レイブン・クローン   作:ハシブトガラス

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1 ローザ・ロウェナ・ホグワーツ特急

 

 私の名はローザ(Rosa)レイブンズクロフト(Ravenscroft)というらしい。ぼんやりとした頭に真っ先に思い浮かんだのは、その長い綴りだった。

 私は気づけば、見慣れない部屋のベッドに横たわっていた。殺風景な小さな部屋。窓からは朝日が差し込む。部屋には誰もいない。私は起き上がって、自分の身体をべたべた触る。十代前半くらいの子どもの姿。左手には青い腕環。

 

 私は自分の名は知っていた。自分の名だけは覚えていた。それ以外のことは何も覚えていない。私が今までどう生きてきたのか、なぜここに独りでいるのか、家族はどこにいるのか、そもそも家族がいるのか、云々。

 

 いや。

 

 私には別の記憶があった。

 ロウェナ・レイブンクローという人物の記憶が。

 聡明叡智(そうめいえいち)のロウェナ――類稀なる知性と魔法のちからで、名を轟かせた魔女。

 

 同時代の最も強力な三人、温厚篤実(おんこうとくじつ)のヘルガと勇猛果敢(ゆうもうかかん)のゴドリックと権謀術数(けんぼうじゅつすう)のサラザールとともに、子どもを集め魔法のわざを教える(いえ)「ホグワーツ」を築いた賢者。病で早逝(そうせい)したとされる、孤高の天才。その伝記や手記に記されていないような細部の感情を、私は記憶している。頬が落ちるヘルガのスープ。筋骨隆々のゴドリックの腕。聴衆を虜にするサラザールの演説。云々。

 

 (ローザ)の人生の記憶が無くてロウェナの人生の記憶があるのであれば、我はロウェナなりと自己認識を持つのが自然かもしれない。しかし私の自我はロウェナと連続していない。私はロウェナではなく(ローザ)だと、明確に知覚していた。

 その理由は、私が持っているロウェナの記憶も、ひどく断片的で不完全なものだからかもしれない。あるいは、ロウェナの記憶が何故か憂いの篩(ペンシーブ)に保存される記憶のように、ロウェナではない第三者の視点で記録されているからかもしれない。あるいは、ロウェナがその後数世紀にわたって強大な魔女として語り継がれていることを知っているからなのかもしれない。

 

 私はロウェナが決して見聞きしえなかった知識も持っている。段々と頭の霧が晴れてきて、私は気づいた。ロウェナが死んだ後の、世界の無数のものごとを知っている。魔法族についても、マグルについても。14世紀にニコラス・フラメルが本物の「賢者の石」をついに創造したことも、15世紀にグーテンベルクが活版印刷術を欧州にもたらしてマグル社会が蓄積し処理できる情報量が爆増したことも、『魔女に与える鉄鎚』が刷られ広まって「魔女狩り」が激化したことも、17世紀に世界中の魔法族が国際機密保持法を結んでマグルから姿を消したことも、知っている。これらの知識は相互に結びついて豊かな構造のネットワークをなしているのではなく、ひどく断片的で、辞書のように整然と頭の中に記述されている。

 

 であれば、そもそも今はいつなのか。

 壁にかかったカレンダーを見やる。西暦1892年。ロウェナが生きた時代から数世紀、いや千年ちかくも経っている。私は反対側の壁に目を向ける。磨かれた鏡がかかっている。長い黒髪、紺の瞳、白い肌。そこに映る私の容貌は。私の記憶にある十代のロウェナと、じつにそっくりの見た目をしていた。私はロウェナの顔をはっきり記憶している。そっくりといっても、親子や姉妹という程度ではない。まるで双生児(ふたご)のように――あるいは小枝(クローン)のように、生き写しだった。

 

 

  ★

 

 

 私はロウェナのクローンなのか? 

 ――私の頭に聞き慣れない言葉が思い浮かぶ。なぜ1903年から使われ始めることになる古代ギリシア語由来の言葉を(1892年)の私が知っているのか、なぜその言葉が1903年から使われ始めることを知っているのかも含めて私にはさっぱり分からない。私はどういうわけか(1892年)より未来の世界の知識も有していることに気づいた。それについての検討は一端保留する。

 

 クローン。遺伝情報を同じくする個体。挿し木などで植物のクローンをつくることはマグルは古くから行ってきたけれども、動物のそれをつくることは、ちょうどこの時代からようやく行われるようになった。複雑な動物のクローンをつくれるようになるにつれ、クローン人間、という概念がフィクションで氾濫し、現実でも警鐘が鳴らされることとなる。人間のコピー、人の領分を超えた所業、おぞましき技術の産物として。

