レイブン・クローン   作:ハシブトガラス

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2 ホグワーツ城とレイブンクロー寮

「まずは、我らが腰を据えるに相応しき場所を見つけなければなりません」

 

 四人が一堂に会し、夢や希望を語らったのちに、具体的な議論を交わす中、ヘルガが静かに言った。たしかにこれは、最も重要な課題であった。無数の若人(わこうど)を育て、多数の魔法使いを招き、危険な書物や魔法薬(ポーション)を集め、薬草や魔法生物を育てる場所となれば、条件は厳しく制約される。

 

 まず、人里離れた場所。マグルの目に留まっては、魔法への恐怖を煽りかねない。この時代、魔法族はマグルと共存していたが、しばしば迫害された*1

 そして何より、魔力が滾々(こんこん)(あふ)れ出し、大地や水や空から(とどこお)りなく魔力の供給を行えるような場所。

 学び舎は、鉄壁の護りを誇らねばならない。外敵だけでなく、内部からの圧にも強くあらねばならない。この時代はマグルにも学校などなかったが、魔法使いであれば、その難しさが本質的に異なる。これまで魔法が師弟や血縁の中で教えられてきたのは、相応のわけがある。魔法の制御がおぼつかない子どもを多数一か所に集めるなど、そもそも正気の沙汰ではないのだ。発生が避けられないであろう騒霊(ポルターガイスト)がどれほど強大になるかも想像できない。学び舎を構築し護り維持するに必要な魔力は莫大なものとなる。

 

 四人は皆、これまでの人生でブリテンのあちこちを旅していたけれども、そんな場所は見当がつかなかった。失せ物や敵を探し出すのとは訳が違うのだ、蛇や渡鴉(レイブン)ではなく自らの目で探さねばならない。来る日も来る日も一行は、島の西を、東を、南を練り歩いた。ブリテンは大陸などではないけれども、秘境を隅々まで調べ尽くしえないほどには、広大な島だ。

 一行は最後に北方に移った。荒々しい山野を前に、ロウェナが呟いた。

 

「占術で探す方が早い」

 

 ロウェナはそれから七日、占術のために森にこもり、泉のほとりで陣を張り、坐して瞑想につとめた。夜になると、ヘルガが運んだスープとサラザールが煎じた薬を飲んで眠りにつき、ゴドリックが不寝番(ねずばん)を務めた。ロウェナはそれまでも独りで野宿をしていたし、ヘルガの張った結界は金剛(アダマント)の壁よりも堅牢であったけれども、この占術には明鏡止水の境地が不可欠であったから、四人の魔法力に怯えず近づくような厄介な魔獣にロウェナの安眠が乱されることがないよう、ゴドリックは木にもたれて日が昇るのを待ち続けた。ロウェナがいつ立ち上がるのか、誰も分からなかった。占術とは、確実性も正確性も汎用性も再現性も何も無い、論法(ロジック)の一切を無視した、これは魔法(マジック)なのだ。

 

「夢が告げた」

 

 八日目の朝、ロウェナは初めて口を開いた。三人を率いて、北へ北へと空を翔けた。鬱蒼たる森と原野を越え、崖の上で止まった。

 ロウェナも三人も、ここまで魔法に満ち満ちた地に足を踏み入れたことはなかった。

 吹く風の一陣一陣に呪文が歌うようで、森と湖には神秘の動植物で満ちていた。

 そして、人の息遣いなどみられぬところであるというのに、この草原の中央には、人が切り出したかのような直方体の石が何十と散らばっていた。

 大理石のようにみえるその巨石は、増えたかと思えば減り、高く積み上げたかと思えば崩れ、うごめいていた。

 石の群れの脇には、ルーン文字が刻まれた石の盆が――即ちそれは憂いの篩(ペンシーブ)と呼ばれる稀少で強力な古代の魔法具であったが――地中に埋まり、雨水を静かに(たた)えていた*2

 

「これは――」

 

「石が魔力を汲み上げて生きている――しかし闇の気配は感じない――」

 

 ヘルガとサラザールが呟いた。

 

「翼の生えたイボだらけのイノシシ(warty hog)が、私をここに導いた*3。ここを、ホグワーツ(Hogwarts)と名付けよう」

 

 ロウェナは高らかに宣言した。

 

「素晴らしい」

 

 サラザールが名前に物申す前に、ゴドリックは感動して叫んだ。ゴドリックは杖を天に突きつけ、虹色の炎を噴き上げた。Hの字を成す巨大な炎を囲むように、二頭のイノシシが銀の翼で飛び回る。

 

「学び舎には歌が必要だ。――学べよ魂、朽ちるまで!」

 

 ゴドリックが朗々と吟じると同時に、森の奥からはケンタウルスの群れと一角獣(ユニコーン)が、湖からは水中人(マーピープル)の群れと大イカが姿を現した。

 望まれざる侵入者に向け、ケンタウルスは毒矢を雨霰と浴びせ、水中人は呪いの歌をけたたましく奏で、ただちにゴドリックが劫火(ごうか)(おこ)し、ロウェナが暴風を呼び、サラザールが激流を(はし)らせ、そしてその矢と歌と火と風と水のすべてを、ヘルガが土と岩の壁を突きあげて吹き消した。

 

 ヘルガはひとり湖のほとりまで歩いて跪き、杖を掲げながら(こうべ)を垂れた。

 

