レイブン・クローン 作:ハシブトガラス
「まずは、我らが腰を据えるに相応しき場所を見つけなければなりません」
四人が一堂に会し、夢や希望を語らったのちに、具体的な議論を交わす中、ヘルガが静かに言った。たしかにこれは、最も重要な課題であった。無数の
まず、人里離れた場所。マグルの目に留まっては、魔法への恐怖を煽りかねない。この時代、魔法族はマグルと共存していたが、しばしば迫害された*1。
そして何より、魔力が
学び舎は、鉄壁の護りを誇らねばならない。外敵だけでなく、内部からの圧にも強くあらねばならない。この時代はマグルにも学校などなかったが、魔法使いであれば、その難しさが本質的に異なる。これまで魔法が師弟や血縁の中で教えられてきたのは、相応のわけがある。魔法の制御がおぼつかない子どもを多数一か所に集めるなど、そもそも正気の沙汰ではないのだ。発生が避けられないであろう
四人は皆、これまでの人生でブリテンのあちこちを旅していたけれども、そんな場所は見当がつかなかった。失せ物や敵を探し出すのとは訳が違うのだ、蛇や
一行は最後に北方に移った。荒々しい山野を前に、ロウェナが呟いた。
「占術で探す方が早い」
ロウェナはそれから七日、占術のために森にこもり、泉のほとりで陣を張り、坐して瞑想につとめた。夜になると、ヘルガが運んだスープとサラザールが煎じた薬を飲んで眠りにつき、ゴドリックが
「夢が告げた」
八日目の朝、ロウェナは初めて口を開いた。三人を率いて、北へ北へと空を翔けた。鬱蒼たる森と原野を越え、崖の上で止まった。
ロウェナも三人も、ここまで魔法に満ち満ちた地に足を踏み入れたことはなかった。
吹く風の一陣一陣に呪文が歌うようで、森と湖には神秘の動植物で満ちていた。
そして、人の息遣いなどみられぬところであるというのに、この草原の中央には、人が切り出したかのような直方体の石が何十と散らばっていた。
大理石のようにみえるその巨石は、増えたかと思えば減り、高く積み上げたかと思えば崩れ、うごめいていた。
石の群れの脇には、ルーン文字が刻まれた石の盆が――即ちそれは
「これは――」
「石が魔力を汲み上げて生きている――しかし闇の気配は感じない――」
ヘルガとサラザールが呟いた。
「翼の生えた
ロウェナは高らかに宣言した。
「素晴らしい」
サラザールが名前に物申す前に、ゴドリックは感動して叫んだ。ゴドリックは杖を天に突きつけ、虹色の炎を噴き上げた。Hの字を成す巨大な炎を囲むように、二頭のイノシシが銀の翼で飛び回る。
「学び舎には歌が必要だ。――学べよ魂、朽ちるまで!」
ゴドリックが朗々と吟じると同時に、森の奥からはケンタウルスの群れと
望まれざる侵入者に向け、ケンタウルスは毒矢を雨霰と浴びせ、水中人は呪いの歌をけたたましく奏で、ただちにゴドリックが
ヘルガはひとり湖のほとりまで歩いて跪き、杖を掲げながら
「我らはこの草地と崖を所有します。しかし我らは森と湖を脅かしません。我らは貴方を殺しません。我らは貴方から奪いません。貴方は我らを殺しません。貴方は我らから奪いません。好まれざるものが現れれば、我らは貴方と共にこの地を護ります。必要とあらば護りを強めます。これが我らの誓いです」
ちょうどそのとき、騒ぎを目ざとく見つけて飛来した
ヘルガは首を垂れたまま、杖だけを下ろして上空の結界を解いた。ケンタウルスの長が、湖のほとりに進み出て、ヘルガに相対した。水中人はヘルガの言葉を解さなかったが、長は
かくして誓いが結ばれた。ケンタウルスや水中人達は森と湖に引き上げ、平原には静寂が戻った。
「学び舎の
微笑むヘルガに、三人は黙って頷いた。
★
私がロウェナの記憶に耽っている間に、汽車は目的地に到った。暗闇の中、舟で湖を渡ると、壮麗なホグワーツ城が姿を現す。新入生たちの歓声の中、私の目が思わず濡れる。ロウェナ達の終生の夢が、千年の時を経て、今なおここに現存している。サラザールが去ろうと、ロウェナが
「今から組分けの儀式を行う」
