第一話
「んっ……」
陽の眩しさに顔を顰めつつ、ヒカルは瞼を薄く開ける。
あかりの手を握って寝たはずだったが、すでに右手にその感触はなかった。いつもあかりの方が早く起き、自分のために朝食の準備などしてくれているので、そこに違和感はない。ただーー
(あれ? うちの天井こんなんだったっけ?)
知らない天井ではない。ただ、違和感を覚える。
寝ぼけ眼を擦り、体を起こす。そこで部屋の様子が目に入った。
勉強机、マンガ、サッカーボール、ランドセルーー
「はぁ?……っ!」
いつもあかりと寝ている寝室とのあまりの違いに、思わず声を洩らした。そして自分のものとは思えない子ども特有の高い声を聞き、絶句する。
(いや、待ってくれよ。ここって……子ども部屋、だよな。俺の実家の。……はぁっ? 待て、待ってくれ、意味がわかんねぇ)
ベッドから抜け出し、立ち上がる。そしていつもとは異なる自分の視線の低さに、再び言葉を失くす。
(……いや、流石に夢だろ? 夢でしかないだろ、こんなの。そんな、ありえないって)
部屋のドアノブに手をかけ、部屋の外に出る。
少しひんやりとしたノブの感触、まるで新築のような実家の様子に、ヒカルは自分の動悸が速くなるのを感じた。
(ありえねぇ! こんなん、ありえっ!)
思わず駆け始めたヒカルだったが、2、3歩したところでうまく走れずにその場で転んだ。まるで、自分ではない体で走っているような感覚。そしてーー
(い、痛ぇ。……。……夢なのに痛い? んなバカなことあるわけっ!)
頭を振り、ヒカルはありえない考えを吹き飛ばす。
今度は転ばないように、階段を一段一段とゆっくり降り始めた。そして一番下まで降りたところで、ある人物と邂逅する。
「あら、おはようヒカル。自分でこんな早く起きてくるなんて珍しいわね?」
「……」
そこにいたのは、ヒカルの母である美津子だった。
ヒカルは目を見開き、自分の母の姿を見つめる。
「それより、さっき二階から結構大きな音がしたけれど、何かあったの?」
「……」
美津子の問いに無言で答えるヒカル。
最近白髪が増えてきて嫌になっちゃうわ、と美津子から愚痴を聞いていたヒカルだったが、目の前のその人にそんな様子は見受けられない。というよりもーー
「……若ぇ。時を駆けちゃった母、ってか?」
「えっ?」
「いや、何でもない。……顔洗ってくるわ」
怪訝そうな顔の美津子を残し、その場を後にするヒカル。
洗面所へと入り、すぐに鏡を確認した。そこに映りこんでいるのは、間違いなく自分の姿のはずである。
「……は。……はは。マジ、かよ」
おじさんになってからは染めてしまった前髪は、なぜか立派な金に輝いている。目はくりっとしていて大きく、身長の低さも相まってお世辞にもその姿は青年と言えないだろう。
ここまでくれば、ヒカルもこの不可解な現実を受け入れざるをえなかった。
「……。まさかオレ、過去に来ちまった、のか?」
その言葉を肯定してくれる者は、誰もいなかった。
あかりの家族の名前が誰一人としてわからない……。
父、母、姉、犬の家族構成ではあるらしいんですが。
どなたかご存知ですか?