「我らはこの草地と崖を所有します。しかし我らは森と湖を脅かしません。我らは貴方を殺しません。我らは貴方から奪いません。貴方は我らを殺しません。貴方は我らから奪いません。好まれざるものが現れれば、我らは貴方と共にこの地を護ります。必要とあらば護りを強めます。これが我らの誓いです」

 

 ちょうどそのとき、騒ぎを目ざとく見つけて飛来した(ドラゴン)が1ダース、辺り一帯に向けて灼熱の息吹をあげた。しかし火の粉は降り注がず、空気は涼しく湿ったままだった。睥睨しながら竜どもはしばし空を旋回していたが、結界に阻まれて食事にありつけないことに飽きてやがて彼方へ去っていった。

 ヘルガは首を垂れたまま、杖だけを下ろして上空の結界を解いた。ケンタウルスの長が、湖のほとりに進み出て、ヘルガに相対した。水中人はヘルガの言葉を解さなかったが、長は水中人語(マーミッシュ)を解したので、湖に向けて訳を響かせた。すると水中人も、長のみを残して湖に潜った。ケンタウルスの長の弓と、水中人の長の三叉槍と、ヘルガの杖が、重なった。大イカが墨を噴き上げ、サラザールが銀色の光を打ち上げ、その間を縫って三者の頭上を一角獣が飛び越えた。

 かくして誓いが結ばれた。ケンタウルスや水中人達は森と湖に引き上げ、平原には静寂が戻った。

 

「学び舎の訓辞(モットー)はこう定めます。眠れる竜を、くすぐるべからず(Draco Dormiens Nunquam Titillandus)*4

 

 微笑むヘルガに、三人は黙って頷いた。

 

 

  ★

 

 

 私がロウェナの記憶に耽っている間に、汽車は目的地に到った。暗闇の中、舟で湖を渡ると、壮麗なホグワーツ城が姿を現す。新入生たちの歓声の中、私の目が思わず濡れる。ロウェナ達の終生の夢が、千年の時を経て、今なおここに現存している。サラザールが去ろうと、ロウェナが夭折(ようせつ)しようと、ゴドリックとヘルガは城を護り続けた。そして千年の時を経てもなお、ロウェナ達の夢がここにある。かつてよりも、はるかに雄大な姿で。

 

「今から組分けの儀式を行う」

 

 城に入った新入生に向け、副校長と名乗った男は、高雅に語った。その緑と銀のローブには、(しわ)の一切が見当たらなかった。

 

「諸君はひとつの(ハウス)に属し、これから七年、寮の生徒と寝食と勉学をともにすることとなる。四つの寮はそれぞれ当代最高の大魔術師に由来している。いずれの寮に分けられようと、寮およびホグワーツに恥じない生徒たらんことを――自らが誰よりも勇敢で賢く勤勉で偉大だと思い込んで(はばか)らない生徒達に毎年毎年失望させられるが――諸君には望む」

 

 男は自らの山羊鬚(やぎひげ)を撫ぜながら皮肉に笑い、新入生を大広間に導いた。無数のシャンデリアが浮かぶ荘厳で広大な部屋で、見上げれば星のまたたく宙が広がっている。空に焦がれ星ぼしを愛したロウェナであれば、当然、天井には城の外の(そら)を映し出す魔法をかける。

 入口に近い上座には大人達が、四つ並ぶ長テーブルには子らが座っている。長テーブルは遥か遠くまで続いている。創設時には、テーブルはとても短かった。今は千人近くもいるのではなかろうか。子は一様に黒いローブを纏い、その襟元は赤、黄、青、緑の四色に染まっており、長テーブルごとに色が統一されていた。私は青のテーブルを見やる。《font:444》ロウェナは青を好んだ。自由で孤独な大空の色。神秘で陰鬱な大海の色。

 

 上座のそばには小さな机と椅子、古びた三角帽子が乗せられている。帽子は歌いはじめた。

 

「私は歌う組分け帽子

 君らが私を被る前に

 この学び舎の昔話を

 ひとつ聞かせて進ぜよう

 

 今を去ること幾百年

 城砦(じょうさい)組まれるその前に

 この地に魔導師集いたり

 名を轟かせし四天王

 

 大義に捧げたグリフィンドール

 誇りに殉じたスリザリン

 慈愛に満ちたハッフルパフ

 夢想に遊んだレイブンクロー

 

 四人は共に夢を見た

 荒唐無稽で雄大な

 『すべての杖を持つ子らに

 学びを与えん!』その夢を

 

 その夢のどこが壮大だ?

 当たり前のことだって?

 君らがもしそう思うなら

 四人の夢は叶ったり

 

 はじめに集ったわずかな子らに

 己が徳を四人は伝え

 その偉大な息 途絶えども

 子らが子を呼び また子らを呼び

 子らが子に伝え また子らに伝え

 かくして学び舎 根を張りたり

 今なおしかと残りたる

 四人の徳と四学寮

 

 人には様々徳がある

 君は何を友としたい?

