【完結】とある原典の霊媒作家(ゴーストライター) 作:大根ハツカ
しかもよりにもよって第一二学区が舞台ですってよ
1
迷路と化した第一二学区の中、街中を走る一人の男の姿があった。
「大丈夫かね、きみぃ‼︎」
神学の重鎮、
白い髭をゆさゆさと揺らし、地面に横たわった少女の元へ駆け寄る。少女を中心とした放射状に血液が散らばっていた。
「……あぁ……しろいし、せんせい……」
持ち歩いていた救急キットを取り出して、少女の血を止める。応急処置にしかならないが、この運ゲーの迷路から避難所か病院を当てるまでの時間稼ぎにはなるだろう。
血を拭き取って現れた顔には見覚えがあった。名前は知らないが、会ったことがある。かつて特別講師として常盤台中学に招かれた時、熱心に質問をしてきた好奇心旺盛な中学生だったはずだ。
「わたくしの……わたくしの、能力が……」
「……すまない。わしは耳が聞こえん。きみが助けを呼ぶ声も、きみの今伝えたいことすら分からんのだ」
少女は何かをうわ言のように繰り返していた。耳の聞こえない城石は申し訳ないと思いながら、話を無視して少女を背負う。彼女の言い分を聞きたい所だが、一刻を争う状況だ。死にかけの少女に文字を書かせるわけにはいかない。
しかし、今回ばかりは聞こえていなくて幸運だったのかもしれない。状況を把握していない城石は、せいぜい
「わたくしの
ましてや、『科学』を超えた怪物がいるなどと。
考えたことすらなかった。
常盤台中学生二年生にして、
物体を高速振動させる超音波を放ち、肺を破壊して自身の血で溺死させる
彼女が培ってきた一切の『科学』が通用しなかった。
「だめ……手を出しちゃだめ、目を合わしちゃだめ……。あれらは、手を出さなければ何もしてこないのだから……。わたくしどもは震えるしかできないのだから……」
「寒いのかい……? 大丈夫だ、もう少しで暖かい布団のある病院に着くから。わしが連れて行くから……‼︎」
囁間叉希は城石の背中でガタガタと震える。彼女の心は『血液を操る悪魔』によってポッキリと折れていた。もう何も出来そうにない。
対する、城石は大量の汗を流して歩く。
「大丈夫だ、大丈夫だから……‼︎」
自分に言い聞かせるように城石は繰り返す。
城石の限界も近かった。彼の体力は年相応で、子供とは言っても四〇キログラムはある女子中学生を背負って歩き回るのには無理がある。
物陰で潜みながら、城石は意地だけで歩き続ける。
そんな二人に迫る影があった。
2
「……ま。ねぇ起きて、とうま!」
耳元で聞こえた声に上条当麻の脳が揺れる。
水面に輝く光へ手を伸ばすように、徐々に意識が現実に浮上していく。
「……え、あれ?」
「とうま、大丈夫?」
目を開けると、そこにはインデックス。
白い修道服を着た銀髪の少女が上条の顔を覗き込んでいた。
頭がぼうっとする。今まで何をしていたのかと少し考える。
そして、飛び起きた。
「あっ……ガッ、ぁ⁉︎」
「動いちゃダメだよ、とうま!」
全身に痛みが迸り、体が痙攣する。寒気を感じるような妙な汗が湧き出る。
それでも、大人しく寝ているわけにはいかない。まだ何も解決していない。
「……あれからどれだけ経った、俺はどれだけ眠っていた⁉︎」
「一時間も経ってないんだよ。今はアラン=スミシーから隠れて、屋内に潜伏してるとこ」
周囲を見渡すが、灰色の壁に囲まれていることしか分からない。窓もないため、外の状況を見ることもできない。
「……ビルの崩落に巻き込まれたにしては、意外と無傷で済んだな。インデックスがここまで運んできてくれたのが?」
「ううん。ここは同じビルの地下。とうまはここまで落ちてきたんだよ」
「………………は?」
慌ててもう一度周囲を見回す。
ここは地下だと言うのはいい。窓がない理由がハッキリして納得できた。同じビルというのもひとまずは置いておこう。地上は怪獣に粉砕されたが、地下はシェルターになっていて残っていたのかもしれない。
だけど、
「それは、あり得ないだろ」
「……」
「だって、天井は壊れてない。瓦礫も落ちてない。ここは使われたことが無いみたいに綺麗なのに……、………………っ‼︎」
「……気づいた?」
そうだ、こんなに綺麗だなんてあり得るのか?
