無償の愛を、あなたの心に 作:nine
「ほんぎゃあぁぁぁぁあ!!!!」
情けない悲鳴がロドスの廊下を支配する。ロドスの職員は何事かと振り向くが、悲鳴の発生源を見ると同時にああ、またかと言わんばかりに各々の仕事に戻っていく。
騒ぎの根源は、冷たく見下ろす白髪の女性と首根っこ掴まれて身動きが取れない情けない黒髪の男性、こと俺。
「リープ、君は何度言えばしっかり仕事をしてくれる? 君の立場で仕事をしないのはロドスとして不利益が出る」
「うっせぇ……うっせぇケルシー! 俺は今日は仕事しないって決めてンだ!」
ギャーギャー喚いて注目こそ集めているが、誰も助けてくれない。あ、そこの女性職員ちゃん、どうかこの横暴女から助けてはくれないだろうかと視線を送ってみれば、静かに目を逸らされた。あっ、無理、そう……。
「君の仕事をしないという発言は数か月前から聞いているが、そのたびに私に止められているな。おおよそ賢いとは言えない行為だ」
「うっせぇバァカ! 知ってんだぞ! お前が目覚めたドクターに別れた女みたいな面倒な絡み方してるってこと!」
あっ、やっべ。と呟く前に彼女の後ろから黒い源石の塊が静かに飛び出してくる。やぁ元気Monst3r? 俺は絶好調だよと現実逃避していると、爪を首元に突き立てられる。脅してるつもり? そっか、脅しですか。
「あっ……すみませんでしたぁ!」
謝るまで秒である。昔から彼女と歩んできた俺にとって、この女を怒らせたらどれほど面倒かは睡眠の重要性よりも遥かに理解度が高い。
「まったく……我々が抱えている問題は多いというのに、君というやつは自分の実力の高さをしっかり評価した方がいい。君が休めばロドスの実務がどれほど停滞するかしっかりと理解した方が……」
「俺も評価してくれるのは嬉しいよ、うん。でもさ、一か月休みナシは企業としてどうなんよ」
一定のペースで有休が与えられているにせよ、最近は激務続きで一か月丸々完全な休日が存在しない。あのドクターでさえ二週間前に休日あったのに……とこの世の理不尽を説かずにいられない。
あの人、ケルシーに隠れてるだけでロドスの中では休みがないことで有名なんだぞ。
「彼は記憶を失って久しい。ある程度慣れれば君と同じ程度の仕事量になるだろう」
「鬼か……?」
溜息混じりに手を挙げて降参する。
「わぁったよ……仕事するよ……」
渋々、といった形で了承を通す。
「……仕事続きだったのは事実だ。三日後に休みに出来るよう手配しよう」
「なんだかんだ言って部下のワガママを叶えてくれるケルシーセンセ、好きだぜ」
「君のためではなく──」
「あっ、仕事してきまーす!」
これ以上長話に付き合うのはゴメンだぜ……とぼやいて自分に割り当てられた部屋に足を向ける。
やる気が出るまでに長いだけで、切り替えれば仕事に対して真面目に向き合う。
この性分、どうにかなんねぇかな。
「ん……リープ、来た?」
「あー、今日の担当はお前か。おはよ、ロスモンティス」
「おはよ」
かわいいなこいつ、と髪が崩れないように頭を撫でていると、ごろごろと首を鳴らす。
担当がこいつならもう少し早く来ればよかったな。他の面々に比べれると天使にすら思える。実際、ロスモンティスを可愛がってるオペレーターは多いことだしな。
「んで……今日はなにすればいいのかね」
「えーっと……ざいせいかんけい? みたいだよ」
「りょーかい」
ドレスの中にしまってあるメモ帳をパラパラと捲り今日の仕事内容を答えてくれるロスモンティスに相槌を打って書類仕事を片手間程度にこなしてモニターと睨めっこ。やはり面倒なことを済ませるときはマルチタスクで好きなことをやるに限る。
そんなこんなで一時間。うつらうつらと舟を漕ぎ始めたロスモンティスに苦笑しながら声をかける。
「ロスモンティス、眠いか?」
「……! 眠くないよ」
これは言っても聞かないやつだな。と静かに苦笑してから膝の上を叩くと、目を擦りながら座る。……膝の上に。
「休憩にしようと思ってたからさ、少しお話でもしようか」
「おはなし……うぅんと……」
「面白いかとか、気にしなくていい。きみが話したいことを話してくれ」
「えっと……じゃあ……」
