二周目、獪岳は隠になる2
晴れて俺は隠になった。隠は成り手が少ないのか、即、なれた。制服も直ぐに支給される。縁があるからと真菰と育手まで送ることになったのだ。桑島宅へ戻る気もないし、藤襲山で死んだことにしたい俺は前のめりで真菰を送る任務についた。黒子みたいな隠の衣装は俺の死んだことにする目的にとことん合っている。
「ごめんね、獪岳。獪岳は育手のもとに帰らなくて良いの?」
スンと俺は表情が死んだことが分かる。
「いいか、真菰。人には思い出したくないことが一つや二つや、三つや四つや五つや―――」
「ごめん、獪岳。もういいから、何も言わなくて良いから」
慌てて真菰が止めた。
俺の闇(過去)の一端を理解した真菰は空気が読める性質なのだろう。空気の読めない奴は嫌なんだ。それだけで、真菰の評価は俺の中で爆上がりである。
鬼殺隊から用意された背負子に真菰を乗せ、俺は背負子ごと真菰を背負う。大分、これで互いに楽だ。しかし、元・柱の育手というのは辺鄙なところに住まなきゃならないという理由でもあるのだろうか!?多分、修行上の関係だ。真菰を元・水柱である鱗滝に届けて即、帰ろうとしたが―――家に変な気配があって俺はどうしたものかと立ち止った。背負子の真菰が戸惑う。
「どうしたの、獪岳?」
「家の中に変な気配がある」
「「・・・・・・」」
互いに沈黙が落ちる。
「ああ、多分、大丈夫だよ。獪岳」
「多分、大丈夫じゃねぇよ、阿呆」
この家の中、鬼の気配がある。絶対に大丈夫ではない。チッと俺は舌打ちする。スラリと俺は刀を抜いた。藤襲山で使った刀を俺はそのまま使っている。この刀は桑島先生に借りた日輪刀で―――とりあえず返却予定はない。申し訳ないが、隠は日輪刀が支給されないので致し方ない。
「真菰」
右手後方から年の頃はカス位の剣士見習いが駆け寄ってきた。俺はちらりと目線だけ向けて再び目前の家へ刀を向ける。
「家の中に鬼がいる。下がってろ」
一瞬、真菰と見習いが目を合わせて、あわあわと慌てだした。
「いやいや、大丈夫です」
「そうそう問題ないのよ、安心して」
何を言っているんだ、こいつらは。この訳の分からない困惑は家の中から元・水柱である鱗滝が出てきて、俺が説明を聞くまで続いたのだった。
説明を受けて俺は遠い目になった。そして、一周目において鬼を連れた剣士の話を思い出した。確か、奴の名前は。
「お前の名前は?」
「俺の名前は竃門炭治郎です」
ああ、確か鬼連れ剣士の名前はそんな感じだった。こいつ、やたら上弦と接触する任務ばかりだった筈だ。あまり近付かないでおこう。
「あなたは?」
「俺はただの隠だ」
「只野角士さんですね」
「「「・・・・・・」」」
絶句する一同。世間知らずなのか、ただの阿呆なのか、とびぬけて素直なのか。カスとは別の意味で俺とは合わない。
じろりと俺は真菰を見る。
「お前の弟弟子、きちんと指導しておけ」
「う、うん。ごめんね。か、隠さん。あのね、炭治郎。隠は個体識別しては駄目なの。だからこその、この衣装なのよ。下手に鬼に見つけられたら隠は身を守る術がないから」
「でも、只野さんは凄く強いですよね?」
こいつの能天気さに苛立つ。そして、誰が只野だ、馬鹿か、お前は。
「俺が強かろうが弱かろうが関係ねぇ!!貴様の迂闊さで隠全体が危機に陥るんだよ!?いいか、お前の失態で隠に何かあったら―――俺が直々に貴様を斬り捨ててやる!!」
「は、はいっ!!」びしっと座りなおす竃門。
「脅しすぎよ、か、・・・隠さん」
「真菰、お前も気を付けろ。俺の名前を呼ぶんじゃない!!」
「は、はいっ!!」と真菰。
「随分、口の悪い隠だな」
ぼそっと元・水柱である鱗滝が呟いた。それは、皮肉でも俺を窘めるでもなく、単に事実を事実としてつい零してしまったという風である。俺は顔を引きつらせた。隠の衣装のおかげで表情は分からない筈だ。この場には真菰と鬼連れ隊士以外もいたのだ。しかも、元・水柱。
「すみません。今後、気を付けます」
「ああ、よいよい。それで今更だが、この娘のことだが」
「分かっております。俺は何も見ていません。知りません。気付いていません。これで通させてもらいます」
「うむ、すまんが、それで頼む」
後ろの方では、分かっていない竃門に真菰がこのやり取りの中身を説明している。隠をよく分かっていない竃門では本来ならば今日の出来事が報告案件であると気付いていないのだ。
というか、俺が報告したら面倒なことになるというのに部外者を家に近づけるとは、鱗滝一門の迂闊さは一門の特性なのだろうか?
