一昔前、今から数えて十一年前、三度目の世界を巻き込んだ戦争が沸き上がった。その三度目の戦争は誰もが恐怖した核の終焉の光では無かった、世界の敵、いや、人類の敵となったのは己が生み出した影。第二次世界大戦の海に消えていった
ー2011年太平洋上で未確認深海生物を発見
ー2012年リムパック中の艦隊が未確認深海生物の襲撃を受ける、これを受け国連総会で人類に敵対的な海洋生物()と命名、日本では深海棲艦と名付けられる、各国が駆除作戦を開始
ー2013年突如太平洋上に光の柱が発生、深海棲艦の活動が活発化、人形と呼ばれる重巡、戦艦、空母といった高知性種が観測される
日本国憲法初の大規模改正、実質的戦時法に移行される
ー2014年人類海洋の約70%を喪失、海底ケーブルの切断により各国との連絡不能に陥る。
圧倒的な物量と質で海洋の制圧を続ける深海棲艦を前に、勇敢な人類はただ屍の山を築きながら切れかけの細い糸として点々と続くシーレンを守り続けた、そんな兵士達の雄叫びを聞き届けたかのように
ー2015年雪の降る日一つの研究の成果が産声をあげた。
人工深海棲艦計画、つまり人が化け物に敵わないなら、同じような人に味方する化け物をぶつければいい。そんなシンプルな論理の元、人に深海棲艦から回収したコア、深海棲艦を形成する心臓を艤装と言う名の筐体に入れ、コアを操作する人間を人身御供とすることでやっと深海棲艦と互角に戦うことが出来る人類の切り札。昔々から船は女性と見られていたからだろうか、適正を持つ者が女性に限られていたことを揶揄して『艦娘』そう名付けられた。陸を守り、奪われた海を奪還するための人類に与えられた
彼女達の加護を受け兵士たちは戦場のリングに舞い戻った。
ー2016年艦娘運用局『鎮守府』が設立、指揮系統の一本化、後方支援の最適化が行われた。日本国、シーレーン上のチョークポイントの奪還に成功
ー2017年人類初の大規模反攻作戦「Fireoflighthouse」の成功を受け、人類、海洋の15%を奪還。アジア各国間の連携強化を目的に香港条約機構が設立
ー2018年舞鶴事件、第八艦隊事件発生、《ミストルティン》計画、第二十五号計画始動
ー2019年国連、大西洋及びインド洋の安定化を宣言
ー2020年光の柱の浄化を目的とした世界規模の大規模強襲作戦「Operations・north star」発動
ー2021年最後の深海棲艦の撃沈、国連総会において戦争の終結が宣言される
世界は再び平和な道を歩き始め、荒れ果てた国土は時間とともに緑の生い茂る美しい大地へと変貌していった。砕けた世界という名のコップは巻き戻しの如く再構成しだした、
全ては戦前の姿にもど・・・ら無かった。
当然だろう、戦火の中で溶けたコップの破片の変わりはやすやすと作れないのだから。そうして構築しなおされた歪なコップはただ絶え間なく、民族紛争、食糧問題、難民問題といった負の液体を世界規模で漏らし続けた。
戦後の影と言うべきそれよりも問題とされたのは、余った元はなかったピース「艦娘」、そしてそれの大部分を保有する日本との交渉だった。
深海棲艦との戦争、通称十年戦争の英雄も戦後では戦争を根底から覆すゲームチェンジャーへと変貌した、アメリカ海軍のイーサン・トウェーン大将は十年戦争中彼女らの戦力的価値を「艦娘一人で我が軍のアーレイバーグ級駆逐艦二十隻に相当する」とまで言い切り、自国の艦娘保有を強く訴えた。
結論から言うと、彼の提言は正鵠を射ていた、最悪の方向に向けて。
艦娘や深海棲艦の現代艦艇に対するアドバンテージとして人サイズのためステルス性が高いこと、深海棲艦由来のバリアの一種であり、リアクティブアーマーとして機能する「防郭」の防御力、そして艦載兵器を模した武装の攻撃力。特に戦艦級になると海上ではその高いステルス性、人類側の艦載兵器を通さない防御力、大型砲の射程と火力を持った絶対的な海洋戦力の王者として戦場に君臨するにまでいたった。
