【完結】とある原典の霊媒作家(ゴーストライター) 作:大根ハツカ
1
上条やアラン=スミシーが動くよりも速く、状況が大きく動く。
ばた、ばた、ばた、ばた‼︎ と。
空気を割るような轟音が真上を通り過ぎていった。
「彼らも飽きないもんだね」
「
上空には様々な武装を積んだヘリコプターが飛んでいた。通告などは一切無く、ヘリコプターにつけられた重機関銃が起動する。
ドガドガドガドガッッッ‼︎ という太い爆発音が空虚に鳴り響く。鉄の雨がアラン=スミシーを穿つ。
「ぼくは飽きたなぁ。あまりにも普通過ぎる。もっと『学園都市』らしい、アレイスターの末裔らしいイカれた兵器をもって来いよ」
アラン=スミシーは小雨を鬱陶しがるように呟いた。アラン=スミシーに物理攻撃は効かない。『黄金』はそこまで安くない。
ヘリコプターの中で、
「駄目だ、効果がない‼︎ こんなものじゃ火力が足りない‼︎ 用意したHsAFH-11及びHsWAV-15を軸とした無人機編成で対処するんだッ‼︎」
『馬鹿を言うな、
「馬鹿を言ってるのはアンタだ‼︎ あれは人間なんて生易しい言葉では表現できない‼︎
暫くして、駆動音が聞こえ始める。
『六枚羽』に『十本脚』。
第三次世界大戦仕様のそれが、『グレムリン』のテロ対策に整備されたそれが牙を剥く。
無数の無人攻撃ヘリが空を覆い、無骨な装輪装甲車が何台も連なる。その頭には大砲とさえ呼べるような兵器が備え付けられていた。
学園都市が秘めた『科学』を暴れさせる。
しかし、そこまでやっても。
アラン=スミシーには通用しない。
『魔術』は『科学』を喰らう。
「ONE著書、『ワンパンマン』盗作。『戦慄のタツマキ』引用」
宙に浮いた一人の少女が現れる。
片手を上げる。
ただ、それだけ。
攻撃という次元ではなかった。
ドゴアッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
道路を地盤ごと持ち上げ、建物の宙に浮かび上がらせ、地割れを引き起こす。空気を丸ごと操り、雲を渦巻き、竜巻を巻き起こす。
鋼の機体が高速に回転して捩じ切れる。計算し尽くされた最適解の破壊が、もっと巨大で意味が分からない絶望に打ち破られる。
(…………ああ……)
理解を拒みたくなる圧倒的な理不尽に、潮騒と呼ばれた
一つはロシアの雪原。
第三次世界大戦と呼ばれた戦いで目撃した、『科学』に定められた方式が通用しない理不尽な戦場。
もう一つは
あらゆる兵器、あらゆる『科学』を薙ぎ払った理不尽の結晶。『魔神』と呼ばれる理解不能の領域に立つ災厄。
(これは、あの時と同じ……)
それらと重ね合わせて、腰が抜ける。
思い知らされる。
『
そんな時だった。
グゴギィィィ‼︎‼︎‼︎ と。
右手の拳が少女の頬を撃ち抜く。
竜巻には手が届かないため打ち消せず、アラン=スミシーの辺りは銃弾が飛び散って近づけない。しかし、少女を生み出すことでヘリを捻じ切ったのならば、魔術の本体は少女に違いない。
予想の通り、
「アラン=スミシィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼︎」
上条は全力で叫ぶ。
腹の底から雄叫びを響かせる。
筋違いな怒りなのかもしれない。的外れな叫びなのかもしれない。先に手を出したのは
でも、それでも。
別の方法があったはずなのだ。攻撃が効かないのなら、もっと穏便に事を済ませられたはずだ。なのにヤツは全てを破壊した。世界を救うと言いながら、街を守ろうとする人達を馬鹿にした‼︎
「いいね、いいねェ! それでこそ
念力が消え去ったとしても、安全になったとは言えない。むしろ本番はここからだ。
