刀と獪岳5
獪岳が蝶屋敷を退院と同時に産屋敷に呼び出しを食らった。蝶屋敷入院中に花柱とその妹・しのぶが獪岳(と我)に礼を言い、ついでに先の上弦の弐撃破報告は花柱からするということで、呼び出される理由は分からぬ。花柱は我のことに気付いてはいても突っ込んで聞いてこない空気の読める性質だったらしく、我も獪岳もこれ幸いとすっとぼけておいた。
しかし、この呼び出しは獪岳にとって十分、気に病む案件らしい。盛大に顔を引きつらせている。
「くそっ、行きたくない。何を言われるんだか。刀、お前は何をしたんだよ?」
『我は何もしておらぬ』
「絶対、何か刀がやらかしたんだろうよ・・・。それとも刀の存在がバレた?花柱が隠しても鎹烏から報告が行ったか?」
この事態を嘆きつつも獪岳は生真面目に状況を分析する。どうせ行けば分かるのにご苦労なことだ。故に我は考えぬ。面倒くさいからな。獪岳にそう忠告しようかとも思ったが止めておいた。状況分析は獪岳に丸投げする。
産屋敷の一室に通された我と獪岳。緊張しすぎて表情が強張っている獪岳、生意気なこ奴も存外、可愛げがあったのだな。目前に産屋敷・通称お館様。前の使用者の時に我があったのは今のお館様・当主の先祖にあたるのだろう。そして、後方に控えているのは大男の僧?数珠をまさぐり念仏を唱えている。我は宗教とは相性が悪いので意識から逸らす。少々、不気味な感じがしたのだ。獪岳の方は、あの僧にドン引いていた。我の感性がおかしい訳ではなさそうで一安心だったりする。
「ああ、獪岳。そんなに緊張しなくても良いのだよ」
「は、はい。その、今日は何の御用でしょうか?」
「実は、君を岩柱と会わせたくてね」
そして、当主はちらりと後ろに控える僧もとい岩柱へ視線?を向けた。岩柱はぴたりと数珠をまさぐる手を止めた。念仏も止まる。獪岳も我も岩柱に意識を向ける。
「・・・・・・獪岳、生きていたのだな」
ようやく岩柱がそう言った。今、気付いたが、こやつ盲目だ。
「はぁ、そうですが?」
岩柱の質問がよくよく考えると不穏なもので、その引っ掛かりを我のみならず獪岳も気付いたようだ。返事には不審さが含まれている。冷え冷えとした空気が流れる。その空気を変えるために当主が口を開いた。
「こほん、獪岳。君はある刀を使っているね」
びくり、と獪岳は肩を震わせた。これでは否定は出来ないだろう。そもそも鎹烏系鵜で情報が筒抜けだったか。やれやれ、仕方あるまいて。我はずずっと獪岳の影(左側)からゆるりと現れる。獪岳以外が目を見張る。
『我に何ぞ用か?当主』
「刀、言葉遣い!!」
真横で獪岳が小さな声で叱るが無視だ。なぜ、我がそんなことに気を遣わねばならない?全く、必要を感じぬな。
「君は―――狂乱の、と呼ばれた刀じゃないのかい?その昔、鬼殺隊に所属した剣士が使っていたよね?」
『ほぉ、我を狂乱の、と呼ぶ者とまみえようとは思わなんだ。それで?』
じっと我をねめつけていた当主が獪岳へ視線を向ける。いや、向けたようだ。こやつも先祖同様、呪いに侵されておる。
「獪岳。この刀は狂乱の、と呼ばれる存在だ。長い鬼殺隊の歴史上、何人かは確かに使用者がいた。君はそのことを知っているのかい?」
「以前に鬼殺隊隊士が刀を使っていたことは知っています。故に刀は鬼殺隊のことを教えてくれました」
「だが、自身が狂乱の、と呼ばれていたことは教えなかった」
冷たく当主が言い切った。
獪岳がちらりと我を見る。
『教える必要あったか?』我は獪岳だけに聞いてみた。
「別にないかな?狂乱の、と呼んだ方が良いか?」
『不要だ』
じっと我らを見ていた当主がため息をついた。
「仲が良さそうだね。話と言うか通達だけど。獪岳、君の昇級自体は問題ない。だが、狂乱の、を使う者は柱にはなれないんだ。呼吸を使わないから後継者を育てられないのでね。それでも、その刀を使うのかい?」
「刀と柱の地位では選ぶまでもありません。刀と共にいます」
『獪岳・・・・・・ちょっと我ですら感動したぞ、ちょっとだけな』
「ちょっとかよ」
「・・・・・・分かった。下がって良いよ」
「はい。失礼します」
我はすっと獪岳の影へ戻った。礼儀正しく辞する獪岳を当主は呼び止めた。思いついた風を装っていたが、そうではない。先祖同様、食えない奴め。
「岩柱に会わせたのは獪岳が覚えているか期待したからだよ。どうも獪岳に記憶はなさそうだがね」
傷は癒えているので蝶屋敷ではなく藤の家へ向かう獪岳と我。特に急ぐでもなく、のんびり歩いているのは先の緊張した会見の反動だろうか。
「お館様のあの最後の言葉、どういう意味だ?」
『ふん、我とそなたの間に楔を打ちたかったのであろうよ』
狂乱の、と呼ばれる我をおそらくはあの当主、文献で知っておったのだろう。少なくとも生きている人間で我を知る者はもはやあるまい。そして、その文献だとて、どこまで正確なものか。我に対する警戒心からある程度、我の力を知っているのだろうが。鬼殺隊などというある意味でなりふり構わぬ組織の長が、この我を使わぬという判断は下せまい。せいぜいが割り切れぬ想いを抱き、無用な罪悪感にさいなまれることだろう。狂乱の、と呼ばれる妖刀を己が剣士に持たせることに。
「楔?」
『そなたはあの岩柱を知らないのか?』
「知らねぇ。大体、あんな特徴的な人、知人なら覚えているだろ」
『そうであろうな』
我が獪岳の刀となってから(あの森の出会いからこっち)、我は獪岳と共に居たのだ。その我の記憶にないから、あの出会いの前の話なのか?
『今更だが、我がそなたと出会う前のこと、何か覚えておらぬか?』
「え?刀と会う前?」
ぴたりと獪岳は足を止めた。
「何の記憶もない・・・・・・」
獪岳自身、驚いたように呟いた。今まで思い出そうとしたこともなく、自身の記憶がないことを心底驚いたようだ。
なるほど。狂乱の、と呼ばれる我は精神支配能力を有している為、あの当主は我が能力を使って獪岳の記憶をいじったと誤解しておるのか。ふん、あの警戒はそういうことからか。我はそんなことしておらん。全く失礼な奴だ。
しかし、獪岳が覚えておらんのは―――幼さゆえに忘れてしまっただけでは?
『人の子が記憶できるのは6つ位からではないか?』
確か、我と出会ったのもそれ位だったか?
「そうか?」
『昔を覚えていると思っていても、それは周囲から話を聞いて自身が記憶を再構築し、覚えていると誤認識しておるだけであろうな』
「説得力あるなぁ」感心したように獪岳が言う。
『うむうむ、我の聡明さに感嘆するが良い』
「最後のがなければ完璧なんだが・・・」
つくづく残念そうに獪岳がぼやいた。