「はい、ヒカル! ちょっと持ってて!」
「おぅ、ありがと!」
「はい、三谷くん。どうぞ」
「……。あぁ、ありがと」
チケット二枚をたこやきに換えたあかりは、内一つをヒカルに、もう一つを三谷に渡した。そしてヒカルが持っているたこ焼きの一つに楊枝を刺すとーー
「はい、ヒカル。あーん」
「……あーん」
「えへへ。美味しい?」
「めっちゃ美味い」
「……」
日曜の朝っぱらから何を見せられているのかと思う。まぁ、賭け碁に負けた自分のせいなのだが。
(何がちょっと自信あるだよ。そんなレベルじゃなかったじゃねぇか)
自分より遥かに強かったヒカルを憎たらしげに見つめる三谷。たこ焼きには罪はないのでそれを頬張りながら、ヒカルに問いかけた。
「それで、何が目的なんだよ?」
「ん?」
「いや、バカップルぶりを見せつけたいがために今日オレを誘ったわけじゃないだろ?」
「「……」」
「……。……おい? おい、冗談だろ!? 」
「まぁ、冗談だよ。あそこに三人で行きたかったんだ」
怒りで震え出した三谷に、ヒカルは種明かしをした。
三谷がヒカルの指さした方向に目を向けるとーー
「碁? へぇ、葉瀬中って囲碁部あったんだ。……にしてもオマエ、本当に碁が好きなんだな」
「まぁね」
「詰碁やってるみたい! ねぇねぇ、覗いてみようよ!」
「……。まぁ、いいけど」
三人が近寄っていくと、前の人は間違えてしまったらしい。難しいなと言いながら、立ち去ってしまった。
ちょうど席が空いたので、そこに三谷を座らせる。
「オレがやんのかよ」
「キミが挑戦するの? じゃ、いくよ?」
((うわぁ、筒井さんだぁ!!))
詰碁を並べていく少年、筒井公宏の姿を見て、ヒカルとあかりはニヤニヤしてしまう。幸いなことに、盤面を見てる筒井と三谷にはバレなかった。
(ーー二人の知り合いですか?)
(あぁ、めちゃくちゃお世話になった人だよ)
(優しい先輩で、囲碁のいろはを教わったんだ)
(ーーほぅ! ではとても強いのですね!)
((……まぁ))
(ーーあれぇ!?)
頭の中で漫才をしている間にも、三谷は問題を解いている。その手にはすでに缶ジュースがあった。
「わぁ、キミ強いね」
「……それなりには。まぁ、この前まではもっと自信があったんだけどさ。……それより一番難しいの出してよ」
「一番難しい……って、こんなの解けたら塔矢アキラレベルだよ」
「へぇ、塔矢アキラね。……おもしろいじゃん、出してよ」
三谷にせっつかれ、碁石を並べる筒井。
そしてそこに近寄る影に、ヒカルは気がついた。
(こっちも懐かしい顔だなぁ)
そこにいたのは将棋の駒を散りばめた柄の和服を纏った少年。頼れる兄貴分で、最終的に自分の背中を押してくれた存在である。
ただ、この後の行動はいただけないので阻止させてもらおう。
「第一手はーー」
「あっ、カツマタ先生だ!」
「いっ!?」
碁盤にタバコを押し付けようとした加賀鉄男は文字通り飛び上がると、慌てて辺りを見渡した。そしてそこにカツマタの姿がなく、目の前の少年の嘘だとわかると青筋を額に浮かべながらヒカルに詰め寄る。
「おぅ、オマエ……。いい度胸してんじゃねぇか!」
「いやぁ、流石に碁盤にタバコは許せなくて……」
「はっ! 塔矢アキラの名前が聞こえてイライラしてたからしょうがねぇだろうが!」
加賀はそう言うと筒井をどかした。そして乱雑に座るとヒカルを睨み付ける。
「その上カツマタの名前を出されてビビらされちまって、オレはもうカンカンよ。オマエ、責任取ってオレと打てよ」
「責任?」
「あぁ。オマエ、少しは碁が打てるんだろ? 碁盤が大事なくらいなんだからな。そんなオマエを派手にぶちのめしたら、少しはイライラが治まんだろ!」
「……」
ヒカルは無言で三谷の横へ。三谷が席を立とうとすると、その両肩を押さえて再び座らせた。
そして一言。
「オレと闘いたいなら、まずはこの三谷を倒してもらおうか」
「……あぁ?」
「……。……はぁ!?」
ヒカルの言葉を理解しギョッとする三谷に、加賀は視線をさらに鋭くしーー
「ふざけんな。なんでオレがコイツとーー」
「怖いの?」
「……あぁ?」
「オレより弱い三谷に負けるのが、怖いの?」
「……。は、はは。上等だよ、てめぇら。ここまでコケにされたのは、塔矢アキラとの対局以来だぜ……」
鋭い視線が三谷をとらえる。とても中二とは思えない眼力だった。
「そこまで言うなら小僧共! オレの実力を見せてやる! オレが負けたら土下座でもなんでもしてやらあ! その代わり、オマエらが負けたら冬のプールにでも飛びこみやがれ!」
「言ったな!」
(ふざけんな! 完全にとばっちりじゃねぇか!)
いつの間にかヒカルと加賀の争いに巻き込まれている三谷。無言で右隣に立つヒカルを見ると、ウインクとサムズアップをしてきた。
(絶対許さねぇぞ、てめぇ!)
加賀はすでに第一手を放っていた。流石に無関係です、と言って退けるような雰囲気ではない。
(くそっ。今日は厄日だ……)
心の中で悪態をつきながら、三谷は白石を握る。
三谷の受難は、始まったばかりだった。