二周目、獪岳は隠になる6
「ねえ、獪岳。今度、夜のドライブに行きましょう?」
「夜のドライブ?」
俺は何を言い出すんだ、この女は?という視線をデートに誘った真菰に向ける。そもそもデートでは絶対にない。真菰のさそいのほとんどが真菰自身の単独任務の付きそうである。
色気がないし、うまみもない。
「そう、夜行列車に並走するドライブね」
「何で夜行列車に並走?つまり何かしらの任務か?」
「ええ。とある列車で隊士が多数、行方不明になって、とうとう炎柱様がその列車に乗って調査することになったのよ。それで隠たちの補佐団体に私と獪岳も組み込まれた訳」
「補佐団体、その為、あえて列車に乗らず並走するか。わりに安全は確保されているようだな」
「獪岳はあくまで私の補佐だから、炎柱様の任務にそうそう助力しなくても良いわ」
「そいつは有り難いな。助かる」
炎柱は柱の中でも純粋に強い柱である。柱の強さにもいろいろと要素があるが、炎柱は武闘派正統的強さというような強さだ。そんな炎柱の任務の補佐とか下手したら死んでしまう。
確か一周目で炎柱は死んでいた。ただ問題は俺の記憶では炎柱がどの任務でどのような死にざまだったか全く知らないことだ。思い出せないだけなら、いつか思い出せるかもと希望があるが、記憶がないのにどうしろと?
絶望した。自分のポンコツ記憶力に絶望した。
ともかく、炎柱の任務にはあまり近づかないようにしよう、と心に誓う。ついでに真菰も守ってやろう。ついでに。そもそも一周目、屑の俺に過度な期待をされても、な。
例の夜のドライブはオープンカー一台とトラック一台。トラックはホロ付きで荷台には十数人の隠が乗る予定とか。やくざの出入りかよ!?俺と真菰は後藤さん運転するオープンカーの方へ回された。あともう一人、運転できる先輩隠で四人乗りだ。
トラックより乗り心地良さそうだし、オープンカーは格好良いので俺は内心喜んでいた。真菰が「これなら列車に乗り移り易そうね」と言うまでは。もしかして、俺たちは遊撃部隊なのか!?ちょっと待て、隠は事後処理部隊だろうが!!
いざとなったら真菰の意識を狩って逃走してやる。真菰、敵は鬼だけとは思うなよ。
夜道を問題の夜行列車を追いつつ、オープンカーとトラックが走る。夜行列車は目立つので見失うことはなく、ほぼほぼ順調だ。嵌められたことに今更気付いた俺はムスッとしていたし、機嫌の悪い俺に気遣って真菰がお菓子を勧める。
「ほら、獪岳。おせんべ、どう?」
「・・・・・・もらう」
これも任務だ。いつまでも拗ねているのは、あまりに子供っぽい。
「お前ら、遠足じゃないんだぞ」と運転手の後藤さん。
「そーだ。そーだ。後ろでいちゃつくな。運転手の後藤さんを苛つかせるなよ。運転荒くなるから」と先輩隠がちゃかす。
「「いちゃついてません!!」」
ここまでは緩い空気だった。ここまでは、な。
俺たちのオープンカーは、夜行列車に着かず離れず走っている。いつ何が始まるかと観察している。
「動きがないなー」と先輩隠。
「動き無いですねー。おい、真菰、寝るな」
俺は隣の真菰を小突く。こいつ、転寝していた。神経太すぎる。言っておくが、この遊撃部隊のメインは真菰、お前なんだぞ。お前が動かなきゃ、本当、このメンツだと事後処理しかしないと思う。
「ハッ、寝ていません、寝ていませんよ」
「うん、頼むから起きていてくれ」
もう俺は何も言うまい。
先輩隠が双眼鏡でまじまじと車窓を観察して顔をしかめる。
「何かおかしい。動きがないというか、もう敵の術中に陥っているみたいだ。全員、眠らされている」
「乗り込みましょう。車を列車に寄せてください」と真菰。
「いやいや、馬鹿正直に乗り込んだら、こっちも術中にハマるだけだ。二重遭難まっしぐらだろうが!!」
阿呆なのか、真菰は。いや、知っていた、阿呆だ。
「というか、乗客を人質に取られているようなものじゃないか」と後藤さん。
「列車を停めた方が良いですよね」
ちらりと俺は後藤さんと先輩隠を見やる。
「列車の停め方、知っていますか?」
「いやいやいや、車と列車は全然違うから。停め方とか知らないから」全力で首を振る先輩隠。
