「がっ……」
勝負を決したのは、一太刀。
首の傷からから血を吹き散らし数歩よろけた後、相対していた賊が倒れ伏す。それを見届けてから、刀についた血を振って払い、鞘へと納める。パチリ、とハバキと鍔が鳴る音を聞いて、一つ息を吐いた。
最初の威勢こそ良かったが、最初に一撃で仲間が切り伏せられてからは、一気に総崩れになり……残党狩りの如き有様。そのまま森の中に追い込んだ後は、そう難しくもない任に変わった。
手応えが無い、等と己惚れた事を言うつもりもないが。必死に磨いて来た腕に見合う相手かと言えば、まぁ違うだろうとは、秀隆だって思う。
「すげぇな……全部一太刀で終わってる……」
「無駄が無い、というべきか」
「剣の腕だけなら柴田様以上というのも、まんざら嘘ではないのかもしれん」
それは、間違いなくただの噂だろうと思う。もし勝家と面と向かって戦う事になれば自分が負けるのは目に見えている。十度剣を交えたならば、三は勝ちを拾えるやもしれないが、七は絶対に向こうに軍配が上がるだろう。
喉を切り裂き、心臓を突き……兎も角、人体の弱点を突いて基本的に一撃で仕留めるのが、彼の得意とする剣術だ。『巧い』と評される側の戦い方だが、しかしそれ故に力で押し切られたりするのには対処できない。
勝家の剣は本物の剛剣だ。小手先の技術に頼っている秀隆に勝てるとは思えない。そもそも、秀隆が得意とする技においても、向こうの経験から考えてそこ迄差があるわけでも無いだろう。
「――これで、全部か」
「あ、はいっ」
「であれば、任は終了だ……お前たちは、戻っていて構わん」
「え? 私達は、って。秀隆様は」
「すまない。少しもようしてしまってな。終わらせたら俺も帰る」
「左様でしたか。であれば、某たちはこれで」
――それに、勝家と、秀隆には、致命的な差という物がある。
立ち去っていく部下達の後姿を見つめ、それから……傍に有った木に、体を預けた。先ほどから震えが止まらなかったのだ。無理矢理、力を込めて抑え込んではいたが、それももうもたない
そのまま、木に背を預けたままに、地面に座り込んでしまった。
そのまま両腕で体を搔き抱いて、体を縮こませて、震えを抑え込もうとする。
血が、手に握られた刀の重みが、倒れ伏す人が。重なる。あの日の景色と。
人を破壊する、ということを嫌というほど知った。
相手の体を千切って、叩いて挽いて。その時の感触。それが、手に残っている。
そして……その間の、悍ましい感覚も。
体の中に、何か自分とは別のものが……ミミズの様な、ムカデの様な、冷たい何かが。自分と溶け合おうとしつつ、体を動かしている。肌の下、腕の中を、這い回るかのようにズルズルと。
「……止まれ、止まれ……気を確かに持て」
あの貪欲さは、まるで底なしの沼のようだ。口だけの巨大な筒状の化け物に飲み込まれてしまえば、もう出てこれない。自分というものを失いそうになる感覚……人の体をぐちゃぐちゃにする感触。
人としての何かを狂わせるような記憶に……秀隆はずっと悩まされている。切り裂き、人を切って血が飛べば、その時の感覚が当たり前のように蘇ってくる。血の匂いが、人の悲鳴が、呼び起こす。
彼が、人を最低限の一撃で戦闘不能に追い込む戦い方を選んだのはこの為だ。出来るだけ血を見ず、悲鳴を上げさせず倒す。それでようやく、秀隆はまともに戦う事が出来ている。それですら、戦った後はこのザマなのだ。
「――うぇ……ぐ……」
そしていよいよ、喉の奥から何かがせり上がってくると来た。
ゆっくりと立ち上がり、少しでも森の奥へと進むために歩き出す。万が一にも、はいている様子など見せられない。
木を伝って、出来るだけ、奥へ、奥へと向かうが、力が入らず、足元がおぼつかない。視界がぐわんぐわんと、嵐にでも巻き込まれたように揺らぐ。幻覚でも見そうな状態ではないか、と自嘲する。
早めに吐いて、少しでも楽になろう、何処で吐こうか、と地面を頼りにしつつ首を回して周りを確認しようとした……その時だった。
木漏れ日の光の中にちら、と何かが映り込んだ気がした――何かの、足の様な。
「――っ!?」
顔を、直ぐに上げた。
それが足であると断定できなかったのは、秀隆が見覚えがある、人間の足とは、明らかに骨格が違う。指の先まで、蛇の様な鱗を持っていて、爪が恐ろしく尖っていた。指の数も人のものよりも明らかに数が少なったような。
周りをゆっくりと見まわす。
……いた。存在した。幻覚などではない。木々の合間に、ぬぼぅ、日本の足で立っているのが見えた。そして、それだけではない。
尻尾だ。尻尾が見えた。人ではあり得ぬ、大蛇の如く太い尾。あれで締め付けられれば間違いなく全身の骨も砕け散るだろう。力と肉の塊だ。
その足をたどって、ゆっくり顔を上げる。そこには……
「――あぁっ」
居る。異形の化け物が。
頭の天辺に生えた、間違いない一匹の蛇の頭、その下の蜥蜴の様な瞳はこちらを見つめている。笑顔を、浮かべながら。