いやあり得るのかもしれない。ここは出来たばかりの部屋だったり、上条が知らない清掃方法があったりするのかもしれない。
でも、綺麗なのはここだけじゃなかった。上条が目を覚ました場所、歩いて来た道、屋上から見えた街並み。それら全てが綺麗だった。
「……何が、起こってる……?」
「とうま、落ち着いて聞いてね」
インデックスは落ち着いた声で、目を伏せて言う。
「
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
上条の思考が停止しかけた。
スケールが飛躍する。上条の生死、第一二学区の危機といったレベルではない。事件は惑星レベルまで進化した。
「街が綺麗になってるのは、魔道書の『
「……いや、でも、魔道書って本なんだろ? だったら、星が本になるはずがないだろっ⁉︎」
「魔道書って呼ばれているけど、その本質は本じゃなくて記述。石板やタロットみたいな書物の体裁をしていない魔道書もあるんだよ。『黄金』の魔術師がそうだったでしょ?」
無意識に、上条は己の右手を眺めた。
あらゆる異能を否定する
しかし、それを見たインデックスが口を挟む。
「今回はとうまでも無理かも」
「どうしてだ、これも魔術の一種なんだろ? ……だったら」
「とうまの右手は非科学的なものを無効化するわけじゃなくて、異常な値を均一化させるだけなんだよ。例えば、人間に触れたって魂が壊れることはないし、星に触れたって地脈が吹っ飛ぶなんて事もない」
「……つまり、」
「
オティヌスとの戦いを思い出す。
オティヌスが創造した世界は
「たぶん、星の何処かに『異世界』の記述を刻み込んでいるはず。遺跡の壁画が単純な模様じゃなくて宗教的な神話を描いているのは、
「でもそれが近くにあるとは限らない。むしろ学園都市にすら無い可能性の方が高い。俺だったらそうする。というか、『
「うん。だから、止める方法はひとつだけ。魔道書の執筆は霊装や地脈の力を借りる事はあっても、結局は魔術師の魔力に依存するんだよ」
「……魔術を使ってる元凶を叩く、か」
だとすれば。
やる事は変わらない。
今までと同じ。
ただ、ヤツを殴る理由が一つ増えただけ。
「そもそも、どうしてアイツはこんな大規模な魔術を仕掛けたんだ? アイツの目的は俺一人だろ?」
「考えられる理由は三つかな」
インデックスは三本の指を立てる。
「まず一つ目、アラン=スミシーは本来なら
「……ラジオゾンデ要塞の時と同じようなもんか。魔術師ってヤツはどいつもこいつも……‼︎」
たった数時間の時間稼ぎ。
たった一人のありふれた高校生の殺害。
ただそれだけのために地球人類丸ごとを巻き込んで事件を引き起こす者。
それこそがアラン=スミシー。
それこそが魔術師。
“個”の
「次に二つ目、いくら伝説の魔術師でも
「くそ、惑星レベルとか神話の存在とかめちゃくちゃなもんをぽんぽん出しやがって……」
「だからこれはある種の結界、儀礼場作りみたいなものなんだと思う。この
星の原典化と言うと大仰に聞こえるが、使われる技術はそう珍しい物ではない。
例えば近代西洋魔術における儀礼場では、『ある一定の空間を一つの宗教の色で染める事』は基本中の基本、教えるまでもない当たり前の常識だ。修道服を着てお寺に入るのは場違いだろうし、十字架や数珠をストラップのようにジャラジャラと付けたような人は敬虔な信者にはとても見えない。中には神仏習合のように異なる宗教同士を合わせることもあるが、基本的には一つの色に揃える事で純粋さを生み出すのが分かりやすい魔術のやり方だ。
やっていることは劇場のセット作りと同じ。統一された世界観・宗教観のセットを作り、演劇に説得力を生み出す。
ただし、アラン=スミシーのそれは惑星規模にまで拡大された文字通り桁外れなものであるが。