人類の敵を打ち砕いた矛の矛先は守ったはずの人類に向けられようとしていた。そして、その事実を座視して放置するほど各国も愚かではなかった。
ー2022年カリフォルニア条約締結
敗戦国無き戦後処理条約で一番の槍玉に挙げられたのは、軍備縮小、そして艦娘の処遇についてだった。
核兵器と同じく艦娘も各国が同等程度保有していれば抑止力となるが、問題とされたのは世界の艦娘の7割が十年戦争の前哨基地となった日本に偏っていたことである、世界のパワーバランスを崩す原因になると考えた国連安保理常任理事国の各国はあらゆる手を用いて日本に対して艦娘の放棄を求めた。例えばアメリカは戦時中のレンドリースの代金を帳消しにし、さらに多額の援助という飴を差し出すことで日本に艦娘の放棄を迫った。
その飴を目の前にして、肝心の日本は救国の英雄たちを見捨てた。
日本としても平和になった世の中で軍事費よりも復興に金を回せと世論が沸騰しており、世界の海軍力を崩壊させる危険を孕みながら意思を持ち保守や管理が面倒な艦娘は運用が難しいため、元より鎮守府は自衛隊と統合、艦娘も順次削減する予定であったため各国の提案は渡りに船であった。
そうして国連が主導で艦娘技術の封印がはじまり、ごく一部の艦娘は培養液の中で長い長い待機任務に就いた。こうして世界では艦娘の脅威から遠ざかることが出来た。そう世界は……
突如大量の艦娘の解体を押し付けられた日本としてはそうも言っていられなかった。終戦時、鎮守府に所属していた艦娘は2500人以上それも鎮守府の解体だけでも三年かける予定だったのが、艦娘の解体も含めて三年で完遂しなければならなくなった政府上層部は、あまりの難題に頭を抱え、各所で毎日のように喧々囂々の議論が行われていた。艦娘保有の継続を訴える派閥、艦娘の即時放棄を訴える派閥、その他の派閥に分かれ日本政府は分断された。
そんな中一人の老将が手を挙げた、彼はこのまま何事も起きなければもうすぐ定年であったが、この政府の惨状を見ていれず老骨に鞭を打ち、艦娘の解体に関する最高責任者に立候補した。その代償として彼が求めたのは
カリフォルニア条約締結から2ヶ月後、2022年6月15日「復人省」設立。
ーそして我々の物語が始まった日だ。
初秋のまだ暑さを含んだ陽気が空気を支配する。田んぼに直線で引かれたあぜ道を踏みしめて、一台の年季が入ったあせ業務車が古ぼけた古民家の玄関前に止まる。最近補修工事が行われた一部だけ他とは色味の違う屋根瓦の家の中、スーツを着た訪問客は自分を農林水産省の役人と名乗った。立ち話もどうかということで家に上げ、茶を丁重に断った役人は本題に入った。
「いきなり押しかけて申し訳ございません、最近この近くの山々で熊の目撃情報が相次いでまして、農家の皆様に対策について聞き取り調査を急遽しなければいけなくなりまして、お聞きさせていただけないでしょうか。」
「別に構いませんが……すみません、今までなら市役所の人が来ていましたので、いきなり本庁の人が来るのは想定していなくて。」
役人は小さく微笑み、想定済みだと言わんばかりに話す。
「当たり前でしょう、私としても一週間前上司にいきなり出張を命じられまして、ほとんど準備できてないんですよ。」
「それは……お疲れ様です。」
「まあそれでも、ここのおいしい地酒を飲めるのでそれだけは役得ですね。」
そう言って役人は破顔した。
その後何事なくヒアリングを終わらせた役人は、地酒のお土産までいただいて悪いですね、と笑いながら玄関で帰る用意を始めた。
戦時中に建てられた白いサイレンが夕焼けに染まりオレンジ色へきらめいた。
役人はあたかも今思い出したかのように、本当の本題に手をかけた。
