生徒会に告ぐ!   作:御手洗団子

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ペットボトルに咲く花

 はるか昔、恋文は垣根の向こうから投げ入れられたものらしい。平安貴族になると、女性の顔はおいそれと見れるものではなかったから、顔も知らぬ意中の相手に恋文を重ねて、初夜が終わった朝日でやっとその顔が噂通りかそうではないか確かめられたという。

この顔のない相手に恋する文化は現代においてはSNSなどの登場によって当時よりもさらに勢いを増していると言えるかもしれないが、ともかくトレセン学園においては古来の平安貴族のようなスタイルでそれが行われていた。

「こら、ゴミ拾いもいい加減にして教室に行かないか。もう予鈴が鳴るぞ」

 風に寒さが混じり始めた朝である。

 生徒会副会長のエアグルーヴが枯草色の落ち葉たちを踏みしめながら声を出すと、壁の近くにたむろしていた蜘蛛の子を散らすようにウマ娘たちが走り去っていった。みな、決まって片手にペットボトルを持っていた。

 ゴミ拾い、というのは暗喩だった。そのペットボトルの中に手紙が入っているのだ。学園の外の男子学生たちからである。塀、と言うには高すぎるレンガ積みの壁から投げ合って、密かに文通をしているのである。

 ルールも決まっていて、男は朝に、ウマ娘は放課後に、お互い名前を聞かず、逢おうとも書かず、さようならと言われたらそこまでという、ロマンチシズムに溢れているものだ。携帯のメールやSNSでないところにもそれは現れている。広大な学園の土地を囲むこの壁は、まるでそこから世界を分け隔てているようにそびえていて、特にトレセン学園は生徒はウマ娘だけであり、トレーナーや教官をのぞけば男子はいないから、男子と女子の壁にも思えてくる。

 だから、こういったメロドラマめいたことが少年少女を突き動かすのかもしれない。

「まったく……毎朝毎朝、残りを拾いに来る方の苦労も考えろ」

 この不思議な手紙の送り合いを誰が始めたのかは分からない。もしかしたら誰かの思い付きかもしれないし、昔流行りだしたことが今になって再燃したのかもしれない。だが、エアグルーヴの関心はそこではなく、目の前に転がっている拾われることもなく残ったペットボトルである。

 ウマ娘たちの気まぐれに選ばれなかった哀れなペットボトル詰めの手紙たちは、読まれもせずにそのまま放置されるか拾われてもゴミ箱に捨てられる。そして放課後に返事を期待してやってきた外の生徒を落胆へと突き落とすのだ。

 そしてそれを片付けるのはこの件を預かっているエアグルーヴであり、拾う係も同じくこのウマ娘であった。せめて違うものも拾って捨てろと言っているのだが、自分が贔屓しているヒトからきた手紙に夢中でついついどれかは拾い忘れる。

「あちらも一回で返事を貰えなかったのなら、きっぱりそれで諦めばよいことを……」

 こういうものは禁止しようとも続くものだと知っているエアグルーヴが、ぶつくさと文句を漏らしながらペットボトルをひろっていると、その一つに目が留まった。青いリボンで作られた花が手紙と一緒に中に入っている。エアグルーヴが知る中で、これで一日と欠かさず二か月は投げ入れられている。

 それを美しいアイラインの入った目で見つめると、持っていた袋の中に他のものと同じく、無造作に放り込む。が、暫くするとため息と一緒にまた取り出して、懐の中に入れ込んだ。

「君も文通を始めるのか?」

 昼食時、それを生徒会室で机の上に置くと、生徒会長であるシンボリルドルフが目を丸くしたので慌ててエアグルーヴは首を振った。

「いえ、そういう訳ではないのです。ただ、これはずっと毎日投げ込まれているもので。どういう訳か諦めが悪いというよりかは、誰かを心配しているように私には見えてしまい……」

「君がそう感じたのならば間違いはないだろう。中身は見たのか?」

「それが、やはり他人に宛てた手紙を勝手に覗き見るというのは……どうにも」

 それもそうだなと、会長、副会長が手をこまねいていると、それを見ていたナリタブライアンがリボンの花が入ったペットボトルを引っ掴んで、無造作にめぎ、と口の部分を引きちぎってしまった。

 そのままひっくり返して中身をテーブルの上に落とすと、手紙をおもむろに広げ始めた。これにはルドルフも苦笑し、エアグルーヴも呆れた顔と声を出したが、当の本人は

「どうせ見るんだろう」

どこ吹く風である。

 ともかく中身を見てみれば、確かに心配をしているような文である。纏めれば急に途絶えた手紙に、何かがあったのではないか心配だ、元気を無くしたのならどうか立ち直ってほしいという具合だった。

 長い文通相手だったらしい、言葉の端々に親しみが込められている。これを二か月。顔も知らない相手に、それも飽きられて無視されているだけかもしれないのに、ただ純粋な心配だけで送るというのはかなりの根気であり、それ以上に相手のことを思っているのだろう。