「最後に三つ目、これはアラン=スミシーの言動から推測したことなんだけど、彼はとうまを本気でこの世界の主人公だと思っているのかも」
「俺を?」
「とうまが主人公だと仮定すると、この世界そのものがとうまの味方となる霊装みたいなものなんだよ。だからその、しゅじんこーほせー? ……ってやつを無くすためだけに、世界を書き換えたのかも」
「……常識的に考えて、世界が俺の味方だなんてあるわけがないだろ。俺はどっちかというと、世界の中でも不幸な立ち位置に生まれつきスッポリはまって抜け出せない類いの人間だぞ」
「それでも、アラン=スミシーは本気でそう考えている。本気でとうまを殺したら世界が平和になると思ってるんだよ」
「……」
もし本当に、上条一人が死ねば世界が平和になるとして。
上条当麻にその選択が委ねられたとして。
……それでも、上条はそれを認められない。
「行こう、インデックス」
「……とうま」
「俺が死なないと世界は不幸になる。それには大前提として、誰かが世界を救わないと平和にならないって考えがある」
「……、うん」
「誰がそんな事を決めた? 上から目線で自分の救いを押し付けて、我が物顔で世界を歪める。そんなのオティヌスが見せた『しあわせな世界』と何も変わらないじゃないか。俺が主人公だと? そんなわけあるか。俺が世界を救えたのは、世界中の人たちが俺を救ってくれたからだ」
だから少年は証明する。
上条当麻だけじゃないこの世界を。
右手の拳を握りしめず、今回ばかりは
「見せてやろうぜ、インデックス。俺だけじゃない、
その言葉にインデックスは僅かに瞠目した。
何かを言おうとして口を開き、そして閉じる。
長々しい言葉なんていらない。そんなものは全てが終わった後にでも言えばいい。
今必要なのはたった一言。
「まかせて」
少女は上条の手を取らなかった、
その代わりに、地上へ繋がる扉のドアノブを掴んだ。ゆっくりと扉が開き、地下へ太陽の光が差し込む。
後光を浴びた銀髪の少女は、まるで聖母のごとく微笑む。
「行こう、とうま。全てを終わらせに」
3
城石教義の背筋に凍るような寒気が迸る。
それは背負われた囁間叉希も同じだった。
シャツに滲んだ汗が急激に冷えていくのを感じる。
音もなく、人型の影が真後ろに迫っていた。
「……あ…………」
動かない。
体が、足が。
動けない。
ギギギギギギと錆びついた門を開けるように、ゆっくりと振り返る。
そこには白髪の少女がいた。
黒に赤い縦縞の影を身に纏う少女。暴力のような分かりやすい脅威とはまた違った、和風ホラーのようなじめじめとした恐怖に襲われる。
(動け、動け、動け‼︎ 子供たちを助けると誓ったのだろう‼︎ この子を病院まで連れて行くと約束したのだろう‼︎ だったら動けぇええええええええええええええええ‼︎‼︎‼︎)
それでも体は一ミリも動かない。
現実は無情だ。どれだけ崇高な精神を持っていようと、ちっぽけな人間なんてものは現実の理不尽を前にすれば簡単にすり潰される。
(こんな、こんなものだったのか……? 自分の命は二の次で、無駄死にだとしてもわしは子供たちの為に身を費やすと決めた覚悟は……、この程度だったのか……?)
理想の綺麗事は『本物』に粉砕された。
誰もがヒーローになれるわけじゃない。
誰もが主人公になれるわけじゃない。
(もういいんじゃないか? わしは十分やっただろう? ここまで頑張ったんだ、
生存を脅かす、どうしようもない恐怖。
その恐怖によって思考は捻じ曲げられる。
屈した老人はただ震えて地に伏せる。
誰だって完全な善人にはなれやしない。
それは神への信仰を学ぶ城石だって例外ではない。
(無理だ、わしにはもう無理だ。逃げたい。でもわしには他人を見捨てる勇気すらない。何か、何かないのかっ? 言い訳になるような何かは!)