 私はあくまで案内人

 君の心が道しるべ

 

 勇気と剛毅(ごうき)と騎士道ならば

 グリフィンドールが君を呼ぶ

 

 友諠(ゆうぎ)狡知(こうち)大望(たいもう)ならば

 スリザリンが君招く

 

 至誠(しせい)と根気と人道ならば

 ハッフルパフが君を待つ

 

 知性と好奇と創造ならば

 レイブンクローが君に笑む

 

 四本柱に貴賤なし

 さすれば無為に案ずるなかれ 

 この学び舎にて(ひら)く道

 輝かしきことこの上なし!」

 

 帽子の歌を聞きながら、ロウェナが城を築いた後のことが頭をよぎる。生徒を集めるのは容易ではなかった。いかに四人の名が既に知れ渡っていたとはいえ、子を家族から遠く引き離すことは、ヘルガの真心とサラザールの弁論を持ってしても一筋縄ではない。魔法族の家系の子なら、家族ともども招くこともした――魔法を共に学び高めたい者は若者も老人も等しく城に受け入れた。とにもかくにも二十数人の生徒を集め、いよいよ学び舎が開かれた。

 しかし一か所に大人数を集めたとて、四人は教育の方式を従来から抜本的に変革するということはしなかった。つまり、師弟関係のように、ともに生活を送る中で、魔法のわざを教えていくという形を取った。四人はそれぞれ自らの好む生徒を集め、彼らが暮らす(ハウス)を作った。その寮は、各々の通り名で称された。

 

 高みから学ぶを好んだロウェナは塔に居を構え、青とブロンズに彩った自らの(ハウス)渡鴉の鉤爪(レイブンクロー)と呼ばれた。レイブンクローのロウェナ――大地を(えぐ)颶風(ぐふう)と共に現れ、天を埋め尽くす智の鳥(レイブン)を従える、濡羽色の髪の魔女。何にも媚びず退かず、ただ叡智のみを愛し、未知の荒野を抉って拓き、後続の魔法族に向けて、太く長い学知の道を敷いてみせた、孤高の賢人。

 

 ゴドリックも高き塔に居を構え、赤と金に彩った自らの家は黄金の獅鷲(グリフィンドール)と呼ばれた。グリフィンドールのゴドリック――金色の太陽を背に現れ、猛火で一切を灰燼に帰す、真紅の髪の男。地に眠る鉱物の王者と、地を駆け天を翔ける生物の王者の名で称えられた、最強の戦士。

 

 サラザールは地下に、湖に面した冷たく湿った場所に居を構えた。緑と銀に彩った自らの家は蛇の這いずり(スリザリン)と呼ばれた。スリザリンのサラザール――高貴な血のもとに魔法族は団結すべしと訴えた、先導者にして煽動者。銀色の蛇を、すなわち永遠を示唆する環状の体を持ち、脱皮して強大に成長を続け、音もなく毒牙で障害を排除する蛇を象徴(シンボル)と掲げた、野心の策士。

 

 ヘルガも地下に、ただし厨房(ちゅうぼう)の湯気が流れる暖かな場所に居を構えた。黄と黒に彩った自らの家は青息吐息(ハッフルパフ)と呼ばれた。ハッフルパフのヘルガ――息を切らしながら(huff and puff)常に大地を駆けずり回り、絶望に喘ぐ民衆の不平不満(huff and puff)を汲みあげて救い、誰に対しても手製の菓子(puff)を振舞って語らい心を溶かした、理想家にして実践者。堅忍と勤勉を説き、ただの穴熊で表象されることをよしとした、無私の聖者。

 

 私は列に並びながら、新入生が組分けされる様をぼんやり眺める。龍痘(ドラゴンポックス)の後遺症と(おぼ)しき痘痕(あばた)面と緑がかった顔のせいで、周囲に遠巻きにされていた少年「ドージ・エルファイアス」がグリフィンドールに組分けされる。

 

「ダンブルドア・アルバス!」

 

 続いて、唯一ドージと寄り添っていた長身の少年が呼ばれると、辺りでヒソヒソ声が囁く。「ダンブルドア?」「あの、最近マグルの子供を攻撃してアズカバン送りにされた奴?息子なのか?」「純血主義者かよ。どうせスリザリンだろうな」

 

 しかし、帽子は三十秒ほど経った末、グリフィンドールの名を高らかに呼んだ、微妙な拍手と猜疑に満ちた視線に迎えられ、彼は赤色のテーブルへと吸い込まれていった。

  

 私はようやく、あの帽子を自分が被ることの意味に気づいた。あれはゴドリックの帽子だ。ロウェナ達は四つの寮を残すために、あれに極めて複雑な魔法を吹き込んだ。私が被れば、自分が本来持っているはずのない記憶や知識を持っていることを暴かれてしまうのだろうか。城中にバラされれば、厄介なことになる。急に逃げ出したくなった。しかしかえって不審だ。

 

「レイブンズクロフト・ローザ!」

 

 二進も三進も行かず焦る私をよそに、ついに名を呼ばれた。荒れる鼓動を感じながら、なんとか「閉心術(オクルメンシー)」を試みて、帽子を被る。

 無理だった。稀代の「開心術士(レジリメンス)」のサラザールは、帽子にも異常に強力な開心術をかけていた。ろくに訓練をしてない私の未熟な閉心術は瞬時に破られ、心の奥底まで貫かれる。

 

「ああ――ロウェナか。久しぶりだ」

 

 奇妙な声が頭で響く。ロウェナの記憶が懐かしむ。声色や言語こそ違えど、これはゴドリックの口調だ。

 しかし私はロウェナではない。ローザ・レイブンズクロフトだ。

 

「――そうだな。すまない。君はロウェナではない」

 

 帽子が呟く。

 

