二周目、獪岳は隠になる10
ここ数日、俺は隠の屋敷で書類作成をしている。この書類は先日大きなそして不可解な事件が発生した吉原遊郭事件のものである。不可解とはつまり鬼がらみの事件ということだ。
一言、言いたい。何でこんな大事件を起こす?この前の無限列車事件も一歩間違えたら大惨事だった。下手したら列車が脱線して一般人に大量の死傷者を出しかねなかったんだ。そう考えると、結果的に人的被害もあまり出ず(身内はさておく)列車も修理可能の範囲に抑え切った。大成功と言って良いだろう。吉原の被害は主に建屋であった。人的被害が思いのほか少なかったのは柱の助っ人が間に合ったからだろう。しかし、場所が場所だけに事前に隠を派遣出来なかったのが被害大の原因かもしれない。
でも、吉原は特殊な場所だし、よそ者しかも男が潜入するのは難しかったろう。鬼殺隊も隠も男の方が多いのだよな。特に危険なことが分かっていて戦闘能力の低い女隠を派遣する訳にはいかない。ちなみに竃門たちは女装して潜入したとか。年齢的に女装してもギリギリセーフかね・・・。なお、真菰は水柱の継子なので呼び出されなかったそうだ。よしんば継子でなくとも過保護な鱗滝一門が黙っていない気がする。絶対、仕事関係なく鱗滝一門が毎夜客として入り浸りそうだ。それはそれで面白いかもな、と俺は完全に他人事で笑う。
無限列車事件で俺は少々目立ってしまったので、しばらく裏方へ回されているのだ。炎柱が問い合わせたとか、蟲柱がちょいちょい探りを入れているとか。炎柱は後藤さんが上手く誤魔化してくれたし、炎柱はまっすぐな気質なのでそう心配はしていない。俺を探す理由は分からんが。反対に蟲柱は拙い。どうも俺はあの人が苦手だ。俺が隠でいることに支障をきたしそうな、そんな気がする。被害妄想だろうか。いかん、思考が横滑りしている。
俺は再び、目前の書類へ意識を戻す。支援金渡して終わりという訳にはいかないのが面倒だが、それも致し方なしとも思う。
先の事件で鬼を目前にしたこと、または建屋崩壊に巻き込まれた患者の治療は蝶屋敷で引き受ける訳にもいかず、外部協力者へ委託という形になった。今、隠の方ではそれらの調整を行っている。なお、俺はこっちの仕事には関わっていない。そういう心遣いと繊細さを要求される仕事は向いていない。(上もそう思っているだろう)
ところで、俺は割に数字に強い方らしく、一周目では知らなかったが他の隠と比較するとそうらしい、全体の検算と調整を担っている。その為、直接関係しない仕事の数字も把握している訳だ。怪我人の人数とか依頼かけた病院の調整とか。工事の予算から発注内容まで。
「獪岳!!」
スパーン。派手に障子が開け放たれた。
焦った後藤さんが、隠の衣装で顔色は分からなかったが多分、青ざめている、が言った。
「刀鍛冶の里が襲撃された」
あーそう言えば、一周目でそんな事件があったような?・・・・・・俺、もしかしてこの件について忠告すべきだったのでは、と今更ながらに思い至った。しかし、混乱していたせいか口に出た言葉は手元の書類に引きずられていた。
「被害状況は?」
後藤さんは俺の手元に視線を向ける。
「ああ、いや。鎹烏の一報でまだ何も分かっていない。救援部隊の編成と。山の中だから基礎能力の高い獪岳も組み込まれるかもしれない。そっちの状況は?」
「俺はそもそも隠れ里の場所開示されていないので、その辺りはどうか分かりません。それに吉原の復興資料は引き継げる状況じゃないです」
「あー、今、獪岳を吉原復興から外したら上から睨まれる。だが、あの隠れ里へ行ける健脚者はそういないし」
「いや、だから俺は隠れ里への情報開示がされていないんですって」
慌ただしい足音が近づき、別の隠が飛び込んできた。
「刀鍛冶の里、怪我人多数。死者も出ているそうです。鎹烏からの追加情報きました」
「・・・・・・医療部隊がいりますね」
ぽつりと俺は呟いた。
それから、隠の屋敷は上へ下への大騒ぎとなった。まず急ぎ、刀鍛冶の里対策本部が作られ、なぜか俺はそこに組み込まれた。吉原復興の方は取り急ぎ引継ぎ出来るまで資料をまとめて後任に渡した。隠になって初の徹夜仕事だ。やっぱり隠の方が労働条件が良い。引き継いだ隠は涙目だったが、俺の方が泣きたい。途中で仕事を引き渡すのは嫌いなんだよ。
それはともかく、俺は情報開示で引っかかるとこの件をやんわり回避しようとしたが、俺の開示レベルを一気に引き上げられてしまった。迷惑な話だ、本当に。
既に隠れ里の情報開示済みの隠を主体として救助部隊を作り、急ぎ第一次救助部隊として出発したのが一報あってから半日後。隠はなかなか有能な部隊だと俺でも思う。
