しかし、ここでは少し違うところがあるみたいで・・・?
これは、ほんの少しズレた可能性の世界のお話。
海よりも深く、天よりも高い、広い広い寛大な心でお読みください。
劇場版ルートで書いていますので、ハヤテは最初からデルタ小隊に所属していますし、正確もちょっと大人です。
その昔、戦争があった。
一つの宇宙戦艦が地球に漂流したのを始まりに、人類は否応なしに異星人達の戦争へと巻き込まれた。
戦艦の名は「マクロス」、そしてその戦争は後に「第一次星間大戦」と呼ばれた。
その戦争を乗り切った人類は地球という星から巣立ち、生き延びるために広大な銀河へと広がっていった。
その旅の中で人類は様々な異星人と出会い、時に和を結び、時に戦いを繰り広げながらも、その範囲を広げていく。
時に西暦2067年。異星人という存在が認可され、既に人類が母なる星を飛び出してから半世紀以上の時が経過した時代。
銀河辺境の地、ブリージンガル球状星団。その宇宙を走る小さな貨物船から、一つの物語は始まっていく・・・。
※
―――身体が痛い。
起き抜けの感想がまずそれだった。身体中に見えない針金でグルグル巻きにされたような窮屈さだった。やはり子供一人が入れるような空間に、今の自分が入るのは多少の無茶があった。隠れる場所を間違ったかな、と少し後悔する。昔かくれんぼでこのくらいのスペースなら軽々と入れたから問題ないと思ったのだが・・・。
だが、正規の手段で乗艦していない以上、隠れる場所に贅沢は言ってられない。ハイテク化・自動化が進んだとはいえ、荷物を置いているコンテナスペースに隠れていたら何処で人に出くわしたり、警備に引っかかるか分からない。近年、密航者内でコンテナ内に隠れる手口が横行していた為、対策として数年前から定期的にコンテナ内のスキャンが行われるようになったと噂で聞いたことがある。嘘か真か分からないが、密航を犯している以上、リスクは極限まで減らしておきたかった。
バレたら一巻の終わりだ。強制送還されるのはまず確実だし、警告だけですんだらラッキー、最悪懲役がつく可能性だってある。自分に対する監視の目は厳しくなり、こんなことは出来なくなるだろう。
物音を立てないように身体をよじって扉に近づき、耳を澄ませた。人声や靴音、警備用のロボットの接近音が聞こえてこないか慎重に確認。それがないことを確信すると、扉を力一杯押す。
すると、貨物船の暗い廊下の片隅にある、鎮火用の消火用ホースが保管されている鉄製の赤い扉がギギギ・・・と開いていく。それが完全に開ききった時、中から一人の人間が姿を現した。
「ふぃ~ゴリゴリ・・・」
変装用のフードをかぶり、その中からは緑色の目とオレンジがかった不思議な色をした髪、頭部にはハートの形の髪飾りのようなものが見えた。ぷっくりとした唇からはよく通る可愛い声が漏れる。
・・・その声の主、フレイア・ヴィオンはかぶっていたフードを取ると、バキバキになった身体を伸ばした。先ほどまで纏っていた嫌な気分が吹き飛んでいくのを感じた。
・・・やはり思い切り身体を伸ばせるのは気持ちが良い。凝り固まった身体がほぐされ、全身に血が巡る感覚が蘇ってくる。
「うん、良い感じや・・・」
ぐっぐっと手を握ったり閉じたりして身体の感覚が徐々に戻ってくるのを確かめながら、暗闇に目が慣れてきた頃、手元へと視線を落とした。非常用の電灯に照らされながら、手元の腕時計は6時を示していた。
うわ、結構寝ていたんか。フレイアは驚いた。
最後に時刻を確認したのが日をまたぐ前、持ち込んでいた携帯用トイレでこっそりと用を足した時だったから、6時間ちょっとあの空間で睡眠を取っていたことになる。辺りの静かな様子から、自分が忍び込んでいるとはまだバレていないみたいだ。
確か事前で調べた情報だと、この船が最寄りの港へ着くのは正午過ぎのはず。後、もう6時間近く身を潜め、港に着いた後に隙を見つけて外へと飛び出す算段だった。
一度外に出ればもうこっちの物だ。人並み以上の体力と足の速さに自信があったから、それらに物を言わせて走り去ってしまえば追っ手を振り切れる・・・そういうシンプルな計画だ。
