刀と獪岳9
竃門妹が太陽を克服した。
それは、鬼殺隊と鬼舞辻無惨との戦いが新しい局面を迎えたことになる―――のだが、獪岳は分かっていなかった。
『そなた、状況が全く分かっておらぬな』
「竃門妹が太陽を克服したからって何が変わるんだ?日中も外に出れて便利なくらいな話だろう。別に頸が斬れないわけじゃあるまいし」
『だから、なんでそう考え方が脳筋なんだ、そなたは。竃門妹の頸が斬れるか否かが問題ではないわ。よいか、今後、竃門妹は鬼舞辻無惨に狙われることになったんだ』
「なんで?」
『だから、竃門妹が太陽を克服したからだ!!』
そこで、我はハッと気づいた。もしかして、獪岳は長年、鬼舞辻無惨が何を望んでいるのか知らないのか?何時の頃からか単独任務ばかりで情報に偏りがあるのかもしれん。
『よいか、獪岳。今更だが、ものすごく今更だが鬼舞辻無惨は長年、太陽を克服しようとしていたのだ。そこで竃門妹が太陽を克服した。そう、鬼舞辻無惨は竃門妹を喰って太陽を克服しようとしているのだ』
「は?だって、竃門妹は鬼だろ・・・・・・共喰い!?」
ああ、なるほど。獪岳の倫理観から共喰いの発想がなかったのか。人の歴史でも大飢饉の折、大量の餓死者が出た際に食人の記録が残っているのだ。もっとも、食人は禁忌故に表立った記録としては分からぬようにしている。忌避感がそれだけ大きいということだ。
「鬼舞辻無惨、頭がおかしいんじゃないか?」
『鬼の頭領にまともさを要求するでない。そなたは変なところで常識人だな』
「常識は大切だろう」
『鬼殺隊で常識人とはこれいかに、だな』
我に言わせると、鬼殺隊も大概であるがな。
「大体、鬼舞辻無惨が竃門妹を喰ったからといって、その太陽を克服できるものか?鳥を喰ったからといって飛べるようになる訳じゃねぇだろ」
『獪岳のくせに鋭い指摘をしてきた・・・』
「おい、へし折るぞ、刀」
『まあまあ、鬼舞辻無惨が人外でそういうことが出来るという前提で話を進めよう。鬼舞辻無惨の人離れを常識的に検証してもは仕方ない』
「相手は鬼だしな、既に血鬼術なんて非常識な術があるものな」
『そして、このところ立て続けに上弦が撃破されている。我が以前、鬼殺隊に居た頃は上弦の目撃情報すらなかったぞ。これが何を意味するのか分かるか?』
「竃門兄の引きが強すぎる」
ここでボケはいらぬ、獪岳。
我の呆れ混じりの気配を感じて、獪岳は真剣に考えた末に言う。
「鬼、それも上層部の上弦が積極的に動いている。しかし、結果は撃破されているのだから―――鬼側は焦っている?」
『上弦撃破ばかり注目されているが、鬼殺隊側の被害も実は大概だ。そなたらは比較対象がないから麻痺しているようだが、以前はここまで死人は出ていなかった』
とはいえ、以前は上弦相手でなかったから、死者数だけで比較は出来ない。しかし、決してこの事態が鬼殺隊有利でないことは確かだ。均衡が完全に狂ってしまっている。どんな決着がつくにせよ、互いに相当な被害を出すことになると我は読む。
展開が思ったより早い。あと10年は欲しかった。
「近いうちに全面決戦が起こる、と?」
『鬼との能力差を考えると、我としては全面決戦は避けた方が良いと思うが、避けられぬであろうな』
鬼の不死身っぷりを有効に使って持久戦に持ち込まれたら、人間に勝ち目はない。鬼が力と本能まかせに戦っているから鬼殺隊が鬼を狩れるわけで、鬼が技術と技量で戦ってきたら勝てる手段がないと我ですら思うわ。
そうこうしている内に柱稽古が始まった。嵐の前の静けさ。この間に柱自ら一般隊士を鍛えて能力を底上げするというものである。基本、柱は自分の継子しか鍛えないので、確かに全体の能力向上に繋がるであろう。・・・・・・獪岳はハブられているけれど。
呼吸を使わない獪岳に柱稽古は意味がないし、参加したい訳ではないだろうが、お前は来なくて良いよ、と言われると面白くはないものだ。実際、獪岳はつまらなさそうな顔をしている。ハブられてちょっと可哀想だ。だからといって柱稽古に参加させてやれ、とは言わぬが。
情報収集の為に獪岳は蝶屋敷へ遊びに来ていた。本人は遊びに来たとは認めないだろうが、実質、遊びに来ている。竃門兄が柱稽古で忙しい為、暇を持て余している竃門妹と元・花柱も含めて双六をやっているのだから。
「柱稽古って具体的に何をしているのですか?例えば、蟲柱様のところでは?」
