BLOODYPEACE   作:蟹眠

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遅くなりましたが、2話投稿です!
今回は難産でした…


邂逅

 

 変革せよ、変革を迫られる前に。ージャック・ウェルチ

 2022年日本国首都東京

 秋盛りの通りを一陣の風が通り抜ける、その強風に思わず男は顔をそむける、そしてただ集合場所として教えられた虎ノ門駅の周りを不安げに見渡した。

 その男、飽海信夫は今年21歳の大学生()()()()()()というのも2か月前父親が突如自殺、それと共にひっそり抱え込んでいた莫大な借金を背負わされたからである。もちろん大学は中退、家無し職なしアテなしの三なし状態の中で自殺も考え、残りの金を溶かした安酒を路上脇で煽り泥酔して絶望の淵を彷徨っていた時、通りがかったスーツの男に呼び止められた。

 名前を思い出せないが名乗っていなかった気もするそのスーツの男は、飽海に向かってこう囁いた。

「死ぬのが怖いか?」

 飽海はただアルコール由来の多幸感に浸りながら回らない呂律で答えた。

「ぜ~んぜん怖くないさ、俺は借金漬けな今のほうが怖いね。死ねば借金は立ち消える、俺にとって死は救済なんだよ。」

 スーツの男は小さく苦笑すると一万円札と一枚の紙を飽海に握らせた。

「そう聞いて安心した、まあ生きたくなったらこれを頼れ、世界に絶望するのも勝手だがまだ全能を気取るには若すぎる。」

 その男と会ったのが一週間前、そしてその事を思い出したのがメモに書かれた日、つまり今日だ。

 だんだんと通りを祭り囃子のような声が響く、法被変わりのコートに身を包んだ人混みが通りを練り歩いて来る。彼らの自己主張を簡略化したプラカードをさながら鬼の首のごとく持ち上げ、シュプレヒコールを聖歌として流して彼らは行進を続ける。その声に数人が立ち止まる、しかし数瞬後には何もなかったように歩き出した、通行者にとって今日の暮らしが大切なのだから当たり前だろう。

 そんな現実を無視した祭り囃子がぼんやりと聞こえだす。通行人の邪魔にならないように耳を傾けると「復人省」の廃止と艦娘の保有継続を叫ぶ声が聞こえた。

 「復人省」ー太平洋戦争後に旧日本軍の武装解除を目的に、海軍省を元に生み出された復員庁の歴史をなぞるように、艦娘の武装解除のために鎮守府を元に生み出された組織、それが復人省だ。 

 そんな行進の風景を眺めていた飽海の肩が唐突に叩かれる。

 「飽海信夫さんですね?」

 特に脈略なく呼ばれた己の名に飽海は後ろを振り返る。そこには180ほどであろうか、黒縁の眼鏡を光らせた浅黒い肌の男が立っていた。その男はただ沈黙で飽海の返答を急かした。

 「はい、そうですが……あなたは。」

 飽海は身長差から生まれる見下ろされるような視線にたまらず答える。

 「その質問に答えるにはまずは私の質問に答えていただきたい、この世を治めるのは?」

 その瞬間とあるフレーズが咄嗟に出る、メモの裏に書かれていた一文だ。

 「神ではなく人だ。ですよね?」

 「その通りです失礼……最初の質問に答えていませんでしたね、私の名前は高橋晴雪、復人省四課の職員です。」

 そう言って高橋は名刺を差し出す。

 飽海は困惑した、身の回りに復人省の職員の知り合いは居ないはずだ。

「で、そんな復人省の職員さんが何の用ですか?」

 高橋も困惑したように話す。

「聞いてないんですか?」

「はい」

 飽海は正直に答える、本当に知らないのだからしょうがない。

 高橋はたまらず溜息を吐いた。

「あなた、うち(復人省)の職員になってますよ。」

 飽海は驚愕した、有り得ない、なぜ自分が補充要員になっているか話が分からない。

 高橋はそんな疑問を無視して、あの狸がと呟いていたが、ふと振り返ると言った。

「どうします、今ならこっちで処理しておきますが。」

 飽海は長考する、本来であれば断るべきであるが、いかんせん飽海には多額の借金がある。そして戦後、人が飽和した東京では新しい職を探すのは並大抵の努力では厳しい。そんな職が向こうから来るのだ、選べる選択肢は一つだけだろう。