城に入った新入生に向け、副校長と名乗った男は、高雅に語った。その緑と銀のローブには、
「諸君はひとつの
男は自らの
入口に近い上座には大人達が、四つ並ぶ長テーブルには子らが座っている。長テーブルは遥か遠くまで続いている。創設時には、テーブルはとても短かった。今は千人近くもいるのではなかろうか。子は一様に黒いローブを纏い、その襟元は赤、黄、青、緑の四色に染まっており、長テーブルごとに色が統一されていた。私は青のテーブルを見やる。《font:444》ロウェナは青を好んだ。自由で孤独な大空の色。神秘で陰鬱な大海の色。
上座のそばには小さな机と椅子、古びた三角帽子が乗せられている。帽子は歌いはじめた。
「私は歌う組分け帽子
君らが私を被る前に
この学び舎の昔話を
ひとつ聞かせて進ぜよう
今を去ること幾百年
この地に魔導師集いたり
名を轟かせし四天王
大義に捧げたグリフィンドール
誇りに殉じたスリザリン
慈愛に満ちたハッフルパフ
夢想に遊んだレイブンクロー
四人は共に夢を見た
荒唐無稽で雄大な
『すべての杖を持つ子らに
学びを与えん!』その夢を
その夢のどこが壮大だ?
当たり前のことだって?
君らがもしそう思うなら
四人の夢は叶ったり
はじめに集ったわずかな子らに
己が徳を四人は伝え
その偉大な息 途絶えども
子らが子を呼び また子らを呼び
子らが子に伝え また子らに伝え
かくして学び舎 根を張りたり
今なおしかと残りたる
四人の徳と四学寮
人には様々徳がある
君は何を友としたい?
私はあくまで案内人
君の心が道しるべ
勇気と
グリフィンドールが君を呼ぶ
スリザリンが君招く
ハッフルパフが君を待つ
知性と好奇と創造ならば
レイブンクローが君に笑む
四本柱に貴賤なし
さすれば無為に案ずるなかれ
この学び舎にて
輝かしきことこの上なし!」
帽子の歌を聞きながら、ロウェナが城を築いた後のことが頭をよぎる。生徒を集めるのは容易ではなかった。いかに四人の名が既に知れ渡っていたとはいえ、子を家族から遠く引き離すことは、ヘルガの真心とサラザールの弁論を持ってしても一筋縄ではない。魔法族の家系の子なら、家族ともども招くこともした――魔法を共に学び高めたい者は若者も老人も等しく城に受け入れた。とにもかくにも二十数人の生徒を集め、いよいよ学び舎が開かれた。
しかし一か所に大人数を集めたとて、四人は教育の方式を従来から抜本的に変革するということはしなかった。つまり、師弟関係のように、ともに生活を送る中で、魔法のわざを教えていくという形を取った。四人はそれぞれ自らの好む生徒を集め、彼らが暮らす
高みから学ぶを好んだロウェナは塔に居を構え、青とブロンズに彩った自らの
ゴドリックも高き塔に居を構え、赤と金に彩った自らの家は
サラザールは地下に、湖に面した冷たく湿った場所に居を構えた。緑と銀に彩った自らの家は
ヘルガも地下に、ただし
私は列に並びながら、新入生が組分けされる様をぼんやり眺める。
「ダンブルドア・アルバス!」
続いて、唯一ドージと寄り添っていた長身の少年が呼ばれると、辺りでヒソヒソ声が囁く。「ダンブルドア?」「あの、最近マグルの子供を攻撃してアズカバン送りにされた奴?息子なのか?」「純血主義者かよ。どうせスリザリンだろうな」
しかし、帽子は三十秒ほど経った末、グリフィンドールの名を高らかに呼んだ、微妙な拍手と猜疑に満ちた視線に迎えられ、彼は赤色のテーブルへと吸い込まれていった。
私はようやく、あの帽子を自分が被ることの意味に気づいた。あれはゴドリックの帽子だ。ロウェナ達は四つの寮を残すために、あれに極めて複雑な魔法を吹き込んだ。私が被れば、自分が本来持っているはずのない記憶や知識を持っていることを暴かれてしまうのだろうか。城中にバラされれば、厄介なことになる。急に逃げ出したくなった。しかしかえって不審だ。
「レイブンズクロフト・ローザ!」
二進も三進も行かず焦る私をよそに、ついに名を呼ばれた。荒れる鼓動を感じながら、なんとか「
無理だった。稀代の「
「ああ――ロウェナか。久しぶりだ」
