真・魔王ノッブ 織田家最後の日!   作:天魔雅犯土

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悪夢

 ふと、目を覚ます。

 自分が何をしていたのかを思い返し……空に見たモノを忘れる為に、絵に熱中していたのだと、頭に浮かんで来た。今日はいつも以上に、集中してしまったらしくいつの間にか眠っていたようだ。

 何枚ほど描いたのか。それすら朧げで。それくらい集中する程にアレが気になってしまっていた事に、苦笑いを浮かべ……

 

――体が、自由に動かない事に気が付いた。

 

 そもそも、自分は寝転がっていない。そもそも自分の部屋に居ない。道端に立っている。いや、立っている、という感覚すら曖昧だ。ただ、地面が足元に見えているから、きっと立っているのだろう。

 立っているばかりではない。動いている。走っている位の早さで。地面に散らばる小石や、道端に生える雑草がちらと目についた。何処かで見た事がある様な道を、今、自分は走っているのだ、と思った。

 

 そうして進んでいる内に。しばし先に、地面に紅いものが飛び散っているのが見えた。錆び臭い香りがした。

 兄や姉の瞳より尚紅いそれが何か。喜六郎は、あまり見た経験が無かったから一見では気が付かなかった。ただ、紅い色に、あの天上に住まう何かを思い出して、少し寒気がした。

 そして……その色を辿って行った先に。

 

 紅く染まった少女を見た。

 

 肩口から流れるそれ。周りを取り囲む人相の悪いものども。そして……手元の、刃こぼれ塗れの酷い有様の『真剣』。それが、一体何を意味するか。

 道端に飛び散っているのは……その紅いものは。血であった。人のうちに流れる血潮であった。では、それは誰のものか。

 

 あねうえ。

 

 そう口に出そうと思ったが、声も出せない。

 手を伸ばす。走ろうと思う。だが近寄れない。体は動かないという事を忘れていた。見ている事しか出来ない。鼻に香る錆び臭さが、むせ返る程濃くなった気がした。

 

 悪漢共が、姉に近寄っていく。刃こぼれ塗れで切れもしなさそうな、刀とも呼べない鉄の棒きれを構えて。しかしそれでも、人を一人殺すには十分に過ぎる脅威だ。どうすれば良い。

 考えている間にも、男はじりじりと姉の方へとにじり寄っていく。下卑た笑みを浮かべている。ダメだ。

 

 必死に手を伸ばそうとする。

 男が、刀を振り上げる。

 喉の奥から悲鳴が――漏れない。聞こえない。

 吉法師が……退かず、立ち向かおうとしている。

 

 その先は――

 

 

 

 

 

 

「――駄目だっ!!!!」

 

 叫び声と共に、体を起こし……喜六郎は、散らばった紙の中心で自分が寝転がっている事に気が付いた。滝の様な汗を浮かべているというのに、酷く体が冷えている気がした。

 

 何だ今のは。

 ただの悪夢か。そう思うにしては、余りにも『()()()()()』夢だった。現実の様に、ハッキリと思い出せる夢だった。今でも、あの光景が、紅い色が、頭にこびりついて離れない。鼻の奥に、匂いがまだ残っている気がする。

 もし、あの刀が振り下ろされていたならば……今頃、姉はどうなっていたのだろう。その先を想像出来てしまう。

 

「……ッ」

 

 立ち上がって、障子戸を乱暴に開き、夜風に当たろうとして……眼に刺さる輝きに、思わずして目を覆う。

 翠色の輝きが太陽の如く、深い藍に見える筈の夜の空を埋め尽くしていた。差し込む極光は、まるで奔流である。

 

 少し、驚いた。普段よりも格段に多いのだ。翠の輝きは、飲み込まれると錯覚するほどに濃く、そして眩い。

 そしてその奔流の先。やはり赤い巨影は自分を見ていた。

 

「……なんのつもりだ」

 

 今まで、アレが此方に明確に何かしてきたのは、初めての事だと思った。

 別に天の上に座すアレが、何かやったという確証は何処にもない。だが、いつも以上のこの輝きとあの悪夢が、一切の関係が無いと思える程、喜六郎も呑気ではない。

 