「いや、自分は借金持ちですし、こちらとしても渡りに船です。」

「本当にいいんですか?私がいうのもなんですが、辞めておいたほうがいいですよ。」

「このご時世に仕事は選り好みしてられないので。」

「命の危険がつきまといますよ。」

「今でも命の危険がつきまとってますし、今更です。」

 飽海は薄く笑った。

 高橋は根負けしたように一枚の書類を飽海に差し出す。

 それはただ復人省機密保護同意書としか書かれていない同意書だった。

「これは?」

「同意書ですよ、復人省での職務を決して口外しないと同意するなら、サインをしてください。これが()()()()です、これにサインした場合は自動的に復人省の職員としての責任が発生します。」

  それを手にとって、飽海は躊躇なくサインした。彼の中ではすでに決意は固まっていたのだ。

「あなたよく向こう見ずと言われませんか?」

「よく言われます。」

 高橋は苦笑する、そうしてただ一言「行きましょう」とだけ言い歩き出した。飽海は訝しむ、高橋はあきらかに政府機能が集中する霞ヶ関とは逆の方向に歩いているのだ。

 戦時中に一部政府機能を大阪に移転したとはいえ、鎮守府を運営していた鎮守府運営省も置かれていたのも霞が関である、その後継組織なのだから、霞が関にあるのが当然であろう。

 飽海はおずおずと質問する。

「方角間違えていませんか?」

「どうしてですか?」

「いえ……明らかに霞が関から離れて行っている気がするので。」

 高橋は今気づいたように言った。

「霞が関には確かに復人省の本省はありますけど、あそこは比較的綺麗な方々が使っていますから。」

「綺麗な方々?」

「いわゆる表の人間ですよ、艦娘の社会復帰に携わる人や解体作業に従事する人とかですね」

 復人省の設立理由として艦娘の社会復帰が挙げられる。艦娘は深海棲艦の記憶(二次大戦の記憶)を引き継いで戦う兵器であるが、制御部の人間の精神に過剰干渉しPTSD(心的外傷)を引き起こす事例がよく報告されていた。戦時中から問題視されていたが、平和な戦後では民間人との軋轢さけるためにも元艦娘のメンタルケアが重要視された。艦娘について精通した鎮守府が母体になっているからこそ出来ることであろう。

「で、俺は今何処に連れて行かれてるんですか。」

「我々裏の人間が住む場所ですよ。」

「気になってたんですが裏の仕事とは何です?」

 高橋は一瞬躊躇ったが、すぐに返した

「艦娘の強制解体、つまりは解体されていない艦娘を見つけ出してして解体する事です。」

 本当の復人省の設立理由とは解体されていない艦娘の捜索、確保である。その他の表の業務も行われているがカモフラージュの側面が強い。

 それでも飽海の疑問は晴れない。

「しかし、なんでそれが裏の仕事なんです?堂々と探せばいいじゃないですか。」

「堂々と探せないからですよ…特に艦娘は」

 高橋はぽつりと漏らす。

「飽海さんはどこまで艦娘について知っていますか?」

「人として海を駆けて、深海棲艦に有効打を与えることができる人類の切り札といったところでしょうか。」

 飽海は世間一般的な見解を示す、高橋は一息置く。

「それは世間での認識ですね、政府は彼女達を戦略兵器と考えているんですよ、それも核兵器以上の。」

 高橋は飽海の怪訝そうな顔を見ながら続ける。

「考えてみてください艦娘は人のサイズですが立派な軍艦です、そんなものがもしテロリストや反政府組織に渡ったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかですよね。」

「何故解体しなければいけないかは分かったんですけど、それは公安にでも任せればいいんじゃないんですか?」

「艦娘相手には通常兵器の効きが悪いので、艦娘との戦闘で艦娘に対抗可能な戦力が必要なんですよ、それが1つ目の理由」

「艦娘と戦うんですか?」

「必要があれば。」

 飽海は多少動揺しながらも、どことなく腑に落ちた。正規の人間であれば通常の採用手続きが取られるはずだ、そもそも入省を決めた時点で人を殺しても生き延びる覚悟は決めていた。それでも、と飽海は思う。

「会った時に一言言ってほしかったですね。」

「規則ですから。」

 高橋も若干申し訳なさそうに言う、高橋も規則とは言え、血みどろの道に足をいれさせた事に負い目を感じていたのだ。

 「続けますね、2つ目は解体されていない艦娘が野放しなことです、鎮守府の失態なんですが、艦娘を解体するはずが殆ど解体されていないんですよ。」

「…まさか名目上でしかされてないんですか」

「そういう事です、政府としてもこの失態を隠蔽したい、これが2つ目。」

 高橋が足を止める。

「着きましたよ、ここが我々復人省四課の根城です。」

 高橋が指差した先を見ると、古びた五階建ての商社ビルが周りと同化して、ひっそりとそびえ立っていた。

 作りから見て戦前建てられたのだろう、白壁が黄色にくすんだビルの入口、鉄製のドアにカードキーをかざした高橋がドアを開けた。

 建物の中は外壁から想像するような悲惨なものでは無く、清潔感のある普通のロビーが広がっていた。そのロビーを通り過ぎて高橋と飽海を乗せたエレベーターが慣性で揺れて止まる。