奇妙な声が頭で響く。ロウェナの記憶が懐かしむ。声色や言語こそ違えど、これはゴドリックの口調だ。
しかし私はロウェナではない。ローザ・レイブンズクロフトだ。
「――そうだな。すまない。君はロウェナではない」
帽子が呟く。
「私は外に向けて寮の名を叫ぶことしかできない。そして君が帽子を外せば、君が再び帽子を被るまで、私は今見ているものを忘れる。君の秘密は守られる」
それなら早く組分けをしてほしい。ロウェナの馴染みの深い人物に心を見られるのは良い気分ではない。
「私もまたゴドリックでもサラザールでもない。――それでは君はロウェナの寮を望むか?それともサラザール?ゴドリック?ヘルガ?君は人生で何を成し遂げたいか。君は何を重視したいか」
私は思案する。人生で何を成し遂げたいかという以前に、まず私は、私が何なのかということを知らなければならない。そうしたら、世界のあらゆることを探究したい、知り尽くしたい。ロウェナの短い生ではできなかったことも、私なら、あるいは。
「君もそうであれば、やはり当然――レイブンクロー!」
帽子は叫ぶ。拍手喝采の中、私は青い襟のローブのテーブルについた。
私は顔ぶれを眺めた。知と探求と創造を愛するロウェナの寮の生徒。ロウェナが愛したかもしれない生徒達。
ホグワーツを築く際にロウェナは考えた。意欲にも知性にも富んだ者に、自らの持てるすべてを授ければ、自らに並ぶ者が続々と育つのではないかと、いずれ遥かに凌駕する者も現れるのではないかと。その者たちと
すべての新入生の組分けが終わると、宴が始まった。マグルの家系出身の生徒などは、突如として晩餐が机に出現するさまも、無数の
遠く離れたところに独りで浮かぶ、若い女性の亡霊を指して、ひとりの上級生が
「あれは『灰色のレディ』。レイブンクローの
寮憑きは私と視線が合うと、しばし目を見開いて固まったかと思えば、長い髪と長いマントを
「――やはりお気に召さなかったか。まあ、亡霊は生者の足跡にすぎない。あまり頼りにするものでもないよ。あれらの生前の思い出話から得られるものもあるけどね」
私は気にせず、料理を
料理を頬張りながら、寮生達と会話をする。
――ベストを尽くせば後はお任せ 学べよ脳みそ腐るまで――
デザートを食べて宴がお開きとなり、校歌を歌い終えると、監督生のバッジをつけた上級生が立ち上がった。
「一年生。私についてゆきたまえ。レイブンクロー生たる者、立ち止まって辺りを隅々まで見回したくなるかもしれないけれども、後でたっぷり時間はあるから、今は黙って目の前の者の背中を追いなさい。さもなければ、複雑極まるこの城で早々に迷子になって泣きじゃくる羽目になる。経験者からのアドバイスだ」
猛禽を思わせる鋭い目をした彼女に引率され、ホグワーツの廊下を練り歩く。
「この扉は中央を正確にくすぐると開く。蹴ったり叩いたりすると痛い目を遭うからやめておきなさい。これも経験者からの助言だ」
「そこの階段は、普段は五階まで一気につながるけれども、今日みたいに晴れた木曜日の夜には地下に、それもスリザリン寮のあたりにつながるから注意しなさい。約百四十の定常階段の中でも厄介なひとつ。今日は回り道をしよう」
「この先の二つ並んだ扉は、日によって当たりが違って。そこの甲冑が左を向いていたら――左の扉が上の階段につながる。……ところで迷子になったと思ったら、立ち止まって近くの肖像画か
「あれは扉ではなくただの壁で、このただの壁に見えるけれどノブがついているのが扉、と見せかけておいて反対側の肖像画が隠し扉になっている。通してもらうためには、丁寧にお辞儀をするのだ」
気まぐれな階段や扉を潜り抜け、上層に向かう。階段が動き、通路が動き、甲冑が動き、絵の中の人物があちこち動きまわり、亡霊が通路をすり抜ける。周囲に気を払わぬよう努めることも、新入生たちにとっては難しかった。
城の
「この城は
ロウェナは特大の羊皮紙に摩訶不思議の図面を描きながら語った。
「この城は決して完成しない。完成したのならば、その瞬間に私達の夢は死ぬ。この城は成長し続ける。この城は永遠に夢を見る」