 無論、実際にヒトのクローンを作っても、人格や思考は決して生き写しにならない。双生児や多胎児がそれぞれ、まったく別々の人格と思考と記憶を持つのと同様に。

 というか記憶だって引き継がれるはずがない。マグル的な意味でのクローンでは、私は有り得ない。これは魔法の仕業だ。とはいえ、私の中のロウェナの記憶はひどく断片的で、(ローザ)の手がかりになるような記憶は見当たらない。ただ想像するしかない。

 

 ロウェナの生前、ロウェナか周囲の誰かが、魔法でロウェナの複製のようなものを作ったうえで、憂いの篩(ペンシーブ)のように記憶を植え付けたのだろうか。そして私は、封印されて――マグルのサイエンス・フィクション的な言い回しをすれば冬眠(コールドスリープ)させられて――今の時代まで老いず朽ちずでいたのだろうか。

 

 いや、私は、ロウェナの時代よりも後の知識を習得している。今から百年ほど後までに得られた世界の様々な知見についてまで。これはどういうわけか。

 まずは、未来の知識と私が思い込んでいるというだけの可能性。妄想にしては複雑精緻という点を除けば、これが一番スマートだ。

 次に、占術(ディヴィネーション)で一世紀先もの遠大な未来を正確に知れるようになったという可能性。このためには魔法族は、ラプラスの魔と契約するとかなんとかして、確率が支配するこの世界の根本の法則を捻じ曲げねばならない。しかも私は幸か不幸か、この先私の身に何が起こるのかを全く知らない。私は未来を見れているわけではない*1

 

 あるいは私は、今から百年後に目覚めさせられ、その時代までの膨大な知識を頭に叩き込まれ、百年前に逆転時計(タイムターナー)で飛ばされたとか。今の魔法族の常識では、悠久の過去への時間遡行は世界に甚大な影響をもたらすらしい*2が、それも解決したのだろうか。

(そういえば、逆転時計なんて悪趣味な代物はロウェナの時代には発明されていなかった。あたかも時間改変が織り込み済のものとして機能するような代物が宇宙に存在する事実を真剣に検討しはじめると、世界は量子力学と魔法が織りなす玉虫色の絵画ではなく、ラプラスの魔が記述したモノクロの台本なのだろうかと悲観したくもなる)

 その前に、私がそもそも人間である保証もあるのだろうか。タンパク質のように見えるこの私の身体は、泥を変身術(トランスフィギュレーション)錬金術(アルケミー)で錬成させて出来ているということもあり得る。

 

 だめだ。突拍子もない仮定が多すぎる。オッカムの剃刀(かみそり)は刃こぼれ中だ。私は思考を打ち切る。

 

 思考が迷走するときは身体を動かさねばならない。私は部屋を歩き回る。わずかな家具のほかにはほとんど何もない、殺風景な部屋。ロウェナも幼少期は殺風景な部屋で暮らしていた。本にうずもれていた点だけが違った。ラテン語とか古代ギリシア語だけでなく、ヘブライ語だとかコプト語だとかゴート語だとかと格闘する必要もあった。ロウェナは日常では幼少期にはゲール語とか古ノルド語を使っていて、ヘルガ達とは古英語で会話していたはずだ。カンブリア語や古ウェールズ語はあまり話さなかった。そういえば、今の私は現代英語で思考している。綴りと発音の乖離が著しくなっていて、格変化がほぼ消失した代わりに語順が固定されて孤立語のようになっていて、フランス語やらラテン語やらから語彙が膨大に流入していて、マグルの世界の覇権を握りつつある、この言語が頭の中で渦巻いている。

 

 その場で軽くストレッチをすると、眠気が覚めて、頭が澄み渡ってきた。今考えるべきことは、私が何であるかではなく、何故いるのかでもなく、これからどうすべきか、だ。

 さしあたり生き延びねばならない。早々に死ぬつもりはない。折角こんな面白い状況に置かれているのだ、生きなければ損だ。私はロウェナに似て好奇心が旺盛らしい。

 

 今後生きてゆくにあたり、私が切れる手札(カード)は何か。この部屋には、ほとんど役に立つ物はないから、頼れるのは私自身だけ。しかし、私の脳みそに備わった、ロウェナの記憶と世界の膨大な知識は、強力な武器だ。その記憶や知識を取り出して組み合わせる私の脳の性能も助けになるだろう。さすがにロウェナの足もとにも及ばないが、それでも私の知能は、十代前半の子の正常な発達過程からは――まだ他の子と関わったことがないから借り物の記憶や知識を総合した検討にすぎないけれども――著しく外れている気がする。控えめに見積もっても、平均から4シグマくらいは高いのではないか。

