによる誘爆で一瞬で御陀仏になってしまうことになる。
「凄い機体だ……一族の悲願……全てを詰め込んだってことか……」
オーギュストの言葉を脳裏に反芻させていたところで、京介は通信機のチャンネルを黒の騎士団で使用されているものに変更しようとしたが、既に設定されていたブリタニア軍内のチャンネルを聞いてみることにした。案の定チョウフ基地周辺の混乱の対応に苦慮しているようで、指示を飛ばす司令部に対し状況を混乱させる通信が飛んでいるのが聞こえる。別の駐屯地を襲った味方の仕業だ。作戦は順調に進んでいる。後は救出部隊が突入して藤堂中佐を始めとする捕虜を救出するだけだ。そう京介が思考を巡らせた直後、チョウフ基地の監視塔の一つが爆発する爆音が響く。それと同時に、ブリタニア軍の通信で捕虜の脱走が伝えられる。
「始まったか!」
モニターの表示をファクトスフィアで取得したカメラ映像に切り替え、京介は遠くに見える炎上するチョウフ基地を視認する。既にゼロ率いる部隊は突入し、捕虜奪還に動いているはずだ。エクター・ド・マリスのIFFをオフにし、京介は目の前で朽ちた巨像となっている無頼改を見やった。たった一度の戦闘でしか乗らなかった機体だが、既に頭部と右肩を切り落とされ、損傷具合を見るに修理するにしても時間が掛かるだろう。その足元に刺さっているハルバードを拾い上げると、京介は機密保持と慣らしも兼ねて一思いに横薙ぎに振るった。一撃で胸部を寸断された無頼改は直後爆発炎上し、主を失った折れた廻転刃刀とその鞘が地面に転がっていく。十分過ぎる威力だった。
(しかし長いなこの武器は……何か機能は……)
手にしたハルバードをモニターで確認していると、先端に近い箇所にボタンを見つけた。それを押してみれば槍の真ん中部分が伸縮し、少しばかり短くなる。そうして腰の右側にあるマルチプルラックに柄を近づけてみれば、磁力で保持するようになっているのか吸い込まれるようにそこへ収まった。
「そうか、これで正解なのか……」
何の気無しにやってみた事が上手く行き、思わず京介は言葉を零した。その後は通信機を調整し、永瀬と繋がる事を確認してゼロからの連絡を待つことにする。予定では突入後十分が経過した場合、陽動隊は各自指定された方法で徹底することになっていた。その突入の合図である監視塔の爆破から、五分が経過していた。
突入から丁度十分が経過しようとしたところで、ゼロから撤退の連絡が来た。既にチョウフ基地に向かっているブリタニア軍の航空戦力が目視で確認出来る距離にまで迫っており、京介の隊は拿捕したエクター・ド・マリスのトレーラーに護衛の無頼を付けて先に送り出したところだった。奪った、というよりは譲り受けたと感じていたエクター・ド・マリスを実戦で使えなかった事を残念がった京介だったが、一先ず作戦が無事に完了したことに安堵していた。後は指定ポイントに撤退し、分散して拠点へ退去するだけ。姉と合流できた時、何を話そうかと京介は浮足だっていた。七年程離れ離れだったのだから、話したいことは沢山ある。父の事は勿論、自分で殺してしまった母親の事も話さなくてはならないだろう。姉の性格からして小言では済まないだろうなと脳内で考えながら、京介は愛機となった鎧の騎士を移動させる。
だが拠点の地下駐車場に辿り着いた時、そこに浦城夏希の姿は無かった。
「ゼロ……手前ぇ、今なんつったァ!!!」
持ち帰ったエクター・ド・マリスの珍しさに目を奪われていた団員達は、すぐに京介の怒声に意識を切り替えることになった。居住区画付きトレーラーの側面で、京介がゼロの胸倉を掴んでその身体を車両に押し付けている。ゼロの両足が宙に浮く程に力を込めて怒りを表している京介を、軌道やカレンが両側から止めようとしていた。一方のゼロも気道を塞がれ掛けている中で、苛ついたような声を上げる。
「藤堂中佐以外の捕虜の処刑は既に実行されていた! 生存者は居ない! 奇襲を掛けてすぐに牢の中で銃殺刑に処されていたのを確認したと言っている!」
「嘘だ、生きているか確認する時間はあったはずだ! 映像の一つくらい、取ってもねえ癖に!」