瓦礫が、自販機が、車が、ヘリが、ビルが。竜巻に巻き込まれた全ての物が落下する。超常の力が打ち消されたことで、制御を失ったスクラップが重力に従って降り注ぐ。
安全圏は何処にも無いように見える。
だが嵐は念力使いの少女を中心として巻き起こっていた。即ちそこが台風の目。目の前スレスレを瓦礫が落下していく。飛び散った破片で細かい傷ができるが、直撃は一切ない。一歩も動くことなくコンクリートの暴風雨を回避する。
緑色の瞳を輝かせ、アラン=スミシーは静かに評価した。
「大した動きだね」
「アンタは動かないな。他人任せなのか?」
いける。
確かに無茶苦茶な能力で魔術としても異常なのかもしれないが、それでも異能であることに変わりはない。だから
『魔神』のように桁外れの能力は持たず、
だったら上条にも勝ち目はある。
(……まだ勝ってる。
このまま決着をつけようと足を踏み出す。
対して、アラン=スミシーの行動はワンパターンだった。一冊の本を取り出して告げる。
「暁なつめ著書、『この素晴らしい世界に祝福を!』。『めぐみん』引用」
魔法使いの格好をした少女が杖を掲げる。
直後、異世界において最強の威力を持った魔法が発動した。
2
閃光、轟音、焦熱。
爆風が上条の身体を吹き飛ばす。
その瞬間、学園都市から一区画が消滅した。
3
「……、」
城石は神学における重鎮であり、学園都市では重要視されていなくとも、あの常盤台中学に特別講師として招かれたこともあるほど名のある教授だった。
そんな城石がサンタの格好をしているのには訳がある。というのも城石は研究兼ボランティア活動の一環として、第一二学区の教会にたびたび支援を行なっていた。しかし、今日もまた同じように教会に来訪した城石は、いつもとは雰囲気が異なる神父たちに無理矢理着替えさせられた。顔に刻まれた深い皺、西洋の血が混じった濃い顔立ち、もじゃもじゃと生い茂る白い髭、肥満でふっくらとした肉体、城石の見た目はサンタのイメージにピッタリだったのだ。
そんな成り行きもあり、サンタ姿の城石は路上で子供たちにお菓子を配っていた。
「な、にが……」
城石は上下逆さまにひっくり返っていた。転んだのではなく、吹き飛ばされた。幸い大きな怪我はないようで、腰以外に痛む場所はなかった。
どうしてこんな事になったんだったか。
そうだ、そう。最初に子供たちが空を指差し始めたのだ。城石は生まれつき耳が聞こえないため気が付かなかったが、
が。
そこで意味不明の事態が起こった。
竜巻が起こった。遠目ではそうとしか思えない状況だった。城石は子供たちを促して、遠くへ逃げようとした。しかし、一歩遅く謎の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。
「そうだ、子供たちは……⁉︎」
辺りを見回す。爆発があったとは思えないほど綺麗な街並みだったが、周囲には誰もいなかった。どうやらこの辺りにはいないようだ。別の場所に吹き飛ばされたのか、それとも瓦礫の下敷きに……。
「だめだだめだ‼︎ 老い先短いわしならともかく、子供たちがそんなこと……‼︎」
城石は立ち上がる。状況は何も分からない。城石には戦う力などない。自分一人がいたところで事態は何も進展しないだろう。
それでも、と。
城石教義は拳を握りしめて決意する。
「子供たちを街から逃す‼︎」
予想外の
第一二学区を舞台として、もう一つの戦いが幕を上げていく。
4
上条当麻は目を覚ます。
その瞬間、自分が気絶していた事を自覚した。
「がっ……」
息を吹き返した。冗談抜きでそう思った。
荒い呼吸を繰り返して、バクバクと音を立てる心臓を治めていく。単純な爆風でこの威力、
(何がどうなった……!? インデックスとオティヌスは無事なのか……?)
