迎えた若獅子戦3日目。決勝戦。
例年の決勝はほとんどプロ同士の対決となるため、基本的に院生の応援はない。だが、今年は違う。ヒカルの大躍進により、例年以上の賑わいが会場にあった。
そんなたくさんの院生達に加えて、緒方や倉田といったプロ達に見守られる中、ヒカルと冴木は座って対峙していた。
対局開始前、冴木の方からヒカルに話を振る。
「……和谷から聞いているよ。院生では負け知らず……どころか指導碁を打ってるって」
「……」
「多くのプロを破って決勝まで来てるんだ、今さら実力を疑うこともない。今日はこちらが胸を借りる気持ちで打たせてもらうよ」
「……こちらこそ。よろしくお願いします」
プロ対院生なので、もちろん黒をヒカルが持つ。
多くの人達に注目され、闘いが始まった。
(これは大変なことになるかもしれない……!)
ヒカルと冴木の対局が始まり10分ちょっと。
白の形勢が徐々に悪くなるのを見て、天野は自分がいつになく興奮していることに気づいた。ペンを強く握りしめ、盤上を真剣に見つめる。
(過去の若獅子戦。院生が優勝することはおろか、決勝に来ることすらなかった。もし彼が優勝したら……歴史が変わるぞ!)
天野はヒカルと倉田の対局を見たその日の内に、進藤ヒカルについて調べてみた。普通であればどこかの子供大会で優勝しただとか、師匠が誰だとかわかるものである。だが、この少年からはそういった情報が一切出てこなかった。
また、天野は篠田にもそれとなくヒカルのことを聞いてみた。だが、返ってきた答えは曖昧なもの。とりあえず、碁を始めてまだ2年も経ってないと聞いたときは度肝を抜かれたが。
(若獅子戦で院生初の優勝。それが碁を始めてまだちょっとの天才少年。これは記事になる! ぜひインタビューしなくては!)
対局終了後のことを考え、張り切る天野。
また、そんな天野と同じように盤面を食い入るように見つめ、内心興奮を隠せていない人物がいた。緒方である。
(……本当に素晴らしい打ち回しだ。冴木くんも若手のプロの中では芦原と同様、少し抜けている。が、そんな彼がこうも手玉に取られるとはな)
不利を悟り、果敢に攻め込む白。黒はそれに付き合わず守ればいいだけなのに、さらに反撃して白地を減らしていく。反撃の手が、豪腕で捩じ伏せられていく。
(恐ろしいヤツだ。冴木くんが言ってた通り、まさに化物だな。……だが、同時に対局してみたくもある。コイツにオレの本気をぶつけてみたくもある)
緒方はニヤリと笑った。
決勝戦が終わったらコイツに声をかけよう。自宅で一局打たないか、と。
帰り道。
「おめでとう、ヒカル」
(ーーおめでとうございます、ヒカル!)
「サンキュー」
「でも良かったの? 緒方さんの誘い断って……」
「いや、断るだろ。いきなりオレの家に来いなんてさ。怖いわ」
「ふふっ。何か前もそんなこと話してたね」
「あの人見た目クールなのに、めっちゃしつこいんだよな。前の世界でも佐為のこと結構聞かれたし」
(ーーなんか、やだ)
「でも、それだけヒカルの碁が魅力的だったんじゃないの?」
「それでもいきなり家に来いはないだろ。天野さんなんて、目が点になってたぜ?」
「ヒカルにインタビューしようと思ったら、出鼻をくじかれちゃったんだろうね」
「芦原さんが止めてなかったら危なかったな」
「ふふっ!」
「……でも。これでようやく母さん達に話ができる」
「? 話って?」
「まぁ。話というよりは交渉、かな」
「交渉?」
「若獅子戦優勝したからさ、高いけど、あるものをねだろうと思って」
(ーー?)
ヒカルは佐為の方を向くと、一つウィンクをした。