複雑そうな顔をしながらも、行ってらっしゃいと美津子に送り出されたヒカルは、あかりの家の前にいた。急いで走ってきたために呼吸が乱れていたが、深呼吸をしてそれを調える。
よし、と一言つぶやき、ヒカルはインターフォンを押した。ピンポーンという無機質な音が響き、その後少ししてからインターフォン越しに反応が返ってくる。
『ーーはい』
「あっ、えっと。進藤、ですけど」
『……えっ。ヒカルくん?』
「はい」
あかりの母から戸惑いの声が洩れる。
それはそうだろう。今朝の電話で、あかりの母はヒカルの体調が悪いことを美津子から聞いている。お互いの子どもたちの元気がなく、心配していたのだ。
そんなヒカルが今家の前にいるのだから、戸惑わないわけがない。
『……ちょっと待ってて』
あかりの母はインターフォンを切ると、玄関へと向かった。
そしてドアを開けると、娘の幼馴染の少年の姿を捉える。
「えっと、おはようヒカルくん」
「……おはようございます、おかーーおばさん」
あかりの母もここにいるヒカルを見て驚いていたが、ヒカルもまた、あかりの母を見て驚いていた。
(やっぱお義母さんも若くなってる……)
そうなんだろうな、とは予想していたヒカルだったが、実際を見ると驚きを隠せない。しばしお互い見つめ合う形になったが、あかりの母から話を振った。
「それで、えっと。どうしたのかしら? もしかして……あかりに用事?」
「いや、用事というか、その……。あかりも体調が悪いって母さんから聞いて、気になったというか、心配で」
「そうなのね……。ありがとう、ヒカルくん。ヒカルくんも体調悪いってお母さんから聞いたけど、大丈夫なの?」
「えっと、オレは大丈夫です。大丈夫になりました」
「……」
あまり要領を得ないような答え方をするヒカル。体調不良に関しても、ふわふわとした説明である。それでもこの子はあかりのことを本当に心配してくれているのだと、あかりの母は感じた。
昨日までは、特に何も変わった様子がなかった娘。小学校での話を楽しそうに話していたのだ。それがいきなり今朝ーー
(部屋から慌てて出てきたと思ったら、私を見て何かショックを受けたような顔をして。テレビとカレンダーを見て、急に泣き始めちゃったのよね)
今まであかりが急に泣き出したことなどなく、家族全員それはとても慌てた。宥めながらどうしたの? と理由を聞くも、あかりは何も答えない。ただ、ヒカルくんの名前を呼ぶだけだった。
あかりの父は、あのガキに何かされたのか!? とヒートアップしていたが、あかりの母は全く違うものを感じてた。
(あかり……。まるでヒカルくんに助けを求めてるみたいだった)
チラッとヒカルを見るあかりの母。
娘が急にどうしてしまったのか、何に悩んでいるのかわからない。だが、この少年の力が必要なのは直感で理解していた。だったらーー
「ねぇ、ヒカルくん。体調が大丈夫なら、良かったら上がっていって。……あかりも、喜ぶと思うから」
「っ! はい、お邪魔します!」
あかりの母に言われ、ヒカルはそう返事をする。
今まで感じたことのないほどの大きな緊張感を持ちながら、ヒカルはあかりの家へと足を踏み入れたのだった。