「私は外に向けて寮の名を叫ぶことしかできない。そして君が帽子を外せば、君が再び帽子を被るまで、私は今見ているものを忘れる。君の秘密は守られる」

 

 それなら早く組分けをしてほしい。ロウェナの馴染みの深い人物に心を見られるのは良い気分ではない。

 

「私もまたゴドリックでもサラザールでもない。――それでは君はロウェナの寮を望むか?それともサラザール?ゴドリック?ヘルガ?君は人生で何を成し遂げたいか。君は何を重視したいか」

 

 私は思案する。人生で何を成し遂げたいかという以前に、まず私は、私が何なのかということを知らなければならない。そうしたら、世界のあらゆることを探究したい、知り尽くしたい。ロウェナの短い生ではできなかったことも、私なら、あるいは。

 

「君もそうであれば、やはり当然――レイブンクロー!」

 

 帽子は叫ぶ。拍手喝采の中、私は青い襟のローブのテーブルについた。 

 私は顔ぶれを眺めた。知と探求と創造を愛するロウェナの寮の生徒。ロウェナが愛したかもしれない生徒達。

 ホグワーツを築く際にロウェナは考えた。意欲にも知性にも富んだ者に、自らの持てるすべてを授ければ、自らに並ぶ者が続々と育つのではないかと、いずれ遥かに凌駕する者も現れるのではないかと。その者たちと群れなす渡鴉(レイブンクロー)ここにありと知らしめれば、優れた智者達がさらに、ブリテン中ひいては世界中から現れ、共に知を共有し、議論し、探究し、ロウェナ一人の手ではかなわないような魔法の秘奥を一歩また一歩と(ひら)いて(つまび)らかにできるのではと。その想いにロウェナは一縷(いちる)の希望を託し続け――そして自らがどこまでも孤独であるという失望から目を背け続けた。ロウェナは、自らがその一羽として加われるような渡鴉(レイブン)の群れを(つい)ぞ見出すことができず、周囲からは一貫して、孤高の天空の王者・(イーグル)として崇められ続けた。渡鴉の鉤爪(レイブンクロー)の寮の旗には、何百と群れて飛ぶ渡鴉などではなく、ただ一羽で雄大に天高く舞う鷲が、その創設者の象徴(シンボル)として捧げられた。

 

 すべての新入生の組分けが終わると、宴が始まった。マグルの家系出身の生徒などは、突如として晩餐が机に出現するさまも、無数の亡霊(ゴースト)が大広間を飛び交うさまにも、目を丸くしている。城にはブリテン中の亡霊が集結しているらしい。

 遠く離れたところに独りで浮かぶ、若い女性の亡霊を指して、ひとりの上級生が(ささや)く。

 

「あれは『灰色のレディ』。レイブンクローの寮憑き(ハウス・ゴースト)だ。気難しくて気位が高いから、滅多に見ることはないけど――」

 

 寮憑きは私と視線が合うと、しばし目を見開いて固まったかと思えば、長い髪と長いマントを(ひるがえ)して天井に消えていった。

 

「――やはりお気に召さなかったか。まあ、亡霊は生者の足跡にすぎない。あまり頼りにするものでもないよ。あれらの生前の思い出話から得られるものもあるけどね」

 

 私は気にせず、料理を鱈腹(たらふく)食べることに邁進(まいしん)する。ヘルガの料理は絶品で、ロウェナはゴドリックらに(たしな)められるまで存分に愉しんだものだった。ヘルガは城に集った無数の屋敷妖精(ハウスエルフ)の一体一体に対し、自らの料理のレシピやコツというものを丹念に伝授してみせた。数世紀も経てば、料理のレシピを大きく変化するが、ヘルガの心構えは、今でも屋敷妖精たちに受け継がれているという。

 

 料理を頬張りながら、寮生達と会話をする。(ローザ)は同年代の子らと会話をする経験は始めてだったが、割にうまくいった。はずだ。

 

――ベストを尽くせば後はお任せ 学べよ脳みそ腐るまで――

 

 デザートを食べて宴がお開きとなり、校歌を歌い終えると、監督生のバッジをつけた上級生が立ち上がった。

 

「一年生。私についてゆきたまえ。レイブンクロー生たる者、立ち止まって辺りを隅々まで見回したくなるかもしれないけれども、後でたっぷり時間はあるから、今は黙って目の前の者の背中を追いなさい。さもなければ、複雑極まるこの城で早々に迷子になって泣きじゃくる羽目になる。経験者からのアドバイスだ」

 

 猛禽を思わせる鋭い目をした彼女に引率され、ホグワーツの廊下を練り歩く。

 

「この扉は中央を正確にくすぐると開く。蹴ったり叩いたりすると痛い目を遭うからやめておきなさい。これも経験者からの助言だ」

 

「そこの階段は、普段は五階まで一気につながるけれども、今日みたいに晴れた木曜日の夜には地下に、それもスリザリン寮のあたりにつながるから注意しなさい。約百四十の定常階段の中でも厄介なひとつ。今日は回り道をしよう」

 

「この先の二つ並んだ扉は、日によって当たりが違って。そこの甲冑が左を向いていたら――左の扉が上の階段につながる。……ところで迷子になったと思ったら、立ち止まって近くの肖像画か甲冑(かっちゅう)か亡霊に道を(たず)ねなさい。この城の非生物に、生徒に危害を加えたり生徒を騙すものはない。唯一の例外は騒霊(ポルターガイスト)のピーブズだけ。あれには近づかないこと。あれの行動を制限できるのはホグワーツ校長と古の亡霊のみ。私には打つ手が無い」