横倒しになった視界から得られた情報だと、少なくともここは街の中心部ではない。一つ一つ異なる雰囲気の建物が並んでいた。おそらくは宗教施設なのだろうが、神社や教会と違って見た目からその宗教が分からない。マイナーな宗教施設を集めた区画だろうか。間違いなく第一二学区の外周付近にあると考えていい。
何にせよ横倒しの状態から起き上がろうと身体を動かした瞬間、激痛の嵐が全身を襲う。
「がばあ⁉︎ げふっ、ぐっ……‼︎」
考えてみれば当たり前だ。街の中心から外周までどのくらいの距離があると思っている。そこまでの距離を吹き飛ばされたとなると、それだけで死んでいても不思議ではない。
特に背中で突き刺すような、焼け付くような激痛が炸裂する。直撃はしていなくとも、あの規模の爆発の熱量だ。焼け焦げていないだけマシと言えるかもしれない。
それでもまだ、上条は立ち上がれる。痛みはあってもそれだけ。肉体の欠損はなく、動きに支障はない。
だから多分、
「はあ、はあ……」
汗がひどい。
視界はチカチカと点滅する。
ふらふらと体が安定しない。
痛みが鈍っていく感覚が逆に恐ろしい。
たどたどしい足取りで上条は歩みを進める。
目的地は決まっていないが、大体の検討は付けている。
まずは情報収集。何が起きているのか知る必要がある。携帯は壊れたのか反応がない。景観が規制されている第一二学区の外に出て、街頭ビジョンや飛行船の大画面からニュースを見なければならない。
あと数メートル。
もう少しで、あの角を曲がれば第一二学区の外に出られる。
一歩、一歩、ゆっくり踏み締め。
そして、上条はある物を目にする。
「……なん、だ……?」
5
「なんだこれは⁉︎」
城石は街を囲う外壁を見て声を荒げる。
音もなく現れた巨大な壁。
継ぎ目のない不自然な人工物。
しかし、何よりも。
「壁の中に見えるのは……一体⁉︎」
壁の割れ目からある物が見えた。
巨大で、強大で、それでも見覚えのある。
壁の中から巨人が顔を覗かせていた。
即ち、
巨人から都市を守る城壁。
超大型巨人によって築かれた硬質の壁。
「だめだ……ここはだめだ‼︎ 何か別のっ、別の道を探さなければ‼︎」
原始的な恐怖。
この壁は通れないという確信。
城石は背中を向けて走り出した。
しかし、城石はまだ知らない。
ウォール・マリアも、その中にいる超大型巨人も、たった一冊の脅威に過ぎない。第一二学区は既に、残り二九九冊の脅威が蠢く地獄と化していた。
6
「……ここは、何処だ……?」
上条は首を傾げた。
第一二学区の外に向かって歩いていたはずだ。
しかし、
周囲にはお寺。仏教系の宗教施設が並んでいる。
(勘違い、していたのか……? 元いた場所は外周なんかじゃなかった。いや、でも……)
来た道を戻る。今度は見逃さないように、周りを観察しながら元の角も曲がる。
何か妙な確信があった。
「…………そうか」
元いた場所とも、先程の仏教系区画とも異なる街並み。
更に新しい区画へ足を踏み入れていた。
「
ここにアラン=スミシーが居たらならばこう言っていた事だろう。
西尾維新著書、『化物語』盗作。『
自分の体よりも大きなリックサックを背負った、
その正体は幽霊、正しくは地縛霊。道を迷わせる力を持った『迷い牛』の怪異。少女の力で第一二学区は脱出不能の迷路と化した。
対して、上条は効果が分からないなりに攻略法を編み出す。
立っているだけでは迷わず、角を曲がって景色が切り替わった瞬間に迷う。つまり考えられる発動条件は二つ。歩く先が見えない道。あるいは、普通の道を歩くこと。
だったら、と。
塀に足を掛け、壁を登り始める。
(
比較的低い建物の屋根を渡り歩く。
屋上は視界が開け、通常の道でもない。