(ロウェナの自惚れの性格だけが似ているだけで、実態が自己認識と著しく乖離しているということならば、むろん悲惨だが。頭に詰められた借り物の言葉をそれっぽく並べてひけらかすだけでは、知性の証明にならない。自分との対話で無為に衒学的になるのは非生産的だ。設定だけは賢いはずのキャラクタが筆者の出鱈目(でたらめ)だらけの知識を読者にひけらかすというだけのつまらない三文小説(さんもんしょうせつ)を読むよりも無駄だ)

 

 そして、魔法のちからは、ずっと大きな武器だ。魔法さえあれば、大抵のことは独りで解決する。私は再び鏡の前に立つ。私は黒いローブをまとっていた。魔法使いかくあるべしという姿。ロウェナはこの頃から、そこらの大人よりもずっと強力に魔法を操っていた。

……いや。ロウェナが魔法を使えるのだから、私も当然魔法使いだと思っていた。しかし冷静になれば、これは論理的な帰結ではない。私はロウェナの記憶の一部を持っているにすぎない。もし私が魔法を操れないとしたら。背筋に怖気(おぞけ)が走る。一般論として、身寄りのない十歳のマグルの少女が人生を切り開く難易度は、極めて高い。私は私の魔法のちからを確かめなければならない。

 魔法を使うなら、杖が無いと――反射的にローブに手を入れると、木材の感触を感じた。納められた杖を取り出す。杖とは、魔法力に指向性を持たせて増幅し制御する、極めて強力な道具。欧州の魔法族にとって、これは魔法族の象徴なのだ。この時代の魔法族は、十一歳になるまで杖を持つことが許されず、オリバンダーの店――ロウェナの時代の前から今もなお営業が続いている――は子どもに杖を売ってはいけないことになっている。しかし私は今、ブナノキの杖を握っている。この杖の持ち主が私なのか否かはさてきおき、私のローブに入っているとは、僥倖だ。ロウェナでさえ自らの杖を手ずから作ろうとはしなかった。

 杖を握りしめると、力がみなぎるのを感じた。杖から青色の火花が噴き出し、辺りを眩く照らす。私は安堵した。恐らく私は魔法使いだ。この杖が、マグルも誰でも握りしめれば火花が噴き出すようにつくられた悪戯(ジョーク)グッズでない限りは。

 後は魔法のちからの強弱だ。無杖無詠唱魔法(ワンドレスサイレントマジック)授術(チャームズ)を自在に操れるほどの強いちからは望まない。とはいえ簡単なまじないを唱えるのにも苦慮するほど弱ければ、マグルからは(しりぞ)けられ魔法使いからは食い物にされる、蝙蝠(コウモリ)になりかねない。

 簡単な呪文を唱えてみよう。いや、魔法を使ってみる前に、屋外に出た方が良いだろう。魔法事故が起きないとも限らないし、そのせいでこの部屋が焼失するということは避けたい。扉をひねると、そこはもう屋外だった。夏の陽光の眩しさに目をそばめる。

 

 見渡す限りの緑。周囲に人家も何もなく、風でざわめく草の音と、彼方の湖へせせらぐ川の音が響くのみ。左右には雄大な山々が広がっていた。ロウェナが生まれ育った場所も、丁度こんな峡谷(glen)だった*3

 後ろを振り返ると、粗末な掘っ建て小屋が、まばらな木立にぽつんと建っている。魔法を存分に使っても、問題が無さそうな場所だ。

 さて。再び杖を握りしめる。私の、ローザ・レイブンズクロフトの行使する、初めての魔法は何が良いだろうか。

 

 私は抜けるような青空を見上げる。ロウェナの心の原風景は、蒼穹を翔ける(わし)だ。峡谷の両脇にそびえる険しい山々の、頂よりも高く高く、青銅の色(ブロンズ)の翼を広げて舞い上がっていた。

 

 ロウェナは大空を愛した。鳥のように空を飛び回りたいと願った。空はどこまでも青く広く澄み渡り、鳥はすべてのしがらみから自由だった。

 

 だからロウェナが最初に身につけた簡単な魔法は、重力の呪縛から解き放たれるものだった。重力は、この世界に満ちる力のうち、比べようもなく最弱だけれども、他の力とは違い、決して遮ることができない。マグルの作る飛行機は、上向きの力で重力を相殺しているにすぎない。重力の鎖を緩める*4この術は、世界の(ルール)を捻じ曲げる魔の力を持つ者だけの特権だ。

 

 杖の振り方も、呪文の唱え方も、すべて頭にあった。深呼吸をして、目の前の巨木の下に転がった小枝に意識を集中し、魔力を解放し、滑らかに唱える。

 

浮遊せよ(ウィンガーディアム・レビオーサ)

 