 

「あれは扉ではなくただの壁で、このただの壁に見えるけれどノブがついているのが扉、と見せかけておいて反対側の肖像画が隠し扉になっている。通してもらうためには、丁寧にお辞儀をするのだ」

 

 気まぐれな階段や扉を潜り抜け、上層に向かう。階段が動き、通路が動き、甲冑が動き、絵の中の人物があちこち動きまわり、亡霊が通路をすり抜ける。周囲に気を払わぬよう努めることも、新入生たちにとっては難しかった。

 

 城の設計(デザイン)はほぼすべてをロウェナが担当していた。創られるのではなく、自らを創る城。変化し、永遠に完成しない城。それが構想(コンセプト)だった。

 

「この城は創設者(わたしたち)作品(アート)ではない。この城自体がこの城の創作者(クリエイター)

 

 ロウェナは特大の羊皮紙に摩訶不思議の図面を描きながら語った。

 

「この城は決して完成しない。完成したのならば、その瞬間に私達の夢は死ぬ。この城は成長し続ける。この城は永遠に夢を見る」

 

 サラザールは実用性に欠けると渋り、ヘルガは子どもが学ぶ場としての安全面を懸念した。面白がったゴドリックだけは、防衛面で利があると説得した。今後生徒が増えていったときにも柔軟に対応できるし、何より、魔力を汲み上げて変化するホグワーツの石を宥めすかすのは現実的でないとも指摘した。

 

 ……しかし、やはりサラザールとヘルガの意見を尊重して、石を鎮める術を見出すべきだった。この城はいっそう魔宮になっている。そういえば、史上指折りの頭脳を持つであろう、とあるマグルの数学者は、(1892年)から五十年ほど後に、自己そのものを複製し増殖する機構を内在した機構を描いてみせた。かの学者の真に賢明な点は、そのような機構を空想で遊ぶに留めたという点だ。千年前のロウェナは、気分に応じて改築と増築を続ける建造物を紙に描き、なおかつ現実世界に投影してしまったらしい。

 

 急な階段を上り、城のかなり上層まで来たと思えた時、上級生は立ち止まった。

 

「すまない、マグル生まれの諸君や魔法界に馴染めてない諸君への配慮が欠けていた。ホグワーツ城に住むにあたって注意がひとつ。ホグワーツは、本質的に不安定だ*5。大広間より上と西へ行くほど不安定になる。階段や扉の接続が変化し続け、新たな仕掛けが生まれては消え、新たな区画が生まれては消える」

 

 監督生は杖を振って、目の前の壁一面に、ホグワーツ城の絵を投影した。上部の無数の尖塔(せんとう)陽炎(かげろう)のようにゆらめいている。魔法の法則と物理法則が許す限り、レイブンクロー塔はどこまでも高く高く(そび)えられる。

 

「まあ、授業の教室や談話室の近くは安定しているから、普通に生活する分には心配しなくて良い。いま通ってきたように、水曜日に行き先が変わる階段とか、そんな周期的な子どもだましの仕掛けしかない」

 

「ただしレイブンクロー塔より西側は、周期的に変化しないし子どもだましの仕掛けがない。あそこの廊下の天井と床には青空と渡鴉が描かれているのが見えるかな?ああいうのが見えたら、ホグワーツ城が創意工夫を試す遊び場という合図だから引き返しなさい。経験を積んだレイブンクローの探険隊と同行するように。まあ、そんな忠告を素直に聞かずに腕試しする者がいることは分かっている、かくいう私もグリフィンドールに組分けされそうになった身だ。私の失敗談からひとつアドバイスをすると、食糧は十分持ちなさい。焦るほど距離が延びる廊下やら、ハイハイしても箒で飛んでも一定の速度で進む廊下やら、全速力で駆けても一歩分しか進めない廊下やら、ピアノの鍵盤を模していてイ長調の音階を奏でないと下まで戻される螺旋階段やら、マトリョーシカ人形のように入れ子構造になっている部屋やら、物語の(ページ)の中に畳まれている扉やら、そんなものに途方に暮れている君を、私達がきちんと助ける」

 

 再び監督生は歩き出した。そろそろ到着したと思いきや、そこは壁が一面に群青色に塗られた急峻な螺旋階段で、途方もなく高くまで聳えている。

 

「さて、口を開いたついでに、形式的な無味乾燥な挨拶はいま済ませてしまうとしよう。談話室に着くまでお預けにしてしまえば、眠気と退屈の欠伸(あくび)を嚙み殺しながら嫌々聞く君達の顔を見ながら演説しなければならないからね。私は五年の監督生のミネルバ・マクラレン。分かる通りスコットランドの出身だ」

 

 監督生は後ろを向きながら、危なげなく階段を上っていた。

 