しかし、屋上に上がって上条は気がつく。
第一二学区を囲む壁……
「…………巫女……?」
由緒正しい巫女装束ではなく、アニメキャラのコスプレのように見える格好の少女。少女だけではない。そのすぐ側には学生服を着た青年、アラン=スミシーが見える。
思わず足を止めて凝視してしまう。アラン=スミシーは何かを探すように視線をキョロキョロと揺らしている。何を探しているのかなんて決まっている、上条当麻だ。急いで隠れなければならない。だが一歩遅かった。
……
「やばッ‼︎‼︎‼︎」
ゾワッッッッ‼︎‼︎‼︎ と鳥肌が立つ。
理性を超えた恐怖に足が固まる。
ほんの一瞬。しかし永劫にも思える睨み合いの後、空から
「海道左近著書、『Infinite Dendrogram』盗作。『ベヘモット』引用」
ゴッッッッ‼︎‼︎‼︎ と怪物達が降り立つ。
上条を命を狙った
上条当麻を殺害するのに小手先の技術なんて必要ない。人間が反応できない速度で動き、人間が耐えられない力で殴り殺せば事足りる。故にその二匹の怪物が来た。
一匹は怪獣。太古に滅んだ恐竜が如き容貌。一〇〇メートルを超える山岳に見間違う獣。いかなる生物よりも隆々とした四肢。人智を超えた暴力の化身。
もう一匹は小動物。要所を守るタイル状の装甲。手足を靴下のように覆う帯。両前足の横に浮いた半透明の刃。異様な格好をしたヤマアラシ。されど、誰よりも強き“最強”。
その二匹こそ“
【怪獣女王 レヴィアタン】と【
(ヤバい……ッッッッ‼︎‼︎‼︎)
何がヤバいのか、それは上条にも分からない。
それでも何かを決定的に間違えた、そんな気がしてならない。
勝ち目のない天敵に遭遇したような恐怖。
咄嗟に。
上条は右手を握り締めた。
頭は呆然として働かないが、危険に反応して身体が反射的に動き出す。アラン=スミシーの刺客、何を繰り出して来ても可笑しくはない。だったら何かする前に消滅させる。
明らかに化け物の怪獣を避け、見た目は弱々しいヤマアラシに向かって駆ける。サイズの違いは即ち歩幅の違い、ヤマアラシの動きは上条よりもずっと遅いはずだ。それにどんな奥の手があろうと相手は魔術、
そう考え、右手を振るう。
相手は一歩も動いていなかった。
目は一切逸らしていなかった。
……
しかし、直後。
ッッッッドン‼︎‼︎‼︎ と凄まじい音が響き渡る。
言葉すら出なかった。
理解さえ追いつかなかった。
一瞬遅れて肉体が打撃を認識したように、上条当麻の体が文字通り横殴りに一〇メートル以上吹き飛ばされた。
7
最初は何が起こったかすら分からなかった。
空を飛んだような浮遊感を感じ、少しして地面に叩きつけられる。その時にようやく自分が殴り飛ばされたことに気づいた。アスファルトの上を転がるなんてものじゃない。真横に吹き飛び、異なる建物の屋上に着弾した。それでも勢いは消えず、最終的に屋上の柵に打ち付けられる。
叫び声すら出ない。息すら吸えない。喘ぐように喉を震わせるが、声の代わりに赤黒い血の塊が吐き出される。
「……が、がはっ……ッッッッ‼︎」
口から血を吐き出してばかりで、空気は吸い込めない。意識が遠のく。手足が痙攣する。必死に体を動かそうとして、メキメキメキメキィ‼︎ と奇妙な音が体内で連続する。何処かの骨が折れているのかもしれない。両足が自らの体重を支えられない。何とか四つん這いでうずくまる。
「がばぅあ……ッッッッ‼︎⁉︎‼︎」
自分の血に溺れるように声を荒げる。一際大きな血を吐き出し、何とか息を吸えるようになる。粘ついた呼吸音を繰り返す。視界がぼやけ、意識が点滅する。それを自覚しながら、それでも上条は考察する。
今のは、なんだ?
一体何が起こった……?