「もしこのまま返事がないとしたら、この手紙の主はいつまでも同じようにこれを送り続けるのだろうか」

 会長の言葉に、副会長は吹いてもいない冷たい風が心の隙間から入り込んできたような気がして、憐憫の心が湧いてきた。

「少しだけ、この手紙の相手を探してみようと思います。せめて、文通を止めるならば、別れの挨拶をするのが筋でしょうから」

「そうか、ならば任せよう。君は優しいな、エアグルーヴ」

「……いえ、毎日学園に投げ入れられるペットボトルを減らしたいだけです」

 これにはエアグルーヴ自身も下手な言い訳だな、と思わざるをえなかった。ブライアンでさえくすりと笑みを漏らしている。

 意外にも難航すると思われた文通相手のウマ娘というのは、早くに見つかった。

 と、言うのも長く続く文通相手には他のものと区別がつくように手紙と一緒に目印になるものを入れるらしい。中に入っていた青いリボンの花を文通趣味の生徒に見せるとすぐに察しをつけて、名前まで教えてくれた。

 ただ問題だったのは、その生徒がもうじきトレセン学園にいなくなるということだった。

 成績不振が重なり怪我がトドメで引退となった。ドリームリーグへの参戦権もなく、一週間もすれば寮から荷物はなくなり、都内の高校へと転校することになっている。

 ここはレースの頂点を極めるためにある学校である。決して少なくない数の生徒達が、様々な理由からこの学校を去る。それを少しでも無くせればと生徒会のみならず様々な人間が努力を重ねているのだが、やはり指の間から砂粒が漏れるように手が届かないものがある。ウマ娘もヒトも決して万能ではいられない。

 返事を返さなかった理由はエアグルーヴにも分かる。分かるがゆえに、心にいくつもの穴が開いたような痛みを感じてしまう。自分が今からやることは残酷なのだろうか? だが、そうしないよりは、きっとマシだろう。少なくとも、一人の人間が生涯で思い続けるだろう心残りを無くすのだから……。それとも、私がそう自己弁護しているだけか?

 次の日、エアグルーヴはやはり今日も送られてきていた手紙入りのペットボトルを手に、その生徒の前にやってきた。生徒は副生徒会長の手に持っているものを見て、すぐに用件を察したようだった。

「これはおそらく、お前宛てのものだろう?」

「……彼、もしかして直接渡そうとかしちゃったんですか?」

「いや、違う。お前たちが定めているルールは破ってはいない、不躾だが私達が中身を確認させてもらった。毎日、投げ入れられているものでな」

青リボンのウマ娘はそれを聞いて、怒りか羞恥か、恐らくはその半々だろう理由で顔を赤くしたが、目の前の副生徒会長の伏せた目を見て何も言わずにただペットボトルを受け取った。

「知ってます……ずっと、見て、見たまま拾わずにきましたから」

「では、私が言おうとしていることも分かるだろう」

「本当のことを言え、ですか?」

ぽつぽつと、綺麗に装飾されたからのプラスチック容器に涙が落ちて、滑っていった。エアグルーヴは無念だろう後輩の涙を拭ってやると、柔らかな笑みを見せて彼女の肩に手を置いた。

「少しだけ違うな。別に本当のことを言えとは言わない。ただ、別れを告げてやれ、突き飛ばすような言葉でもいい、一方的でもいい、ただこれはお前が続けてきたことなんだ、最後まで責任を持たなければ。最後の最後までお前をのことを思っているファンなのだから」

「でも、でも……そんな残酷なこと、できませんよぉ……きっと、ガッカリしちゃう、落ち込ませちゃう……いい人なのに……!」

「だがそうしなければ、相手は明日も、明後日も、きっとずっと続けるだろう。きっとお前が卒業したと思っても、自分がそこにいる限りは。そしてそれはきっと一生死ぬまで、あの時止めなければ返事が返ってきたかもしれない、そう思うだろう。それは何よりも残酷ではないのか?」

その言葉は、きっと壁を隔てた彼女達の日常を思い出させたのだろう。ペットボトルを持ったウマ娘はそれをぎゅっと胸の中に抱くと、ただ声をも出さずに泣いた。泣いて、泣いて、やがて肩の震えも止まったころに、その後輩はただ弱弱しく頷いた。

 次の日から、青いリボンが目立つペットボトルは見かけなくなった。その次の日も。 

「私がやったことは果たして正しかったのだろうか……」

数日後のトレーナー室で、しばらく無言のままソファに腰かけていたエアグルーヴは、ふいにそう呟いた。その言葉を受け取ったのは彼女のトレーナーで、紅茶のティーバッグが入ったカップにお湯を注いでいる。冷たい風の音が、小さく窓を揺らした。