 小枝ではなく巨木が根こそぎ持ちあがって三メートル頭上に浮き上がって飛び、轟音とともに倒れ伏せた。濛々たる土埃(つちぼこり)(むせ)ながら、暴れる心の臓をなだめながら、目の前の事象を検討する。私の魔力は少なく見積もっても、幼少のロウェナの一割程度はあるかもしれない。

 

 

 ★

 

 

 私はそれから慎重に魔力の流れを制御し、灯りをともす術、物を踊らせる術、冷気を放つ術、火を熾す術など、一通りの簡単な術を適切に扱えることを、魔法事故を起こすことなく無事に確かめた。子ども一人で大自然のただ中に放り込まれたという状況で、強い魔法力を持てたことの幸運には、感謝するほかない。これなら、さしあたり生きるには困らないだろう。あるいはたとえ今、他の魔法使いが「姿現し(アパレイション)」して私に呪いをかけようとも、この時代の魔法使いの力の水準がきわめて高くなっているのでなければ、私は生き延びれるはずだ。最後に巨木を持ち上げて戻して癒しの術をかけ――植え替えが上手くいかない気もするけれど――草原に寝転んで空を見て、開放的な気分に浸った。

 

鳥よ(エイビス)

 

 気まぐれに呪文を唱えると、青黒い渡鴉(レイブン)の群れの幻影が、杖から飛び出て空に吸い込まれてゆく。あれはロウェナが好んで使役していた智の鳥だ。時にはロウェナの耳目となり、手足となり、刃となった賢い鳥。当時の高名の魔女の常として、しばしばロウェナはおぞましい呪いをかける的として狙われたが、正面から挑む気概もない者に対しては、自らの塔で書物に耽ったまま、自らの魔力を託した渡鴉を一羽送りつけるだけで事足りた。背後に無数の(からす)を従え、一陣の黒風(こくふう)で大地を抉り更地となす魔女は自然、渡鴉の鉤爪(レイブンクロー)の通り名*5で呼ばれた。

 

 ロウェナや他の創設者は、伝承の誇張を差し引いても、災害級の魔法使い

*6といえた。欧州の荒野を旅する途中に疫豹(ヌンドゥ)の成体を突如差し向けられても、正面から斥けることができるくらいには。

(かの巨獣をアフリカの荒野から欧州まで転送するには、いったいどれほど多くの無辜(むこ)の者を(にえ)にした儀式を執り行う必要があったのか。ヘルガはその地に満ちた病を祓った後、(いたずら)に散った命を悼んだ)

 

 ヒトの知能の高さや背の高さなどは、その値ごとの人数を直交座標に打点(プロット)すれば、正規分布に似た釣鐘(ベル)状のカーブを描く、すなわち平均付近に大勢が固まって、極端な外れ値を持つ人間はほぼ存在しない。通常の兵士百人分の膂力(りょりょく)を誇るマグルの将軍など、物語と叙事詩(じょじし)の中にしか存在しえない。

 

 しかし常人の百倍、千倍の力を持つ大魔法使いは、稀ではあれど何度も歴史に顔を出す。キルケ、アンドロス、クリオドナ、マーリン。魔法力の強さはむしろ、地震の強さみたく(べき)分布に似た曲線を描くのだろうか(魔法力の強弱を決める何らかの複数の因子が年月や世代とともに乗算されていって、そこに様々なノイズが加わるとかで)。これは人類全体に話を拡張できるかもしれない。分布が冪乗則に従うのであれば、ごく少数の強者が存在する一方で、大多数は魔法力が非常に乏しいということになる。つまり人類はみな魔法の力を持っているけれども、大多数は人間の感知できる限りでは魔法力を持たないとみなせ、マグルやスクイブと呼ばれる、とか。いや現実にはマグルと魔法族はグラデーションをなしてなくてはっきり境があるから矛盾するな。そもそも魔法なんて定量的に数値で記述できるものでもないし、こんな与太話をしてもしょうがないけれど。

 

 私は小屋に戻り――「ローザ・レイブンズクロフト」の表札が出ていることに気づいた――お腹が鳴った。まずは食事を取らねば。一日の食事は二度にすべきなど、ロウェナの時代でも魔法使いには関係がなかった。杖を振っても腹は満たせない*7。変身術は永続しないからして、「出現」や「変身」させた偽りの食物を口に入れるべきではない。しかし小屋には食糧のかけらも見当たらない。というか、ベッドと鏡とカレンダー以外には何もない。いや、ベッドの下に隠れていた箱には、ガリオン金貨とポンド紙幣がいくばくか残されている。一ヶ月は何もせずとも生活を送れるように思える量だ。……金を支払える場所があればだが。村や町を探しつつ、道中に食べられそうなモノがあれば確保。この方針で行こう。

 

 

 ★

 

 