「
今までの経験から答えを考える。
しかし、悠長に考察する暇なんてなかった。
その時、ヤマアラシは別の建物の屋上にいて、少なくとも一〇メートル以上は距離が開いていた。
ゴッ‼︎ と上条はひっくり返り吹っ飛ぶ。
「がっ、ふっ、ぎぃっ‼︎」
頭、胸、腹。容赦なく全身を蹴り飛ばされる。
サッカーボールのように上条の体が跳ね飛び、屋上の鉄柵にバウンドして跳ね返る。まるでプロレスのリングのようだと上条は他人事のように思った。あるいは、サッカーボールの壁打ちの方が的確だろうか。
動き回るヤマアラシと異なり、怪獣は地面を踏み締めて動かない。しかし屋上を外から覗いている。屋上から飛び出そうとも逃げ場はない。リングの内にはヤマアラシが、リングの外には怪獣がいる。
上条の体を通して、背後の鉄柵が折れ曲がる。衝撃の伝播が屋上から建物全体を揺らす。
ひび割れた地面や空気の流れから気づく。気づいてしまう。どうして一瞬で一〇メートル以上を移動できたのか。
上条の想定は正しい。ベヘモットは異世界において最も物理ステータスが高いマスター。彼女は音速の二〇倍以上で動き回り、一般的な成人男性の二万倍以上の腕力を兼ね備えた怪物。
自分の腹が無事なことに逆に疑問を感じる。削岩機のような威力、隕石のような衝撃だった。拳がめり込むどころか、
むしろ異常なのだ。スナイパーライフルから放たれた弾丸が窓ガラスを貫通するように。オティヌスの『弩』がクレーターすら作らないように。体がくり抜かれる事なく、吹き飛ばされたこと自体が異常だと感じる。
(……手、加減……されている……?)
朦朧とする意識で考える。この怪物を倒す方法はないのか、勝ち目はないのか。しかし見当たらない。無様に右手を振るおうとも一発も当たらない。ラッキーパンチすら存在しない。
速度が違いすぎる。単純に動きが速いというだけではなく、
「……がっ、ぁうぁ……」
意識が遠のく。叫び声を上げる気力も無い。視界が暗闇に呑まれる。自分が殴られる音すら他人事のように感じる。
海に沈んでいくようだと上条は思った。視界は歪み、音は鈍く響く。どこか幽体離脱のような感覚だ。意識は現実から切り離され、深く深く沈んでいき。
最後に、その声が聞こえた。
「
べゴリッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
可憐さを感じる声と共に、
『…………⁉︎』
声が出ないはずのヤマアラシの息を呑む音が聞こえた。
彼女の肉体の
そんな最強の肉体が壊された。
魔術でもない。超能力でもない。特殊な魔術霊装でもなければ、最先端科学による兵器でもない。ましてや
なんの異能も篭っていない少女の一言によって、“最強”の力が崩された。
それは『
魔力を必要としない魔術。
「ノタリコン」という暗号を用いてアラン・スミシーの頭に割り込み、ベヘモットという魔術に誤作動を引き起こした。
ザン! と。
修道服を着た銀色の少女が、上条を守るために自ら大きく一歩を踏み出す。
聞き覚えのある声だった。
聞き覚えのない声色だった。
少しの怒りを滲ませて、彼女は言った。
「とうま、助けに来たよ」
一〇万三〇〇一冊の魔道書を記憶した少女、
8
「……イン、デックス……?」
思わず疑問符を付けてしまった。
目の前の少女が、記憶の中の少女と結びつかなかった。それほどまでに少女は怒っていた。
「とうま、話している暇はないかも。多分、遠隔操作から完全自立に切り替わったんだよ。ベヘモットはまだ死んでいないし、レヴィアタンも動き出したから早く倒さないとまずいんだよ」
「……あ、ああ……」
インデックスは冷静に語る。話はひとまず後回しだ。まずは目の前の脅威から片付ける。