 初めて。

 アレは、此方へと干渉して来た。その事実が、ただただ、背筋が冷えて行くほどに不気味だった。

 

 逃げる様にこの光に背を向けて、障子戸を閉め直す。

 閉じてしまえば光は入り込んでこない。月明りが仄かに障子を突き抜けて部屋の中を照らすだけだ。その僅かな明かりを頼りに、彼は再び絵に没頭する事にした。

 そうすれば、気が付けばまた眠っているだろう、と。その輝きから目を逸らしながら。

 

 

 

 

 

 

「おぉぉぉぉおおおおおおお……」

「如何でしょうか。『鬼を踏みつけにする雄々しい姉上』でございます」

「良いぞっ! 姉上の、こう、なんていうか、余人を越えた圧倒的な迫力が凄い、表現されてる! 流石喜六郎!」

「満足していただき恐悦至極」

 

 今日は、兄に頼まれていた絵を届けに来た。『格好良く、そして神々しく』という注文を受けて描いた絵だったが、どうやら相当上手くいったようだ、とコッソリと、拳を握り溜めた。

 喜六郎としても、どう足掻いても裸婦像になる為、大股開きにも見えるようなその恰好を如何に『そう言う風』に見せないかには苦心……はしていないが、鬼の表情とか、姉の嘲笑う、というか、勝ち誇る、というか。そんな感じの笑顔にするのにはこだわった。

 

 ……没頭できる理由があったからこそここまで仕上がった訳だが。理由を思うと素直に喜ぶことは出来なかった。

 

「全く、姉上を馬鹿にする奴らもみんなこんな風に姉上に踏みつけられてしまえばいいのに……いや、それじゃご褒美か?」

「ご褒美ってなんですか。踏みつけられるのなんて最大限の屈辱でしょう」

「いや姉上のおみあしだぞ。踏まれること自体が栄誉だろうが」

「兄上相当ダメな事言ってませんか?」

 

 姉上が『聞こえない』様にしているのは。兄上の普段のこういう言動とかが原因じゃないのか、と思わないでもない。姉のアレがどういう理由からそうなっているのかは知らないが、こういうすっ飛んだ発言は流石に聞きたくないと思っても不思議じゃないだろう。

 兄は、美徳も多くあれど、こう言う良くない所が出てしまう事もある。一応、弟として兄を慕ってはいる。いるが、これにはさすがに苦笑いである。

 

「まぁ兎に角! 文句はない! 褒めて遣わす~」

「ふふ、ありがたき幸せ」

「もうこれだけ描ければこれだけでも十分に喰って行けそうだな」

「そう言って頂けるとありがたい。誠にそうなれば嬉しいですが」

 

 ――とはいえ。

 その美徳は、そんな欠点を帳消しにしてしまえる位だと、喜六郎は思っている。

 兄は姉ばかりを兎も角持ち上げるが、しかし姉は些かと興味の無い相手に厳しすぎる所はある。しかし、兄はどんな人間であっても、ある程度使い方を模索する。

 というより、そう言う部分は兄の方が『普通』ではあるのだが。

 

 そんな兄だからこそ、自分の絵についても、こう言う事を言ってくれるのだろう……正直な話をすれば、喜六郎は自分自身がそこまで絵が上手い。とは考えていない。

 絵を描くのは好きだが、それとこれとは話は別だ。結局の所、世に受けているのは自分の絵とは似ても似つかぬ類の絵であり、そう言った絵は『上手い』と評されている。

 

 だから自分の絵は『上手い』部類には入らない……と言う訳で。逆に言えば、上手いと評価されるかどうかを気にせず喜六郎は絵を描いているので、気楽に描けると言えばそうなのだが。

 