「まずはレイブンクローへの入寮おめでとう。とそう言うべきところだが、ここは親切心と悪意でもって、君達の増長するプライドを叩いておこうと思う。『レイブンクローに選ばれたから俺は天才だ、私は特別だ』――そう思っているとすれば、そんな考えは今すぐ捨てた方が身のためだ。この青い襟は『失われた髪飾り(ロスト・ダイアデム)』ではない、したがって良い成績がとれることを保証するものではない。喜ばしいことに、知性というものは、生まれながらの素質ですべて決まるわけでも十一歳までに(つちか)った素養で固定化されるものでもない。何も学ばなければ当然、君の頭脳も魔法の腕も、それ以上成長することはない。魔法の習得に修練は不可欠であり、術の巧緻(こうち)と術者の知性も不可分だ。それを忘れ、『レイブンクローに組分けされた』一点だけにしがみついて卒業する者もいる。この寮が勤勉を美徳に掲げていないのは、勤勉は飽くまで手段であって目的ではないからだ。謙虚に学ぶ者のみにロウェナの微笑みが向けられる」

 

 ただしロウェナのような真の天才が諸君の中にいれば、私は偉そうに講釈を垂れるつもりは毛頭ない、素直に(こうべ)を垂れるとしよう――監督生は微笑んで付言した。

 

「反感を持った諸君もいるだろう。しかしレイブンクロー寮というのは、数えて分かる通り、せいぜい四人、五人に一人が選ばれる程度のものでしかない。君らは自分が賢いと思っているかもしれないが、いくらでも上には上がいる。城の中にも、城の外にも。だからテストの点だとかに過度に競争意識を持つのはやめておいた方が自分のためだ。さらに言っておくけれども、恐らくロウェナは自らの生徒を頭の良さで選んだわけではない。誰であれロウェナから見れば同様に愚鈍だったろうから」

 

 監督生の言葉で想起する。ロウェナは世界を旅し続けた。自らより賢い者が世界に溢れていることなど、ロウェナには分かり切っていた。ロウェナが出会う人々は皆必ず、学があろうとなかろうと、老いも若きも、ロウェナの今まで知らぬことを必ず何か知っていた。上等なドラゴン(きも)の見分け方であれ、火炎の術に「水」のルーン文字を用いる方法であれ、ロウェナに新しい知識を授けてくれる師となった。ロウェナがたとえ数日で師を越してしまおうと、ロウェナに決して上れぬ高みの智者が、世界のどこかにはいるはずだった。あるいは既に出会っていたのかもしれない。ロウェナを害そうとして塵芥(ちりあくた)や鳥の餌と化した者の中に、あるいはロウェナとの対話を拒み頑なに扉を閉ざした者の中に。

 

「ではレイブンクロー寮が重視するのは何か。それはむしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()これはなぜ、あれは何、子どものように疑問が頭で鳴りやまない!書物を漁って没頭する!得られた知をつなぎ、思索にふけり空想に遊ぶ!薬草を集めては花弁の数で整理し葉の筋を観察する!夜空を見上げて星々の輝きに胸が込みあげる!先人たちが積み上げてきた知を自らの血肉としたいと望み、自らもまた新たな知を見出したいと願う!何も学知に留まらない、絵画であれ魔法薬(ポーション)であれ歌であれ杖であれ料理であれ呪い(カース)であれなんであれ――有形無形有益無益問わず人類の営みすべては等しく人類の知だ――新しい知を創り出したいと願う!……ロウェナが好んだのは恐らく、そういった人だ」

 

 監督生は熱を持って一気に言い切った。彼女の無邪気なまでの知への信奉はたしかに、実にロウェナと話が合いそうだ。

 

「君達の中では、今まで周囲にうまく馴染めなかった、奇人ウリック並みだと言われて虐められた、集団にいると息苦しい、という人もいるだろう。この寮では自由にやれる。この寮は良くも悪くも個人主義の寮だ。他の三寮のように無条件の受容や固い連帯は無いけれども、代わりに君達が独りで塔の片隅にこもって何をしようが気にされない。もし暴力や暴言で君達の自由を脅かす輩がいれば――残念ながらレイブンクロー寮でそれが起きないとは断言しない――遠慮なく私に言いたまえ。私は文武両道を自負しているからして、しかるべく対処する」

 

 ついでに言うと、周囲に変人だと言われることを快く思う者がいるとすれば、君がそういう年頃なのは理解するが、レイブンクロー寮では君くらいの者はそこらにいるから、残念ながら君が目立つことはない、平凡な私が請け合おう――監督生はニヤリとして付け加えた。

 

 

「今の話は諸君に冷や水(アグアメンティ)を浴びせたいわけではなく、私なりの熱い歓迎と受け取ってくれ。それでは改めて、ようこそレイブンクロー寮へ」

 

 まだ螺旋階段は上方へと続いていたが、監督生は上るのをやめ、踊り場から続く廊下へと新入生を導いた。古めかしい木の扉の前で立ち止まると、私や新入生達が息を切らすのを、面白そうに眺めた。

 

「疲れたかな。明日は近道を使うから、四分の一の時間で済む。なぜ今日近道を使わなかったのか、それは演説をぶちたかったからという理由だけではなく、不安定な西塔においては近道以外の道を知っておくに越したことはないという、至極教育的な理由からだ」

 

 監督生はあっさり言ってのけると、新入生の殺気を意に介さず、鷲の形をしたブロンズのドアノッカーを手に取った。扉には、ノブも鍵穴も無い。

 

「さて、レイブンクローのセキュリティは少々厄介で、グリフィンドールやスリザリンのように簡単な合言葉(パスワード)で開くようにはなっていない。慣れるまでは、夕食後は誰かと共に帰るのをおすすめする。この扉は、ロウェナの家に相応しからざるものを――つまりは自らの頭で考えることを(いと)う者を弾く」

 

 咳払いをして監督生はノックをした。

 