サラザールは実用性に欠けると渋り、ヘルガは子どもが学ぶ場としての安全面を懸念した。面白がったゴドリックだけは、防衛面で利があると説得した。今後生徒が増えていったときにも柔軟に対応できるし、何より、魔力を汲み上げて変化するホグワーツの石を宥めすかすのは現実的でないとも指摘した。
……しかし、やはりサラザールとヘルガの意見を尊重して、石を鎮める術を見出すべきだった。この城はいっそう魔宮になっている。そういえば、史上指折りの頭脳を持つであろう、とあるマグルの数学者は、
急な階段を上り、城のかなり上層まで来たと思えた時、上級生は立ち止まった。
「すまない、マグル生まれの諸君や魔法界に馴染めてない諸君への配慮が欠けていた。ホグワーツ城に住むにあたって注意がひとつ。ホグワーツは、本質的に不安定だ*5。大広間より上と西へ行くほど不安定になる。階段や扉の接続が変化し続け、新たな仕掛けが生まれては消え、新たな区画が生まれては消える」
監督生は杖を振って、目の前の壁一面に、ホグワーツ城の絵を投影した。上部の無数の
「まあ、授業の教室や談話室の近くは安定しているから、普通に生活する分には心配しなくて良い。いま通ってきたように、水曜日に行き先が変わる階段とか、そんな周期的な子どもだましの仕掛けしかない」
「ただしレイブンクロー塔より西側は、周期的に変化しないし子どもだましの仕掛けがない。あそこの廊下の天井と床には青空と渡鴉が描かれているのが見えるかな?ああいうのが見えたら、ホグワーツ城が創意工夫を試す遊び場という合図だから引き返しなさい。経験を積んだレイブンクローの探険隊と同行するように。まあ、そんな忠告を素直に聞かずに腕試しする者がいることは分かっている、かくいう私もグリフィンドールに組分けされそうになった身だ。私の失敗談からひとつアドバイスをすると、食糧は十分持ちなさい。焦るほど距離が延びる廊下やら、ハイハイしても箒で飛んでも一定の速度で進む廊下やら、全速力で駆けても一歩分しか進めない廊下やら、ピアノの鍵盤を模していてイ長調の音階を奏でないと下まで戻される螺旋階段やら、マトリョーシカ人形のように入れ子構造になっている部屋やら、物語の
再び監督生は歩き出した。そろそろ到着したと思いきや、そこは壁が一面に群青色に塗られた急峻な螺旋階段で、途方もなく高くまで聳えている。
「さて、口を開いたついでに、形式的な無味乾燥な挨拶はいま済ませてしまうとしよう。談話室に着くまでお預けにしてしまえば、眠気と退屈の
監督生は後ろを向きながら、危なげなく階段を上っていた。
「まずはレイブンクローへの入寮おめでとう。とそう言うべきところだが、ここは親切心と悪意でもって、君達の増長するプライドを叩いておこうと思う。『レイブンクローに選ばれたから俺は天才だ、私は特別だ』――そう思っているとすれば、そんな考えは今すぐ捨てた方が身のためだ。この青い襟は『
ただしロウェナのような真の天才が諸君の中にいれば、私は偉そうに講釈を垂れるつもりは毛頭ない、素直に
「反感を持った諸君もいるだろう。しかしレイブンクロー寮というのは、数えて分かる通り、せいぜい四人、五人に一人が選ばれる程度のものでしかない。君らは自分が賢いと思っているかもしれないが、いくらでも上には上がいる。城の中にも、城の外にも。だからテストの点だとかに過度に競争意識を持つのはやめておいた方が自分のためだ。さらに言っておくけれども、恐らくロウェナは自らの生徒を頭の良さで選んだわけではない。誰であれロウェナから見れば同様に愚鈍だったろうから」
監督生の言葉で想起する。ロウェナは世界を旅し続けた。自らより賢い者が世界に溢れていることなど、ロウェナには分かり切っていた。ロウェナが出会う人々は皆必ず、学があろうとなかろうと、老いも若きも、ロウェナの今まで知らぬことを必ず何か知っていた。上等なドラゴン
「ではレイブンクロー寮が重視するのは何か。それはむしろ
