刀と獪岳11
月明かりの下、庭先にて獪岳が上弦の壱と模造刀で打ち合っているのを我は縁台にて眺めている。稽古の為、獪岳は我を使用していない。少しばかり考えがあってあえてそうしている。別に稽古では斬れないから・・・ではない。ないったらない。それにしても、力量差が大きすぎてどうにもならんな、これは。別に獪岳が弱いわけではない。上弦の壱が規格外過ぎるのだ。
ふと、我は意識を他所へ向ける。気配が異様に薄いが、ないわけではない。そもそも、人である以上、気配を消すことは不可能なのだ。
『何ぞ、我に用か?』
「・・・・・・これでも、きっちり気配は消していたんだが」
貴様は気配を消したつもりだっただけだ。我がそんなものに誤魔化されると思われていたとすれば、大分甘くみられたものよ。あえて口にはせず意識を彼へ向けた。
美丈夫という男だ。見た目は。しかし、欠損した身体は激しい戦闘を潜り抜けたことを伝える。だが、弱さは感じられない。そう、こやつは音柱。吉原任務の折に、我らに直々に釘を刺した男。あまり良い感情を我は抱いておらぬが、それは音柱とて同じであろう。
『何用か?』
我の問いを無視して、音柱は庭の二人へと視線を向ける。相変わらず激しい打ち合いだが、上弦の壱が獪岳に稽古をつけているというのが近いか。二人の力量差からなれば当然だが。
あ、獪岳が潰れた。うん、昨日よりはもった方かな。
「今夜はここまでとしよう」
「・・・・・・ありがとうございました」
軽々と上弦の壱が獪岳を子供のように抱えて、こちらへ一礼の後に母屋へ下がった。以前は首根っこを掴んで猫のように運ぼうとしたので我が『もう少し丁寧に運んでやれ』と注意したのだ。横抱きでないだけマシであろう。獪岳自身は半ば意識を飛ばしているので運び方なんぞ、どうでも良いかもしれぬ。
「あれは柱稽古の代わりか?」
柱稽古は呼吸を使う剣士を短期間で能力上げするのであろう。そうであれば、違う。我としては、そんな目的で行わせているものではない。ただ、鬼殺隊がそう思い込むこと自体、どうでも良い。
『いや、別に。獪岳は呼吸を使わず我を使うのでな』
ただ、誤解させておいた方が都合が良いので、そのように我は返す。鬼殺隊に探られて痛む腹はないが、探られること事態は正直、鬱陶しい。
『用がなくば、我は還る』
とぷり、我の下に闇が広がる。ゆっくりと沈む我に音柱は慌てて呼び止めた。早く用件を言え、我は貴様と実のない会話を交わす趣味はないのだ。
「・・・・・・その、お前は何者なんだ?」
ようように音柱は質問した。しかし、何者って・・・・・・?
「それは哲学的な質問か?悪いが、我は哲学者でない故に返答致しかねる」
「すまん。そういう意味での質問じゃない」
それでは、どういう意味?とツッコミ入れたくなったが、面倒なことになりそうなので黙っておく。会話が転がらないなー。元・花柱や竃門兄妹とはそれなりに会話が弾むので我の会話能力に問題がある訳ではない。そもそも、我はこやつが気に入らないので会話したいとも思っておらぬ。
故に沈黙が落ちた。あまり居心地の良いものではない。かといって、気を遣いたい相手でもない。さて、どうしたものか。
「お前は敵か?味方か?」
随分、単純化した問いに変えてきたものだ。
『我は刀。鬼を斬る存在。それで答えになるか?』
「じゃあ、なぜ上弦の壱を斬らない?あれは鬼だろう」
『あ奴は我が眷族よ。なぜ我が我の眷族を斬らねばならない?』
「だが、鬼だ」
あやつを眷族にしたのは、あの時に獪岳があやつを殺せず、逃げることも叶わなかったからだ。それに眷族に出来たのも獪岳の精神力の強さ故、他人にとやかく言われる筋の話ではない。
『そこまで言うならば、貴様があやつに挑んでみるか?なます斬りにされるのをじっくり見物してやろうぞ』
「な!?」
言葉に詰まる音柱を我はただ面白がって見つめたのだった。
