「うん。部屋にパソコンがあるのもいいもんだな」
業者の人が設置していったパソコンを見て、ヒカルは満足げに頷いた。買ってくれた親に感謝である。
(ーーヒカル? これは何ですか? ぱそこ?)
目の前に置かれた箱のような物を撫でながら、佐為は不思議そうな顔でヒカルに尋ねる。そんな佐為に、ヒカルはどや顔でネタバラシをした。
「ほら、今まで佐為ってオレとあかりとしかほとんど打ってないじゃん? だから佐為に、いろんな人と好きなだけ打たせてやろうと思ってさ」
(ーーえっ。……。えっ? えっ!?)
慌てふためく佐為を横目に、ヒカルはパソコンの電源を入れた。前世でよく見たロゴが画面に映し出され、少し懐かしい気持ちになる。
少し長いローディングの時間を待ち、インターネットを立ち上げてワールド囲碁ネットへとアクセスした。
(ーーヒカル! 今なんと!?)
「えっと、まずは名前を入力だな」
(ーーヒカル! ねえ、ねぇってば! 好きなだけ!? ホントに!?)
「やかましい! ホントだから、少し待ってろ!」
(ーーっ! ヒカル、大好き!)
引っ付いてくる佐為を無視して、ヒカルは名前を入力した。前の世界でも碁界を揺るがした、その人物の名前を。
『sai』と。
アメリカ。
国際アマチュア囲碁カップのアメリカ代表に選ばれた青年は、パソコンの画面に映っている先ほどまで打っていた碁を見て、ただただ呆然としていた。
自分は厳しい予選を勝ち抜いて、1名しかなれないアメリカ代表になったのだ。それなりどころか、かなり打てると自負している。ところがーー
「信じられない。なんて強さだ……」
結果は中押し負け。しかも、かなり力に差があると感じさせられる内容であった。
多少プライドは傷ついたが、それよりも興味が勝った。相手のハンドルネームを見る。『sai』。そして出身は『JPN』。
「……初めて見る名だな。日本か」
チャットを送ろうとしたところで、リストから名前が消えてしまった。
「消えてしまったか。……いや、あれだけの強さだ。誰か知ってるかもしれない」
青年はネットの碁仲間達に、チャットを送りはじめた。
オランダ。
大学教授の助手であるフランクは、パソコンを前に急に立ち上がった。その様子に、生徒達は目を見開く。
「どうしたんです、師匠?」
生徒の1人がフランクに尋ねるが、フランクはパソコンの画面をじっと見ているだけだ。もう一度生徒がフランクの名前を呼ぼうと思ったとき、ようやくフランクが動いた。乾いた笑いつきで。
「そうか! プロだ、プロなんだ!」
参ったという様子で、フランクは額に手を押しつける。
「あはは、そうだそうだ。インターネットは顔も名前もわからないから。プロが時々おふざけでアマチュアに交じって打つというのを聞いたことがある!」
「師匠?」
「負けたんですか?」
「あはは、大敗だよ。あまりの強さに心臓が破裂しそうだった!」
フランクは生徒達にそう説明すると、ハンドルネームを確認する。『sai』。
(初めて見る名だ。……saiが何者か、誰も知るまいな)
そう考えながら、フランクは生徒達の指導に当たり始めた。
韓国。
プロ棋士の兪は、投了ボタンを押すとすぐ対戦相手にチャットを送った。相手が何者かを知るために。
だがチャットに返事が来ることもなく、その相手である『sai』はリストから名前が消えてしまった。
「くそっ」
兪はそう声をもらす。
完敗であった。プロ棋士である自分が、完全に力で捩じ伏せられた。
「日本人だったな。日本のプロか?」
いや、そうとしか考えられなかった。あんな強いアマチュアなんていない。いるはずがない。
兪は、友人の金のもとへと電話をかける。
「あぁ、金か。確かオマエ、8月の国際アマチュア囲碁カップの代表だったよな? 少し頼みがあるんだが……」
こうして。
こうして、世界中の碁打ち達から、『sai』の名が認知され始めた。ネット碁の中の最強の棋士として。
前話にて、若獅子戦の優勝賞金を使うのはどうかというアドバイスをいただきました。ありがとうございます!
実はそれも考えてはいたのですが、そもそも若獅子戦に賞金が出るのかもわからず、また、結局インターネットに繋ぐなら両親に話さないとダメだよなと思い、あのような流れになりました。
また何かお気づきのことありましたら、よろしくお願いします!