「夢が醒めるのはいつ?」

 

 ノッカーが歌うように問いをかけた。

 

「こんな風に。謎が解けずとも、門限前には監督生が待機するようにするから、安心しなさい。そして答えを捻り出す姿勢が大事であって、内容自体には重きは置かれない」

 

 ロウェナの頃から似たような仕掛けを施していた。寮に入るためには、毎度毎度毎度毎度、このノッカーが出題する謎を解かねばならない。謎の答えというより、ノッカーが気に入りそうな、思弁的で空虚な戯言を囁けば良いだけということも、往々にしてあるのだが。

 

「回答できない。そもそも夢が醒めたか否かを判別できない。今も夢の中かもしれない」

 

「地に足を着けない姿勢も、この塔ならば歓迎されるでしょう」

 

 監督生が淀みなく言うと、柔らかなノッカーの声とともに広大な談話室が開けた。監督生に続き、新入生は部屋に足を踏み入れる。

 青を基調とした、開放的で爽やかな、円形の部屋。

 星が描かれた濃紺の絨毯と、ドーム型の天井、アーチ型の窓。

 部屋の周縁からは通路がいくつものびており、各々の通路の先は(そび)えたつ書架の塔と螺旋階段へ続いている。

 丸テーブルをいくつも横切り、広大な談話室の、扉の反対側の端へと至る。寝室へと続く扉の横には。

 

「なあ……」

 

「あれ……」

 

 新入生が囁き合いながら、私を指さす。

 背の高い、白い大理石の像が立っていた。「計り知れぬ叡智こそ 我らが最大の宝なり」――台座には言葉が刻まれている。

 監督生が胸像に背を向けて立ち、新入生に語り掛ける。

 

「ここがレイブンクロー談話室。良い部屋と思うだろう。私はそこの机で本を読むのが好きでね。そしてこれが、かの偉大なるロウェナ・レイブンクローその人を、きわめて精巧に(かたど)った立像だ。老朽化を防ぐ魔法のほかには魔法はかかっておらず、城の他の像のように動くこともないし、叡智の言葉を我々に語り掛けてくれることもない。しかし像にロウェナの知性を完全に刻むことなど元来不可能なのだから、こうして物問いたげな軽い微笑を浮かべて黙しているからこそ我々の心の中のロウェナが永遠の形で保たれるともいえる。どうだい諸君、ロウェナの信奉者を自称する私でなくとも、我が寮の祖は実に美しく聡く神々しいと思わ――ところで君達、『占術』が壊滅的に不得手(ふえて)な私も、ある程度威厳を持った振舞をしておいて早々と君達に堂々と私語をされることになろうとは予想していなかったけれども――なるほど。たしかに像はミス・レイブンズクロフトに似ているな。あと十年二十年経てば、まさに重なりそうだ。他人の空似、偶然と片付けるには惜しいくらいには」

 

 監督生は呟く。黒い瞳が私の紺色の目を見つめる。

 

「私はロウェナにまつわる文献は、ホグワーツで閲覧できる限りは、目を通したつもりだった。ロウェナには兄弟姉妹がなく、早逝(そうせい)した未婚の娘が一人いるのみ、直系の子孫は存在しないというのが史学の定説だった。親族に歴史に名を残した者もいない。そもそも、子孫がいたとして千年の時を経れば面影など欠片もなくて然るべきだ。しかしミス・ローザ・レイブンズクロフト。君はロウェナの――」

 

「私にも分かりません」

 

 私は短く答えた。 

 

 

 ★

 

 

 翌日から魔法学校の教育が始まった。学ぶべき内容は教科に細分化され、科目ごとの教師に教えを受けた。レイブンクロー寮や他寮の生徒と共に、私はノートを取ったり杖を振ったりカノコソウを切ったりした。ロウェナの時代には、彼女が授術(チャームズ)数秘術(アリスマンシー)やルーンの読み書きなどを、ゴドリックは変身術や決闘の作法や剣術などを、ヘルガは薬草(ハーブ)の扱い方や魔獣の馴らし方や護身の術などを、サラザールは魔法薬(ポーション)の調合法や闇の魔術などを教えていた。

 

 私の知能はロウェナの足もとにも及ばないし、魔法力もロウェナに比べればごくわずかだ。頭に備わっている借り物の記憶も、ホグワーツの教科書とはほとんど被っていない、精々が「魔法史」で多少役に立つというくらいか。

 

 しかしそれでも私は、「開心術(レジリメンシー)」をかけられれば、不正(チート)(そし)りを免れなかっただろう。他のレイブンクロー生は皆、自然に備わった能力と努力のみで、授業についていこう、願わくば頭角を現して優秀さを示そうとしているというのに。私だけは、本来得るはずのない力を持っているなんて。とはいえ、あえて手を抜いて他の生徒と足並みを揃える真似もできなかった。ロウェナのようなプライドの高さが手抜きを許さなかったし、手抜きも他の生徒に対して極めて不誠実であるし、それ以前に、手抜きが露見しないように巧妙に手抜きできるほど器用ではなかった。

 