 エレベーターから出た飽海は不自然なほど静かな廊下に疑問を浮かべる、思い返せばビルに入って以来誰ともすれ違っていない気がする。

「静かすぎませんか、今日は平日ですよね?」

「他の課のヘルプに行っていってますから今このビルに居るのは我々第二小隊だけですよ。」

 通りで誰も居ない訳だ、飽海は一人合点する。

 高橋は目当てのドアノブを回す、飽海は無意識に唾を飲んだ。

 高橋が目配せする。

「心の準備は大丈夫ですか?」

「出来てます…一応。」

 その声を合図に高橋はドアを開けた、七対の双眸がこちらに向く、その瞳には疑問が光っている。

 高橋が口火を切った

「総員注目してください、本日やっと補充要員が来ました、飽海さんお願いします。」

「はじめまして、本日着任しました飽海信夫です、よろしくお願いします。」

 部屋がギスギスとした沈黙に包まれる、その沈黙を破ったのは一人の女性だった。

「お帰り~ハレさん、おっ…君が例の新人だね、まあよろしく。」

 ゆるゆるとした、この場ではあまりふさわしく無いような声、容姿は先端で縛った長めのお下げとポニーテールが印象に残る20代くらいの女性、これだけであれば何処にでもいる普通の女性である、彼女の特異な点は目にあった、

