「奥へ行こうか。ボクは塔矢アキラ」
「オレは進藤ヒカル。六年生だ」
「私は藤崎あかり。六年生だよ、よろしくね」
「あっ、ボクも六年だよ」
アキラに奥へ案内されながら、自己紹介をする三人。
アキラが座ったのを見てーー
「塔矢。悪いけど、二局打ってもらっていいか?」
「もちろん、構わないよ」
「サンキュー。ならあかり、先に打っていいぜ」
「えっ?」
ヒカルの言葉に、あかりはきょとんとした顔をした。
あかりは今日も付き添いで、てっきり佐為が打つだけだと思っていたからだ。
「えっと……。いいの、ヒカル?」
「良いに決まってるじゃん。勉強になると思うぜ」
「……。じゃあ、打とうかな。よろしくね、塔矢くん」
「うん、よろしく」
あかりが、アキラの前に座る。
碁笥の蓋を開けながら、アキラは問いかけた。
「二人とも棋力はどれくらい?」
「ずっと二人で打ってたから、よくわからないな。でも同じ小六だし、置き石とかはいらないぜ」
「えっ。……うん、わかった」
「『塔矢アキラ』に置き石なし? とんでもないボウズ達だな……」
少し困った表情のアキラに、周囲の客から笑いがおきた。
(まぁ、普通そう思うよな)
塔矢アキラを知っている人達からすれば、当然の反応である。
だがこの二人、もちろん普通ではない。
(今のあかりの実力は、院生でも上位に入る力はある。ただ、残念だけど塔矢には勝つのは厳しいだろう)
この時期のアキラは、すでにプロになる力を持っていた。あかりもだいぶ強くなってはいるが、実力差はまだある。
(だけど、この対局はあかりにとって必ずプラスになるはずだ)
あの日。初めてこの世界であかりと会った日、あかりはヒカルにこう言っていた。
自分もプロを目指したいと。ヒカルと同じ道を歩きたいと。
だったら、それに応えるのが自分の役目である。というか応えたい。
(塔矢に佐為との対局が必要なように、たくさんの強いヤツとの対局が、経験値があかりには必要だ。無断で悪いが、塔矢の力を貸してもらうぜ!)
(ーーヒカル、あかりのためにそこまで考えて……。これも愛ゆえに、ですかね)
そんなヒカルの思惑を佐為以外知ることもなく、二人は対局に移ろうとしていた。先手はアキラが譲ったらしく、お互いに頭を下げる。
「「よろしくお願いします」」
打ち始めて数十手。
アキラは内心驚愕し、そして歓喜に打ち震えていた。
(スゴい! 同年代、しかも同い年でここまで強い子は初めてだ! とても楽しい!)
石の筋はしっかりとしており、こちらの打ち込みにも的確に切り返してくる。プロを除けば、最近打った人の中では一番強いと感じられた。
アキラには長年、ライバルといえるような人物がいなかった。他の子の妨げになってはいけないとアマの大会に出ることもできず、打つのは父である名人とその門下生達。当然そこに子供がいるわけもない。相手に不満などもちろんなかったが、寂しさを感じてたのは確かである。
だが、そんな自分の前に現れた少女。
(もしかしたら彼女が。藤崎さんが、ボクのライバルになるのかもしれないな)
アキラがそんなことを考えながら、盤面は終局を迎えた。
コミを入れて白の、アキラの9目半勝ちだが、あかりにとっては大健闘といえるだろう。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました。……強いんだね、藤崎さん。良い碁だった」
「確かに。良い碁だったと思うぜ、あかり」
「あはは、負けちゃったけどね。でも、とっても勉強になったよ。ありがとね、塔矢くん」
ヒカルとアキラが褒めると、照れたように笑うあかり。そしてアキラにお礼を言い、席を立つ。
代わるように、今度はそこにヒカルが座った。
「塔矢、連戦だけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。進藤くんも、黒どうぞ」
「……。じゃあ、遠慮なく」
先ほどまで使ってた碁石を碁笥に戻すと、アキラはヒカルに黒石を渡す。ヒカルはそれを受け取り、お互いに頭を下げた。
「「お願いします」」
(……。っ!)
アキラが頭を上げ、ヒカルを見る。そして息を呑んだ。
(さっきまでと表情が全然違う! それにこの、のしかかるような重たい空気……。まるで父や緒方さんと打つときのような……そんな感覚!?)
盤面を見つめるヒカルには、小学生らしさの欠片もない。
そして佐為の指示に従い、ヒカルが黒石を力強く打ちつけた。
(彼はいったい!?)
アキラにとって忘れることのできない一局は、こうして始まった。