鬼の活動時間は夜の為、最終決戦はおそらく夜になるだろう、ということで、獪岳も昼夜逆転生活に変えている。我?我は昼も夜も関係ない至高の刀であるからな。そして、今、我々は今後の展開を会議していた。メンツは我、獪岳、上弦の壱、そして元花柱だ。元花柱が参加しているのは色々あってハブられている我らの為の情報源というか。鬼殺隊との橋渡しである。鬼殺隊としては正式に我らを鬼殺隊に含めるのは危険が大きいが、敵対すると手に負えないと考えているのだろう。割合に親交のある元花柱に交渉させて上手く利用しようという腹積もりであろうよ。小賢しいが、よかろう。その思惑に乗ってやらんでもない。
「そういう訳で、近いうちに無惨との最終決戦が始まると思われます」
司会風に元花柱が言った。
「それで、鬼殺隊は全兵力で戦う、と」と獪岳。
「無惨を倒す絶好の機会ですから」
『上弦の壱。我がそなたを眷族にしたことを無惨は知っておるのか?』
「私と・・・・・・あの方の繋がりが切れている以上、殺されたと思われている・・・・・・・かもしれん」
『我の眷属にした時、無惨の呪いを上書きしたようなものであるからな』
「え?呪いを解いたんじゃないのか?」と獪岳。
『いや、無惨の呪い以上の狂乱能力によってねじ伏せたのだ。呪いすら狂わせる我の権能よ』
「・・・・・・聞くだにヤバイ能力だよな、お前の力」
「上弦の壱さん、具合悪かったりしませんか?」
「・・・・・・問題ない」
本当に大丈夫なのかな?と心配げに獪岳と元花柱は上弦の壱を見やる。
我の権能は精神に効くというのに外見から何が分かるというのか。分かろう筈もない。
『話を戻すぞ。無惨が上弦の壱を殺した、もしくは眷族にしたと思った場合、無惨は我らをどのように扱うか。そして、どのように対抗するか、がこの会議議題であろう?元花柱』
「はい。鬼殺隊は皆さんをその最終決戦の主戦力とはみなしていません。不確定要素が大きく、すみません」
ぺこりと元花柱は頭を下げた。獪岳が即、どうぞ気にしないで下さい、と宥めている。
手強い敵より足を引っ張る味方の方が厄介だからな。十分、納得できる話だ。
『そうだな。無惨がどれくらい、こちらの状況を把握しているかは分からぬが、無惨のとると思われる手を考えよう。まず、上弦を我らにぶつけないことは考えられる』
「上弦の壱を一応は撃破?しているから、数の少ない上弦をあえてぶつけない、か。ありえるかも」と獪岳。
「私ならば、闘いを回避します。狙いは禰豆子さんとお館様の血族でしょうから、獪岳さん達と戦う旨味がありません」
「あの方は・・・・・・戦い自体に価値を見出す方ではない」
つまり、戦い自体に喜びを感じる戦闘狂ではない、ということか。とはいえ、我らが鬼殺隊側の主戦力になっても困るだろう。無惨としては、産屋敷と鬼殺隊を仕留めようと思っているのだから。少なくとも、我らに対して足止めくらいは仕掛けてくるか。放置して主力部隊との合流だけは避けたい筈だ。
『我らを戦場から引き離す戦略を取るであろうな』
「何らかの手段で足止め、もしくは時間稼ぎを狙ってくるということか」
考え深げに獪岳は言う。付き合いが長い分、獪岳は我の思考を察してくれる。
『逆に鬼殺隊は我らを主力に加えたくないのだ。互いの思惑が期せずして沿ったということか』
我は皮肉気に言った。仮に産屋敷が我らを自身の護衛とすれば、大きな一手となったであろうが、そこまでの胆力はなかったか。別に我としては、そこまで親切に忠告してやる義理はないし、このままの方が獪岳の安全を図れると計算できた。我にとって、鬼殺隊より獪岳の方が大切なので黙っておくことにする。流石の我も再度、獪岳に”狂乱の咆哮”を使わせるような事態に陥らせたくはない。
上弦の壱に獪岳を鍛えさせているのも―――ちゃんと意味があるのだから。