「そういえば、娘さんが艦娘になられたとお聞きしまして、
その言葉を最後に彼女の意識は途絶えた。
傍らでエビのように体をのけぞらせた女性を冷徹に見下ろして、ただ役人はついさっき押し付けたスタンガンをしまい込む。そのまま首を絞めつけるネクタイを緩めた、ひと呼吸置いてさっきまで談笑に興じていたとは思わないほどの感情の消えた声で状況開始と無線機に呟いた。
まるで猟犬を思わせる動きでアサルトライフルやサブマシンガンで武装した黒ずくめの兵士達がなだれ込む、彼らは家に入ると誰に言われるまでもなくツーマンセルを組んでクリアリングを始めた、兵士たち共通のナイフのワッペンと復人省の文字が刺繍されたワッペンのみが彼らが復人省の職員だと証明する。
不気味に沈黙をつづけていた無線が突如応答する。
「アセイラント2-1よりハレさん、家の中はクリア。これから物的証拠の物色をするよ~」
今からすることの重大さに比べてのんびりとした女性の声が響く。
「アセイラン1-1よりアセイラント2-1、任務中だぞ集中しろ。アセイラント3-1そっちはどうだ」
低い野太い声と対照的にぼそぼそと男の声が応答する。
「アセイラント3-1及び3-2展開完了、ターゲットの捜索に移る」
スーツの役人、アセイラント1-1は部下たちの返答に満足したように無線を切る、それを見計らって部下の一人が彼を呼ぶ。
呼び出された色褪せた畳の部屋からは重い線香のにおいが染み出した。部屋の隅、匂いの元仏壇に飾られた遺影は二枚、年齢的に父親と長男であろう一人は畑仕事の服で一人は迷彩服を身にまといこちらを向いている。
どちらも写真の状態からここ十年で撮られていたと推察できた、総力戦となった十年戦争後の日本ではそれほど珍しくないことであるが、そうは言っても慣れない線香の匂いを足早に通り過ぎ部下の元へ急いだ。
まるで強盗が入ったかのごとく雑に漁られたタンスの中、部下が指さした先にあったのは、袖に階級章が縫い付けられたブラウンのセーラー服だった。基本的にセーラー服タイプの制服が供与されるのは特型駆逐艦、この制服があるというのは対象が居るというなによりの証拠になる。
その確信を補強する報告が無線から上がる。
「アセイラント3-1よりアセイラント1-1対象Aらしき人物を発見。座標34・137」
「アセイラント1-1了解、総員戦闘用意、アセイラント2-1予定通りにいくぞ、狩りの時間だ。」
夕焼けが水平線に向かって下降を始める、虫の音だけがのどかな田園に響く、その水田の中から、敷波が家路に帰ろうとしていた。その前に一人のスーツの男がゆらゆらと通りがかる、家から見えた役人の人かなと敷浪が早足に通り過ぎようとした時、男が急に止まった、そして微笑をたたえながら口を開いた。
「中山麗さん、いや駆逐艦敷波さんですね?」
敷波は本能的に後ずさる、そもそも艦娘であったことを当ててくる時点でただものではない。何者だ?そう考えさせる時間も与えずに男は畳みかける。
「おっと失礼しました、まだ名乗っていませんでしたね、私はこういう者です。」
そう言ってベルトにぶら下げたネームプレートを見せつける、名前は黒塗りにされていたが上の所属は何とか読めた。
復人省、マンハンターの人間だと敷波は確信した、理解した敷波はすぐに反論する。
「で、私に何の用?生憎だけど政府に追われる理由はないはずだけど。」
男は笑みを崩さずに言う。
「いえいえ、理由は解ってるはずですよ、だってあなたは正規の解体処分を受けてないのですから。」
敷波は軽く唇を咬む、迂闊だったかそんな考えが一瞬頭をよぎる。それと同時に鎮守府から持ち出した腰の9㎜自動拳銃の入ったホルスターに手を掛ける。そんな睨めつけるような眼光を受け流して、男は話しを続ける。
