二周目、獪岳は隠になる12
その作戦を聞いた時、俺は正直驚かされた。お館様の子息・子女を隠の屋敷に囲う。それ自体は納得出来る。子息の産屋敷輝利哉次期当主が総指揮を取るというのも、お館様の体調から―――年齢的に若すぎないか?と思いつつも理解出来る。妹のお二人が補佐につくのも当然だろう。全く訳が分からないのは、その作戦本部に俺が組み込まれていることだ。
一周目の記憶と俺自身の能力(一応、隠ではあるが隊士階級は最上位の甲)から、てっきり最終戦局では隠の前線に回されると思っていたのに。後藤さんから配置を聞かされて、俺はよほど不可解な顔をしていたのだろう。後藤さんは俺を気遣うように、そして心配げに続けた。
「輝利哉次期当主様が事前に獪岳と話したい、と。もし、どうしても前線に出たければその旨を伝えねば、あの方は叶えてくれると思う」
「別に俺は絶対鬼殺すという信念はありません。ただ、この采配が意外すぎて、どういう意味があるのか分からず困惑しているだけです」
「獪岳は本当に正直だなぁ」
後藤さんは呆れたように言った。確かに、でも後藤さん相手なら少々本音で話しても大丈夫という確信もある。ともかく、輝利哉次期当主と話すしかないか。最終局面前に気がかりなことは解決しておいた方が良い。
意外なことに、俺と輝利哉次期当主の面談は人払いをされた個室で行われた。都市のわりに小柄で顔立ちが整っている為か女の子に見える。そういえば、俺の最終選別に居たのかもしれない。
輝利哉次期当主はにっこりと微笑する。
「初めましてではないけれど。会いたかったのですよ、僕と同じ二周目の人に」
俺は息をのんだ。
俺の反応に輝利哉は破顔する。
内心で舌打ちする。俺自ら、俺が二周目ということをバラしてしまったのだから。
「あなたは割に迂闊でしたよ。だから僕の方で色々と手を回したのです。だから、そんなに睨まないで下さい」
我知らず睨みつけていたことを指摘され、俺は落ち着こうと小さく深呼吸する。ちなみに隠衣装なので表情は分からない筈。
情報を整理しよう。輝利哉が二周目ならば俺が一周目で鬼化したことも知られているということか。そうか、そうか。なればこそ、俺を前線には出せない、と。そして、作戦本部に配置し、監視する。納得の采配だ。納得?本当に?
「何か誤解していませんか?僕はあなたを二周目仲間というか、勝手に協力者、切り札と思っています」
「二周目同士は認めますが、仲間意識はありませんよ。協力者、切り札についてはさっぱりですね」
「あああ、話の持って行き方を間違えました。ううっ、父ならばもっと上手くやったのでしょうけれど。あのですね、僕は本当にあなたを同士、仲間と思っているんです。僕が調べた限り、二周目は僕とあなただけです」
俺は冷めた瞳で輝利哉を見やる。二周目が自分以外に存在する可能性を全く思い至れなかった俺は、二周目の人間を捜そうともしなかった。故に輝利哉が自分たち以外、二周目の人間が居ないと断言してもそれを信じる確信がない。そもそも、一周目の俺の屑な所業を知っている人間は俺にとって不都合だ。それが輝利哉とは面倒極まりない。権力と発言力のある者が敵に回るとは。隠を辞めることも考慮に入れるべきか。退職金はいくらだ?
「だから警戒しないで下さい。コホン。では、僕の方であなたの為に尽力したことを伝えて遅ればせながら信頼を」
「俺が迂闊にやらかしたことの後始末を?」
「皮肉が突き刺さる・・・・・・。分かりました。最初からきちんと話します。その上で協力して下さい」
輝利哉は泣きが入ってきている。俺は大人しく話を聞くことにした。聞いた後、必要ならば失踪すれば良いだけだ。
そして、二周目の話が始まった。
「正直、最終選抜で合格したのに隊士でなく隠を選んだあなたに奇妙な感じを受けました。雷の呼吸の使い手で獪岳という名前。しかし、一周目のあなたは隊士だった筈」
じっと輝利哉は俺を見据える。
「一周目、鬼になった雷の使い手の隊士、桑島氏の弟子の名前は獪岳であったと僕は知っています。そう、もし彼が一周目とは異なる道を選ぶならば―――隊士を避けるのは当然でしょう」
「そうだ。あの選択が大きな分岐点だと俺は判断した」
今更、敬語も取り繕うのも嫌気がさして、俺は素で答えた。
一周目と職業が変われば、それは注目されるか。この話が終わったら、荷物まとめて夜逃げする算段を頭の隅で考える。
「僕があなたを切り札というのは、この点です。あなたは一周目と異なる行動をとった。将来、水柱の継子になる真菰は一周目では最終選抜で亡くなっているし、手鬼を倒すのは竃門炭治郎だった筈です」
「は?真菰は死んでいた?」
「ええ。一周目との大きなズレは二周目の我々の行動が大きいのです。逆に言うと我々ならば一周目と異なる行動が取れます」
もどかし気に輝利哉が手を振る。自分の考えを上手く表す言葉を見つけられないように。
それはつまりこういうことか?一周目を知る二周目の人間は、一周目の知識から改善しようとして行動が変わる。二周目でない人間は知識がないから結果として一周目と同じ行動をしてしまう、ということか?