「……ん? お前、絵で食っていくつもりないのか?」

「私は姉上、兄上の事を生涯支えると思っておりますので」

「だって別に、自分の絵を売って稼いで、その金を納めるだけでも十分な支えになるだろう? 僕はそうするんじゃないかと思ってたぞ」

「えぇ?」

「お前の絵は、色んな奴に評価されてしかるべきだ。幾ら無能な僕だって、それくらいは分かる。弟とか贔屓目なしで、だ」

 

 そんな自分の絵を……評価してくれる。下手の横好き程度の絵を。

 自分の絵を初めて褒めてくれたのも、兄だった。それを思い出して、口元が少し緩んでしまう。

 

「ありがとうございます。そう言って頂くだけで、嬉しいですよ」

「……そうか。まぁでも、なんだ。姉上が当主になれば、自然とお前の絵は売り込まれるだろう。姉上が、これを使わない理由なんて無い」

「もしそうなれば、私も腕の振るい様がありますなぁ」

「うん。だからお前がどう考えてるかなんて全然関係なく、お前は絵で稼げるんだ。良かったな喜六郎」

「はい。お二人にはお礼を言わねば」

 

 喜六郎にとって、吉法師が『気の良い姉』であるならば。勘十郎は、『優しい兄』だ。彼が居なければ、こうして絵を続ける事もなかったろう。

 

 そんな二人に恵まれて。あんな悪夢位に参っている場合でもない。そう思って一つ息を吐いた。

 姉が、兄の言うとおり当主になったのならば。その頃には自分達も元服して、今のように穏やかな時間を過ごしているばかりにも行かない。その時、二人を支えなければいけないのは、弟である自分だ。

 

 色々な恩がある。愛を貰っている。故にこそ。二人を支える事を、喜六郎はこうした会話の中でも、夢見る事をやめられない。

 

 ……しかし、そう思うからこそ、余計に思い出してしまう。

 あの悪夢。ただの夢と切って捨てるには、余りにも不吉な夢見。目の前で本当に起きているような、夢ではなく現実と錯覚するような。

 姉が飛躍を迎えようというその時に、泥をかけられたような。この不快感。

 

「うん、母上も漸く分かって下さったみたいだし、ほぼ姉上が当主になるのは確定だからな。今からでもいっぱいお礼を申し上げておけ。姉上に」

「ほう」

 

 ――そんな中で、悪夢の事を思い出していたからなのか。それとも。

 

「母上が、どうかなさったのですか?」

「朝方、母上が何か機嫌が良さそうだったんだ。聞いてみたら『吉法師の事で、漸く心が落ち着きそうだ』と」

 

 ふと、喜六郎はその言葉に引っかかりを覚えた。

 母から姉の名前が出る事には引っ掛からない。しかし……それを、勘十郎。兄の前で言うというのは、少し気になる。

 先日の様子から、そこ迄気持ちを変えられるのか? というのが正直な話。とはいえ兄がそう言っていたのであれば、嘘ではないと思う。

 

「そう、ですか」

「お前は変に気にしいだったからな。これで安心出来ただろ。全く、お前は弟なんだから変に考えなくて良いってのにさぁ……」

 

 変にだといわれる程じゃあ無い、と言いたいがしかし。実際母と姉の関係に相当に気をもんでいたのは間違いない。何も言えず、ぐぬぬと少し俯くしかなく、その姿を見て兄はケラケラ笑っているばかりだ。

 恥ずかしい。が、兄の言う通りではある。喜六郎としては、自分が気をもまなくて良くなるのが一番良いのだ。本当に。そりゃあ家族みんな仲良く、の方がそりゃあ良いだろうという話で。

 

「……そう、ですね。私も漸く無駄な心配をしなくて良く、なるのでしょうか」

「ん。と言う事で追加で描いてくれ」

「えっ」

「やはり格好いい姉上は見た事だし。次はその……ちょっと、なんだ。女性らしい、姉上とか見たいし」

「えっ、そんなの描いた事無いですけど」

 

 悪い事なんて起きない。

 言い聞かせるように頭の中で繰り返し。兄の無茶振りに応える事にした。

 




ゲッペラー様を下手に動かすと全部ぶち壊しになりかねないので丁度いい塩梅を探しているが難しすぎて虚無る。
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