「後悔してる?」

「少しだけだ。ほんの少し……違う道もあったのではないか、と」

「例えば?」

「例えば……誰かに文通を引き継がせる、とか。嘘でもいいから元気だと伝えるやら……そうすれば、彼女は傷つかないし、相手も姿が見えない誰かに希望を見れたかもしれない。その役を私がやっても良かった」

「無理じゃないかな」

 お湯の中で泳がせるようにティーバッグの紐を上げ下げしながら、普段は優柔不断さが抜けないトレーナーがキッパリとその可能性を否定したので、日々その姿を見ているはずの担当は目を丸くした。

「あの子達には、あの子達なりの情熱や思いがあったんだろう。他人が真似しようと思ってもすぐに見抜かれたと思うよ」

「貴様にしては言い切ったな。トレーナーとしての勘か?」

「と、いうよりは青春を先に経験した大人としての意見かな」

「大人か。そうだったな、いつもは世話を焼かせるから忘れていたが、貴様は私より年上だったな」

 自分でもわざとらしいと自覚しながらエアグルーヴは軽口と憎まれ口のブレンドを吐いて、目の前に差し出された紅茶に口を付ける。カモミールのよい香りが、冷えた体と心を温めてくれるかのようで、ほうと息を吐いた。エアグルーヴがこういった子供じみた口調と態度を相手に見せる貴重さは、他の誰でもないトレーナーが知っていた。だから彼自身は気に障ることも落ち込むこともなく、こういう時には嬉しそうな顔をするので、ついつい生意気な口をきいたと気にした方は拍子抜けするのである。

「これに関しては、ちゃんとした答えはないと思う。いや、もしかしたら絶対的な真実があったとしても、それに手を伸ばせると思うのは……」

「傲慢すぎるか?」

「いや、高望みだね。人間万事塞翁がウマ娘、という言葉だってある。人間、自分の幸せだってどうなるかわからないのに、他人の幸不幸を見つけてあげられるとは俺は思えない。上を見すぎて転ぶのがオチだろう」

「だが、私は理想の女帝として、一つの光として、私の背を見る者を導く義務がある。それさえも高望みか?」

 エアグルーヴの赤く美しいアイラインが鋭くなって目の前のトレーナーを見つめる。それを見つめ返しながらトレーナーはティーカップをテーブルに置くと、いつも通り微笑んだ。

「それはそこ、いつも世話がかかるトレーナーとして言わせてもらうならば、それを高望みなんて言わせないために俺がいる。だから、エアグルーヴに対してなら俺は一つの絶対的な答えを持っているつもりだよ」

「それは?」

「俺は、君がやることがどうしようもなく好きだということさ」

 いつの日も、女帝として理想を体現しようとするエアグルーヴはその道の孤高さに比べ、孤独と思う日はなかった。自信を慕う後輩、尊敬すべき先達、切磋琢磨できる同輩とライバル。そして理想の――。

「ほう、そんな言葉を口にするならばもう少し頼りがいがあるトレーナーになってもらわなければな」

 いつもの手厳しい言葉を放ちながら、声が上ずったのを誤魔化すようにして、エアグルーヴは紅茶に口をつけた。

 その数週間後である。文通をしていたあの生徒もこの学校から去ってしまって一週間ほどが経った頃だった。寒さは増すばかりで、ペットボトルでの文通も熱もそれで覚めてきているのか、あまり見かけなくなっていた。その中でも一応の見回りとして、エアグルーヴは枯れ葉を踏みしめながら高い壁の近くまでやってきていた。

「やれやれ、もうわが校の生徒達は寒空に根負けしていると教えてやるべきか……うん?」

 それでもあきらめの悪いペットボトルたちを拾っていた時だった。見覚えのある青いリボンが装飾されたものがエアグルーヴの視界に入った。拾い上げてみると、張り付けられたメモに「トレセン学園生徒会・副生徒会長様へ」と書かれている。個人を特定するようなものはタブーだったはずだが、それを破ってまでの指定と心に残っている装飾に、中身をそっと確認してみる。

中には手紙と、一枚の写真が丸めて入れられていた。

 写真にはあの退学した生徒と、もう一人隣には見たこともない男子生徒が写っていた。二人とも手には同じ装飾のペットボトルを持って並んでいる。手紙の方にはただシンプルな、しかしハートなどの装飾がこれでもかとちりばめられた文がしたためられていた。

「『同じ学校でした』か。やれやれ、人生万事塞翁がウマ娘とはこのことか」

 ため息のように吐いた口には微笑みが作られていた。まったく、笑っていいやら呆れていいやら。

 ひゅうと冷たい風が頬を撫でて、エアグルーヴは白い息を吐きながら高い壁から背を向けた。これを話したい友が、先達が、後輩がいる。そして話したいヒトがいる。それは皆、壁の中にいるのだ。

 みし、みし、と枯れ葉が踏まれる音がやがて遠くなって、消えていった。

 




久しぶりに書いてみました。楽しんでいただけると幸いです。Pixivの方にも乗せるかもです。
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