 つまり私は端的に言って、魔法の腕がきわめて優れていた。九月には寮で「ロウェナの末裔(まつえい)」とかなんとかだとまことしやかに語られ、十月には他寮の知らない者からも当たり前のように、レイブンズクロフトではなくレイブンクローと呼ばれる始末だった。十一月には五年のレイブンクロー監督生マクラレンが――今のホグワーツ生で明らかに成績も決闘術も頂点にあった彼女が、私に知恵くらべ腕くらべを申し込み、一日がかりでそれが終わると、「仰々しくも智と戦の女神(ミネルバ)の名を付けたのは私ではなく命名師だけれども、君の前でそれを名乗るのは実に不遜なことだ」と言い、(うやうや)しく(ひざまず)いて私の掌に口づけした。*6

 

 しかし幸い、私は城中の注目を一身に浴びるということはなかった。

 

「ミス・ローザ・レイブンズクロフトだよね?今、時間良いかな?」

 

 十二月には夕食の後、グリフィンドールの陽気な連中の群れから抜け出した一人の少年が、独りで図書館に向かおうとする私の背中を呼び止めた。気さくで控えめを装いながら、しかし自信に満ちた声で。私は振り返る。

 背の高い少年だ。まるで世界の中心にいるかのように、悠然と微笑んでいる。しかし実際、彼は城の中心にいるのだろう。頭脳も体力も人望も容姿も、この城で他の追随を許さないだろうと評されるだけあるのだろう。そして何より、莫大な魔力に満ち満ちている。この城の中で誰よりも――恐らく教師を含めても――強力だ。

 

 

 彼こそは、「父親がマグルの若者を襲撃した(かど)で逮捕された」という汚名を着て入学した少年であり。翌日の変身術の初回の授業では、木の棒きれを教室いっぱいのホグワーツ城のミニチュアに変えた少年であり。十二月の今ではもはや、今世紀最大の天才、開校以来の秀才ではないかと噂され、城中の生徒の注目を集めていた少年であった。

 

「僕はグリフィンドール一年のアルバス・ダンブルドアだ。君とはかねがね一度話したいと思っていてね」

 

「どうして。君には友達が沢山いるだろう」

 

 私は眉をひそめて呟いた。城中の人気者に囲まれるアルバスとは異なり、私はいたって孤独といえた。寮内で成績が重要な色を帯びている以上、そして同級生とうまく付き合えるだけの社会的知性が私に著しく欠けている以上、自然な現状といえたかもしれない。

 

「友達は多いけど、そうだな。皆良い奴らだけど、つまり――」

 

 少年の青い瞳を見て、少年期のロウェナが抱いていた孤独や傲慢と同種のものを感じ取る。ロウェナはそれでもやがて、ヘルガとゴドリックとサラザールに巡り合うことができた。

 

「杖を並べて語り合える生徒は、君が初めての気がするから」

 

 そしてアルバスと私の交流が始まった。

 

 

*1
「彼らはマグルの詮索好きな目から遠く離れたこの地に、ともに城を築いたのであります。なぜならば、その時代には魔法は一般の人々の恐れるところであり、魔女や魔法使いは多大なる迫害を受けたからであります」(原作2巻9章)

*2
「ある(根拠のはっきりしない)言い伝えでは、この『憂いの篩』が地面に半ば埋もれているのを見つけた創設者たちが、正にその場所に学校を建てることを決めたと言われています。」(『ホグワーツ 不完全&非確実』第6章、原文は

https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/pensieve

*3
原作者によれば、ロウェナが夢でイボだらけのイノシシに湖のそばの断崖に案内されたことがホグワーツの名の由来だという説が魔法界で広く知られるが、その説の真偽は定かではない。

(https://www.wizardingworld.com/features/origins-of-hogwarts-school-of-witchcraft-and-wizardry)

*4
公式情報では、校歌や校訓の制定時期および制定者は不明である。また、ゴドリックが歌を好んだ設定の二次創作として『ハニー・ポッター』シリーズがある

*5
この二次創作世界のホグワーツ城は、原作のホグワーツ城よりむしろ『ハリー・ポッターと合理主義の方法』の世界のホグワーツ城に近い。ロウェナの夢が本来より色濃く滲み出ている。

*6

ミネルバ・マクゴナガルの年齢にまつわる公式情報について、以下の(a)~(c)などがあげられる。

(a) 原作5巻の記述;

・五巻時点(1995年)でホグワーツの勤務が39年目(アンブリッジへの報告が正確である場合)

・あの年で失神呪文が4本胸に直撃して命があったのが不思議なくらい (5巻のマダム・ポンフリー)

(b)原作者によるPottermoreの記述;

(https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/professor-mcgonagall)

・卒業後すぐに魔法省に2年間勤務→ホグワーツに勤務

・ミネルバの母イゾベル・ロスは、きわめて才能豊かな魔女だった祖母の名前を娘につけた

(wizardingworldでは省かれているので引用を控えるが、邦訳の『エッセイ集ホグワーツ 勇気と苦難と危険な道楽』第1章では、トム・リドルとゲラート・グリンデルバルドに関連する記述や、彼女が20世紀前半に生まれた記述もみられる)

(c)『ファンタスティック・ビースト』シリーズの設定;

・1910年代~1930年代にホグワーツ勤務

(なお、2000年のオンラインチャット上で原作者が元気な70代と回答している記録は、非公式サイトharry potter lexiconで閲覧可能である)

 

この二次創作では(c)を無視し、1935年生まれとする。フリットウィックやスプラウトも同様に若くなってしまい、また魔法族基準の59歳では失神呪文4本で重体になるほど高齢でないようにも思えるが、ローザの記憶が正しければやはりミネルバ・マクゴナガルはローザより54歳若かった

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