二周目、獪岳は隠になる15
面倒だ、本当に面倒だ。俺は輝利哉のお供という形で炎屋敷へ来ていた。勿論、炎柱は柱稽古もあり、常に隊士が炎屋敷の道場にいるので、我々は勝手口からの訪問となっている。次期当主の輝利哉を勝手口からで良いのか?と思わなくもないが、輝利哉本人が気にしていない様子なので俺も気にしない。ちなみに月の呼吸は輝利哉の予知情報を隠の俺が分かり易く見せる為に習得したということにしている。そういう言い訳がないと一介の隠が月の呼吸の型を知っているという不可解さが発生してしまうからだ。この前例から大概の言い訳は輝利哉に被ってもらうと解決してしまうことを知ってしまった。便利過ぎて少し拙い。借りを作るのは好きじゃないのだ。
時間を作ってもらった炎柱は諸手を挙げて輝利哉を迎えた。
「これはこれは輝利哉様、わざわざいらしてくださってありがとうございます。しかし、護衛が隠一人とはいかがなものですか」
「この人が一人いれば充分です」
充分じゃねぇよ、と俺は内心で突っ込む。でも、ただの隠な俺は黙っておく。厄介ごとは御免だ。
じいっと炎柱が俺を見る。見ている?それとも観察している?そして、パッと表情を明るくした。
「そうか、君か。なるほど、ならば安心だ」
どこに納得する要素があった?思わず聞いてみたくなった。嫌な予感しかしないので口にはしないが。俺はちらりと輝利哉へ視線を向ける。早く用件を済ませて帰るべきじゃないか?俺の視線に輝利哉は小さく頷いた。
「炎柱様。柱稽古でお忙しいでしょう。早速ですが、月の呼吸を見て頂きたく。なお、月の呼吸はこちらの隠のか、隠に実行してもらいます」
輝利哉は俺の名前を言いそうになって誤魔化していたが苦しい誤魔化し方である。炎柱も分かっていて、その辺りを流している。炎柱がおおらかなのか意外に空気が読める性質なのか。俺は単に細かいことを気にしない性質と見た。道場は柱稽古で使っているので、俺たちは中庭へ案内された。
月の呼吸は炎柱にのみ見せることになっている。その筈だったのだが、なぜか前・炎柱がいた。一目で炎柱との親子関係が分かる。遺伝子が仕事しすぎだ。中庭を面する縁台で、昼から酒を呑んでいる。胡乱な目でこっちを見ているのだが、こそっと俺は輝利哉に尋ねる。
「輝利哉様、あれはどうするんです?」
「こちらは客人で、家人がどこに居ようと何か言える立場ではないような?」
流石の輝利哉も困惑しているような様子だ。俺は少し考えて放置しても良いかと割り切った。現役柱に俺の実力を知られると拙いが
酒に溺れている前・炎柱なら大丈夫だろう、多分。情報発信力はさしてないと思いたい。
早速、俺は自身の日輪刀で月の呼吸を壱から型をなぞってみせる。あくまで型だ。技は発動しない。俺は雷の呼吸の使い手であることに加え、月の呼吸を習ったわけでも試みた訳でもないからだ。言い訳ではある。そこは認めよう。一通り型を見せると炎柱は「ほぉ、なるほど参考になった」と言ってくれた。最終決戦時の為に練習したかいがあった。
「はん、ただのお遊戯だ。そもそも、お前。雷の呼吸の使い手だろう」
ツッコミは前・炎柱から入った。月の呼吸の型を見せるだけならば俺の日輪刀を使う必要がなかったのに迂闊であった。俺の日輪刀を見れば雷の呼吸の使い手と分かってしまうのは当然だ。
「はい、父上。彼は素晴らしい雷の使い手です」
炎柱が即、かばってくれたのだが、今のかばったのか?何か自慢している感がしないでもないような。俺の気のせいか、気のせいと思いたい。遠い目になってしまう、俺。引きつった笑みを浮かべる輝利哉。当主を継いだら柱をまとめなきゃならないのだぞ、炎柱はまだ扱いやすい方なのだけれど大丈夫だろうか。比較対象は蟲柱と水柱。蟲柱は俺が一方的に苦手意識を持っているだけだが、水柱は意思疎通にいささか問題がある。
「おい、小僧。雷の呼吸を見せてみろ」と前・炎柱。
小僧って俺のことだよな。雷の呼吸を見せろと言っているし、流石に輝利哉を小僧呼びはするまい。しかし、俺の年齢的に小僧の範疇に入るのだろうか疑問だ。
それ以前に、前・炎柱とはいえ酒呑んでいるおっさんに雷の呼吸を見せるのか。全く持って気が進まない。
「雷の呼吸は宴会芸ではありません」
反論されて前・炎柱はムッとした様子だが、酒瓶を部屋へ片付け、再び縁台へ。じっと俺を見る。
ちらりと輝利哉や炎柱へ視線を向けたのだが、輝利哉は黙って首を横に振り、炎柱は期待に満ちた瞳で俺を見る。本当に役に立たないな、あんたらは。
仕方なく、しぶしぶ俺は雷の呼吸を見せる。壱の型も今は使えるので、壱の型から順に技を放つ。もちろん、雷の呼吸の方はきちんと技が発動した。
「君の呼吸は本当に研鑽の賜物だ。素晴らしい」