フレイアはそのまま、近くの窓の外をのぞいてみた。自分が飛び出してきた故郷の星「ウィンダミア」がもしかしたら見えるかもと思ったが、見つけることはできなかった。
・・・しばらく、ぼうっと窓の外を眺め、感傷的な気分に囚われかけたが、フレイアは首を振ってそれを振り払った。
今更そんな女々しいことをやるのは馬鹿らしい。何度も何度も確認した。やるかやらないかの決断はとうに下した。密航は重罪だ、バレるにしろバレないにしろ、もう故郷へは帰れない。その覚悟を持って、フレイアは村を飛び出したのだから。
思えば自分の置かれている状況が嫌で家出や逃走を繰り返していても、帰る場所や知った顔のいる環境があったことが酷く懐かしく思えた。だがもうあそこへは帰れない、帰るつもりもない。もうここまで来てしまった以上、後は無事にやりきるか捕まるかの2択しかなかった。
時計に視線を戻すと、針は5分近く進んでいた。身体はほぐれた、血は巡った、そろそろ消火栓の中に戻った方がいいだろう。
また狭い空間に閉じこもるのは気が引けたが、背に腹は代えられない。
赤い扉に手をかけて開き、潜り込もうと身体を屈んだその時だった。
「っ・・・!?」
不意に、フレイアは何かを感じ、背中が震えた。妙な気配だった。
それは歌のフレーズのようでもあり、詩の朗読のようでもあり、しかし腹の底から聞こえてくるようなそこ知れぬ冷え切った・・・少なくとも、「気持ち悪い何か」としか説明しようがない悪寒と共に、キリキリと耳の奥底に響くノイズのような何かを聞き取った。
その悪寒を感じてフレイアが立ちすくんだ瞬間、窓の向こうで白い閃光がチラッと走った。
そして光が見えたと思った次の一瞬、凄まじい音と揺れが貨物船を襲った。
立ち尽くしていたフレイアは思いっきり姿勢を崩し、前のめりに頭をぶつけた。
じんじんと痛む額をさすりながら、何が起こったのだと窓を仰ぎ見た。粉塵のむこうに何かの残骸が漂っていた。
近くでミサイルが爆ぜたのだ。直感でフレイアはそう理解した。船に直接当たったわけではないが、その爆発で船に衝撃が走ったのだ。
そして窓の外では軍用機と思われる可変戦闘機部隊がいた。何故か味方同士で争っているように見えた。その飛び方もどこか正気ではないような乱れた機動をしている。
フレイアは直感で推察した。自分は直接見たわけではないが、その症状は知っていた。
人々が正気を失って暴走する奇病のことを。
「まさか、ヴァール・・・?」
※
ヴァール。正式名称はヴァールシンドローム。数年前から銀河を騒がせている謎の奇病だ。
その症状は種族を問わず、知的生物が突然攻撃衝動に駆られ、暴れ出すというもの。
単なる暴走ではなく、兵器を使う知恵は残しながら暴れ回るのだからタチが悪い。過去、発症した者達は銃を乱射したり、爆弾を町中で爆発させたりする自爆テロじみた事例が確認されている。
そして、今回のように武力を持った統合軍がヴァールに感染するのはその中でも最悪のケースだった。既に配備から10年近く経ち、すっかり旧式と化した可変戦闘機「VF-171 ナイトメアプラス」でも人を殺めるには十分すぎる代物だった。ヴァールで理性を無くし、見境なしに暴れ回っているなら尚更だ。グズグズすればヴァール化した部隊が地上に降下し、さらなる被害をまき散らす可能性もあった。
「ハヤテ! 早く行きますよ!!」
「ああ、準備はできた!!」
惑星イオニデス宙域でヴァール発生のコールを受けたのはつい先ほどで、周辺をパトロールしていた統合軍一帯がヴァールに感染。同士討ちを始めだしたという報だった。
一足先にパイロットスーツに着替えて走り出した女性、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスは急かすようにハヤテに叫ぶ。
一見キツい印象を受けがちだが、ハヤテはそれがミラージュなりの気遣いだということを理解している。生真面目が故に融通は利かないが、そんな彼女なりに自分を気にかけていることにハヤテは苦笑する。
「どうしたんですか?」
「・・・いや、何でもねーよ。エリートのお嬢様!!」