「車と列車じゃ喧嘩にならないし。こっちが木端微塵だ。それでも停められる保証はない。よっぽどうまくいって脱線させても列車も人も無事ではすまない」
詰んだ、思いっきり詰んだ。
「列車の運転手に停めさせたら?」
真菰が真面で間抜けなことを言いだした。
「鬼が居ます。列車停めてください―――と言って納得してくれる人間だったら俺はそいつの頭を疑う」
「馬鹿ね。強盗のフリして脅せばよいのよ」
真菰の案が採用された。一番、現実的だからだが―――隊士に常識はないと俺は思い知った。
列車に飛び乗った俺と真菰。わりに列車の速度があって怖い。最悪、落ちても俺と真菰ならば受け身を取ってたいした怪我もするまい。逆に、後藤さんと先輩隠は危ないので同行できない。隠ってのは一般人でか弱いのだ。
がしょがしょと列車の上を走る俺と真菰は先頭車両へ向かう。走るといっても、動く列車の上ではさして速度も出ない。
むくむくっと前方で何かが産まれ―――鬼がそこに居た。
見た目は優男だ。だが鬼の外見と実力が一致しないことは多い。
「おや、眠っていない乗客がいるとはね」
「こちとら乗客じゃないんでな」
俺は軽口を返す。どうやら乗客を眠らせる血鬼術らしい。車内に入らなかったのは正解だったのだろうか?よく分からん。だが、注目は引き付けることは出来たか?
俺を影にして真菰が動き―――壱ノ型 水面斬り(みなもぎり)で鬼の頸を落とした。
「・・・・・・終わったのか?」
「分からない。何か手ごたえが変だったから」
鬼の身体がチリのように消えず肉塊がぐちゃりと列車の車両と一体化していく。その異様な光景に目を奪われ、俺と真菰はただ見つめる。多分、いや確実にあの鬼は滅せていない。
ドン!!
今度は列車内で音が響いた。この音はよく知っている。雷鳴だ。忌々しいあのカスが一の型を放ったか。というか、あのカスも乗車しているのかよ、今日は厄日か?
「やっぱり列車を早く停めましょう」
「そうだな。車内で暴れて脱線でもしたら目も当てられん。このままじゃ遅かれ早かれだ」
そういう訳で、再度、俺と真菰は先頭車両へ列車の上を移動しているのだが、もう、偽装の必要がないせいか列車の速度は異様に速いし、列車内では多分、技が放たれまくって揺れが酷い。足場が悪いどころか、転げ落ちそうだ。進むどころか、しがみついている状態である。
「誰だ、列車内で暴れまわっているのは!!」
「そりゃ、うち(鬼殺隊)の人間でしょ」
「泣かす。絶対、後で泣かす」
ギリギリと俺は歯噛みする。
どうにかこうにか、もう少しというところで「あ」と真菰が声を上げた。振り返った俺の目の前で真菰が転がり落ちた。
「真菰!!」
「あと、お願い。よろしく」
つくづく軽い調子で真菰は言うと、衝撃を殺すために技を放っていた。うん、真菰ならば大丈夫だ。それにすぐ、後藤さんたちに回収されるだろう。そっちの心配はしていない。していないが。
「あのドジ。俺に押し付けやがって!!」
ようやく先頭車両を目前に移動できた。車両は既に何かわけの分からないものがぐちゃぐちゃしている。
本当ならば運転手を説得するなり、脅すなりする筈だったのだが、そんな気分はとうに失せていた。要するに、列車が停まって人質にされている乗客を解放すれば良いのだ。
俺はスラリと刀を抜く。
「雷の呼吸・弐ノ型 稲魂(いなだま)から陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)まで混成接続!!」
八つ当たり気味に技を放ちまくる。血鬼術で連結を維持しようとしがみつく肉塊を斬り刻んでいく。一回で斬れねば二回斬れ、二回で斬れねば三回で斬れ、だ。肉塊ならば百回斬ってミンチにしてくれる。
ガタン
先頭車両との切り離しが叶い、もはや残りの車両は鉄の箱だ。先頭車両だけが重石の後部車両を失っていよいよスピードを上げて走り去っていた。
「あははははは。ざまあみやがれ」
動力と速度を失い、車両はゆるやかに停まろうとする。
そんな中、俺の笑い声だけが夜空へ響いたのだった。