実に大柄な体だった。秀隆よりも頭一つ、否、二つは大きいかもしれない。足どころではない。腕も、顔に至るまで。全身に鱗をまとっているその姿は、明らかに物の怪と呼ぶに相応しいだろう。
敵なのは間違いない。
吐き気を、気合で無理矢理押し込めて、腰の刀を引き抜いた。万全とは言えないが、何もしないよりはマシだ。
『――』
「な、何者だ……」
『貴様は、選ばれたのだ』
刀を突き付けた秀隆の問いに答えることもなく、物の怪は朗々と語りかけ……。
『滅びし者共の旗印。彼らがこの世界に再び、舞い戻る――そのために!』
「何を、何を言っている、貴様」
『貴様が見つめるあの空より……ワシは遣わされた。貴様に運命を告げる『
そして、ヂパァ、とその口を大きく開けて笑い。
ゆっくりとその鋭い指を、ゆっくりと持ち上げ、そして天へと向けたのだ。
その指が向けられた先は、赤い巨躯。
秀隆はそうと分かった途端……腹に気合を入れて、剣を構え直した。先ほどまでの様な形だけのものではない。いつでも目の前の相手に切りかかれるように。
初めてだった。
向こうから明確に接触を図ってくるのは。この機に、聞きたいことは、秀隆には山の様にあった。
「――あれからの使者だと?」
『お前も知っているだろう。ゲッター線の満ちた宇宙に浮かぶあの船を!』
「げったー……それが、あの天上のモノの名前か!」
『そう。ゲッター……
ゲッターエンペラー。
その言葉を、何度も頭の中で繰り返す。
今まで知りようもなかった、その名前。
『しかし我らでは此処に手を出すことはできぬ。
「何だと、いったい何の話をしている、貴様は」
『お前でなくてはいけないのだ。形にせねばならぬ。一度、失われたものは……形にせねばならぬのだ。故に、お前が形にする。目と、その腕で』
「形にする……?」
『ゲッター線をただ一つの形へと成せ、織田秀隆! その時こそ、お前はゲッター線の真実を知る!』
――ふざけるな。
天上に向けて。
その彼方に今もある、ゲッターエンペラーなる存在になってに向けて。吠えたてた。腹の底にある、煮えたぎるような物を、吐きかける勢いで。
「――何を、勝手な事を! 誰が貴様の思うとおりになどなるか!!」
秀隆は、間違いなく今までで一番激昂していた。
どんな存在であろうと、もはや関係ない。
アレに自分はどれだけ……どれだけ人生を狂わされてきたのか。
その上選ばれた、などと。勝手に決められて、口にされたとて全くもって納得出来るわけがない。むしろ、勝手を言われさらに頭の中は煮えたぎる溶岩の如く、最早、蜥蜴男に切りかかっていないのは、切って何とかなる相手ではない、という僅かな理性の糸で持たせているからに過ぎない。
「言葉を選べ無礼者……次にふざけたことを抜かせば、切るッ!」
『フフ、威勢の良い事だ。やはり、ゲッターの操縦者はこうでなくては』
だが、そんな秀隆の迫力など、蟷螂の斧だとでも言いたげに物の怪は泰然としている。むしろ、秀隆の様子を面白がっているかのようですらあった。
「なにぃ?」
『何れ全て分かる。己自身でゲッター線を求めた時、全てがな』
――目の前が真っ赤に染まって。
気が付けば、抜刀して切りかかっていた。相手の首を刎ねる積りで、全力で振り抜いた。最低限の動きどころか、力任せの一撃だった。
しかしながら……太刀の一閃は、物の怪の肌に傷をつけるどころか、当たってすらいない。すり抜けてしまったのだ。
「はッ!?」
『お前はこれより、己の運命に抗うために求めざるを得なくなる……ゲッターを! ゲッター線を! 全ては、当然の様に収束していく!』
「く、だ、黙れっ!」
念のため、返しの一太刀を浴びせるも……やはり、掠りもしない。
目の前に見えてはいるというのに。幻術の類なのだろう。舌打ちを堪え切れなかった。
『お前も何れ、一つの形へと収束していく』
「……ッ」
『そして、さらなる飛躍を……』
その姿が、薄く、掻き消えていく。
お前では変えられないと嘲笑うかのように。手の届かぬ所へと。
アレが寄越した使者に、触れられもしない。
自分の努力が、何の意味もなさない。
フラリ、足が揺れて、再び立っていられなくなる。ただし……もはや、今度はドカッと地面に尻を突いて立ち上がることもできない。
歯を食いしばって、無力感に必死に耐えていた。
そうでないと、叫びだしそうになる。
「おのれっ……ふざけるな……」
今まで、必死に努力してきたことが。
全てが。
あれらが望むところに繋がっていた、と言われたようだった。
大好きだった絵が。母や姉、兄との日々が。まるで、一飲みにされてしまったようで。
怒りとそして……底冷えしそうな、今にも叫び散らしたい程の、狂おしい感情が今、震える言葉となって絞り出されてくる。
「なんだと思っている……人を、俺をっ……!」
負の感情がぐちゃぐちゃに絡まり合って。
押しつぶされそうになって。弱音の様な、恨み言を。
言っていなければ……自分の全てが信じられなくなりそうだったから。
Q:ゲッペラー様が滅ぶ側なわけないだろ! いい加減にしろ!
A:全くその通りだと思います。つまりそういう事ということで虚無る。