 それからの三日間は生活の基盤を整えるのに費やした。幸いなことに、半日歩けばマグルの町があり、(それも言葉の通じない海外ではなくスコットランドの町だった)、食糧や必要な物資、マグルの衣服などは正当な対価を支払って楽に入手することができた。

(無論盗むことも容易かっただろうが、資金に余裕があるうちは、あえて法を犯すリスクを取るメリットが薄い。倫理的な生き方は合理的な生き方の最たるものだ)

 パンも肉もオートミールもフィッシュアンドチップスも普通に食べることができたから、私は人間であるか、少なくともブドウ糖で駆動するタンパク質のようだ。たっぷり食事を取って、自然を愛で、木を切って家具を(こしら)ていれば、無為な思考をする暇もなく済んだ。私がこうして一人で杖と金を与えられて暮らしているのはどういうわけなのかとか、そんなことを考えて心を蝕んではしょうがない。

 

   ハイランド地方

   グレン・モア

   小屋 

 

  ローザ・レイブンズクロフト様

 

 生活を送って三日経ったときに、ふくろうが手紙を運んできた。いまだに魔法族はふくろうを主力の情報通信手段としているらしい。

 私は封を破り、中を見る。

 


  ホグワーツ魔法魔術学校

 

  校長:ユープラキシア・モール

  マーリン勲章、勲二等、大魔導師(グランド・ソーサラー)、国際魔法使い連盟会員

 

 親愛なるレイブンズクロフト殿

 

 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教材のリスト等を同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。入学許可が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

 

 副校長 フィニアス・N・ブラック


 

 驚きと共に、胸をつまらせる。

 ホグワーツ――懐かしい響きだ。ロウェナ達が後半生を費やした夢。ロウェナ自ら設計(デザイン)した、魔法の詰まった御伽(おとぎ)の城。今もたしかに残っている。

 そしてこうして早速手紙が届いたあたり、ロウェナがサラザールとともに作った、「受け入れ羽根ペン」と「入学名簿」は未だ正確に機能しているらしい。ブリテンとアイルランド全域の、幼い子どもの魔力を感知し、その名を予兆鳥(オーグリー)の羽根ペンが書き込む*8。プライバシーもへったくれもない、術。

 

 ――そう、極めて複雑で難解な術を精緻に組むことによって、ブリテンとアイルランドの海域において魔法が行使された痕跡は、満十七歳未満の子どもの魔法使いに限れば、探知することができるのだ。魔力流も精神も発達途上にある子どもはある種の臭い(trace)を持っていると表現でき、本人の周囲で授術(チャームズ)や変身術が用いられると、「臭い」と魔法が反応を起こして生ずる特殊な波を探知できる。

(本人が魔法を用いたのか、本人と密着した大人が魔法を行使したのかは、かなり区別がつけ辛い。魔法を使えない者の名を書き込むことがないよう、「羽根ペン」と「入学名簿」で魔力の検知の閾値(いきち)に差を設けている。「入学名簿」の方が閾値が大きく、微弱な波にも反応する「羽根ペン」が書き込もうとすればするほど、「波が家族でなく本人の魔力に由来する確率」を更新し、より閾値を厳しく引き上げてゆく)

 

 そういえば、私はこの三日間、考え無しに杖を振るってしまっていたが、今の時代は未成年が杖魔法を使うことは厳しく制限されるし、魔法省もまた、「臭い」を利用して未成年の周囲で使われた魔法を探知できる。ホグワーツの入学前は咎められないのか、それとも私の家には誰か保護者が住んでいるものと認識されているのか――まあ十一歳の子どもが独りで暮らして派手に精緻な杖魔法を使ってると考えるよりは、一緒に暮らしている保護者の魔法と考えるのが普通だろう。

 

 しかしホグワーツか。……ホグワーツか。ロウェナとの関係も分からぬまま、ロウェナの築いた城に向かうことには不安もある。しかしそれ以上に期待と高揚が大きく(まさ)った。

 私はロウェナや後世の魔術の知識を断片的にしか有していないし、知っていたところで正しく扱えるかは別問題だ。正しく訓練を受けるに越したことはない。物に性質を付与する授術(チャームズ)はまだしも、物を転換する変身術(トランスフィギュレーション)魔法薬(ポーション)を独学するには危険が大きい。

 それに、私はまだ同じ魔法族にも、同じ子どもにも出会えていない。早く会いたいものだ。

 