監督生は熱を持って一気に言い切った。彼女の無邪気なまでの知への信奉はたしかに、実にロウェナと話が合いそうだ。
「君達の中では、今まで周囲にうまく馴染めなかった、奇人ウリック並みだと言われて虐められた、集団にいると息苦しい、という人もいるだろう。この寮では自由にやれる。この寮は良くも悪くも個人主義の寮だ。他の三寮のように無条件の受容や固い連帯は無いけれども、代わりに君達が独りで塔の片隅にこもって何をしようが気にされない。もし暴力や暴言で君達の自由を脅かす輩がいれば――残念ながらレイブンクロー寮でそれが起きないとは断言しない――遠慮なく私に言いたまえ。私は文武両道を自負しているからして、しかるべく対処する」
ついでに言うと、周囲に変人だと言われることを快く思う者がいるとすれば、君がそういう年頃なのは理解するが、レイブンクロー寮では君くらいの者はそこらにいるから、残念ながら君が目立つことはない、平凡な私が請け合おう――監督生はニヤリとして付け加えた。
「今の話は諸君に
まだ螺旋階段は上方へと続いていたが、監督生は上るのをやめ、踊り場から続く廊下へと新入生を導いた。古めかしい木の扉の前で立ち止まると、私や新入生達が息を切らすのを、面白そうに眺めた。
「疲れたかな。明日は近道を使うから、四分の一の時間で済む。なぜ今日近道を使わなかったのか、それは演説をぶちたかったからという理由だけではなく、不安定な西塔においては近道以外の道を知っておくに越したことはないという、至極教育的な理由からだ」
監督生はあっさり言ってのけると、新入生の殺気を意に介さず、鷲の形をしたブロンズのドアノッカーを手に取った。扉には、ノブも鍵穴も無い。
「さて、レイブンクローのセキュリティは少々厄介で、グリフィンドールやスリザリンのように簡単な
咳払いをして監督生はノックをした。
「夢が醒めるのはいつ?」
ノッカーが歌うように問いをかけた。
「こんな風に。謎が解けずとも、門限前には監督生が待機するようにするから、安心しなさい。そして答えを捻り出す姿勢が大事であって、内容自体には重きは置かれない」
ロウェナの頃から似たような仕掛けを施していた。寮に入るためには、毎度毎度毎度毎度、このノッカーが出題する謎を解かねばならない。謎の答えというより、ノッカーが気に入りそうな、思弁的で空虚な戯言を囁けば良いだけということも、往々にしてあるのだが。
「回答できない。そもそも夢が醒めたか否かを判別できない。今も夢の中かもしれない」
「地に足を着けない姿勢も、この塔ならば歓迎されるでしょう」
監督生が淀みなく言うと、柔らかなノッカーの声とともに広大な談話室が開けた。監督生に続き、新入生は部屋に足を踏み入れる。
青を基調とした、開放的で爽やかな、円形の部屋。
星が描かれた濃紺の絨毯と、ドーム型の天井、アーチ型の窓。
部屋の周縁からは通路がいくつものびており、各々の通路の先は
丸テーブルをいくつも横切り、広大な談話室の、扉の反対側の端へと至る。寝室へと続く扉の横には。
「なあ……」
「あれ……」
新入生が囁き合いながら、私を指さす。
背の高い、白い大理石の像が立っていた。「計り知れぬ叡智こそ 我らが最大の宝なり」――台座には言葉が刻まれている。
監督生が胸像に背を向けて立ち、新入生に語り掛ける。
「ここがレイブンクロー談話室。良い部屋と思うだろう。私はそこの机で本を読むのが好きでね。そしてこれが、かの偉大なるロウェナ・レイブンクローその人を、きわめて精巧に
監督生は呟く。黒い瞳が私の紺色の目を見つめる。
「私はロウェナにまつわる文献は、ホグワーツで閲覧できる限りは、目を通したつもりだった。ロウェナには兄弟姉妹がなく、
「私にも分かりません」
私は短く答えた。
★
翌日から魔法学校の教育が始まった。学ぶべき内容は教科に細分化され、科目ごとの教師に教えを受けた。レイブンクロー寮や他寮の生徒と共に、私はノートを取ったり杖を振ったりカノコソウを切ったりした。ロウェナの時代には、彼女が