「お願いだから止めて京介! その現場は私も見たの、お姉さんの顔は分からないけど、あの時あそこに居た人達はみんな!」
「いい加減にしろ! 作戦の主目的は藤堂中佐の救出だった、それ以外は次いでだ!」
「言うに事欠いて……! 人の家族を何だと思ってやがる!」
扇が、救出された藤堂が、四聖剣が、団員の全てが二人のやり取りを聞いていた。ゼロの言葉にも、京介の考え方にも問題は有る。事前に訴えていた部下に対する配慮の無い発言、作戦行動に対する個人的感情の優先、軍隊であれば罰せられるのは京介の方だが、黒の騎士団は軍事組織では無い。助けられると思っていた存在が助けられなかった衝撃で激昂していた京介の怒りに震える手から少しばかり力が抜け、ゼロは文字通り地に足をつけてから、苛ついた様子で胸倉にあったその手を振り払う。
「頭を冷やすと良い。いっその事------
ゼロの仮面から、初めて出会った時と同じ何かが動いた音がする。見れば仮面の左目の部分だけが開いており、その中にゼロの肉眼が見えた。その妖しい雰囲気を醸し出す瞳に視線を奪われるよりも、ゼロが紡ぎかけた言葉が終わるよりも、家族の事などと言う言葉を雑に頭に入れられた京介はその左拳を全力でゼロの仮面に叩き込んでいた。最大限の力を込められたその拳はゼロの仮面を真正面から捉え、勢いのままゼロの後頭部がトレーラーの側面にぶつかる。威力のセーブされていない拳と車両に挟まれたその仮面は鈍い音と共に発生した衝撃を逃がし切れず、全員の目の前でその仮初の顔に大きなヒビが走っていった。
「仮面が……」
当初は衝撃にふらついた様子で何が起きたのか分かっていなかった様子のゼロも、カレンが思わず零した言葉にハッとした様子で自らの手で仮面を触り、ヒビが入っていることを確認した。
「っ……! 話は以上だ、全員事前に出した指示の下行動して解散しろ! ……浦城、今回の件は拿捕した機体の件も含めて不問とする。父親の件に続き、姉上まで亡くされた事は哀悼の意を表するが、今後は個人的感情で反発するのは止めてもらおう」
言いたい事だけを一方的に言い放ち、ゼロは居住区画付トレーラーの中へ消えていった。後に残されたのは左拳から鮮血を垂らし、憤怒の表情を身体全体に滾らせている京介と、そんな男の姿に何の言葉を掛けられない仲間達が残った。だが先に口を開いたのは、軌道だ。
「京介、取り敢えず手当しよう。誰か救急箱持って来てくれ!」
血塗れの左手を持ち上げながら声を上げ、軌道は京介をその場から離そうとする。そこでカレンが何事か声を上げようとしたが、それは制止された。
「あ……」
「悪いけど今は放っておいてくれないか。アンタが京介の何だろうが、今は邪魔なんだよ」
焦った様子で白い箱を抱えて持ってきた永瀬とみゆきに付き添われながら、京介は拠点の隅へと連れて行かれた。一人残されたカレンは扇達に促されるようにして、その場を離れるしかなかった。
端的に言ってゼロに対する京介の暴行は、ゼロ自身が不問にすると言っても黒の騎士団内では下の者への示しがつかないということで問題視され、藤堂以下四聖剣らの合流を経た組織再編を目前に、幹部一同による議論の下一週間の謹慎処分となった。謹慎と言っても京介は自分の家を持っていないことが問題となっていたが、そこはインド軍区経由でキョウトより新規に提供された大型潜水艦の話によって解決する。クジラやサメのような有機的シルエットしたそれは今後の黒の騎士団の移動基地として重要視されており、今後の運用も考えて偽装タンカーを用意していたヨコスカ港に入港したばかりだった。組織再編の発表に合わせて処女航海を行う予定だったため、出航準備の為に先んじて乗り込んでいた団員を監視役として、一先ず謹慎期間中はその中の一室で過ごすよう命ぜられる。結局ゼロから全体に下された指令は京介の謹慎、組織再編の実施、そして拿捕したエクター・ド・マリスの解析だった。