「あの子は新薬開発で忙しいので柱稽古は免除されているの。他の柱は柱ごとに一般隊士を鍛えているけど、怪我しない程度に調整しているわね。自分のところを合格したら次の柱へ向かうの。はい、上がり」
『うぬ、また元・花柱の勝ちか・・・・・・。我の分のサイコロを振ってくれ、元・花柱』
「はいはい」
「むーっ」
ここで竃門妹も上がった。我と獪岳の一騎討ちだな。
『元・花柱。5だ、5を出してくれ』
「サイコロ次第ですからね」宥めるように元・花柱が言う。
「何でそう熱くなるかね。刀、お前、賭け事は止めておけよ。カモにされる未来しか視えない」
手持ち無沙汰に獪岳は膝に転がる竃門妹の頭を撫ぜている。今の竃門妹は5,6歳くらいなので、そう違和感はない。本来の姿だと、ちょっと拙い絵面になりそうだ。
そして、サイコロの目は1。
『ぐおー、1-』
「あら、1だわ」
「それで竃門兄は今はどこの柱に?あ、俺も上がった」
『また我の負けか!?』
「刀、うるさい」
「岩柱のところで止まっているそうです。善逸君も伊之助君も。仲良いですよね」
「仲良く同じところで行き詰っているんですか」
呆れ切ったように獪岳は言った。しかし、元・花柱の話では皆、岩柱で一定期間、行き詰るらしい。課題の難易度が高すぎるのではないか?それよりも、だ。
『もう一勝負だ!!』
「いや、もう飽きた。というか、さっきももう一度って言ったじゃねぇか。キリがない」
「あの、私もそろそろ仕事へ戻らないと」
元・花柱が仕事の為、離脱。
竃門妹は獪岳の膝枕で昼寝していた。そなた、いつ眠ったのだ?さっきまで起きていただろうが!!
「騒ぎ立てるな、起きるだろうが」
『むう。仕方あるまい』
「それで、柱稽古はどうだ?」
『何事もやらんよりはマシであろうよ。柱稽古前と後を比較できれば、もう少しはっきりしたことを言えるがな』
「つまり竃門兄か」
合同任務をした竃門兄ならば見本(サンプル)として適当ではあるが見本数(サンプル数)が少なすぎて評価を出すにはいささか心もとないところがある。別にどこかに発表するわけではないのでそこまで公正さを求められはしないのだが。やはり見本数(サンプル数)が少なくては結論は出せない。
蝶屋敷の帰り道、鎹烏の救援要請がかかった。
そして、我と獪岳が駆け付けたその場は―――地獄絵図であった。鬼殺隊士達の死体が転がる中にその鬼の剣士が立っていた。鬼で剣士。鬼は力と本能のみで戦うから鬼殺隊に勝てる要素があるわけで、鬼が技術と技量を持っているとなれば、勝ち目が薄くなる。
そして、この鬼は掛け値なしに強い。なまじ獪岳も強いから、まともに相手の強さがはっきりと理解出来てしまっている。拙いな、いっそ相手の強さが分からない方が良かった。完全に呑まれている。
こうなっては致し方ない。
『狂乱の囁き』
いつもならば、獪岳の意志で我を構えるが、今回ばかりは最初に出会った時のように我が獪岳を動かす。ひたりと刀を構えて相手と対峙する。”狂乱の囁き”で負の感情を強制的に打ち消した。
獪岳、我を使い続けることのできた意志の強さを保ってくれ。そうでなければ―――。
『獪岳、我の声は聞こえておるか?』
「あ、ああ」
鬼―――上弦の壱か。相手が悪すぎるわ。
その上弦の壱から目を離すことなく獪岳は答える。怯えはなさそうだし、動けなくもなっていない。とりあえず、今はそれで良しとしよう。下手に精神干渉し過ぎれば対象、ここでは獪岳の自我に障害を残しかねん。
「お前ら・・・二人・・・か?」
上弦の壱が尋ねるが・・・・・・夜明けが近いならば会話で時間引き延ばしの意味もあるが。否、我らも救援要請でここに来ているんだ。時間稼ぎの意味がある。獪岳に余裕は全くないので我が会話するしかない。
『二人と言えば二人だな。それで、そなたは上弦の壱でよいか?名前を聞いても?』
情報を整理しよう。今、残っている上弦は壱と参と、あと誰だ?ああ、頭が回らん。目前の上弦の壱だけで十二分の敵だ。名前何ぞ知りたくないわ。なんで我は名前を聞いた?阿呆か!!
「黒死牟だ・・・」
素直に教えてくれた。中身は取っつきやすい方なのか?しかし、見た目が長身の剣士で目が三対もあるのが異形といえば異形だが―――今まで相対したどの鬼よりも異形だ。鬼の強さがいかに人間離れしているかという測り方をするのならば、この上弦の壱は元人間とは思えぬ境地に居る。
あと10年、せめて5年あれば!!獪岳の剣士としての能力が全盛期であったならば、もう少し勝負が出来たのに!!