だが、ここでそれを言ってミラージュを怒らせるのは野暮だ、とハヤテは誤魔化すように叫び、彼女を追うように母艦『アイテール』の通路を駆ける。
格納庫では出撃準備の為に整備員があちこち駆け回っている。既にハヤテの愛機の「VF-31ジークフリード」も美術品とも思える鮮やかな青色の装甲を光らせながら搭乗者を今か今かと待ち続けていた。
辿り着いたハヤテは流れるような動きでコックピットへと乗り込み、出撃準備を進めていく。ようやく座り慣れてきたコックピットシートに背中を預け、ARコンソールをパチパチとタップ。機体を制御するシステムAI『ARIELⅢ』の起動を確認し、フットペダルと操縦桿の具合を確かめた。
自分の視線を読み取るように、様々な情報がコックピットの内壁に表示されていく。計器の代わりにAR技術でそれぞれのデータを投影し、更にAIが必要な情報だけを判断して、それを表示してくれる。そのおかげでハヤテは極僅かな時間で出撃に必要な確認を進める。
「整備は万全だぜ」
「いい感じだ」
最後に脱出システムの確認を終えるのと同時に声をかけてきた整備員に、パーフェクトだとハイタッチをしてキャノピーを閉める。
「第三種兵装着開始!」
ハヤテのジークフリードは宇宙戦闘用ヴァール鎮圧装備の第三種兵装を装備しながら、発進カタパルトへと進んでいく。機体背面には映像を周囲に反映するプロジェクションユニット、機動力強化のブースターパックらが次々と装備されていく。
現在ヴァールに対応できるのはこの広い銀河で彼らのみだった。
いや、正確に言うなら「ワルキューレ」と「デルタ小隊」の2組か。そのどちらかが欠けても、ヴァールを鎮圧することはできない。
ワルキューレ。ここ10年で急成長を遂げている星間複合企業「ケイオス」で結成された人気女性アイドルユニットだ。メンバーは現在4人。新曲を出せば銀河チャートにランクインは当然だし、異性は勿論、同性からの人気も高い。今銀河で一番熱いアイドルグループと言っても過言ではない。
・・・しかし、それは彼女らのほんの一面でしかない。
彼女らのもう一つの顔は戦術音楽ユニット。女神の歌を戦場に響かせ、その歌声から発せられる特殊な波動により、ヴァールシンドロームを鎮圧させることができるのだ。
そしてデルタ小隊は彼女らを護衛するチームだ。
非武装の市民の暴動程度ならともかく、今回のようにヴァール感染者が兵器を持ち出した場合、彼女らにも危険が及ぶ。そうした状況下において、ワルキューレを守る為の特殊飛行チーム。彼女らを守り、その翼で彼女らの歌を戦場に広める役目を持っている。
メンバーはハヤテと先ほどのミラージュを含めて現在5人。
4人の歌姫と5人の戦士。合わせて9人が謎の奇病、ヴァールに唯一対抗できる希望だった。
「ハヤテ、ミラージュ! 今度無茶したら減俸じゃすまねえぞ!」
「分かってるって!」
「分かっています隊長!」
「何度言ってもお前らは無茶をするだろうが! いい加減『爆弾コンビ』の汚名を解消しやがれ!!」
デルタ小隊の新人2人に釘を刺すのは隊をまとめ上げる元統合軍出身のアラド・メルダース。だが彼は何も嫌みで言っている訳ではない。統合軍時代に仲間を多く失い人の命を奪った経験がある為、若さ故に戦場で無茶をする2人を死なせるわけにはいかないからだ。無茶と無謀をはき違え、戦場で散っていた者を数多く見てきたアラドは、今度ばかりは無茶をしてくれるなよという願いを込めて声を張り上げる。
発進カタパルトにスタンバイされた5機のジークフリード。その後ろ、アイテールの甲板ではワルキューレのステージが形成されていく。そして、そこに4人の女神が凜々しく姿を現した。
「歌は、愛!!」
「歌は、希望!!」
「歌は、命!!」
「歌は、神秘!! 聞かせてあげる、女神の歌を!」
戦場の女神がステージに立つ際、己が信条とする口上を次々と述べる。そして最後はワルキューレのエースボーカルである美雲・ギンヌメールが刮目せよと言わんばかりに啖呵を切る。
「「「「超時空ヴィーナス、ワルキューレ!!!!」
寸分の乱れのない名乗りと共にハンドサインでワルキューレの頭文字の「W」のポースを決める。その瞬間、戦場の女神のステージの準備は整った。