そうして一週間の間、京介は自分以外誰も居ない部屋で時間になれば運ばれてくる食事を食べている時以外は、殆ど眠らずに只管身体を鍛えていた。艦内で行われている作業による音が時折響く以外は殆ど無音の中だと、常に何かをしていなければ気が狂いそうになるのだ。姉の死に引き摺られて父の死まで思い出してしまい、会話が出来る仲間も居なければ抱ける女も居ない環境では日の光も浴びられないため、鬱にならざるを得なかった。そうして結局次に京介が仲間達に会えたのは、黒の騎士団主導による処女航海の日だった。
「少しは頭が冷えたか」
艦内の通路で出会い頭にそう言葉を投げ掛けたゼロに、京介はやさぐれた視線を投げ掛けるだけだった。髪はボサボサで目の下には大きな隈が出来、充血した目からギラギラとした眼光を振り撒くその姿に、ゼロの背後に居たカレン達は言葉を失っている。ゼロだけは仮面に隠れていてその表情は伺えないが、特に気にするような素振りも無くその場を離れていった。そうした後、軌道がジャケットのポケットに手を突っ込みながら京介に言葉を投げ掛ける。
「煙草、吸うか?」
「潜水艦の中じゃ問題になるんじゃねえか?」
軌道の言葉に疑問を返すも、彼から差し出された見慣れないソフトケースに京介は首を傾げる。白と赤の二色で分けられたパッケージに英字で【モスレム】と描かれていたそれを受け取ると、中身を一本取り出した。茶色いフィルターに紙巻きの部分が白い一見すると普通の煙草だが、本来なら中の葉が見えるはずの先端部分に封がされている。
「ラクシャータが持って来てくれたやつでよ、先折り煙草って言うらしいぜ。副流煙が出ないってんで、先端に入ってるカプセルを潰すと中身が過熱されて、フィルターの方のカプセルを潰すと鎮火すんだ」
「へぇ……」
言われながら、京介は普段の癖でフィルターを唇に挟みながら先端部分の中にある硬い感触の球状のものを指で挟み潰した。最初は吸っても何も反応は無かったが、やがて普段と同じように口内に煙が流れ込んでくる。肺に送り込めば、喉に刺さるような辛味が味覚を刺激する。だと言うのに、その先端からは副流煙となる煙が全く出ていなかった。だがそれでも久しぶりに取り込んだニコチンに身体は素直に反応し、若干の立ち眩みを生じされてくる。
「悪くねえな」
「だろ? ……ま、みんな心配してたからよ、時間あったら声掛けてやんな。今はお前の女優先してやれや。後これ、携帯灰皿」
そう言って円柱状の細長く黒いプラスチックケースも渡して来た軌道が、みゆきが、甲斐が、東が順々に京介の肩や腹を軽く拳で叩いて去って行く。最後に残ったのは、黒の騎士団のジャケットを両手に抱えたカレンだった。そこで漸く、京介はチョウフでの作戦で彼女に羽織らせたままだったことに気づく。カレンは一歩近づいてそのジャケットを差し出すと、京介はそれを黙って受け取って袖を通した。クリーニングでもされたのか、浸み込んだレッドアップルの臭いは全くしなくなっていた。
「眠れなかったの?」
「寝なかっただけだ。ここは時間も分からねえし、音も反響してうるさいからな」
「そっか。……ねえ京介、お姉さんの事だけど」
「もういい、終わっちまった事だから……もういい」
ぎこちない会話を通して、京介は伏し目がちだったカレンの頬を手の甲で撫でる。相変わらず目の輝きはギラついていたが、その仕草は優しかった。自分の頬を撫でているのが包帯の巻かれていない右手であることに気づくと、カレンは静かにその手を取る。
「包帯、取らないんだ」
「後で取ってくれよ。ダメか?」
「甘えてるつもり?」
「ああ」
少しばかり右手の筋肉をカレンに触らせていると、艦内放送が掛かった。それは艦の会議室に集合することを知らせるもので、ゼロから今回の組織再編についての人事が知らされる事を意味している。
「……行くか?」
「うん」
二人以外誰も居ない廊下を、二人は指を繋ぎながら進んだ。それは会議室に入る直前まで続いて、その時間は、この鬱屈した一週間を昇華させるには十分だった。だから京介は、自分はこの女を抱きたいのだと、心の奥底から望んでいる事を理解してしまった。
「------それでは、黒の騎士団再編成による組織図を発表する」
