二周目、獪岳は隠になる11
昼でもなお暗い森の中、真菰と箱を背負った俺が歩いている。旧刀鍛冶の里から蝶屋敷へ向かっているのだ。本来、真菰も隠の手によって運ばれるところだが、旧刀鍛冶の里が廃棄されるので、その辺りの慎重さはなくなっている。
ざわり、と木々が騒めいた。人の気配は既に隠すつもりがないらしい。襲撃を受けるとすれば、山中ではないかと俺は思っていたが、ある意味で予想通りだ。あまりに予想通りで俺は溜息を吐いた。カリカリと背負っている箱から音がする。こっちを心配しているのだろう。
姿を現したのは顔は隠しているが隊服を着ている面々だった。人数は四人。身バレを避けたいのなら、なぜ隊服を着ているのだろう。いや、身バレは避けても隊士であることはバレても構わない、か。やはり、これは合理派だろう。間違っていることでも己が信念にしたがって事をなす。いかにも隊士らしい。
俺は竃門の妹を狙う考えが納得できない等とは言えない。ある意味で合理的な解だ。それでは、なぜ俺が真菰に協力しているか、って?お館様が温情派で、真菰ほか周囲が温情派だからだ。他に理由はない。
真菰が刀を抜いた。相手側も既に刀を抜いている。俺はあえて一歩下がった。
「敵対したくはない。その箱を置いて引いてくれ」
「お断り」
ぴしゃりと真菰は言い切る。
そう言えば、隊士同士の私闘は禁止じゃなかったか?俺はそんなどうでも良いことを考えている。それとも、死人にくちなし、か。さてはて、私闘にいく前に数で説得できると思っているのか。それにしても、どうしたものか。鬼ならば斬れば良いが、隊士相手にそう加減できるか自信がない。
彼らは一気に動いた。標的は俺。悪くはない判断だ。本来、隠はか弱くーーー真菰は隠の俺と箱を守らねばならないと彼らは思ったのだろう。俺は手首に付けた投げナイフを無造作に近づいた二人へ投げつけた。利き腕と足を狙ったのはワザとだ。残り二人には真菰が斬りつける。一応、同じ鬼殺隊なのに真菰の刀には迷いがない。思い切りが良いというか容赦がない。彼らがこちらを侮っていたので手早く戦闘能力を狩ることが出来た。
「行きましょう」
「ああ、早く手当しておけよ」
俺に言われたくはないだろうが、忠告を残して俺たちは足早に道を進んだ。呻いている隊士(一応身内)を放置して気の毒という気がしないでもない。だからと言って、何かをしてやる気にもなれないが。
真菰がポンポンと箱を軽く叩いた。
「大丈夫よ。心配しないで」
それに応じるように箱の中からカリカリと音がした。
後藤さんから事前に見せてもらったリストの人数から考えると襲撃は少なかった。あの後、一度もなかったのだから。意外ではあるが、隠の方の裏工作が上手くいったか、お館様の一門に対するけん制が効いたのか。
それでも、蝶屋敷へは俺と真菰は追っ手を撒いて走ってたどり着いた。本当にようやくたどり着けたという風で、互いに息をきらし口もきけやしない。当然、蝶屋敷の面々は驚いていた。一人、蟲柱だけが何もかも知っていたのか別に驚きもせず、竃門の妹を迎えている。
やっぱり、この人、何か怖い。
俺たち二人は蟲柱の勧めで応接室へ通された。俺は蟲柱が苦手なので早々に辞したいのだが、竃門妹は小包ではないので、はいさようならとも出来なかった。それに、現金だが茶の一杯でも頂けると助かる。町内に入ってから全力疾走だったのだから。
「お二人とも大変でしたね。禰豆子さんを保護し連れてきてくださってありがとうございます」
丁寧に頭を下げる蟲柱に俺と真菰は「いえいえ、そんな」といった感じで頭を下げた。会話は真菰に丸投げし、俺は出された冷たい麦茶でのどを潤す。美味しい。真菰も蟲柱に勧められ、口にして顔をほころばせた。図々しいかもしれないが、おかわりを貰う。
「今後、禰豆子さんは蝶屋敷でお預かりします。ご安心ください」
「こちらで保護して頂けると私たちも安心です。あの、炭治郎もこちらに入院とか。具合の方は?」
「順調に回復しています。炭治郎くんも禰豆子さんがここにいれば互いに心強いでしょう。話を戻しますが、途中で襲撃されたとか。詳しく聞かせて頂けますか?」
なぜか蟲柱は俺の方を見る。俺は黙ってちらりと真菰を見やる。本件、俺はすべて真菰に丸投げする方針で進めるつもりだ。なぜなら、蟲柱と話すとぼろが出るかもしれないからだ。
真菰は手早く山中で顔を隠した隊士に襲われたことを伝えた。その際、退けた隊士に怪我を負わせ放置したことをいかにも致し方なく心苦しいと言い切った。女は女優とはよく言ったものだ、と思ったが口にはしない。これ位の腹芸をこなせないと柱にはなれないのだろう。そして、蟲柱の瞳の冷ややかさに襲撃者への同情はなかった。
蟲柱との会談の後、俺たちは蝶屋敷の中をそぞろ歩いている。
「炭治郎のお見舞いに行くつもりだけど、どうする?」
「俺は止めておく」
蟲柱の視線を深読みして俺は勝手に疲れていた。蝶屋敷それとも蟲柱はどうも苦手だ。
「炭治郎は喜ぶと思うわ」
「真菰だけ行ってこい。蝶屋敷は俺にとって敵地な気がする」
「可哀そうに。気にし過ぎじゃないかしら」
真菰は俺が神経質になっている、もしくは被害妄想に囚われていると思っているようだ。否定はしないが、蝶屋敷で落ち着けないのは本当だ。
ちらりとある人影を見かけ、俺は廊下の窓を開ける。素早く片足をかけ、半身を外へ出した。その様を真菰は目を丸くして見ている。
「俺は帰る。じゃあな」
「えっと、また。そのね」
真菰の声を最後まで聞かず、俺はさっさと蝶屋敷を脱出したのだった。
なお、俺が見かけた人影は金髪の隊士―――つまり、あのカス・善逸だ。
俺は早々に隠の屋敷へ戻った。戻った俺を見て後藤さんは目を丸くする。
「思ったより帰るのが早かったな」
「途中から、戦闘を回避してましたから。一応、隊士同士の私闘は禁止されています」
「隠の獪岳ならば問題ないだろう」
やっぱり、俺にこの任務を回したのはこのせいか。しかし、規則の裏を最初からつくつもりだったとは・・・・・・。隊士が隠に負けた等と表立っては言えないから、向こうから口をつぐむ、と。性格悪いなぁ。
「森の中で襲ってきた連中は戦闘不能にしましたよ」
「顔は分かるか?」
「顔は隠してましたが隊服のままでした。馬鹿なのかバレても構わないのか」
「蝶屋敷に行く位の怪我ならば調べもつくが」
「そこまで手ひどくやっちゃいませんよ。それに理由が理由だけに行けないでしょう」
「報告書を出しておいてくれ。襲撃者は特定したい」
「はい、分かりました」
俺は先の報告書を作成してから、第三次救助部隊の編成に手をつけたのだった。