 ー彼女の目は日本人や東洋系の黒い目では無くアメシストじみた宝石の様な菫色の目をしていた。

 その目に飽海は一瞬吸い込まれた、高橋は何とも無さげに言う。

「副隊長なんですから、せめて新人の前ではしゃんとしてください。」

「小隊長はお堅いね〜、どっちにしてもいいじゃん、ちゃんとやることやってるんだし。」

 その会話に割り込むように飽海は尋ねる

「もしかして副隊長さんは艦娘…ですか?」

「そうだよ〜、あたしは軽巡北上、だけどここでは本名で鈴原桜だから間違えないでね〜。」

 その答えを聞いて飽海は見落としていた重要なことに気づいた。

「というか何で艦娘の人が復人省に所属しているんです?復人省は艦娘に対抗するための組織ですよね?」

 艦娘に対抗するための戦力が艦娘を抱えているという復人省自己矛盾に飽海は困惑した

 高橋が答える。

「復人省の一般職員が艦娘に対抗できるのは陸に居る間だけです、海に出られると対処出来ないので、うちの鈴原さんみたいな復人省の艦娘にお願いしてるんですよ。」

 艦娘に対抗出来ると言ってもそれは陸の上に限られる、海に出ると艦娘の艤装の加護を受けて防郭も人では立ち行かなくなるのだ。

 北上もとい鈴原も続く。

「それにアタシは解体待ちだからね〜だからこうやって小遣い稼ぎしてるって訳。」

 艦娘としても社会復帰には時間がかかるので、こうやって復人省で貯蓄を貯める人も多い、お互いにWin-Winの関係である。

 高橋が鈴原に向き直す。

「鈴原さん、部隊員の紹介をお願いします。」

 高橋の眉一つ動かさない仏頂面に鈴原は露骨に嫌そうな顔をする。

「それは小隊長のお仕事でしょ。」

「私はあまりこういうのは得意分野じゃないので、ユーモア溢れる鈴原さんにお願いしようかと、それに部隊長の補佐も副隊長の仕事ですよ。」

「いますごい皮肉られた気がする〜、ま、いいや今回だけだよ。」

 そういうと鈴原は飽海に向き直る。

「おうみ君だっけ?」

 そして初っ端から名前を間違えた。

「俺は飽海です、滋賀県じゃないです。」

「ごめんごめん、人の名前覚えるの苦手でさ〜、めんどくさいから新人君でいい?」

飽海はこれ以上追求した所で意味がないことを悟った、そして「呼びやすければなんでもいいです」と絞り出すように呻いた。

 鈴原は気取るように咳払いを一つする。

「コホン…イカした第二小隊のメンバーを紹介するよ~。」

 周りからやる気のない「おー」とか拍手が聞こえる。

「トップバッターはこいつ〜、第二小隊唯一の衛生兵にして本の虫、八幡芽依〜」

 そう言って指さしたのは部屋の真ん中の机に陣取りながら、この状況に興味なさそうに小説を読んでいる女性だった。

「皆大体一度は八幡に救われてるね~、でも手術に麻酔を使わないサディストっていう噂もあるよ。因みに大体読んでるのはドストエフスキーか泉鏡花。」

 八幡の小さな舌打ちが飛ぶ、その拍子に小説の表紙がちらりと見える。ドストエフスキーの「罪と罰」だった。

 いつものことなのか誰も気にせず紹介は続く。

「次行くよ~、次は前衛手の守護神、カセイ」

 片目を眼帯で覆った20代後半の男が手を挙げる

「天海河西だ、第二小隊で擲弾筒(グレネードランチャー)手をやっている、よろしく頼む。」

「カセイの擲弾は前衛手の心強い味方だよ、前職は確か戦車兵だったっけ。」

「砲手だ。」

 天海が不満げに鼻を鳴らす。

 鈴原がポリポリと頭を掻く。

「そうだった…まあいいやどんどん行くよ~、次は第二小隊のマークスマン、武川匠」

 三十代前半の引き締まった体躯の男の視線が動く。

 振り返った飽海は見覚えのある顔に驚いた、それは武川も一緒だったようだ、飽海が口を開くより武川が問う。

「飽海訓練生か?」

「やっぱり武川教官ですか?お久し振りです、名前…覚えてくれてたんですね。」

「散々手を焼かせやがったからな、忘れたくても忘れられないさ。」

 北上が口を挿む

「なに、知り合い?」

「俺の高校時代の軍教(軍事教練)の先生です。」

「そういうこった、まさかあのモヤシ訓練生と再会するとは人生は分からないもんだな。」

 5年前、ついに人類の滅亡が迫ってきた時、政府は今まで律儀に守ってきた憲法を殴り捨てた。日本は戦時下の軍事作戦を効率化するために戦時法に移行し長らく捨てていた徴兵制を復活、訓練期間の短縮を狙って義務教育や高等教育に軍事教練を組み込んだ、。幸い戦争は艦娘のおかげで好転、徴兵制もそれに付随した軍教も4年程度で終結したが、今でも当時の学生達からは苦いトラウマとして刻み込まれ、同窓会では度々出る酒の肴だ。

 飽海も戦時中の学生の例に漏れず、一通り兵士の基礎は出来ている。ドがつくほど素人の飽海に射撃、行軍、格闘から野営に小銃のクリーニングまで教えてくれた、飽海一番の恩師こそ眼の前の武川だった。 

 「感動の再開してるとこ悪いけど、次行くよ~。次は前衛部隊だね、あたしの直属の部下だよ、まずは愛すべきチビ猟師、長瀬陽火。」

 158㎝の飽海と年齢は大差ない女性がムスッとした顔なる。

 「副長さすがに今日という今日は殴っていいですよね?」

 「ごめんね~、まあこんな()()でもでもヤルときはヤルから安心していいよ。」

 「全然悪いと思ってないじゃないですか!」

 「わかったわかった、そんな怒ると白髪増えるよ~」

 そんな突っかかってきた長瀬をいなしながら、鈴原は飽海に視線を向ける。

 「ハレさんは…新人もさすがに知ってるか、今いない人達を除いたらこれで全員だね~。そういえばハレさん、井口達は訓練のはずだけど空知はなんでいないのー?」

 「もう一人の新人を回収してます、言ってませんでした?」

 「そうだっけ?」

 「そうですよ?」

 その言葉を見計らったかのように扉が開かれる

 「ただいまー、小隊長、新人取ってきました。おっと、もう一人の新人はもう来てたんだ。」

  25歳くらいの男と、飽海と同い年くらいの垢抜けしきってない青年が入ってくる。鈴原が若干面倒くさそうな顔をする。

 「空知も新人の前なんだから自己紹介しろよ~、あとそこの新人も。」

 「おっと失礼、俺は空知翔、第二小隊でそこの鈴原の部下やってる、よろしく。」

 「あ、浅葉木戸です、元フリーターです、至らない所も多々あると思いますがこれからよろしくお願いします。」

 高橋が見計らったように周りを見た、周りも急に静かになる。

 第二小隊室に沈黙の帳が下りた、全ての小隊員が高橋の一挙一動に注目する。

 「とりあえず今いる皆さんは揃いましたね、浅葉さん、飽海さん、ようこそ復人省第四課第二小隊へ、我々第二小隊は貴官らの着任を歓迎します。」

 




合同誌の原稿があるので次回投稿が遅れます…
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