痛む体に鞭を打って動かす。全身が痛すぎて一周回って動きに支障はない。どんな動きをしても変わらず痛いのだから、もはや何も関係がない。
「これはアラン=スミシーが執筆した
「そうか、魔道書! インデックスはあいつが書いた本を全て知っているのか‼︎」
「ベヘモットのステータスはレヴィアタンのステータスを写し取ったもの、ベヘモット単体だとここまで強くないんだよ。だからレヴィアタンさえ倒せば……」
「あのヤマアラシも大人しくなるって訳か」
「うん。付け加えるとレヴィアタンはベヘモットほど賢くないし、図体もデカいから的として狙いやすいかも」
話を聞いて怒ったのか、
だがレヴィアタンは頭が足りない。そこまでの力があるのなら、直接攻撃などせずにビルを引っこ抜いて投げれば良かった。もしくは足場の建物を崩せば良かった。だったら上条当麻は物理攻撃で簡単に死んでいた。
しかし拳は直情的に振るわれる。まっすぐ、上条に向かって。
だったら簡単だ。
右手を硬く握り締め、体重を乗せて前に突き出す。
ドッッッッ‼︎ と隕石すら破壊するレヴィアタンの拳が空気を鈍く軋ませる。
少年と怪獣の『右手』が正面から衝突する。
直後、上条よりも先に足場が悲鳴を上げた。
屋上に亀裂が生まれ、床が沈没する。
もちろん上条の右手も無事ではない。
ベキベキバキバキ‼︎‼︎‼︎ と不気味な音が腕を伝って響く。
(折れてもいい、すり潰れたって構わない、指の一本や二本くれてやる‼︎ 右手さえ動くなら、この手であの野郎を殴れるのなら‼︎)
ばぢんっ‼︎ というゴムが弾けたような音と共にレヴィアタンの拳が弾かれ、光の粒子となって消滅していく。それを見届けることなく、上条は崩れる足場を走り抜けた。レヴィアタンが消えても脅威はまだ去らない。
向かう先には完全に怪我を回復させたベヘモットがいた。その怪物は半透明の爪を振るう。放たれるは数十メートルを飛来する衝撃波。その後ろから、同じ威力の光刃による二連撃。
わざわざ
その隙をベヘモットは見逃さなかった。崩れ落ちる瓦礫を飛び跳ね、上条に追撃を食らわせる。レヴィアタンが居なくなりステータスが下がったとしても、未だその身は“最強”。
対する上条は制服を脱ぎ捨て、ベヘモットへ投げつける。相手は逃げ場のない空中。投げつけた制服は小さなベヘモットを覆い隠す。これで視界を完全に潰した。
上条は身動きを取れないベヘモットに手を伸ばす。あの一センチ、それだけで怪物を退けられる‼︎
『…………』
「ッッッ‼︎⁉︎⁇」
しかし、
理屈ではない。避けられる道理はない。
つまりは
(……あと少し、あと少しなのに……‼︎)
走馬灯のように引き伸ばされる感覚。
ここで決めなければ、もう超音速のベヘモットを捉えるチャンスは二度と来ない。建物が崩れたことでできた偶然の閉所は唯一の勝ち目だ。そう、分かっているのに。
あと一センチが、届かない。
その時だった。
「
『…………‼︎』
たった一言が状況を打開する。
インデックスの『
その言葉は完全自立に切り替わったベヘモットには通用しない。しかしついさっき体を捻じ曲げられたばかりのベヘモットは、その言葉に反応してしまう。一瞬の硬直、しかしこの攻防においては大きな隙となった。
「これで終わりだ」
今度こそ、
インデックスが繋いでくれたパスを、しっかりとゴールまで届かせる。
そして上条は右手を振り下ろした。
「次はお前の番だぞ、アラン=スミシー」
決着の音が響き渡った。
ベヘモットは消滅する。まるで最初から存在しなかったかのように。しかし彼女が暴れた傷跡は街にしっかりと刻まれている。
そう、ベヘモットが消えようとビルの崩落は止まらない。
そして、グシャッ‼︎ という音と共に上条当麻は地面に叩きつけられた。