刀と獪岳4
今夜の月は青白く、冷たい光を放っているように我には見える。先ほど、単独任務を終えた獪岳はのんびり藤の家へ向かっていた。雑魚鬼だったので我は無論、獪岳も疲労は全くなく帰り道はまるで酔い覚ましの散歩の気楽さである。もっとも、獪岳は下戸なのだが。
獪岳は欠伸をかみ殺した。我の手前、きまり悪げに言う。
「昼夜逆転生活は調子が狂うんだよ」
『鬼狩りならば仕方あるまい』
我は律義に返事をしながら、どこか心あらずだ。何だろう。何かがざわついている。夜の空気、夜風、冴え冴えした月、変わったものは何もない。妙に気がささくれ立つ。落ち着かない。
我の気持ちが獪岳に伝染したのか散歩気分が失せたようだ。ぴたりと獪岳は立ち止った。我は感知能力を広げる。意識して周囲を索敵する。
『見つけた』
口にして我は一瞬、迷う。この鬼は強い。正直、獪岳の手には余る。我の声音に何かを感じたのだろう、獪岳が顔をしかめて尋ねる。
「嫌な予感がする。聞きたくないが聞かないと余計に拙そうな感じだ」
『良い勘しておるな、そなた。鬼を見つけた―――が、向こうもこっちに気付いたな、これは』
「・・・・・・で?」
『逃げ切るには相手が強すぎる―――かな?」
「かな?じゃねぇよ!!どーすんだよ!!?」
ぎゃあぎゃあ喚く獪岳を我は『まあまあ落ち着け』と宥めておく。
『腹をくくれと言うことだ。案ずるな。我は常に見敵必殺。我が生涯において殺し損ねた敵はおらぬ』
我が自信をこめて断言したのに獪岳は疑わしそうだ。全く失礼な奴め。
『敵は南西だ。走れ!』
「南西ってどっちだよ?」
『今の獪岳から見て3時の方向だ。ほら、走れ!!」
「はいはい」
仕方ないと獪岳は走り出す。
その間、我は敵の能力を考える。探知能力は我と敵とではトントンか?強さは今まで獪岳が斬ってきた鬼とは格が違う。少なくとも血鬼術は使えるであろう。しかし、血鬼術か、あれは初見殺しなのだよな・・・。
鬼と戦っている鬼殺隊一人を目視。
『獪岳、不用意に近づくな』
戦闘を見て鬼の、特に血鬼術の情報を得ようとしたのだが、鬼殺隊隊員が無茶苦茶、押されておるではないか。動きが明らかにおかしい。まともに呼吸も使えておらぬ。
『獪岳、あれはもう持たぬぞ』
「仕方ない。割って入る」
獪岳は流れるような動きで鬼と鬼殺隊隊員(女だった)の間に入り、大振りの一閃を放った。直後、獪岳は隊士を左手に抱えて大きく後方へ退いた。鬼との間に距離が出来る。助けられた隊士は酷く慌てていた。
「逃げて!!こほっ、あ、あいては上弦」
そこまで、ようやく言って激しくせき込む女性隊士。身体に何か異常でもあるのか?こんな調子では呼吸は使えない。というか、この辺り、妙に寒くないか?