主要なメンバーが揃ったところで、大型モニターの前に立っていたゼロが口を開いた。そのモニターにはキョウト六家の一人である桐原の姿も映っている。京介は直接会った事は無いが、現状ゼロの素顔を唯一見ている人間らしい。
「軍事の総責任者に藤堂鏡志朗、情報全般・広報諜報・渉外の総責任者にディートハルト・リート」
「ブリタニア人を責任者にするのか?」
「しかもメディアの人間だぞ」
ゼロの言葉に一部のメンバーから疑問が飛び、それを纏めるかのように扇が問い掛けた。
「ゼロ、民族に拘るつもりはないが態々ブリタニア人を起用する理由は?」
「理由? では私はどうなる。諸君らも知っての通り私も日本人では無い。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係無い、この人事に問題があるのなら------」
「分かった! 分かったよ!」
ゼロの言葉を玉城が乱暴に遮り若干不穏な空気が流れるも、関係無いとばかりにゼロは言葉を続けた。
「副司令は扇だ、技術開発担当にラクシャータ。以上が主要な幹部となる。続いて戦闘部隊の発表に移る、零番隊隊長、紅月カレン」
「零番隊?」
「零番隊は私の直轄となる、親衛隊と考えて貰えれば良い。続いて、一番隊隊長に朝比奈省悟、二番隊隊長、仙波崚河、三番隊隊長に影崎絆------」
カレンの言葉を軽く往なし、ゼロは次々と各隊の隊長を発表していく。そして最後に第二特務隊隊長として玉城の名前が呼ばれたところで、言及されていないのは京介達五人のみとなった。他にも一人、黒の騎士団の中で浮いている存在の名も呼ばれていない。それは緑色の長髪をしたブリタニアの白い拘束衣を着た女で、カレン達からはC.C.と呼ばれている。噂ではゼロの愛人という話も出ているが、真相は不明だ。京介はいつも見掛けるだけで、特に会話もしたことはない。少なくとも、冷たさの中に包容力のある女では無いな、というのが京介の感想だった。
「------浦城京介」
と、ゼロから名前を呼ばれた事で意識を戻した。ゼロの仮面------今更気づいた事だがヒビは無い、新品だろう------がこちらをジッと見据えている。
「諸君らはこれまで傭兵として協力員の立場で居た。よってこの場を契約更改の場としたい」
「辞めるか、一員として続けるか?」
「辞めるという選択肢を取れるかどうかは、お前が一番分かっていると思うが?」
団員達を押し退けてゼロの前に立ち、京介は口に咥えていた新しいモスレムの先端を潰す。それに倣うように、軌道達四人も京介の横に並んだ。他にゼロの目の前で煙草を吸って見せたのは、軌道だけだった。
「浦城には作戦の要を司る新しい部隊長をやって欲しい」
「そう言って、子飼いにしようってんだろ?」
「そうでもあるが。……だが独自の指揮権を与えよう、お前には自分の部隊に対して自由に命令を下して良い。勿論、全体の作戦指示に則った上でだが」
煙草を咥えたまま口の両端から紫煙をゆっくりと吐き出して、京介は軌道達それぞれの表情を見やる。彼は一様に同じ表情を浮かべていた。今更何がどうなったとしても、京介と仲間達の考えている事は一緒である。
「……分かった、交渉成立だ」
「では今後ともよろしく頼む。浦城京介を特殊戦闘分隊の隊長に任命する。軌道新以下四名に加え、新たに十二人の部下を付ける。メンバーはリスト化した物を後で渡しておく。今後の黒の騎士団と日本の未来は諸君ら全員の活躍に掛かっている!」
ゼロのその言葉で、黒の騎士団の新しい門出は締め括られた。
「壮観だなぁこりゃ……」
ゼロによる発表の後、京介は仲間達と共に潜水艦内部の格納庫に足を運んでいた。新たに任される事になった部隊のKMFが集められているらしく、中に入った途端京介の目に飛び込んで来たのが四機の紅蓮だった。腕部や装備品等がカレンの紅蓮弐式とはやや違ったり、カラーリングが黒をベースに赤のラインが入っていたりといった違いはあったが、その殆どは紛れもなく紅蓮だった。
「ラクシャータさんがインド軍区から引っ張ってきた紅蓮の試作調整シリーズ、全機に試作段階だった輻射波動機構を利用した装備が付いてる。大変だったぜ? 俺達でもこいつを乗り熟せるって証明出来なかったら任されなかったからな」