私の知能はロウェナの足もとにも及ばないし、魔法力もロウェナに比べればごくわずかだ。頭に備わっている借り物の記憶も、ホグワーツの教科書とはほとんど被っていない、精々が「魔法史」で多少役に立つというくらいか。
しかしそれでも私は、「
つまり私は端的に言って、魔法の腕がきわめて優れていた。九月には寮で「ロウェナの
しかし幸い、私は城中の注目を一身に浴びるということはなかった。
「ミス・ローザ・レイブンズクロフトだよね?今、時間良いかな?」
十二月には夕食の後、グリフィンドールの陽気な連中の群れから抜け出した一人の少年が、独りで図書館に向かおうとする私の背中を呼び止めた。気さくで控えめを装いながら、しかし自信に満ちた声で。私は振り返る。
背の高い少年だ。まるで世界の中心にいるかのように、悠然と微笑んでいる。しかし実際、彼は城の中心にいるのだろう。頭脳も体力も人望も容姿も、この城で他の追随を許さないだろうと評されるだけあるのだろう。そして何より、莫大な魔力に満ち満ちている。この城の中で誰よりも――恐らく教師を含めても――強力だ。
彼こそは、「父親がマグルの若者を襲撃した
「僕はグリフィンドール一年のアルバス・ダンブルドアだ。君とはかねがね一度話したいと思っていてね」
「どうして。君には友達が沢山いるだろう」
私は眉をひそめて呟いた。城中の人気者に囲まれるアルバスとは異なり、私はいたって孤独といえた。寮内で成績が重要な色を帯びている以上、そして同級生とうまく付き合えるだけの社会的知性が私に著しく欠けている以上、自然な現状といえたかもしれない。
「友達は多いけど、そうだな。皆良い奴らだけど、つまり――」
少年の青い瞳を見て、少年期のロウェナが抱いていた孤独や傲慢と同種のものを感じ取る。ロウェナはそれでもやがて、ヘルガとゴドリックとサラザールに巡り合うことができた。
「杖を並べて語り合える生徒は、君が初めての気がするから」
そしてアルバスと私の交流が始まった。
https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/pensieve
)
(https://www.wizardingworld.com/features/origins-of-hogwarts-school-of-witchcraft-and-wizardry)
ミネルバ・マクゴナガルの年齢にまつわる公式情報について、以下の(a)~(c)などがあげられる。
(a) 原作5巻の記述;
・五巻時点(1995年)でホグワーツの勤務が39年目(アンブリッジへの報告が正確である場合)
・あの年で失神呪文が4本胸に直撃して命があったのが不思議なくらい (5巻のマダム・ポンフリー)
(b)原作者によるPottermoreの記述;
(https://www.wizardingworld.com/writing-by-jk-rowling/professor-mcgonagall)
・卒業後すぐに魔法省に2年間勤務→ホグワーツに勤務
・ミネルバの母イゾベル・ロスは、きわめて才能豊かな魔女だった祖母の名前を娘につけた
(wizardingworldでは省かれているので引用を控えるが、邦訳の『エッセイ集ホグワーツ 勇気と苦難と危険な道楽』第1章では、トム・リドルとゲラート・グリンデルバルドに関連する記述や、彼女が20世紀前半に生まれた記述もみられる)
(c)『ファンタスティック・ビースト』シリーズの設定;
・1910年代~1930年代にホグワーツ勤務
(なお、2000年のオンラインチャット上で原作者が元気な70代と回答している記録は、非公式サイトharry potter lexiconで閲覧可能である)
この二次創作では(c)を無視し、1935年生まれとする。フリットウィックやスプラウトも同様に若くなってしまい、また魔法族基準の59歳では失神呪文4本で重体になるほど高齢でないようにも思えるが、ローザの記憶が正しければやはりミネルバ・マクゴナガルはローザより54歳若かった。