『獪岳、油断するな。あの鬼、かなり強いぞ』
「言われなくとも分かっている。よりによって上弦かよ。くそっ、こんなことに巻き込みやがって、この戦闘狂!!疫病神!!」
流石に今の獪岳でもあの鬼の強さは分かるか。我を罵倒する余裕はあるようだ。現状では上等、恐怖で動けなくなったらコトだ。
上弦の鬼はへらへら笑っている。正直、気持ち悪い。
「邪魔しないで欲しいな。その女の子を救ってあげているところなんだから」
「救う?」
思わず獪岳が尋ねる。獪岳、聞かぬ方が良い。何か生理的に受け付けないものを感じる。
「うん。俺が食べて救ってあげるんだ。俺の中でずっと一緒に幸せになるんだ」
「・・・・・・」
『・・・・・・貴様の言っていることが微塵も理解できぬ』
ここまで生理的に嫌悪する鬼が存在するとは我の生涯で初だ。会話するのも危険だ。
『獪岳、会話をしてはならん。こやつの言葉は魂に呪いを刻む類のものだ』
「ああ、相当ヤバイのは分かった」
「ん?君?いや、君たち?一人じゃないね。もう一人、何か得体のしれない気配がある」
『得体が知れぬとは失敬な!!』
「まあ、得体は知れないだろうよ、刀だもの」
納得して合の手を入れる獪岳。どっちの味方、そなたは。
『酷いぞ、獪岳。我こそは至高の―――』
そこで、上弦が攻撃してきたので手早く相殺する。攻撃の余波が間違っても後方の女性隊士へ行かないようにきっちりしっかり叩き落す。
『会話の途中で攻撃するな!!無礼者め!!』
「俺を無視して仲間内で会話されてもね。大体、俺はあの女の子を相手しなきゃならないんだ。だから、さっさと死んでくれる?」
ガンッ!!
「くっ!!」
獪岳が攻撃に押されて後ろに吹っ飛ばされた。見た目は優男風だが、流石は鬼。まともに力は受けず流している筈だが、それでもこの威力か。拙いな、獪岳では攻撃が通りそうにない。
「呼吸をしては駄目!!けほっ、血鬼術で肺が・・・けほほっ」
再び咳き込む女性隊士。なるほど、この上弦の鬼、肺を使えないようにする血鬼術を使うのか。鬼殺隊とは相性が悪すぎではないか。いくら獪岳が雷の呼吸を使わないとはいえ、全く呼吸しないという訳ではない。これ、詰んでないか?よし、ならば。
上弦と獪岳は距離をとって対峙する。
『獪岳、我に策がある』
「よし、どうすれば良い?」
『こうする』
我は一気につかを獪岳の鳩尾に叩き込んだ。
カハッ
全く心構えのない状態からの一撃は確実に獪岳の意識を狩った。恨みがましく、薄っすら涙すら浮かべて獪岳はうずくまる。獪岳は完全に気絶していた。
女性隊士は声にならない悲鳴を上げ、上弦は目を丸くする。
「えっと、何をやってんの?君たち。まぁいいや」
獪岳が気絶したことで無造作に獪岳が近づく。まず、気を失いうずくまった獪岳を殺してから、女性隊士の始末をするつもりなのだろう。じりじりと我は待つ。上弦が今、一歩近づいた瞬間。我は神速で刀身を振るった。八撃。
「・・・・・・え?」
上弦は斬られたことが理解できないと声を上げた。だが、その声だけが上弦の残滓。我が八つに切り捨て、両手足のみならず頸も落としたからだ。そして、これが上弦の終わりであった。
先の上弦との戦いの後(あの上弦は上弦の弐だった)、蝶屋敷に放り込まれた獪岳はすっかりむくれていた。全く子供である。獪岳は上弦の弐を斬殺するという偉業を果たしたのに、ほぼ無傷なのだ。全て我のおかげである。
『感謝感激するのが筋と言うものではないか?しかも、そなたはほぼ無傷であるぞ』
「ああ、そうだな。俺の唯一の怪我は刀が鳩尾に叩き込んだ痣(あざ)だけだよ。息が詰まるかと思った!!」
『気絶させる為だ。あやつの血鬼術は呼吸によって肺に損傷を与えるのだ。呼吸をするのは危険すぎる。ある意味、あの上弦の血鬼術は鬼殺隊殺しだな』
「確かに相性悪すぎな血鬼術だな。・・・・・・そういう事情なら仕方ないのか・・・?」
『そうそう、仕方ないのだ』
「ちょっとは反省しろよ!!」
喚く獪岳。その辺にしておかないと、また蝶屋敷の看護師に叱られるぞ。