そうしてロスモンティスの話を聞きながら、適度に相槌を打つ。こうして彼女の忘却を防ぐのが、一緒に仕事をしているときに課せられた仕事のひとつ。
どれだけ手を尽くしても、忘却を防ぐ方法は見つかっていない。それでも、続けることによって、彼女は俺に対して「安心できるひと」という消えない信頼が残った。
記憶は消えても、想い出は消えないとは良く言ったものだが、実際にそうであると、彼女を見ると言えるのかもしれない。
話している途中に眠くなった彼女の腕にいつも持っている本を大事に抱えさせ、子守唄を歌う。
せめて彼女が幸せな夢を見れるように。
当然、仕事が進まずケルシーにありがたい説教をいただくことになるが、まぁ、それもいいだろう。
みんなに聞かれる、リープが私にとってなにか。いつも付けている日記にも、何度も聞かれたことが書いてある。
私にとって、リープは家族。scoutやAceたち、みんなと一緒。でも、みんなとはちょっとだけ違う。みんなは、ずっと私と一緒に居てくれる。でも、リープはいつでも一緒に居てくれるわけじゃない。
戦いに行くときも辛そうな顔をしていってらっしゃい、と言ってくれる。帰ってきたら誰よりも喜んでくれる。眠くなったら一緒に寝てくれる。そのせいで怒られても、ずっと笑っててくれる。
おとうさんが居たら、きっとこんな感じなのかなって思うくらい私を大切にしてくれてる。憶えていたいのに憶えてられないっていう私に、あの人は優しくしてくれる。
私たちが出会ったばかりの頃の日記に、こんなことが書いてあった。
「……ねぇ、リープ」
「どうしたー?」
「忘れられるの、平気?」
「んー……?」
ペンを置いて、じっと私の顔を見てる。きっと、なにを考えてるのか分かってくれようとしてるんだと思う。リープは質問をしたときに必ず手をとめて考えてくれる。
それだけのことが、すごくうれしいのがわかる。私のこと、ちゃんと
「結論から言うと、つらいな」
「……だよね」
その言葉を言われたとき、胸のあたりが痛くなったって書いてある。リープのことが少し分かった今でも、ううん。今だからこそ同じことを言われたらきっとつらくなっちゃう。
「人が本当にいなくなるとき、というお題目が出されたときに、必ずと言っていいほど忘れられることという答えが、示し合わせたように回答者から出てくることがある」
普段ほとんど話さないリープが長く話すときは、なにかを教えてくれようとしているとき。
これも、日記に書いてあった。
「間違いだとは思わねぇさ。誰もが自分がいなくなっても覚えていてほしいと思う」
「わたし……」
「でもさロスモンティス──遺された側は、どうなんだろうな」
残された側……自分が忘れても、その人の中から私が消えるわけじゃない。それはきっと、死んだときもいっしょ。
私が、誰かがいなくなったって分かったときのきもち。ずきりと胸のあたりがいたくなる。
「おぼえてたい」
「うん」
「わたしは、おぼえてたいよ……!」
そこまで言って、わたしはわんわん泣き出したって書いてあった。そんな私を、静かにヴァイパーが抱きしめてくれたことも。
「ロスモンティス、俺には君の気持ちは分からない。けれどね、覚えていたいって君が思っていてくれるだけで、救われる。君がもし、居なくなってしまっても大切だったと、思えるんだ。だから、そんなに自分を責めなくていい」
涙にぼやけて顔がわからなかったってかいてあるけど、きっと、つらそうな顔をしてたんだとおもう。他の日のことを読んでみても、誰かに忘れられるって話をしたときにかなしそうな顔をしていたって書いてあるから。
「──────」
そこまで考えられても、一番最後にいった言葉だけは、ずっとわからないまま。どこにも書かれてない。わたしは、それをしりたい。あなたがわたしを知ってくれたように。わたしはあなたをしりたい。
だって、私たちは
あなたがわたしをみていてくれるから、わたしはたとえ忘れるとしてもあなたを知ろうとすることが出来るの。
家族とはすこし違うかぞく。でも、いまはそれでいい。もし、これからさき私がわすれないでいられるとしたら、そのときはきっとあなたが隣に居てくれるから。
──だから、私を愛して?
ロスモンティスの抱えている本は大切な思い出だけを記すものだという解釈。