現実は待ってくれなかった。
ひたひたと影が近づく。纏っていた影の布が触手のように脈動する。影が大口を開け、無力な老人を呑み込む。
「そうはさせませんわ」
────はずだった。
それは一本のナイフだった。
投げられたナイフは影に突き刺さることはなかったが、その気を逸らすことには成功した。
いつの間にか。
背負っていた少女は一人で立っていた。
「ここまでの手助け、感謝いたしますわ。例え事態は何も変わらなくとも、世界に影響は与えられなくとも、その献身はわたくしの心を立ち直しました。その行為自体にわたくしは敬意を表します」
血が足りないのか、少女はふらふらとして足取りで歩く。応急処置で血は止まったとしても、その怪我は全く癒えていない。怪我の直後に戦闘をするなど、無茶にも程がある。
「ですから、ここまででいいのです。わたくしの人生は無意味なものではなく、城石様を少しでも生かせられたのならばそれで。……と言いましても、城石様は聞こえていないのでしょうけど」
少女は独り言を呟く。
勝てるとは思っていない。
既に、摩擦熱で物体を溶断する
それでも、恩人が逃げるまでの時間稼ぎくらいはやり遂げてみせる。
「わたくし、城石様の授業が好きでしたわ。こんな非常時の善行なんかよりも、そういった日常の風景こそが城石様の美徳なのです。あなたが積み重ねた善性は、こんな挫折で霞むようなものではありませんわ。……ですから、どうか」
老人は。
城石教義は。
何も出来なかった。
少女の前に出て守ることも、少女の手を取って逃げることも、声を出しても少女を止めることも、少女に名前を聞くことも、少女の最後の言葉を聞くことすらも。
何も、何も出来なかったのだ。
最後に、少女は何も言わず手話を見せた。
耳の聞こえない城石にも伝わる言葉だった。
震災後に開発されたその手話が表す意味はただ一つ。
『逃げて』。
「あ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎⁉︎⁉︎」
城石教義はみっともなく逃げ出した。
4
建物の屋根に身を隠しながら、上条たちはこそこそと地下から飛び出す。下手に路上を走るわけにはいかない。相手は空を飛んで町中を監視している。
「とうま、何処に向かうの?」
「第一二学区の中心部だ」
上条は間髪を入れず答えた。
「どうして……?」
「アラン=スミシーに正面から立ち向かっても俺には勝ち目がない。アイツが空を飛んでいる以上、
「一冊につき一人までだとしても、三〇〇人は引用出来るんだよ」
「そんなに執筆してんのかよ……」
一度見つかった時は一体(二体?)だけの襲来であった。
しかし、次も一体ずつ来るとは思えない。ひとまとめに三〇〇体来るかもしれないし、一冊につき何体も召喚されても不思議ではない。そしてそのような飽和攻撃に対し、
だったら一撃で決めるしかない。
一瞬で空に浮かぶアラン=スミシーに接近して、殴って地面に叩きつける。恐らくそれが上条の取れる最適解。
「とにかく空に近づけないと話にならない。そして、そのために第一二学区の中心部へ向かう必要がある。インデックスはもう見ただろ?」
「あっ!」
インデックスは一度記憶したものを忘れることはない。故にその言葉だけで思い至った。
「あーきてくとぷりんたー!」
「『
操作方法は知らないし、本当にそんなことが出来るのかも分からない。それでも上条にはそれ以外の道が思い浮かばなかった。
「屋根に上がれない以上、ガチャみたいに中心部を引き当てるまでずっと彷徨い歩くことになるけど……」
「ううん。『
「インデックスがいるだけで話がめちゃくちゃ早いな‼︎」
対魔術において、これほど頼もしい少女はいない。彼女一人で大半の魔術師絡みの事件は解決してしまう。もしもこれが物語なのだとしたら出禁である。
だとすれば、後は見つからないように走るだけだ。
そうして一歩を踏み出す。
その時だった。
周囲を警戒する上条の耳に、ある声が届く。
『あ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎⁉︎⁉︎』
ズサ! と歩き出そうとした足を踏み締める。
それは老人の悲鳴であった。
音が反響して正確な位置は分からないが、場所が近くである事は間違いない。
「なあ、インデックス」
「アラン=スミシーが
言葉にするまでもなく意志が伝わった。
この声はアラン=スミシーの罠などではない。正真正銘、生存者の悲鳴である。
「インデックス、いいか……?」
「……」
上条だって状況は理解している。
あと五〇分で星は原典化してしまう。
或いは、予想よりも早まる可能性もある。
上条たちに寄り道している暇などない。
でも、それでも。
「
間違いなく戦闘になる。アラン=スミシーに見つかり、立てた計画は台無しになるだろう。体も満身創痍で、体力がいつまで保つかも分からない。
話を始めに戻そう。