そんな軌道の言葉を聞きながら、京介は紅蓮シリーズと呼ばれた機体を一機一機見上げて行った。両腕部を四聖剣が乗る月下タイプに換装しているが、前腕部が輻射波動機構を搭載しているのか太くなっているもの、同じく月下タイプの両腕だが背部から両肩に掛けて長い砲身のような物が付いているもの、右腕が紅蓮弐式のものよりも更に大型化した輻射波動腕部を装備したもの、最後の機体はブリタニアのグロースター等が装備している大型ランスを更にシャープにしたような槍を装備している。それぞれが、軌道の言葉を借りれば順に【
「この一週間で色々やったのか?」
「おうよ、紅月にも色々聞いてな。コクピットから何もかもが無頼とは全く違うから機種転換には苦労したぜ」
「だろうなぁ……俺の機体は?」
京介の言葉に、軌道は黙って格納庫の一角を示す。そこには大きな黒い布を掛けられたKMFがあり、その布越しにも分かる大きさと厳つさは京介にエクター・ド・マリスの存在を感じさせた。
「あのブリタニアの機体、俺のもんで良いのか?」
「ゼロ直々の命令でよ。まあ……誰もまともに動かせなかったから、使えんのはお前くらいだろうって。ブリタニアの機体に乗りたがらないってのも居たのが正直なとこだけどな」
機体に被せられている布を思い切り引っぺがすと、やはりその中にあったのはエクター・ド・マリスだった。だがその姿は、初めて見た時とは少しばかり違っていた。両肩のハードポイントには筒状の銃火器のようなものが設置され、右腰のマルチプルラックには短くしたハルバードが付いている。一番目を引いたのは左腰に付けられた折り畳まれた三本の爪のようなもので構成された砲身と基部で、正面からは良く見えないがその基部から伸びた太いホースのようなものがコクピットブロック下の腰のハードポイントにある何かと繋がっている。そして京介からして見れば、やはりと言うべきかその白い鎧は再び色を塗り替えられていた。だが、それは今までのような青色では無い。
「藍色か?」
「おう、塗料の混ぜが上手く行かなくて緑っぽさが出せなかったけど、お前の機体ならこっちのが良いだろうと思ってよ。それに、ブリタニアの虹に藍色は無いからな」
黒い縁取りはそのままに、白い部分は殆どが藍色に、頭部の二つ目の上にある鉢巻きかレンズの無いゴーグルのように見えるパーツが別途黒に染め上げられたエクター・ド・マリスに、京介はオーギュスト・ゴダール卿に何処か申し訳なさを感じつつも、興奮を隠し切れなかった。無頼系のKMFでは感じる事の出来なかった力の充足感が、そこにあるのだ。
「俺が戦った時とは違う装備が付いている! トレーラーにあったやつか!?」
軽々とエクター・ド・マリスの機体に取り付いていた京介は、機上から軌道に声を投げ下ろした。
「マニュアルと解析したデータを見る限り、それが基本状態みたいだぜ。腰の武器にはお前に合わせて左右入れ替えてあるけどな。それと、使えそうなモーションパターンをインストールしてある。お前が作ってた無頼用のやつだ」
「助かる! 他に何かあるか!」
左腰の火砲から伸びるホースが繋がっている先が弾薬箱のようになっている事を確認しながら、京介は再度問い掛ける。そうすれば、そう言えばと言わんばかりに軌道が声を張り上げた。その内容に、京介は耳を疑う。
「ラクシャータさんがそいつの登録名を変更しちまったぞ!
「シンザン!? 何でさ!」
「ブリタニアのままじゃダメって事なんだろう! 名前の由来は知らねえ!」
高揚した感情に冷や水をぶっ掛けられたような気分になりながら、京介は一先ず納得するしか無かった。どの道大事なのはこの機体が自分の物になったということで、名前と言うものは表面上のものでしか無いのだ。正直なところ、そうでも思わなければやっていられないと思ったのが正解ではあるのだが。
「マニュアルと起動キー、何処にある?」
神讃と名前を変えられた愛機から飛び降りてから、京介はそう言って頭を切り替えた。新しい玩具を買ってもらった子供のように、その目のギラギラとした光は意味のあるものへと変わっていたのだった。