2月終わりの土曜日ーー
「まさかこんなに早く上がって来るなんてな……」
「そりゃあ、手合い全て勝ってたらそうなるけどさ」
「前代未聞のスピード昇級でしょ、こんなの」
「それがしかも二人もだぜ」
「……まじでとんでもないヤツらだな。特にーー」
日本棋院の六階で、1組の院生達がある二人のことを噂していた。そしてちょうど、その噂の二人がエレベーターか下りてくる。
無論、ヒカルとあかりである。
向けられた視線に、それが1組のメンバーのものだとわかった二人は笑顔で返した。
「今日から1組なんで、よろしく」
「よろしくお願いします」
「……ようこそ1組へ」
伊角が代表して、笑顔でそう告げる。他の1組メンバーも笑顔で、しかし気持ちは引き締めた。
彼らにも意地がある。2組で全勝したからなんだというのだ。これからの相手は自分達1組なのだ、と。
この二人に初黒星をつけてやると皆が意気込む中、一人の人物があかりへと抱きついた。
「待ってたよ、あかりちゃん! 一緒に頑張ろうね!」
「明日美さん! はい、よろしくお願いします!」
奈瀬である。奈瀬は最初に二人が来たときからあかりを気に入っており、それ以降もあかり、ついでにヒカルによく絡んでいたのだ。なので、ヒカルとあかりは多少1組メンバーと面識がある。
話は戻るが、院生の中で女子の比率は非常に少なく、ましてや1組は奈瀬しかいなかったのだ。そこにライバルではあるが、あかりが上がってきたのである。奈瀬は嬉しさを爆発させていた。
そんな二人のやり取りをヒカルがほっこり見ていると、奈瀬はからかうようにヒカルを見てくる。
「なになに? 進藤もハグされたいの? してあげようか?」
「……奈瀬にハグされてもなぁ」
「はぁ!? なによそれ!? なんの不満があるのよ!?」
「ヒカル、ひどーい」
「いや、そんなこと言われても……」
「やっぱりあかりちゃんのハグじゃないとダメなんだ! うわーん!」
「よしよし、明日美さん。泣かないで」
「いや、嘘泣きすんなし。あかりも乗るなよ」
「えへへ」
三人のやり取りを見て聞いて、1組のメンバーの表情が和らぐ。
ちなみに、ヒカルに対して未だに嫉妬の感情を持っている者は、この場にはほとんどいなかった。
確かにヒカルとあかりは一緒にやって来るし、一緒に帰っていく。昼飯も二人で一緒に食べている。これだけ見ればムカつくだろう。
だが二人が打つ碁を見れば、そこに確かに感じるものがあるのだ。この二人は自分達と同じで、本当に囲碁が好きで。そしてプロ棋士を目指しているのだな、と。
少なくとも碁に対して真摯であるならば、彼らはライバルであり仲間である。それがほとんどの者の共通認識であった。
「じゃあ、部屋に入るか。藤崎は今日オレとだよな。よろしく」
「あっ、はい! よろしくお願いします、伊角さん!」
「オレは和谷だな。よろしく、先輩」
「……ノヤロォ。先輩なんだからさんをつけろ、さんを」
「んー。和谷は和谷って感じなんだよなぁ」
「……上等だ。初黒星をつけて、呼び方変えさせてやる!」
「じゃあ、オレに勝つまでは和谷って呼ぶからね」
この日。
無敗を続けていた少女は、1組1位の前に初黒星を喫した。
そしてもう一人の少年は、無敗の記録をさらに塗り替えていくのだった。
帰り道。
「あー、悔しい! やっぱり伊角さんって強いなぁ」
(ーーですね。あの者、かなりの実力者に思えました)
「でも、その伊角さんに一目半差。しかも午後の相手には勝ってたし。あかり、かなり強くなってるよ」
「……そうかな?」
(ーーそうですよ! あかり、自信を持ってください!)
「……。ありがとう、佐為さん」
「あかり、今日もウチで検討していく?」
「うん! 行きたい!」
「じゃあ、決まりだな。佐為もよろしく」
(ーーえぇ、もちろんです。あのような面白い碁の検討、胸が躍りますよ!)
「あと私、検討の後に佐為さんに打ってもらいたいかな」
(ーーわーい、対局対局!)
「……。……そっちもそろそろ動き始めないとなんだよなぁ」
「?」
(ーー?)