 はやる心を抑えて、教材のリスト、奨学金などの手続きの書類、諸々の細かい説明事項などをぱらぱらめくる。

 ロンドンのキングズ・クロス駅の9と4分の3番線から、マグルの汽車を改造したホグワーツ特急に乗ってホグワーツに向かうのか。近年から、ホグワーツまでばらばらの手段で来させるのをとりやめたそうだ。私はたぶん直接向かう方が早い気もするが、場所も知らずに広大なハイランドの山地に秘匿されたホグワーツを探すのは無理があるし、どちらにせよロンドンのダイアゴン横丁で学用品を揃える必要がある。そして今はもう八月の下旬だ。私の存在がようやく「入学名簿」に関知されて、急いで手紙が送られてきたのか。私はわずかな荷物をまとめて旅支度を済ませ、すぐに家を発った。

 姿現し(アパレイション)で万一失敗して悲惨な死を遂げたくはないし、移動(ポート)キーの製造は違法だし、箒も煙突飛行粉(フルーパウダー)も持っていないとなれば、徒歩かマグルの交通手段に頼るしかない。まあ、杖があれば、徒歩も野宿も、いたって快適で安全だ。一歩で五歩ぶんの距離を進めるように魔法をかけた靴を履いて、のんびり歩く。四日目の日暮れに、ようやくエディンバラに着く。昔の面影を残しつつも、ロウェナの時代より格段に発展している。エディンバラ・ウェイバリー駅で、ロンドン行きの汽車を探す。周囲に成人男性のように錯覚させるようなシャツを着ているから、駅員に一人旅を見咎められることはない。フライング・スコットマン急行、朝に出発すれば、夜には着く。恐るべし蒸気機関。マグルの文明の発展は実に凄いものだ。しかし高い。三等車でも、手持ちのポンドがあらかた消えてしまう。他の手段はないものだろうか。

 

――いや、19世紀末には夜の騎士(ナイト)バスというものができていたはずだ。私は不意に思い出す。駅の裏手、人目につかない荒れた路地に出て歩く。スラムは荒れに荒れている。マグルであれば成人男性でも、夜に独りで行動するのは自殺行為だろう。人目のつかない角に行って私が杖を掲げ、特大の紫の花火を打ち上げる。マグル避けをかけて、読書をしながらじっと待つと、紫色の三階建ての車が、二頭の巨大なアブラクサン種の天馬(ペガサス)に牽かれて*9轟音とともに現れた。料金は格安。乗り心地は最悪。とても寝れたものじゃない。二度と使うものか。ともかく、英国中を飛び回って他の客を乗せたり降ろしたりしていたものだから、ロンドンに着いた頃には朝日が昇っていた。

 ロンドンの街並みを歩きながら溜息をつく。ロウェナの時代とはマグルの文明がまるで違うことは知識として頭にあっても、やはりロンドンの発展具合を実際に目にすると凄まじいものだ。一方でダイアゴン横丁では、マグルと袂を分かって隠れ住んだ魔法族が――私の峡谷のそばでは目にしなかった同族が沢山いる――数世紀を経てもほとんど変わらない装い、黒いローブと山高帽に身を包んで歩いている。不思議な気分だ。制服のローブだの教科書だの大鍋だの学用品を揃え、漏れ鍋に二泊。九月一日の朝に、キングズ・クロス駅から真紅のホグワーツ特急に乗り、空いているコンパートメントを見つけ、旅の疲れを癒すべく目を閉じた。

 じきに着くホグワーツに思いを馳せると、私の脳裏に、ロウェナの記憶が浮かぶ。

 

 

  ★

 

 

 ロウェナとその友、ヘルガとゴドリックとサラザールは、ブリテンの北の果ての地に、学び舎を――子らが一堂に会し、外界に脅かされることなく、飢えや寒さとも無縁で、魔法のわざを学び、互いに友諠を育み、立派な魔法使いとなって巣立ってゆくような場を――築き上げた。

 

 この島の魔法使いはそれまで、師弟関係や血縁関係の内に閉じて、魔法のわざを伝えていた。魔法使い同士の交流は希薄だった。島のマグルが無数の争いを繰り広げていたこの時代、魔法族同士の関係も、信頼と友好の空気よりも猜疑(さいぎ)と敵対の空気が優勢だった。他の魔法使いに対する優位性を維持するために、自らが学び身につけ創り出した魔法のわざを軽々しく明かすことは忌避された。

 むろん自ら見出した成果があれば、書物に著して保存もする。とはいえ比喩と謎かけと古語と暗号でもって記されたそれにはしばしば呪いや罠が施され、自らの成果を読むに値しない者や自らの敵になりうる者を弾いた。言葉を奪う書物、爆ぜる書物、読む者を紙面に吸い込む書物。高度な術を学ぶために魔導書や古文書を(ひもと)くということは、鈍鬼(トロール)の群れよりは遥かに危険だった。

  

