二周目、獪岳は隠になる9
呼吸が上がっている。これだけ技を放ちまくれば当然で、上弦の参相手にまだ戦況を延ばせているのは自分の力などと自惚れてはいない。なぜか女を殺せないみたい(断言しかねる)な上弦の参と、自らを半ば囮とする真菰、そして規格外の強さを誇る炎柱がいてこそ、である。決定打がない上に、こっちは人なので長期戦とか無理がある。今でもギリギリだよ、本当。そう、三人(炎柱、隊士一人、隠一人)で戦場維持がやっとなのである。冗談じゃない。流石の俺でもこの状況で炎柱に任せて、俺と真菰離脱は出来ない。そもそも、そんな余裕はないのだ。何でこうなった!?こちとら、か弱い隠だぞ。
ギリギリで攻撃を避けたので頑丈な隠の衣装、左の脇腹周りの衣が斬れた。
怖!!
あんなのまともに喰らったら死んでしまう。
その時だった。
「真菰!?」
俺の目前で真菰が吹っ飛ばされた。
なんで思い至らなかった!?俺より真菰の方が体力・持久力が低いのだ。いくら上弦の参が女を殺せないとはいえ、その強みだけで囮が出来る程、真菰は強くない。早く退避させねばならなかったのに。
「さあ、杏寿郎、勝負といこう」
カッと頭に血が上った。鬼がタイマン勝負を望む?
「ふざけるな!貴様!」
雷の呼吸の特徴はその速さ。この一点において他の呼吸の追随を許さない。何も考えず、激昂のまま、俺は一気に上弦の参へ間合いを詰める。真菰を傷つけられた怒りに他の感情が押しのけられた。詰めた距離に本来感じるべき恐怖すら吹っ飛んでいる。頭でなく身体が動いた。それは条件反射に近い。
一周目に何度も何度も、狂うほど繰り返した動き。身体にしみこませた動きは最も洗練された軌跡を描く。
「壱ノ型 霹靂一閃」
ドンッ
放たれた技に驚いたのは上弦の参より俺の方だった。
何で?どうして?壱ノ型が出来た!?
加えて、頸を斬り損ねた。三分の二は斬れたが斬り落とせなかったことで再生が―――始まる。
壱ノ型で仕留めきれなかった。俺は臍をかむ。俺の壱ノ型が未熟なのか、上弦の参に俺の力が届かなかったのか。
一番の問題は、今の俺は死に体だ。上弦の参の攻撃が―――。
ダンッ
俺は横合いから何かに、いや真菰に飛びつかれざま諸共突き飛ばされる。乱暴に上弦の参から退避させられたと共に炎柱が放った技が俺たちをかすめていった。見事な連携とは成功したから言えること。あまりにギリギリでこっちは唖然とするところだ。今のは身体ごと庇ったのが真菰だったので上弦の参に見逃されただけ、追撃されていたら、俺は殺されていただろう。
「獪岳」
「大丈夫だ。助かった、休んでいろ」
立ち上がれない真菰はもう刀を握ることすらできまい。俺も肩で息をしている。技は放てて、もう一度か。
呼吸を整え、体力回復に努める。
上弦の参と炎柱の戦い。
俺と真菰で泥臭く削っていったせいか、再生が遅れている。投げナイフの藤の毒も少しは効いていると思いたい。上弦の参は自身の再生の遅さに苛ついている。焦りからか技が大振りになっていた。
炎柱の技に合わせ、俺は最後に出来る渾身の一撃を放ったのだった。
その結果を見届けることは出来ず、俺は自分の技を放って無様にもスッ転んでしまい―――視界の隅に待ち望んだ夜明けの光を見た記憶を最後に気を失った。
後日、無限列車事件とよばれるあの事件が終わった後、気絶した俺は隠の屋敷で目を覚ました。俺自身、たいした怪我をしていないし、何より蝶屋敷は俺にとって鬼門なのでこちらに運ばれて本当に良かった。正直、蟲柱には会いたくない。
後藤さんに会いに行ったら、俺のことを大層心配していた。この人、本当に良い人だ。
「すみません。あれからどうなりましたか?」
「水柱の継子である真菰は蝶屋敷に入院中。命に別状はないし、復帰に問題なさそうだ。上弦と対戦したとしては運の良いことにかなりの軽傷だ」
上弦の参は女が殺せないからだろう。ここまでくると呪いみたいだ。今回はそれで助かったが。
「炎柱様も入院しているが、今日明日にでも退院するそうだ。こちらも復帰に問題なし。数日、実家で休養とか」
頑丈だな、炎柱。呼吸で回復しているから?あの人が居なかったら俺も真菰も死んでいただろう・・・。竃門を足手まといと非難できやしねぇ。我が身を顧みろ、だ。
「あと、入院している隊士は、あの鬼連れの、えっと」
「竃門ですか。あいつも入院か。よく入院してますよね」
流石に後藤さんも全員の名前を覚えられないか。
「あの怪我、一般人にやられたらしい」
「何をやってんですか、あいつは」
竃門は甘っちょろいところがあると思っていたが、本当に何をやっているんだか。刃物傷って変だとは思っていたよ。後で注意しておくか、いや、止めておこう。あの甘さは注意しても変わらない気がする。俺は無駄なことをする性質じゃない。
「それと・・・報告書は俺が書くから獪岳は書かなくて良い。その、上弦の参についても、真菰と炎柱様に任せてくれ」
「はい」
どこか言いにくそうに後藤さんが言う。俺としては報告書を提出しないで良いのは助かる。そもそも隊士じゃあるまいし、鬼の報告書を書く隠がいるものか。
「それと、真菰が復帰するまで休暇だ」
「良いのですか?」
一周目の隊士の頃、馬車馬のごとき忙しさだったので隠もそうかと思っていたが、隊士に比較して隠は人が多いのであそこまでブラック業務ではないようだ。
「獪岳は真菰専属だからな」
ついでにゆっくり休んでおけ、と言われた。はて、いつから俺は真菰専属に?とツッコミはあるが別に構う話でもないか。休暇は素直に嬉しいし。但し、隠が上弦と戦ったという事実は隠すことになっているので―――そもそも隠はか弱い一般人―――俺の休暇はほとぼりが冷めるための期間といったところだ。しばらく大人しくしておこう。
今更だけど、俺は確認しておこうと訓練するように人気のない場にて日輪刀を抜いた。刀身には雷の呼吸の使い手らしい黒地に黄の稲妻が走っている。一つ溜息を吐いて俺は刀を納め、構える。
「壱ノ型 霹靂一閃」
ドンッ
出来た。
一周目では、焦がれて憎んで、ただただ心につかえていた壱ノ型 霹靂一閃が使えるようになるとは。これは、一度死んで二周目だからだろうか?それとも、あの上弦の参との戦いにおいて俺が無謀にも突っ込んで、俺自身が化けたのか?戦場で化ける(唐突に戦闘能力が跳ね上がる)ことがあるという。生存の危機にさらされ、身体能力が叩き上げられるのかもしれない。化けなければ、あの時に殺されていたが。素直に良かったと思えない。何とも複雑な心境である。
「ああ、全く持って気が滅入る」
何で今更。どうして今になって。壱ノ型 霹靂一閃が使えるようになったのか。
ただただ、俺は溜息を零したのだった。