「同じ状況におかれた同じ人間は、同じ思考に至った結果、一周目と同じ行動をする。しかし、二周目の人間は同じ状況におかれても一周目の記憶から同じ人間でも行動が変わり、結果が異なる、ということか?」
「そう、そうなんです」
俺の考察に輝利哉は手を叩く。
しかし、これは良いことばかりではないだろう。失敗したら一周目より悪い結果にならないか?という俺の指摘に輝利哉は渋い顔で頷く。
「それに、大きく変えすぎて一周目の記憶と大きく乖離してしまえば全体を制御出来なくなり、一周目の利点を失いかねません。とはいえ、どんな変化があろうとも絶対に変えたいこともあります。例えば―――産屋敷の自爆は流れを変えてしまっても阻止します」
「そんなことあったか?」
「・・・・・・あなたは自分とその周り以外に酷く関心が薄いですよね。迂闊というより大雑把なのでしょうか」
「悪かったな、手数をかけて」
「話を戻します。あなたが真菰を助け鱗滝一門と親しくなったのに、桑島氏への方は何も対応していません。一周目で桑島氏に引け目があるのでしょうが、最終選抜で亡くなったと貫くつもりなら鱗滝氏と桑島氏が知人であることを考慮すべきです。鱗滝氏が雷の使い手の隠、あなたの後見をしていることは隠と上層部は周知の事実です」
「は?」
「よく真菰の任務に付き合わせていたし、あなた専用の日輪刀も用意させたでしょう。隊士は少ないのです。遊ばせておく人材的余裕はありません」
何で今まで気付かなかった、という目で輝利哉が俺を見る。今更だが、真菰の補佐は一般隠では能力的に不可能だ。それに俺用の日輪刀はなぜ用意されている、と疑問には思った。思ったが、あまり気にしなかっただけである。そうか、俺は知らずに鱗滝一門の庇護下に入っていたのか。そりゃ、隠でも水柱、鱗滝一門の意向が俺の任務に直結する訳だ。
そして、人材的余裕か、フン。上層部の言いざまには流石に苛ついた。口にはしないけれど。
「那田蜘蛛山任務では蟲柱に目を付けられるし、誤魔化すのが大変でした」
「それは知っている。俺だって蟲柱とは接触しないように立ち回っている。あの人、苦手なんだ」
「良い勘してますね。無限列車事件は時期も状況も分かっていたので最初から隠と水柱の継子を派遣しました。おかげで予想以上に被害を抑えられ炎柱を助けられましたし、上弦の参を討ち取れました。あなたの成したことはあなたが思うより大きかったのです。本当にありがとうございました」
「え・・・上弦の参は討伐されたのか!?」
「知らなかったんですか!?」
「俺が生きていて、真菰が助かって、炎柱も無事と聞いたが他はあまり気にならなかった。そうか、上弦の参は死んだのか」
何とも言えない表情を浮かべる輝利哉。そして、ため息を吐いた。
「あなたが隊士に向いていないのがよく分かりました」
「あの極限状態で自分が助かったことと、一緒に戦った者の無事を安堵する以上に大切なことがあるのか?討伐結果がそれより上というのならば、俺は隊士なんぞ御免だ」
思った以上に冷えた声で俺は言い切った。多分、感情に任せた殺気も纏っている。だが、抑える気にもなれない。
ぎくりと輝利哉は身をこわばらせ深々と頭を下げた。そうだ、次期当主とはいえ輝利哉は子供なのだ。それを忘れてはいけない。深呼吸し、俺は冷静さを取り戻す。
「すみません。僕が浅慮でした」
「・・・・・・すまん。あまりに大人げなかった。俺が考えなしなのだろうし、多分、周りが隠していた」
今にして思うと隠も後藤さんも真菰ですら俺に隠していた。休暇を取らせ、ほとぼりを冷まさせていたが、それと共に俺に対して情報規制をかけていたのだ。指摘されるまで気付かなかったのは、俺が間抜けなだけだ。
「あなたは大切にされているのですね。今のあなたは幸せですか?」
「・・・・・・新興宗教の勧誘みたいだ」
「・・・・・・そうですか。僕は本当に、ええ、分かっていますとも。もう良いですよ。隊士の時よりあなたは幸せそうですよ。多分、ね」
やけくそのように輝利哉は言い切る。何となく悪いことしたような気がするが、あまりに突飛な質問なので、つい。
輝利哉は気を取り直して続ける。
「吉原遊郭事件では主担当が音柱であなたのことに気付く可能性が高かったのと、無限列車事件で目立ち過ぎたのであなたを派遣出来ず隠と柱を追加投入でなんとか音柱の引退を回避し、一般人の被害を抑えました」
音柱は雷の派生、桑島先生と知人である可能性が高い。輝利哉が音柱と俺を会わせないように采配するのは理にかなっている。
「刀鍛冶の里事件は僕も時期がはっきりしなくてあまり手を出せませんでした。里の人間を出来るだけ里の外に出すこと位しか。僕はそんなに力はないのです。そして柱稽古が始まって以来、僕はあなたを隠屋敷に留置きました」
「吉原と刀鍛冶の里の残務処理がやたら俺に回されたのはそういうことか。俺もこれ幸いと隠屋敷に詰めていたが、互いの思惑にあっていた訳だ」
「ええ、あなたが上弦ノ陸になるのはどうしても避けたかった。そして、そう望んでいるのが察せられる以上、僕がそう動くのは当然です」
きっぱりと輝利哉は言い切った。