力強いギターのイントロが周囲に鳴り響くと同時に、ジークフリードに搭載された核熱バーストエンジンに火が入り、一瞬の揺らめきののち、機体が浮遊する。
そしてアイテールからの出撃のカウントシグナルが赤から青に変わった瞬間、各機ははじかれたかのように飛び出した。
はじき出されたジークフリードが戦場へと舞い降りた瞬間、背面に装備されたプロジェクションユニットが起動。その周囲に映像を反映する。
「・・・!?」
ヴァールを発症し、目の前で暴走を繰り広げる統合軍の動きが明らかに鈍った。それはそうだろう、この間発表されたばかりの新曲「ワルキューレはとまらない」の歌声と共に、ワルキューレが歌っている姿が辺りのアステロイドや破壊された機体の残骸に映し出されたのだから。
聴覚だけでなく、視覚にも作用させるこのプロジェクションユニットは、宇宙空間内でも音を周囲に響かせると共に、歌う姿を周囲に映し出す。ヴァール鎮圧を効率的に行うオプション装備で、その効果はてきめんだった。
そしてその鈍った動きを見逃すほど、デルタ小隊は甘くない。
アラド機は発進時の加速スピードを維持したまま、ジークフリードを戦闘機形態から人型形態へと変形し、敵陣へと突っ込んだ。
急接近していくアラド機に照準をつけることなどできず、すれ違った2機の統合軍のナイトメアプラスがあっという間に特殊合金で生成されたナイフで腕部を切断される。最寄りにいたナイトメアプラスは慌てたように機銃を乱射するが、すれ違った勢いを殺さずにそのまま離脱したアラド機には当たらず、弾丸は空しく空を切る。そしてアラドは慌てずに腕に取り付けたガンポッドで武装を破壊し、無力化させていった。
アラドに続くように、デルタ小隊各機はそれぞれヴァールの鎮圧に取りかかった。
デルタ小隊のエース、メッサー・イーレフェルトは見とれてしまうような綺麗な飛び方で次々とナイトメアプラスを鎮圧していく。無駄打ちを極力しないその動きはメッサーの機体に刻まれたエンブレム「死神」そのもののような冷酷さを感じ取れた。
『爆弾コンビ』のハヤテとミラージュはそれぞれが互いをカバーするような飛び方をしていた。ハヤテが先行し、ミラージュが後方でカバー。敵機の頭部を破壊し、メインカメラを潰す。2人がかりで行うため、敵機の無力化には時間はかかるものの、互いに足りない部分を補いながらの飛び方だった。出撃前の忠告が効いたのか、必要以上に深追いせずにいるようだった。
ワルキューレの歌も効き始め、ヴァール感染者が徐々に正気に戻っていく。辺りの戦火も落ち着きを初め、これならばいける、と誰もが思った時だった。
「直上よりアンノウン接近!」
「・・・何!?」
「こんな時に!?」
索敵担当のチャック・マスタングの叫びが一気に緊迫感を引き戻す。可変戦闘機7機・・・一個中隊規模の増援がこちらに近づいてくるのをレーダーで確認した。ヴァールにかかった統合軍がまだいたのか? と感じたがそれも違うとアラドは直感で感じた。
まず、ヴァール特有のフォールド波形があれらの機体にはなかった。機体の飛び方もヴァールで我を失っているとは思えないほどの綺麗な飛び方をしている。この時点でヴァールの感染者の可能性は消えた。
そしてアンノウンの機体のスペックの高さだ。ここまで近距離でないとレーダーに引っかからなかったステルス性と最新鋭機のジークフリードに勝るとも劣らないスピード。その辺の宇宙海賊などが持っていて良い機体ではない。
―――すなわち、奴らはテロリストだ。それも、最新鋭機並のマシンを提供できる程の強力な提供者を持っている。
「・・・来るぞ」
通信越しにメッサーが冷静に呟くと共に、アンノウン部隊が編隊を崩し、ヴァール達を援護するかのように各機が動き始めた。
戦いは混戦へともつれ始めた。
※
初めは怖かった。ガラスの向こうにはヴァールに感染した統合軍が同士討ちを始め、命の奪い合いをしている。いつこっちへ襲いかかって分からない不安、どうかこっちに気づいてくれるな、という祈りと共に激しく打ち続ける心臓の鼓動がうるさいくらいだった。
それはフレイアが忘れてかけていた記憶だった。