「月の呼吸・拾ノ型 穿面斬・蘿月(せんめんざん らげつ)」
広範囲攻撃の癖して一撃一撃が重いではないか!?
ギリギリかわし切れない分のみを迎撃する。今まで獪岳にはかすり傷ひとつ負わせなかったというのに、我の矜持は既にボロボロぞ。
「な!?何で鬼が呼吸を!?」
『黙れ、獪岳!!集中しろ!!』
一撃取りこぼしただけでも致命傷だぞ、これは。
しかし、獪岳の焦りも分かる。なんで鬼が呼吸を使うのだ!?しかも月の呼吸なんて我ですら知らぬ。恋柱や蛇柱みたいな派生の呼吸か?主流の呼吸なら技を把握しているが、これは下手な血鬼術より厄介だ。
ぎゅん、と一気に上弦の壱が接近する。袈裟斬りされかかるのを我の刀身を沿わせて力を流す。
「くっ」
刀を受けずに流しているのに、腕にかかる負荷に獪岳が声を上げた。剣技は獪岳よりうえで身体能力が鬼並みもとい鬼とか、相手していられるか。出し惜しみはなし、だ。我の全力で相手をする。
『よかろう、上弦の壱。狂乱の、と呼ばれし我が全力で参る』
しゅるり。
獪岳の影に干渉し、上弦の壱の足元へ。一瞬、足場を不安定に崩して、一気に駆ける。今、出来る最速の一閃。
ガキッ
止められた!?拙い―――と思った時には獪岳は我もろとも派手に吹っ飛ばされた。転がり、即、立ち上がった際に半ば反射で迎撃。ほぼ感覚で応じた剣技で月の呼吸の攻撃を叩き落せたらしい。
危なかった。今のは本当にやばかった。そして、今の攻撃と迎撃で獪岳の利き腕に痛みが走っているのが分かる。無理に力を使ったので肺と足にも支障が生じていた。我の全力に獪岳の身体が耐えられなかったのだ。
「ほお、今のを耐えるか・・・」
正直、今のはまぐれだわ。悪かったな。軽口叩く余裕もないわ。
「強いな・・・お前、鬼にならないか?」
は!?こいつ何を言っておう。獪岳を、我の使用者を鬼に!・
ぞわり。一気に獪岳の、我の管理範囲の影が蠢いた。腹に据えかねる怒りが湧き上がる。
『くっ、あはははははははははは』
「おい、刀。とうとう狂ったのか?」と獪岳。
『とうとうとは何だ、失礼な奴め。おい、上弦の壱。我が生涯において見逃した鬼は一人たりとて居らぬわ。必ず貴様を倒してくれる』
そう。我は常に見敵必殺。殺し損ねた敵はおらぬ。
獪岳は既に満身創痍。戦える身体ではない。援軍も望めない。獪岳が死ぬのはお断りだし、鬼にさせるわけにもいかぬ。
完全に手詰まり。全くのお手上げ。
ならば、我の本領を発揮するしかない。勝敗は五分五分どころか三分七分か。だが、これが最も勝率は高い。
『獪岳、我が使用者。一か八かの大勝負、我に賭けるか?』
「刀は賭け事に向いてねぇって言っただろうが・・・。俺の方が賭け事には向いている。いいぜ、やってやる」
『よし、気をしっかり保てよ』
「応!!」
「もう・・・良いか?」
勝者の余裕か、ムカつくな。まあ良い、吠え面かくなよ。
見せてやろう、狂乱の、と呼ばれた我の力。今までも、以前でも鬼殺隊では使わなかった力。なぜなら、この力に耐えられる使用者がいなかったからだ。
耐えろよ、獪岳。自我を保ってくれ。
『狂乱の咆哮!!』
刀
双六大会では、いつも最下位か下から二番。ゲームごとは苦手な癖に好きという絶対にギャンブルやっては駄目なタイプ。『狂乱の囁き』は弱い精神操作で、今回はこれを使って獪岳の恐怖を取り除いた。上弦の壱相手には結構てんぱっていた。10年後の獪岳と自分ならトントンの勝負が出来たと思っている。(実際、どうかは分からない)
追い詰められて最大の切り札を切った。
今更だが、刀の能力は精神攻撃系である。物理系ではない。(これ、大事な事)
獪岳
刀の『狂乱の囁き』で心折れることなく戦うことが出来た。これがなかったら大分、やばかった。刀の賭けに乗るのは賭け率の高い賭け(オッズの高い賭け)と分かっていながら他に手がないことも理解している。刀より賭け運はあるので勝てるつもりで勝負に乗った。
竃門妹
柱稽古で兄が不在の為、獪岳と刀に遊んでもらった。
獪岳は甘えて遊んでもらえる近所の兄ポジション。
互いに、こんなに仲良くなるとは思っていなかった。