ヒカルから重いプレッシャーを感じたアキラだが、盤面は比較的穏やかに進んでいた。もっと力碁で押してくるのではと考えていたアキラは、少し拍子抜けである。
(この子も、進藤くんも石の筋がしっかりしている。同じ人に教わっているのかな?)
考えつつも、アキラは石を打つ手を止めない。こちらが打つとノータイムで返してくる少年に、自分も早碁になっているのを感じた。
(藤崎さんはこちらの打ち込みに、的確に切り返してきてた。でも進藤くんは。ボクの打ち込みに全く動じない……どころか、軽やかにかわしていく? 局面をずっと彼がリードしている!?)
ここにきて、ようやくアキラは気づいた。
プレッシャーを感じるのに、打ちやすいと感じている対局。自分は上手く打てているはずなのに、縮まらない差。
(まさかこれは……指導碁!?)
その考えに辿り着いたアキラに、ヒカルが黒石を強く打ち込んだ。その一手を見て、アキラの手が止まる。
(これは……。これは最善の一手ではない。最強の一手でもない……。ボクがどう打ってくるか試している一手だ! ボクの力量を計っている!)
アキラの額から、汗が一つ流れ落ちる。
(遥かな高みから……)
「……ありません」
「ありがとうございました」
終局を迎え、結果はコミを入れてヒカルの2目半勝ちだった。目の前で静かに碁石を片付け始めるヒカルに、アキラは呆然とした表情を浮かべる。
聞きたいことはたくさんあった。どうしてこんなに強いのか、キミはいったい何者なのか、など挙げればキリがない。だが、口が思うように動いてくれなかった。
「なぁ、塔矢」
「っ!」
ヒカルの言葉にアキラが一瞬ビクッとしたが、ヒカルは気にせず
続ける。
「オレら、来年のプロ試験受けようと思ってるんだ」
「えっ……」
「オマエは受けないの?」
「っ!」
それはアキラにとって、予想外の言葉。そしてドキリとしてしまう言葉だった。
今まで何となく不満で、もっと力をつけてからと受けるのを控えていたプロ試験。そしてようやく、今朝父にほめられてプロを目指そうと決心がついたのだ。その不満と感じる心に蓋をして。
そんな特別な日に、アキラは二人と出会ったのである。
「……。……今度のプロ試験、ボクも受けるつもりだよ」
「そっか」
ようやくそれだけアキラが絞り出すと、ヒカルは薄く笑って席を立つ。
「んじゃ、再戦はそのときで。待ってるぜ」
「っ!」
「帰ろうぜ、あかり」
「うん。またね、塔矢くん」
ヒカルはそう言って、あかりを連れて出口の方へと向かった。アキラは言葉をかけられず、それを見送ることしかできない。
だがーー
(彼らが受けるなら、もっと強くならないと。特に進藤くんにはリベンジしないとね)
闘志を胸に宿らせるアキラ。
漠然と感じていた不満は、すでに消えていた。
ちなみにこれは余談だが。
今日の出来事をアキラは父である行洋に全てを話し、そのとき打った二つの碁を並べた。プロへの意気込みを熱く語る息子の話を聞きながら、行洋は考える。特に、アキラに指導碁をした少年のことを。
(ふむ。にわかには信じがたいが、アキラに指導碁か……。それほどの打ち手なら遅かれ早かれいずれは我々棋士の前に現れることになるだろう。だが……)
「……」
「お父さん?」
「……。いや、何でもない」
一度、会ってみたい。行洋はそう思う。
ヒカルの知らないところで、また運命の輪が回り始めようとしていた。