幼き頃、戦争に巻き込まれた故郷。燃える家と畑。それを呆然と見る自分・・・。だれか、助けてください。あの時と同じで、天に祈る思いで救いを求める。
・・・そして、その祈りが天に聞き届けられたかのように姿を現した4人の歌姫。ついこの間発表されたばかりの新曲のお披露目だ、とばかりに始まった彼女たちのステージ。
「ワルキューレ・・・!」
周りのアステロイドに彼女らの姿が反映された瞬間、フレイアの口から自然とその名前がこぼれ出る。
彼女らの歌は耳にタコが出来るくらい聞いた。彼女らの姿はまぶたの裏に焼き付く程に見てきた。フレイアの憧れの人達だった。
だが動く姿を見たのは生まれて初めてだった。映像越しとはいえ動き、歌っている姿を見られたことにフレイアの鼓動は先ほどとは違う動悸をしていた。不安や恐怖は引っ込み、暖かさや喜びの感情が湧き出てくる。
戦場で煌びやかに着飾り、高らかな音楽を響かせ、虹色の声を張り上げて舞い踊る歌姫の姿は、あまりにも幻想的過ぎた。
それは例えるのなら、戦場に舞い降りた女神そのもの。彼女らを守る5機の戦闘機は女神を守護する騎士そのもの。そのような存在は物語や映画の世界にしか存在しないと思っていたのに、それが目の前で繰り広げられている。
―――これがワルキューレなんだ!そうだ、あの姿に憧れて・・・。
自然と笑みがこぼれる。自分が密航中でなければ、戦闘中でなければ大声で喝采を上げていただろう。
ワルキューレを守るデルタ小隊は暴走した可変戦闘機部隊を一定の範囲に押し込めながらもそれを無力化、ヴァールの鎮圧に取りかかる。徐々にワルキューレの歌が効き始めているのか、時が経つにつれおとなしくなる機体の数が増えていく。
このままいけば・・・と、フレイアが安心したのもつかの間だった。
「え・・・?」
目の前の光景に戸惑った。急に乱入してきた複数のアンノウンが、デルタ小隊を襲い始めたのだ。それを機に落ち着いていた戦火が再び広がり始める。収まったはずの爆発やミサイルの軌跡がチラチラと増えていく。
デルタ小隊とアンノウンは互角に戦えているようだが、彼らに構うせいでフリーとなったヴァールの残存勢力が再度攻撃に出始めた。ワルキューレのステージがある母艦が攻撃にさらされる。そのせいかアステロイドに投影されている映像が乱れ、女神の歌声にもノイズが入るようになった。そのせいで歌の効力が減少し、残存勢力の勢いは止まらないのだ。
―――そして、遂に。女神の歌と映像が、戦場から消えた。
ワルキューレはどうなった!? とガラスに体当たりする勢いで押し当てて見るが・・・駄目だ、ここからじゃ見えない。大規模な爆発の閃光はなかったから、母艦が沈んだ様子ではないようだが。
そして、ワルキューレの歌が止んだタイミングを狙ったかのように、あの悪寒を感じる歌がまた辺りに鳴り響いた。耳鳴り程度で終わった前回とは違い、今度は強力で頭にまで響いてくる。先ほどよりも強い何かを感じる歌だった。
「また、この歌・・・!?」
不快な歌に顔が歪む。と、コツコツと誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。足音は近い。
しまった、と臍を噛む思いだった。ワルキューレや例の歌に構っているせいで、乗組員のことをすっかり忘れてしまっていた。今更扉の中に隠れようとしても、時間が無い。
足音はどんどん近づいてきて、そしてピタリと止まった。
フレイアは逃げなかった。腹をくくったとかではない、恐ろしさで単純に足が動かなかったのだ。
扉の向こうに、大きい男が立っていた。身長は180程もあり、腕の筋肉はふくれあがって、小型のゴリラ並みの太さとなっていた。よく見ると腕だけじゃなく、全身の筋繊維が同じように膨張し、全身を巡る血管も異常なほど浮き出て、血走った目には理性を感じられず、まるで貨物船に一匹の猛獣が解き放たれたかのようにギラギラしていた。人を殺すことにもためらいを感じさせない程に目だけが光っていた。
明らかに正気でない様子の男に、最悪の予想を打ち立てた。まさか、この船の乗組員もヴァールに感染して・・・!?