 ロウェナは、知を――即ち人と書物を――ひとつの場に集約したいと願っていた。師から弟子に秘伝として授けられるだけでは、知はかぼそい糸にすぎない。美しき織物は、(たていと)(よこいと)が交差して初めて成される。いや、師が無数の弟子を教え、弟子が無数の師から学び(知は書物を足場にして時空を超越する)、師がときには弟子となり、師同士、弟子同士が議論を交わし、知の糸が無秩序に網の目(ネットワーク)を成してこそ、予想もつかぬ新たな(パタン)が生ずる。

 

 しかし現状では、孤独に学び研究を進めるほかない。ロウェナの生家には古今の書物が多く所蔵されていたが、ロウェナは幼少のうちに読破しており――すなわちロウェナには、多言語を操り、文字の出現頻度を見て暗号を解き、そこから得られる文学的で神秘的な修辞から本質を選り分け、そこから得られる数秘術(アリスマンサー)的に難解な術式を理解して新たな魔の知を得られるだけの頭脳があったし、その過程で襲い来る、紙面と文章にこめられた闇の呪いと陰惨な罠の一切合切を、強引に捻じ伏せるだけの力もあった――新たなる既知を得んと常に渇望していた。

 古代の魔導書ひとつを読むためには、あるいは最新の魔術の成果ひとつを得るためには、山を越え海を越え旅し、強き賢き魔法使いの家を探し出し、警戒を解き――こちらを害しにきたと思われてしばしば攻撃をされる――その上でこちらの知を惜しみなく与える、という手順を踏まねばならず、手間に辟易していた。時が経つにつれロウェナの名も高まり協力者も増えるけれども、対等な共同研究者というより信奉者ばかりだし、仲間より敵の方が早く増えるし、依然閉じた共同体にすぎない。個人や同門だけが賢くなろうとするのではなく、魔法族全体で知を共有して積み重ねなければ、魔法族の叡智は、高みには上れまい。

 

 だからこそ、ゴドリックがロウェナを訪ね、水辺に(たたず)む彼女の手を取って跪き、自らの夢を熱っぽく訴えたとき、ロウェナは一も二もなく頷いたのだった。――この場面は絵画「騎士と湖畔の魔女」のモチーフとなっている。

 

 ゴドリックは生まれながらの戦士で、常に戦場に身を投じていた。殺戮(さつりく)や闘争を(こと)に好むわけでもなかったが、それでもローブは常に血で赤く濡れていた。人を喰らい尽くし町ひとつ滅ぼす東の怪物を討ち、おぞましき実験と拷問で民の命を使い潰す西の魔術師を捕え、魔法使いを迫害する南のマグル達を鎮め、また時には、剣と杖を振るって北の海から襲来するヴァイキングの軍勢を、マグルと魔法族とともに退けた。

 ゴドリックはどんな戦であれ生還したが、彼が率いた戦士や、彼が守ろうとした者は、そうとは限らなかった。彼らにはゴドリックほどの力はなく、またゴドリックも、彼らすべてを守れるほどの力はなかった。ゴドリックは一騎当千の猛者であったが、神話の英雄などではなかった。ゴドリックは自らの手から零れ落ちた命を弔うたびに、自らの無能を呪った。

 

 ゴドリックは無二の友サラザールと語らううち、自身が戦のほかにできることがあると悟った。ゴドリックやサラザールほどの力を付けることは、望めまい。しかし、あまりに戦力のむらが大きい。そもそも杖の振り方を分かっておらず、自らの杖が暴発して死ぬ者もいる始末だ。魔法の基礎を学ばずしては、戦うことも守ることもかなわない。そしてゴドリックも永久に前線で戦えるわけではない。いくら魔法族が長命といえど、自身の肉体の盛りは過ぎている。魔法族の育成に力を注ぐべきではなかろうか。

 ――サラザールもまた、魔法族の血が無為に流れる現状を憂いていた。魔法族は誇りをもって団結すべきと訴えて信奉者を固めていた。魔法の血が流れる者は皆同じだというのに、一族や一門にこだわって孤立して、数で勝るマグルに迫害されるなど、あってはならないことだ。魔法族を団結させると同時に、自らが祖先や師から受け継ぎ編み出した神秘の数々を教え、魔法族を強大にすることが自らの使命だとも考えた。

 

 ゴドリックは次に、谷間の聖者ヘルガとの語らいを経て、集団で学ばせることのメリットを追認した。協調と友諠を育むことで、魔法族同士の無為な争いも減る。弱きを助け強きを挫く、気高い勇気と騎士道を徳として教えることで、魔法族はより善くより強くなる。

 魔法族の子を探し出すことも、当人や周囲を説得してその子を故郷から引き離すことも、生まれも育ちも多様な子を一か所に集めて魔法を教えることも、困難を極めるだろうが、ゴドリックとサラザールとヘルガの力なら、可能かもしれない。