隠になってから穏やかで心静かな毎日が遅れている。そう、俺はこういう生活を望んでいたんだ。もっとも、真菰の支給された隊服が破廉恥で鱗滝一門が切れ散らかしたり、竃門が課題達成出来ないと相談してきたり(同門に兄弟子も姉弟子もいるだろうが)突発的に何かは起こってもあくまで日常の些末な出来事に過ぎなかった。隠の仕事は基本、後始末なので鬼と接触することはない筈なんだが・・・・・・。
鬼からの攻撃を真菰はひらりひらりと躱していく。身軽さを活かした体術で軽々と鬼を翻弄している。
「獪岳」
「へいへい」
何で俺が真菰の任務を手伝っているのか分からないが、多分、成り行きだ。深く考えても仕方ない。
いつもの事ながら、俺は雷の呼吸・伍ノ型 熱界雷(ねつかいらい)で真菰に道を作る。
「水の呼吸・壱ノ型 水面斬り(みなもぎり)
スパンと鬼の頸が落ちた。
「さあさ、なんでもご馳走しちゃうわよ、獪岳」
「茶屋でか?」
任務後、真菰のおごりで茶屋に来ている。別に奢られる理由はないが断る理由もない。茶屋のおごり等、たかが知れているというのも互いに気楽なものだ。茶屋のおかみに注文する。
「みたらし団子を」
「私はあべ川餅をお願いします」
狭い茶屋で、席は屋外席しかない。緋毛氈を敷いた席だか台だかに座る女剣士と隠。傍から見たら奇妙に見えることだろうよ。
「どうぞ、みたらし団子です」
「どうも」
俺は皿(みたらし団子、1串に3つ団子を刺してあり、その串が3本で一人前のようだ)を受取り、「ん」とそのまま真菰に皿を差し出す。
「ありがと」
真菰が1串取ってから、俺は片手で口元の布を外し、団子を口にした。甘辛いタレが旨い。
「風柱様はおはぎがお好きなんですって」
「あの面で甘党かよ。もしかして下戸か?」
「だったら、獪岳と一緒ね」
俺は口を閉ざした。
何で真菰は俺が隠の歓迎会において酒で潰れたことを知っているのだろう?あれだけ派手にやらかしたら口止めも何もないが、隠は連帯感が強い分、間違って俺が酒を口にしないように情報が周知されている。真菰はおそらくそれ経由で知ったのだろう。
一介の隠情報等、隠以外では真菰位しか知るまい。
ちょいちょい真菰とは奢ったり、奢られたりしているのだ。俺が下戸と言うことも知られていないと逆に困る事態に陥るかもしれない。大体、下戸というのは恥でもなんでもないのだ。
うん、俺は気にしていない。気にしていない。
噂をすれば影―――なんでか風柱が茶屋に顔を見せた。俺でなく真菰の方を驚いたように見て、そして俺を見て、また真菰の方を見た。珍妙な取り合わせだろうよ。俺は黙って頭を下げておく。真菰は風柱と面識があるらしく、にこやかに挨拶を交わしている。真菰と風柱の関係は良好らしい。しかし、鱗滝一門の愛想、特に兄弟子のそれはほぼほぼ真菰に持っていかれていると思われる。
俺は風柱とは面識ないので二人の会話の邪魔にならぬよう、少し座りなおそうとした。風柱のどんな関係?みたいな視線がうざったい。心の底からうざったい。そっと距離をとって座りなおしたら、なぜか真菰がぴたっとこっちに寄ってきた。
「ふふっ、私たちデート中なんです、風柱様」
「んなぁ」
思わず、素っ頓狂な声が上がる。
俺がぎょっとして真菰を見るが、真菰はニコニコと風柱を見ている。呆気に取られた風柱が今一度、俺と真菰を見てがりがりと頭をかいてから言った。
「邪魔したな」
そして、そのまま帰っていった。あの人、何しに茶屋に来たんだ?そして、邪魔とは一体?いや、邪魔したのは俺たちじゃないのか?
「ここのおはぎ有名だから買いに来たのかしら。後で、風柱屋敷に届けておきましょう」
「ああ、やっぱり甘味を買いに来てたか。他人がいて買いにくかったとか」
「そういうのを気にする人じゃないけど」
「・・・それで、デートってのは何のことだよ?」
「あら、妙齢の男女が一緒に出歩くのはデートよ」
「単に鬼狩りしているだけだろうが」
「刺激的よね」
「殺伐としていると言うんだよ」
二人してくだらない話をしつつ、遅れて届いたあべ川餅を半分こしてから俺たちは解散したのだった。