「っ!」
まずい、と思ったときにはもう手遅れだった。男はあっと言う間にフレイアへと詰め寄り、片手で首を掴まれた。
「っかっあ・・・!?」
とっさのことでフレイアは何も反応できず、そのまま壁へと叩きつけられた。その衝撃で肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。
男は首を締め上げながら、もう片方の手でフレイアの頭部を掴む。万力で締め上げられるかのような握力で、ミシミシと骨が軋むような感覚をはっきり感じた。
このまま少しすれば、頭に酸素が届かなくなって息が止まり、物言わぬ肉の塊になる。いや、それよりもこの屈強な手で顔を潰されるか首の骨をへし折られるほうが早いかもしれない。どちらにせよ、そうなれば死という永遠の暗闇が待ち受けている。
死。その言葉がフレイアの頭に浮かんだ。その影が近づいてくるのを予感し、もがき苦しむ最中、偶然にもチカチカと光るフレイアの髪飾りと男の指が触れあったその時、目の前の男の心の声のような何かを感じ取った。
それは怒りの衝動と―――苦しみと悲しみの痛みだった。
この人は自分の意思と裏腹に動く身体に苦しんでいる。振るいたくもない暴力を他者へ振るうことへの悲しみを感じている。どうしようもない光景に心を痛めている。
ヴァールになっても、意識を暴力に支配されてもその理性の一部は心の奥底に残っているのだ。それはほんの一瞬の間だったが、彼が望んで暴力を振るっているのではないという何よりの証明だった。
―――これがヴァール。人の意思をねじ曲げ、理性を奪う奇病。
首を絞められ、酸素を思うように取り込めずに荒い呼吸を繰り返すフレイアは震える手で、そっと男の頬を触った。
この人が悲しまないように。例え自分を殺すことになったとしても、それはあなたの意思で行ったことではないと諭すように。その行動はほとんど無意識に近かった。
その思いと気持ちは、歌になって、フレイアの口から漏れ出した。ワルキューレの真似事をしている自覚はない。ただ、目の前のこの人が苦しみから少しでも救われるようにと考えていたら、自然と行っていた行動だった。
まるで子供をあやす母親が歌う優しい子守歌のように、かすれるような歌声がフレイアの口から漏れ出した。お気に入りの一曲「恋!ハレイション THE WAR」のフレーズが貨物船の廊下へと響き渡る。
途切れ途切れだが、ゆったりと優しいその声色に呼応するかのように、フレイアの光る髪飾り・・・否、正確に言うならば、髪飾りのようにも見える器官がより輝きを増した。
それは“ルン”と呼ばれる感覚器官。フレイア達ウィンダミアの民が持つ特殊な神経節だ。
風や音を感知する他、激しい感情の高ぶりで輝くという特性がある。
ウィンダミアではルンには魂が宿ると伝えられている。そしてフレイアの高ぶりで光るそれは、心の叫びそのものだった。そしてその輝きが、灯っていた光がピークに達した時、フレイアのくせっ毛の中からもう一つの光が、片方よりも短いもう一本のルンが飛び出した。
まるでアンティークものの時計の針のように、2つのルンがゆっくりと揺れる。振り子のように揺れるそれは暗闇の中で光る、一筋の灯火のようだった。
ルンの揺らめきとフレイアの歌。2つの相乗効果は、ヴァール感染者となった男に、少しずつ効果が現れ始めた。
まず、頭を握りつぶさんとしていた手の力が少しずつ弱まった。異様に膨らんだ筋肉がしぼんでいき、浮き出た血管は戻っていく。血走った目は理性を取り戻すように濁りが消えていく。それに伴い男の意識が戻ったのか、自分が人の首を絞めていることに気づき、慌ててフレイアを離した。
支えを失ったフレイアは貨物船内の人口重力に引かれる形で床へと落ち、尻餅をついた。首を絞められながら歌い、限界まで酸素を吐き出したフレイアはゲホゲホとむせ、ぐったりと横たわった。
「よかった・・・元に、戻って・・・」
呼吸困難と極度の緊張感から解放されたそこが限界だった。どっと疲れが押し寄せて、まぶたが重くなっていく。
