蔵から出てきた三人は、再び平八に会うために縁側へと向かう。
平八は先ほどと同じように詰碁を解いていたようで、二人に気がつくと再びにっこりと笑った。
「ヒカル、用事は済んだのか?」
「うん。ありがと、じいちゃん」
(ーーヒカル! あかり! この者、囲碁をしておりますよ!)
ヒカルとあかりの頭の中で、佐為が喧しく騒ぐ。相変わらずの碁バカっぷりに、ヒカルは苦笑した。
そんなヒカルの様子に平八は不思議に思いながらも、用件を口にする。
「ヒカル。それにあかりちゃん。二人ともこの後時間はあるのか?」
「? オレは用事も済んだし、特にこの後は何もないけど」
「私もです。今日はヒカルに着いてきただけなので」
「そうかそうか。ならこの後、ワシと碁でも打っていかないか?」
(ーー打ちたいです!)
平八の言葉に、佐為が食い気味に食いついた。全身を使って打ちたいアピールをする。
(ーーヒカル! あかり! 私打ちたいです! あぁ。現代に蘇り、こんなに早く碁を打てるなんて……)
感動に打ち震えてる佐為に、ヒカルは再度苦笑した。
「じゃあ、打っていこうかな。あかり、いいか?」
「うん、もちろん。私は見学するね」
「そうかそうか! だったら二人とも、上がりなさい!」
(佐為。お前に打たせてやるよ)
(ーーありがとう、ヒカル!)
抱きついてくる佐為に、ヒカルは現代の囲碁の説明をする。
(佐為。平安、江戸、そして現代に碁は受け継がれてきているが、ルールに一つ変更があるんだ)
(ーールール? ルールとは何ですか?)
(ルールってのは……。えっと……。まぁ、碁を打つ上での守りごと、というか規則みたいなもんかな)
(ーーなるほど。それに変更があるというのですね?)
(あぁ。現代の囲碁にはコミというものが存在している)
(ーーコミ、ですか。それはいったい?)
(簡単に言うと、先手のハンデみたいなものかな。囲碁は先手が有利なようにできているから、後手は最初から五目半の貯金があるんだ)
(ーーそんなものが。確かに私は黒石を持って負けたことはありませんでしたが)
(この時代は五目半だけど、先の未来では六目半になるんだぜ)
(ーーなるほど。それは確かに、いろいろ考える必要がありそうですね)
ヒカルは碁盤の前に座ると、白石を握った。平八は黒石を握る。
「ヒカル、正座じゃなくてもいいぞ?」
「いや、大丈夫。こっちの方が身が入るし。……六、八。オレが先手だね」
碁笥を互いに交換し、頭を下げる。
「「お願いします」」
(さて。佐為、初手は? ……。……? 佐為?)
ヒカルが後ろを振り向くと、目を瞑り、涙を流す佐為の姿が。
「……。じいちゃん、ちょっと待ってて。ちょっと深呼吸」
「? まぁ、構わんが」
(ここにいる佐為も、140年ぶりの碁だもんな。そりゃ、嬉しいに決まってるよな)
ヒカルがわざとらしく深呼吸をしていると、頭の中で声が響く。
(ーーありがとう、ヒカル。もう大丈夫です)
(わかった。じゃあ、初手は?)
(ーーえぇ、では。右上スミ小目)
(ははっ。だと思ったぜ!)
ヒカルは碁笥から黒石を一つつまみ、盤上へと打った。
「……ありません」
「ありがとうございました」
結果は黒の中押し勝ちだった。あまりのヒカルの強さ。これには、自分よりも棋力が上だと予想はしていた平八も驚きを隠せない。
「ヒカル。お前、天才なんじゃ……」
「天才なんかじゃねぇよ。オレよりすごいやつなんて、いっぱいいるさ」
思い出すのは前世のおかっぱライバル。あれこそ天才だろう、とヒカルは思っている。
「いやいや。始めたばかりでこれは、正直ありえないくらいだ。ヒカルは碁に愛されているのかもしれないな」
「……どうだろうね」
(オレより愛しているヤツがいるのは確かだろうけど)
満足げな表情の佐為をチラッと見るヒカル。そんなヒカルに平八はさらに質問を投げかけた。
「普段はどうやって碁を勉強しているんだ?」
「勉強……というか。いつもオレの部屋であかりと打ってるくらいだけど」
「それだけか? というかヒカル、お前碁盤なんか持っとったのか?」
「それだけだよ。持ってるのは碁盤というか、小遣いで買った小さい折りたたみのやつだけど。なぁ、あかり?」
「うん、そうだね。あとは詰碁をたまにやるくらい?」
二人の言葉に、今日何度目かわからない衝撃を受ける平八。
それだけのことでこの二人はここまで強くなったのか、と。
(まったく。将来がホントに楽しみになる二人だな。……小遣いはやれんが、餞別でも送るかの)
後日、足つきの二桁万円の碁盤が進藤家に送られ、進藤一家とあかりの度肝を抜くことになる。
だがそれは、祖父の期待の表れでもあった。
小遣いはやれなくても、お高い碁盤は買ってあげちゃうおじいちゃん。