「……ですが、今ならまだ間に合います、こちらとしても流血沙汰は避けたいのでね、ご同行していただけませんか?」
「嫌だと言ったら?」
「それならばこうするまでです」
打ち上げ花火の緑色が黒に染まりかけたあたりを照らす、家の方角から放たれた緑色の信号弾は一発、鎮守府で教わった通りなら信号の意味は攻撃許可求ム。
その意味を理解した途端、敷波の頭にカッと血が上る、手を掛けていたホルスターから抜いた白銀の拳銃を男に突きつける。薬室にはすで初弾は装填済み、ダブルアクションだから撃鉄は上げず、するりとトリガーに指を掛けた。
「家族を、無関係な民間人を巻き込むのが復人省のやり方なの?」
収穫前の稲穂が揺れる、男はおどけた言い方を崩さずに。
「話し合いに銃で解決しようとするのが、あなた達艦娘のやり方なんですからそれに合わせたまでですよ。それにまるっきり無関係でもないですよ、だってあなたの
男の下衆びた微笑を前に、これ以上の
敷波がトリガーを引く寸前、虚空を切り裂いて一発の弾丸が着弾、敷波の艤装のコネクターに備え付けられた緊急用防郭が自動展開、それを物ともせず貫いた小銃弾が敷波の拳銃を払い落とした。その音を号砲に、近くの水田の中に潜んでいた復人省の職員たちが一斉に動き出す。職員に揉みくちゃにされながら、それでも敷波は弾き飛ばされた拳銃に手を伸ばそうとする。それを無慈悲にも蹴り飛ばして、男は最初と変わらない微笑でもう一度「ご同行いただけませんか?」と言った、その男の無関心な顔を見た時敷波は諦めて項垂れた、元よりそれしか選択肢は残されていなかったのだから。すでに夕日は地平線に没して、代わりに蛍が跳梁跋扈し始めていた。
敷波を別の回収部隊に引き渡した後、アセイラント隊もボロボロの市役所の業務車から復人省のトラックに乗り換えて一路本省へと送還される。その戦時中だからと各部を省略したサスペンションのせいでの尻に振動が直で来るベンチに座りながら、アセイラント1-1は周囲を見渡す、シャワーを浴びても臭う泥のにおいが充満する荷台の中、部隊員たちは各々の時間を過ごしていた。本を読む者も、糸が切れたように眠りについた者も、果てには愛銃の泥と格闘する者までいる。そんな統一感の無い荷台の中、時折来る大きな振動に負けじと報告書の書き終え、周りに聞こえないよう小さく嘆息する。ふらりと隣に酒臭い女が寄ってくる。
「報告書終わった~?」
「人の酒で勝手に酒盛りとはいい御身分だな。」
アセイラント2-1もとい軽巡洋艦北上はアセイラント1-1の1/3程度消えた地酒を掲げて見せた。
アセイラント1-1は北上相手では意味がないと諦めて大きめため息をするにとどめる。
北上はそんなこと気にせず、アセイラント1-1が持っているファイルについて質問する。
「なにこれ?」
「人事ファイル、上が珍しく補充要員を回してくれてな。」
北上は若干驚いたようだ、そんな様子を見ながらアセイラント1-1は人事ファイルを投げ渡した。
北上が目を眇めるのが見なくとも分かる、はっきり言えばアセイラント1-1も同じ気持ちだ。
「はは……これは面倒だね~。」
「だろ、全員深海世代とは、また上に面倒事を押し付けられたな。」
基本的に復人省の職員は旧鎮守府の職員や自衛官が多い、それは鎮守府を母体に出来た組織であるから当然であるが、今回補充された人員は深海世代、つまり十年戦争中に学生だった人間だ、そんなペーペーが補充されても部隊としては困るのは当たり前である。そんな事を考えながらアセイラント1-1は所々壊れた高速道路の風景をただ眺めた。
トラックが通過したトンネルの照明だけが何か伝えたそうに数度瞬いた。
今から次話のプロット書くので少々更新が遅れます(再来週あたりには更新できるといいなぁ…)
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