「おい、君! 大丈夫か!?」
意識を失う直前、青色の髪をした誰かが自分に声をかけたような気がしたが、それを判別する余裕は今のフレイアにはなかった。
※
惑星イオニデス宙域の戦闘は終わった。ワルキューレやデルタ小隊に被害はなく、操られた統合軍側の被害も全くというわけではないが何とか抑えられた。作戦は成功と見ていいだろう。
だが、結果こそ良かったものの、その過程はとんでもないものばかりだった。
アンノウンの乱入による混戦もそうだが、何よりも問題だったのは・・・。
『こちらデルタ5! 所属不明の生体フォールド波を感知! これより調査に向かう!』
『調査!? デルタ5、勝手な行動は慎めと・・・!』
戦闘中にもかかわらず、途中でハヤテが勝手に持ち場を離れてしまったことだろう。
アンノウンの乱入からしばらく後、タイミング的にはワルキューレの歌が一度止んだ時だった。ワルキューレと同様の素質を持つ誰かがこの近くでいることにただ一人気づいたハヤテはミラージュの制止を振り切り、独断で調査へと向かってしまった。
その誰かが発している生体フォールド波を追い、戦闘区域周辺を航行していた貨物船内にいることを特定したハヤテは貨物船内へと侵入。そしてその数分後に返ってきた、血相を変えたハヤテの通信は、全員の度肝を抜かせた。
『こちら、ハヤテ・インメルマン! 歌で、ヴァールを鎮圧させた女の子を保護した! 意識を失っている!! 至急、救護班の準備を!!』
アイテールに戻ってきたハヤテがジークフリードのサブシートから担いできたのは、息も絶え絶えで顔を青くした一人の女の子だった。
すぐさま医務室に収容され、検査が行われた。呼吸、体温、共に異常なし。ただ、首を絞められた跡があることから脳に異常がある可能性も考えられ、本拠地である惑星ラグナに戻ったら、精密検査を受ける段取りが組まれた。
「・・・で、ハヤテが保護したっていうのがこの子か」
「ええ、名前はフレイア・ヴィオン。所持していた身分証明書から身元を割り出しました」
アイテール内のブリーフィングルームで例のアンノウンの解析作業と共に、担ぎ込まれたフレイアの身元照会が行われていた。画面にはフレイアのプロフィールが映し出され、それと同時にハヤテの生体携帯で一部始終を収めた映像が再生される。
当初は貨物船で働く乗組員の一人だと思っていたのだが、フレイアの名前は船の搭乗者リストには載っておらず、無許可で忍び込んでいた所をヴァールに襲われ、戦いに巻き込まれたという推察がされた。
「密航者ということか」
「でも、この子が本当に歌でヴァールを・・・!?」
信じられないといったミラージュであったが、その疑念を解かすように、押さえつけられたフレイアが歌い、ヴァールに感染した乗組員を元に戻す場面が再生される。それを補足するようにワルキューレのリーダー、カナメ・バッカニアの解説が入った。
「ええ、本当よ。それはこちら側でも確認したわ。彼の歌声には生体フォールド波が感知されたの」
それも異様な数値がね、とフレイアの数値とワルキューレのメンバーの数値を比較したグラフが画面に映し出された。フレイアのそれは多少のムラがあり安定こそしていないが、ワルキューレの平均値よりも高い数値を出していた。ピーク時は下手をすればエースボーカルの美雲に届くかもしれないレベルに達している。
「密航者がヴァールを鎮圧か・・・褒めるべきか叱るべきか悩むな、これは・・・」
アラドがおちゃらけたように呟くが、それはここにいる面々の誰もがそう思ったであろう。ここまでの高い数値を叩き出した人はワルキューレメンバー以外に見たことがなかった。
戦術音楽ユニットであるワルキューレはただアイドルの素質を持っていれば入れるわけではない。重要視されるのは歌声に含まれる特殊な波動、生体フォールド波の数値だ。この数値が高ければ高いほど、歌う際に発する力が強くなる。それをヴァールへぶつけることで干渉し、鎮静させることが可能となる。当然、素質がない者が歌ったところで同様の効果は得られない。