そもそも上条は世界を救おうとしていた訳じゃない。アラン=スミシーの撃破だって手段に過ぎない。まず初めに、地獄と化した第一二学区を元に戻したかった。苦しんでいるだろう学園都市の住民を助けたかった。
対して、インデックスは小さく笑った。
馬鹿にした訳じゃない。
予想できていた事だ。これまでだって、彼は世界だとかそんな大仰なもののために戦ったのではない。
第三次世界大戦を止めた時も。
オティヌスを守り抜いた時も。
コロンゾンに立ち向かった時も。
……そして、インデックスを救った時だって。
そして人を助けるたびに理由を尋ねられ、何度も彼は答えるのだ。
インデックスには予想できた。
上条当麻は助けるに決まっている。
だからインデックスはこう言った。
「いいよ、助けに行こう」
上条たちは勢いよく方向転換した。
『別の事件』へ全速力で突き進んでいく。
5
その瞬間。
起こったことは単純だった。
ズドン‼︎ と。
常盤台の制服を来た中学生と影を纏う少女の間に挟まるように、建物の上から上条当麻が降り立った。
「うおおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎」
右手を振り回し、全ての影を一掃する。
大技を放つ機会は与えない。反撃の隙すらなく、アラン=スミシーが召喚したその少女に手を触れる。
「とうま! 見つかったんだよ!」
「くそったれ‼︎」
轟‼︎ と少女達が舞い降りる。
一人一人を観察する余裕はない。周囲を確認したが、声の主と思われる男性は見つからない。とりあえず未だ戸惑っている女子中学生に向けて、上条は叫ぶ。
「おいアンタ‼︎ 動けるか⁉︎」
「なっ、何ですの⁉︎」
「説明する時間がない、早く逃げろ‼︎ ここはもうじき戦場になるぞ‼︎」
「ちょっ、お待ちなさい‼︎」
上条は振り返らなかった。
全力でこの場から離れて彼女を戦いから遠ざけねばならない。
三〇〇対二の地獄の鬼ごっこが始まる。
その一瞬前。
「
今度こそ。
上条の足は完全に止まった。
ギギギギと油の切れたブリキのように首を回す。
「やっ、やっと止まりましたわね……‼︎」
ゼェハァと息も絶え絶えに、名も知らぬ女子中学生は上条に向かって歩いてくる。体力が無いのか、それとも怪我でもしているのか、ふらふらとした足取りであった。
「
そして、と。
その少女はある
「
思い返してみよう。
思い返してみよう。
思い返してみよう。
一緒に星を救おうと手を伸ばした時、インデックスはその手を取らなかった。それだけでは不自然な行動では無い。しかしそこに意味があるとするならば。
思い返して、思い返して、思い返して、思い返して。
そして上条は呆然と言葉を溢す。
「お前、インデックスじゃないのか……?」
対して、インデックスはいつもと変わらぬ笑みを浮かべて言った。
「思ったよりバレるのが早かったね」
6
「わたしはとうまが言うインデックスじゃないけど、それでも厳密にはわたしもインデックスなんだよ」
「は……?」
反射的に、常盤台の少女を庇うように一歩前に出る。
「わたしの名前はインデックス、正式名称は魔道書『とある魔術の
他の
(そうでもないと、こいつが俺を殺さなかった理由が分からない)
本物のインデックスたちを心配しながら、上条は必死に頭を回す。
「音のない魔道書を媒体にしてるから声は出ないんじゃなかったのか?」
「魔道書と言ってもそれは単純な本だけじゃないんだよ。特に現代では書籍でありながら音が出る媒体があるよね?」
「……?」
「電子書籍、ですわね? いわゆるオーディオブックと呼ばれるような、文字の読み上げを行う新たな形式の書籍ですわ」
『科学』と『魔術』は交差する。
アラン=スミシーはかつての『黄金』に所属した魔術師。それはつまり魔術サイドと科学サイドの協定が生まれる前の、アレイスター=クロウリーが『
『科学』を利用した『魔術』。
古き時代の、そして新時代の魔術師である。
「実際はそんなしっかりした物じゃなくて、インターネット上の小説投稿サイトに記されただけなんだよ。でも、インターネットはとうまにも触れられないよね?」
『
唯一対処できる
「そしてインターネットを介して拡散した
パチン! と指を鳴らす。
直後、上条の携帯が音を鳴らし始めた。いや、上条だけではない。インターネットに繋がった全ての機器が支配される。
『 。 、』
人間では理解の出来ない『何か』が鳴り響く。
ズキンと、上条の脳が頭痛で揺れる。咄嗟に頭を右手で抑えるが、軽減は出来ても根本的な頭痛はなくならない。
横を見ると、常盤台の制服を着た少女は意識を失って倒れていた。
「な、にを……」
「文章を読み上げただけ。音そのものは異能でも何でも無いけど、言葉を認識した脳自体が異常をきたすんだよ。だって
返答は返せなかった。
脳が頭痛に塗れて動かない。
動くという意志すら働かない。
「……くっ、そがぁぁぁ……‼︎」
そうして、手も足も出せず。
上条当麻の意識は深く沈んでいった。