炎柱に絶賛され、俺は気恥ずかしく頭を下げた。炎柱の性格から世辞を言う筈もなく、故にこそ言葉に価値がある。多分、俺は赤面しているだろうが、隠の衣装でバレていない筈。こういう時、隠の衣装は本当に便利だ。
「小僧、お前は柱稽古に参加していないな?」
ほぼ断定で前・炎柱が言う。
「ええ、隠ですから」
当然だ。何を言い出すのだろう、と俺は面食らってしまう。
「ふむ、仕方ないから俺がお前を鍛えてやろう」
「「「は!?」」」
前・炎柱の突飛な発言に俺たちは同時に驚きの声を上げたのだった。
「最近、流され過ぎている気がする」
俺がそうぼやくと、真菰は書類作業の手を止めて小首を傾げた。ついで、俺は自身の書類を仕上げて、真菰へ手渡すと、真菰はその書類の量に顔をしかめた。
「これも私が確認するの?」
「水柱様より真菰の方が作業が早い。俺も仕事がやりやすくて助かる」
「じゃあ、しょうがないわね」
どこか嬉し気に真菰は書類を受け取った。真菰はおだてに弱い、もとい、褒めると伸びる性質で一緒に仕事をするのが大変、楽なのである。水柱とこのやり取りを考えると、俺にはこんなに上手くいく想像が出来ない。まずは意思疎通からかと思うと遠い目になってしまう。やっぱり、水柱関係の仕事は今後も真菰を窓口にしよう。
「獪岳はこのところ水屋敷にずっと居るけど、いいの?」
俺は書類を書きかけていた手をぴたりと止めた。うろうろと視線を彷徨わせた後、言い切る。
「ちゃんと仕事はしているから問題はない・・・筈」
「隠屋敷に居づらいの?」
「断れない目上の客がこっちの都合も考えずに来やがる・・・・・・」
輝利哉だけでも十分、頭が痛いのに、なぜか元・炎柱も隠屋敷に来るようになっている。
「元・炎柱様、立ち直られたようね。噂になっているわ。炎柱様も喜んでいるから、断りづらいかしら」
「押しかけ弟子ならともかく、押しかけ師匠なんて聞いたことねぇよ」
本当、何を考えてんだ、あの元・炎柱は。
流石に通常業務が滞るし、一介の隠が相対するには気疲れし過ぎる目上の人だ。俺が後藤さんに泣きの入った相談をしたら、俺を水屋敷の方へ派遣してくれたのだ。仕事の出来る人である、後藤さんは。
勿論、水柱には隠の方から連絡済みだ。輝利哉や元・炎柱相手に居留守は使えなくとも、不在で連絡つきませんは有りなのだ。有り、だよな。
そうだ、流されている、だ。最近はやけに周囲から振り回されているが、このまま最終決戦というのは拙い気がする。輝利哉の二周目理論?からすると、俺が出来ること、やりたいことは。
「なあ、真菰は最終決戦の配置は決まっているのか?」
「水柱の継子として前線の予定だけど?」
「はっきり配置が決まってねぇなら、俺と同じ任務についてくれないか?俺は輝利哉様の護衛だ。何度も任務を共にし、気心の知れた真菰と一緒ならば心強い」
「え」
目を丸くする真菰。
「輝利哉様の護衛に隠の俺というのは周囲に不安を感じさせるだろうが、輝利哉様の指示だ。下手な護衛と共闘させられるのは護衛任務上、望ましくない」
「そう・・・・・・私が度々、獪岳と共に任務を行っているのは周知の事実。私が輝利哉様の護衛を行い、その補佐に獪岳が付く方が自然だし、周囲も納得するわね。私は良いわよ。指示は輝利哉様にお願いできるかしら?」
「ああ、そこは手を回しておく」
輝利哉の話では真菰は最終選抜で亡くなっていたらしい。俺も水柱の継子もしくは水柱同門の真菰という女隊士を知らなかったのだから、おそらく一周目では早々に亡くなっていたのだろう。そこから考えると、俺が鬼化する可能性が高いように、真菰は死亡する可能性が高いのかもしれない―――というのが輝利哉の二周目理論から俺が導き出した結論であり、避けるべき目標である。
それに、他のメンツはどうか全く分からないが真菰は一周目に最終決戦に参加していないのだから前線に出なくても結果は変わらない筈だ。それならば、より安全で俺の手が届く範囲にいてもらった方が良い。
輝利哉の護衛任務がどうせ断れないのだから、こちらも多少は利用させてもらう。輝利哉に対する意趣返しのつもりもあったが、多分、向こうは気にもしていないだろう。
どちらにせよ、真菰がこちらの希望をあっさり了承してくれて良かった。俺が二周目であり、一周目の情報から真菰の死亡可能性が高いからなんて説明できやしないからだ。
遠く水柱の柱稽古に参加している隊士の悲鳴が聞こえてくる。すっかり日常になってしまって、平和だと思うあたり俺の感覚も大概、狂ってきているようだ。
(後書き)
あまりに輝利哉と元・炎柱に隠屋敷へ押しかけられてしまい、獪岳は水屋敷へ住居を移してしまっている。居留守でなく不在なので有り、だろうか?そのうち、水屋敷へ押しかけられるかもしれない。後見役の水屋敷にいるのでは?と輝利哉ならば気付きそうである。