ここ最近はヴァールの発生頻度が右肩上がりに増えており、ワルキューレのメンバー増員が急がされている現状だが、中々進んでいない。
中途半端な数値を持っていたとしても、ヴァールには対抗できない。過去に脱退者が出ている以上、メンバーの選出には相当な厳選をする必要がある。ついこの間行われた3回目の新メンバーオーディションも万を超える応募者があったが基準に達する者が一人もおらず、全員不合格という厳しい決断を下したのもやむなしであろう。素質のない者を無理矢理メンバーにしても、待っているのは悲劇だけなのだから。
だが、偶然にも高い素質を持っていたフレイアが歌ったことで、図らずもワルキューレが戦場で歌ったのと同じ効果を生み出した。
ハヤテは背筋に一筋の汗が伝う。もし、画面越しの彼に素質がなければ、歌う勇気がなければヴァールを沈めることが出来ず、物言わぬ死体になっていたのは確実だっただろう。
現場の一部始終を見ていたハヤテはそう思いながらも、ふと何かひっかかる部分に気づいた。そう、カナメの先ほどの言葉と自分の考えていたことにかすかな違和感があったのだ。
「・・・ん? 彼?」
「・・・おかしくないですか?」
しっかり者のカナメらしからぬ言い間違いにミラージュも気づいたのか、そう指摘した。
そう、画面に映っているフレイアはどう見ても女の子にしか見えない。身体つきは細く、スラッとしている。声も高く、良く通る綺麗なものだ。確かに胸部の方は膨らみがなく寂しいものだったが、この場にはいないワルキューレメンバーの一人、レイナ・プラウダーも女性としては「ない」方だから体質的な問題として考えればあり得ない話ではないだろう・・・そんなことをうっかり口走れば、本人に冷たい視線と共に殴られるかもしれないが。
「いや、間違ってなどいない」
当然の疑問に答えるようにメッサーが答える。
「ありがとう、メッサー君・・・ええそうよ。信じられないかも知れないけれど、この子、フレイア・ヴィオンは・・・正真正銘の男の子なのよ」
数瞬の間の内、ブリーフィングルームは2人の叫び声が響き渡った。かくいうカナメら大人組も「やっぱりそういう反応をするか」といった顔をする。身分証明書から割り出したプロフィールの性別の欄にも男性とあるが、最初は偽造か何かの線を疑ったのだから。だが、医務室に運び込まれた際に、担当医から彼の下半身にある男の象徴が確認されたとき、信じざるを得なくなった。
だがハヤテとミラージュのそのリアクションは当然であった。寧ろ、彼の性別を一発で当てろということのほうが厳しい。
・・・一応、フレイアの頭部にはウィンダミア人男性の特徴の2本のルンがあるのだが、そのうちの一つは短く、しかもくせっ毛の中に隠れており、一目見ただけでは分からない。そのルンの形も女性によく見られるハート型なのがさらにややこしい。男性でこの形をしているのは非常に珍しいのだが、それをこの場にいる面々に理解しろというのが難しいだろう。
可愛らしい外見から声、名前に至るまで何から何までフレイア・ヴィオンという少年を構成する要素は、女の子を連想させる物ばかりだ。密航のために多少の変装はしていた可能性もあったが、それでも様になりすぎていた。
※
これはもしもの物語。
後に5人目の戦場の女神となるフレイア・ヴィオンが『男の娘』だったらというすこしズレた可能性の世界のお話。
それがどのような結果をもたらすのか? ・・・それはまだ誰にも分からない。
謎の電波を時限断層の彼方から受信してしまった作者が衝動に身を任せて書いてしまいました。可愛くて、下もあるって最高やん?
最初は美雲男の娘で書こうとしましたが、紆余曲折の末にフレイアで書いてしまいました。
ヒロインの性別を反転させるという色んな方面から怒られそうなネタですが・・・。とりあえず書き手は、書きたいところまで書けて満足しているので続きは期待しないでください。