 ――ヘルガは、無私無欲で他者のために尽くす人物であった。旅を続けながら、争いがあれば鎮め、飢えた者にはパンや畑を与え、傷つき病んだ者には癒しを与え、寒さに震える者には暖かな住居を与え、死に直面する者には恐怖に寄り添い最期を看取った。目につく者の一切を救うだけの力を備えていたが、一方でヘルガの行いは、焼けた大鍋に水滴を垂らして冷ますにも近かった。鍋を冷ますには、火を止めなければならない。そこでヘルガは、貧困や傷病や争乱を世界から少しでも取り除くためには、すべての子どもに庇護を与え、知識と技能と倫理を教えることが第一歩だと考えた。世界中のマグルと魔法族を救うことは不可能でも、ブリテンの魔法族は、自分の手近に届く。ヘルガは壮大な理想論に酔いしれる性格ではなく、常に目の前のことに堅実に取り組む性格であった。

 

 そしてゴドリックは最後に、渓谷の賢者ロウェナ、自らより一回り若い孤高の天才のもとを訪ね、その叡智と力を借りようと仰いだ。

 ゴドリックはただちにロウェナが至上の魔女であると確信した。ゴドリックはロウェナを自らと友の夢に引き込み、またロウェナの夢に全力で仕えることを誓った。

 

 かくして。

 ゴドリックは、戦で荒れるこの島で、傷つき死ぬ者が減ることを願って。

 サラザールは、魔法族が力を蓄え末永く繁栄することを願って。

 ヘルガは、貧しき子も親なき子も含め、すべての子どもが健やかに育つことを願って。

 ロウェナは、叡智を集約して更なる高みへ昇華させることを願って。

 四人はそれぞれ志こそ違えど、終着点は一致した。

 学び舎を興すことである。

 

 

*1
ローザが得ているものは、

・ロウェナの断片的な記憶と知識

・現代までの、魔法界やマグル界の断片的な知識や歴史

・約百年後の未来までに得られているマグルの断片的な知識(19世紀後半までに得られた知識に限定して記述するのは筆者にとって困難である)

であり、未来に起こる出来事(たとえば1945年のアルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドの決闘など)については特に知らない。

*2
https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/time-turner

邦訳は『ホグワーツ 不完全&非確実』第4章。

*3
"Fair Ravenclaw, from glen." /「谷川から来たレイブンクロー」(原作4巻12章)。この二次創作では、主流の解釈と同様、スコットランドのどこかのglenの出身とする。

*4
ローザの解釈であり原作に記述はない。

*5
この二次創作では「レイブンクロー」がロウェナ本人を指すニックネームであると設定している。

・ホグワーツの創設は992年より前(原作2巻9章)であり、ravenは中英語(11世紀以降)であるようなので(古英語hræfnに由来)、ロウェナの時代には"Ravenclaw"を意味する別の綴りの語であったとみるべきか。(Wikipediaによれば、ワタリガラスの語を人名に使う例は、古英語や古ノルド語hrafnでもみられたよう)

・スコットランドの氏族やファミリーネーム、イングランドのファミリーネーム(11世紀のノルマン・コンクエスト以降?)の事情に不勉強なので、魔法使いの文化とマグルの文化とは異なるものとする。

*6
ロウェナの魔法の力については想像の余地の幅が大きいと思われ(同時代で最もbrilliantな魔女であったことは原作者も語るところである)、控えめに設定すればより人間的な魅力を描写できるであろうが、この二次創作ではかなり上に振り切って設定している。

*7
原作7巻15章によれば、食物を無から生み出せない理由は「ガンプの元素変容の法則」の五つの主たる例外の一つであるからと説明されている。

*8
https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/the-quill-of-acceptance-and-the-book-of-admittance

ただし、これの製作者・製作時期や「臭い」との関連は公式情報では不明。「臭い」の詳細についても独自設定。

*9
夜の騎士バスは1865年にマグルのバスサービスを参考にして生まれたが(https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/the-knight-bus)、当時のロンドンバスは馬車が主流なので、初期の夜の騎士バスも馬車であったかもしれない。とはいえ純血主義者が反発したこと、既に魔法界には馬車があったであろうこと、セストラルにカゴをぶらさげる案が廃案になったことから、当時から魔法で動く車(もしくは蒸気自動車)と解するのが適当かもしれない。




・原作者が公開しているホグワーツ創設者にまつわる情報はきわめて少なく、二次創作で想像できる余地がきわめて広い。そのため作中の創設者にまつわる設定は、ほぼ筆者の独自設定(ないしは他の二次創作から影響を受けた設定)であることに注意されたい。混同を防ぐために、公式の設定には注釈を加えている。
・創設者の箔を付けることでダンブルドアと同格のメアリー・スー・オリ主も成立するのではと考えている。
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