第二次救助部隊は医療部隊を主体として蝶屋敷と隠の医療にたけた者の混合となった。隠れ里のため、外部の人員を入れられないのが辛い。なお、隠れ里は廃棄し、新しい隠れ里へ引っ越す。復興にはその方が早いだろう。俺の刀を作った刀鍛冶は無事だったのだろうか。あえて確かめていない。
今の俺は第三次救助部隊の人員選定と物資のリストを作っている。意外なことに俺は第一次にも第二次救助部隊にも組み込まれなかった。多分、遊撃的な使い方をするために出さなかったのでは、と思う。正直、あまり行きたくないので構わない。
スパーン
「獪岳」
障子が派手に開け放たれた。もうこれは、事件発生を知らせるお約束だろうか。真菰が転がるように飛び込んできた。
「今度は何があった?」
「禰豆子ちゃんの護衛に私と一緒に刀鍛冶の里へ来て頂戴」
「何がどうして、そうなる?」
このところ忙しかったせいか俺は痛み出す頭をおさえた。禰豆子とは竃門の妹で鬼娘だ。そう、鬼だ。基礎能力と治癒能力が元から高いのに、隊士と隠の護衛が必要とはこれいかに。
「そもそも、兄の竃門はどうした?」
「里襲撃の時に鬼と戦って負傷、結構酷いから蝶屋敷に入院予定」
「またかよ」
事件の度に病院送りされていないか、竃門は。
「怪我の具合は?」
「復帰に問題はなさそうで安心したわ」
あんなに無茶で無謀な戦い方をしてよく無事?でいられるものだ。俺は別な意味で竃門に感心する。
真菰は開け放った障子の向こう側を探るように見てからそっと障子を閉めた。声をひそめる。他人に聞かれたくないらしい。ぐいっと俺の傍へ寄った。
「禰豆子ちゃんは日の光を克服したの。無惨に狙われるし―――鬼殺隊の一部にも狙われるわ」
「どういうことだ?」
「無惨が禰豆子ちゃんを喰らったら日光を克服できる。禰豆子ちゃんの存在は奇貨でもあるけれど―――」
「災厄でもある、か。それで鬼殺隊の一部・過激派は破滅の種となる竃門妹をその前に始末しようと。合理的ではあるか」
「問題はその一部が過激派だけでなく穏健派も入っていることよ。対立しているのは温情派と合理派といったところね」
「ちなみにお館様は?」
「温情派。正直なところ、内心は分からないけれど」
「聞くまでもないが鱗滝一門は温情派、と」
「鱗滝さんと親しい桑島さんの雷一門も温情派に数えて良いと思う」
俺は首を振った。
「水の一門と違って雷一門は人が少なすぎる。影響力はあまり期待できねぇよ。ただ、お館様が温情派ということは表向きでは動けないだろう。・・・・・・逆に拙いな」
「後ろ盾は大きい方が良いでしょ?」
「お館様の後ろ盾がなかったら、真菰に竃門兄妹を斬り捨てるよう説得するところだ」
ムッと真菰はふくれる。心情は分かるが、俺は自分の優先順位がはっきりしている。竃門兄妹より真菰の方が上だ。ただ、それだけだ。
「拙いと言ったのは、お館様が温情派な為、表立って竃門妹に危害を加えられないことだ。特に今は刀鍛冶の里にいるなら早く保護してお館様の庇護下へおくしかない。逆に合理派は今のうちしか手が出せん」
「じゃあ、すぐに保護へ行かなきゃ」
俺はちょっと考える。この件、とても厄介な案件じゃないか?
「なあ、・・・それ、俺が行かなきゃ駄目か?」
「行かなきゃ駄目。獪岳が行かなくても私は行くわよ。私にとって禰豆子ちゃんは妹のようなものだから」
「じゃあ、俺も行くしかねぇな。つくづく面倒くさい」
真菰に振り回されるのが苛ついたので俺は遠慮なく文句だけは言っておいた。あまり皮肉にもならなかったが。
俺は後藤さんに後の引継ぎを頼み、真菰の案件を伝えると妙に物わかりの良い反応だった。もしかしたら、こうなると分かっていたのでは、と勘ぐってしまう位に。
「後藤さん、俺が結果的に待機していたのはこのためですか?」
「さあ?」
後藤さんの返答に俺は確信を得る。俺が睨みつけると後藤さんは困ったように苦笑した。
「前々から獪岳は水柱の要請に応じられるようにと言われている。鱗滝一門と縁故があるからじゃないか?」
「そういうことですか」
以前に真菰専属と言われたのはこういうことか。
「とはいえ、そういう希望を出されているというだけだ。獪岳があちらに派遣されなかったのは、ここで指揮してもらった方が良かったからだし。水柱からの依頼は獪岳しか対応出来そうにない」
「それ喜んで良いのか、腹を立てて良いのか分かりませんよ」
言った言葉は我ながら拗ねた子供のように聞こえた。
フッと後藤さんは声を潜める。
「竃門の妹を狙う可能性が高い一門と要注意人物のリストがこっちだ。今、直ぐに覚えてくれ。あと、出来る限り、彼らに任務を回し動けないように工作はする」
「ありがとうございます」
裏で動くことにかけては、隊士より隠の方が上だ。
これならば、当初の予定より上手くいくかもしれない。