「はぁ。どうすっかな……」
「困ったね……」
日本棋院会館の中で、ヒカルとあかりはため息をついた。
事の発端は、ヒカルとあかりが院生試験の申し込みに来たところから始まる。意気揚々とやってきた二人だったがーー
「12月の院生試験? あぁ、今度の日曜にあるけど、あれはもう申し込み〆切っちゃったよ」
棋院の職員にそう言われ、目が点になってしまった。聞くと11月には〆切ってしまったようで、次の試験は4月になってしまうとのことである。
ちなみに院生試験を受けること自体は、ヒカルとあかりの家族両方とも平八が説得してくれた。『二人とも囲碁の才能があること』と『やる気もあるので塾のような場所に通わせたいこと』を力説してくれたのだ。なおかつヒカルとあかりの強い要望もあり、最終的には二人の母親が折れ、父親は母親の決定に従うしかなく、院生試験を受けることを勝ち取ったのである。
それなのに、いきなり頓挫してしまった。
「どうする、ヒカル?」
「……」
あかりの問いに黙りこむヒカル。
前の世界では職員にしつこくお願いしているときに緒方がやってきて、そのときに推薦してくれたのだと思い出した。
(でも今回は、まだ緒方さんに会ってすらいない。知り合いのプロなんていないし、口添えしてもらうのは絶望的、だよなぁ……)
(ーーヒカル。あかり)
ヒカルが諦めて4月に受けようかと考えていると、佐為から声がかけられる。
(何だよ、佐為?)
(ーーあの者が先ほどからこちらを見ているのですが、知り合いですか?)
(誰だよ、あの者ってーー)
ヒカルは佐為の言う方に目を向け、そして息を呑んだ。同じく、隣にいるあかりからも息を呑んだのがわかった。
そこにいたのは、和服を纏った一人の男性。神の一手に一番近い人物でもあり、塔矢アキラの父。
塔矢行洋が、こちらを見ていた。
(って、何で塔矢名人がこっち見てんだ!?)
ヒカルの困惑を余所に、行洋は先ほどヒカル達の対応をしていた職員に話しかける。
「彼らは? どうされたのですか?」
「これは、塔矢先生。いえ、あの子達は1月期の院生試験を受けたかったらしいのですが、どうやら先月が〆切りだったことを知らなかったようで」
「……なるほど」
それだけ聞くと、今度は二人に行洋が問いかける。
「君達は、院生試験を受けたいのかね?」
「……。はい」
「ふむ。……すまないが、君達の名前は?」
「えっと……。藤崎と言います。藤崎あかり」
「……。進藤ヒカルです」
二人の名前を聞き、再度行洋が問いかけた。
「君達は……この前アキラと打った二人かな?」
「「っ!」」
「いや、アキラが言ってた二人組に似ていたのでね。前だけ金髪の少年に、ツインテールのかわいらしいお嬢さん。まさに君達のようだが、どうかね?」
「……。塔矢、アキラくんとは、確かにこの前打たせてもらいました」
「ふむ。やはり君たちだったか」
行洋は一つうなずくと、先ほどの職員にーー
「すまないが、彼らは私の知ってる子達でね。私が推薦するので、受けさせてやってもらえないだろうか」
「「っ!」」
「えっ!? え、えぇ、それなら」
「すまないが、よろしく頼むよ」
驚きの表情を浮かべるヒカルとあかり。
そんな二人に行洋は近づくと、話しかける。
「君たち二人は、この後時間を取れるかな?」
「は、はい」
「……。大丈夫です」
「よろしい。では職員の方から院生試験の説明を聞いたら、一般対局室に来なさい。確認したいことがあるのでね」
行洋はそう言い残し、その場から去っていく。
あかりは呆然とした表情で、ヒカルは何か考えるような表情で、そして佐為は鋭い目付きで、彼を見送っていた。