若獅子戦。
5月終わりの日曜日から3日かけて行われる、院生16人と若手棋士16人、合わせて32人のトーナメント戦である。若手棋士の中には倉田、芦原、冴木と実力のある者達が揃っており、今年も院生側は厳しい闘いを強いられる……はずであった。
「全く……。名人も何を考えているのやら……」
「あはは。でも、それでしっかり来ちゃうのが緒方さんですよね」
出場する芦原はもちろん、先日行洋から話を聞いていた緒方も若獅子戦の会場に訪れていた。そして、篠田のもとに集まっている院生達を見て、つぶやく。
「今のところ、台風みたいなオーラを醸し出しているヤツはいなさそうだが」
「なんですか、台風みたいなオーラって」
「いや、なに。みんなあどけない子供達だと思ってね。とても名人が言ってたような少年がいるとは思えない」
「……緒方さん、なんかジジクサイですよ」
芦原が呆れていると、向こうから歩いてくる知った顔を見つけた。冴木である。
「冴木くーん! おはよー!」
急に芦原の口調が軽くなった。緒方相手にはもちろんできないが、この馴れ馴れしい感じが芦原の通常状態であった。
そんな芦原に苦手意識を持っている冴木が、引きつったように笑う。
「芦原さん、おはようございます」
「なになにー? 緊張してるのー?」
「はは、まぁ、そんな感ーー」
乾いた笑いは、芦原の隣にいる人物を見て止まる。
「えっ。何でここに緒方九段が……?」
「あぁ。なに、コイツの激励だよ」
緒方が芦原の肩をポンと叩くと、芦原はビクッとした。
なるほど、と冴木は頷く。そこに芦原は待ったをかけた。
「いやいや、緒方さん。もう一つ目的がありますよね?」
「目的?」
「……まぁ、そうだが」
「冴木くん冴木くん。実はねー、この前名人から言われたんだけどー」
「?」
「どうやら院生の中に、台風みたいな少年がいるらしいんだよー」
「っ!」
芦原の言葉に冴木の表情が固まる。当然のように、緒方と芦原は冴木の変化に気がついた。
「冴木くんー?」
「何か知ってるのかい?」
「……。……実は」
二人の質問に対して少し迷いながらも、冴木は言葉にする。先日同じ研究会に通う院生からもたらされた、バカげたようなありえない話を。
「院生の中に、化物みたいに強いヤツがいるみたいです。院生になってから一度も負けず、しかも常に院生相手に指導碁を打つようなヤバいやつが」
「「……」」
あまりにもあり得ない話に、二人はポカンとした表情を見せる。
しばらく無言であったが、芦原が急に笑いだした。
「あははー! もう、冴木くんは冗談がうまいなー!」
「……」
「いくらうちのアキラでも、そんな芸当できないよー! それにもし仮にそんな子がいたとして、それだけ強かったら院生にならないでプロになってるでしょ! ねぇ、緒方さんもそう思いますよね?」
「まぁ、にわかには信じられない話ではあるな」
「……。オレも実際、和谷……森下師匠の研究会に通う院生の子が打ったっていう碁を見せられるまで、信じられなかったんですけどね」
「……。えっ。マジ?」
「……。その子の名前は?」
緒方が冴木に尋ねる。
「……進藤ヒカルというそうです。一回戦は確か、倉田さんが当たるはずですよ」
「キミも運がないな! 一回戦からオレと当たるなんて!」
ヒカルが指定された席に着くと、目の前の大きな体の男から声をかけられた。
倉田厚である。
「……今日は勉強させてもらいます」
「うん、存分に勉強してくれていいから! 厳しい手をいっぱい打つと思うけど、これからのキミの糧にしてくれ!」
自分が負けるなど、倉田は微塵も思ってない。
なぜなら倉田は碁を覚えて2年でプロになった、まさに天才なのである。現在は四段であり、院生に負けるなど普通に考えてあり得ないのだ。……普通であれば。
(完全に油断してるなぁ。大丈夫か?)
(ーーこの者、随分と自信家ですね。強いのですか?)
(今日の参加者の中では一番強いと思うぜ。次点で冴木さんと芦原さんって人が強いかな)
(ーーふむ、ワクワクしますね)
(今日は普段よりレベルの高い対局が他でも見れるだろうから、見て回るといいと思うぜ)
(ーーわーい!)
心の中ではしゃいでいる佐為に苦笑しているとーー
「互先ですが、院生が黒を持ちます」
全員が席に着いたのだろう、運営から開始の合図があった。
「始めて下さい」
「「お願いします」」
完全に勘違いしている部分があったので、こちらで。
院生の研修日をこの作品では毎週土曜日と第2日曜日で設定していた……というか、そう思っていたんですが。
原作では研修日は毎週日曜日と第2土曜日でした。
訂正しようとも思ったんですが、そうすると葉瀬中創立祭も買い物デートも日曜日なのでいろいろおかしくなりそうで。
なので申し訳ないんですが、この作品では研修日は毎週土曜日と第2日曜日ということにします。
よろしくお願いします。