真・魔王ノッブ 織田家最後の日!   作:天魔雅犯土

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選択

 目の前には、紙と、墨がある。

 

 好きだった。母に見出され。兄と姉に褒められた、自分の誇れる数少ない長所だった。今までも、決して、食うための物でなかったにしろ。それでも自分なりに真剣に取り組んできたつもりだった。

 

 だが……今、最早、やる気を持って取り組むことができない。

 これが『ゲッター』にとっては重要な『鍵』なのだ。滅びたアレらを蘇ら選らせるための切り札なのである。

 

秀隆とてあの言葉を全て信じているわけではない。

そもそも、あの巨躯……『エンペラー』が滅びる側などという言葉、到底信じられない。あれは今でもなお、自分を天空から見つめているというのに。

 何か、言葉の裏に隠されているとは思うが、とはいえそれを見つけるだけの手段が自分には存在しない。

 

「……」

 

 しかし。それを踏まえて尚。あの物の怪はこちらを説得しようという『必死さ』に欠けていた。こちらを信じようと信じまいと同じ事、とでも言いたげに、明らかな余裕が見て取れる。

 そこには『説得力』があった。

 感情を絡めて訴えるのとは、別物の。

 

 二つだ。二つの心が今、彼の中で揺れていた。

 疑い、抗う心と……そして、信じて、恐れる心に。

 

「……描かないからと言って、何が変わるわけでもない。あれらを形にする、など。そもそも……そうだ。形にする必要などないのだから、別のものを描き続けていればいい」

 

惑うてばかりのこんな調子では、彼は筆を取ることができない。

 何よりも、そんな状態で絵を描いたとて、万が一にも満足する絵を描くことなどできはしないことを、誰よりも当人が知っている。

 

 言葉では強く張っているつもりでも。

 腸の中は焼けた匙でかき乱されたが如く。平静を保って居られていない。

 

「……ええい」

 

 悩んで答えが出ないのであれば、置いておいてしまえば良い――とはいかない。

 頭を冷やし、考えてみれば一目瞭然。自分が誠に、ゲッター線なるものを復興するための旗印になった時、どうなるかは想像もつかない。

 秀隆は、ゲッター線なるものを知らない。

 

 それが人の文化程度であれば、どうとでもなるだろう。

 しかし『エンペラー』に連なるもの、ゲッター線。それが一体どんな劇薬なのか、想像だにできない。文字通り、人の世を一変させうるものですらあるかもしれない。それを想像すれば、迂闊に手を出すことはできない。

 絵を捨てればいい。そうすれば……

 

「――嫌だっ……」

 

――その捨てる『絵』というものは、彼にとっては、あまりにも大きい。

 

 今の自分が存在しているその土台となったもの。母にこれを与えられていなければ、自分はもっと、惨めな人生を送っていたかもしれない。兄と、姉に認めてもらえたことがあって、初めて本当に自分は立ち直れた。そう、秀隆は思っている。

 

 今までの人生の半分以上を、絵に費やしてきた。それを捨てるということが、どれだけの傷になるか。

 彼にとっての大切な三人との鎹にも等しいものを捨てる。自分にとって最も大きい『価値あるもの』を捨てる。

 容易くできるものではない。

 

 その恐怖に抗い、打ち勝ち。絵を捨てるのか。

 それとも恐怖に屈しても尚、絵を続けるのか。

 

 彼にとっては、あまりにも大きな。そして。

 人生を一変させかねない、そんな選択だった。

 

 

 

 

 

 

「調子が悪いから、書けないか」

「……はい」

 

 兄である信勝の頼みを断ったのは、これが初めてではないかと彼は思う。

 今まで、兄のどんな頼みであろうと聞いてきた。大半が絵の事であった故、当然といえば当然だが。それでも、喜んで受けていたのは間違いない。

 

それを断るのは、秀隆にとっては、後悔してもしきれない事だ。

しかも……調子が悪いなど本心を誤魔化してまで。

 

結局の所、自分が絵をやめるか、続けるか。その二つに答えを出しきれず。その結果兄の頼みを初めて断る事になった。少しでも考える時間を先延ばしにするために。内心では卑劣だと自分を罵るばかりである。

 兄は……しかし、そんな自分の卑劣な内心など知る由もない。どころか、しょうがないとでも言いたげに笑って見せる。

 

「そっか。無理するなよ。最近、なんか……なんだ、お前変だったけど、そうか。調子が悪かったんだな」

「そう見えましたか」

「うん。なんか張り詰めてたっていうか。まぁ調子が悪いなら納得だ」

 

 改めて、兄には敵わないと思った。秀隆としては、出来る限り隠しているつもりではあったのだが……しかし、そんな弟の小賢しい取り繕いなど、まったく無意味であったとという事であろうか。頭も下がるというものである。

 

「じゃ、姉上の分は死んでも描けよ」

「えっ、そっちは描くんですか?」

「……冗談だよ、本気にするな。全く。いいから少し休め。わかったな」

「はい」

「全く……こんなんじゃ、姉上の所に行くにも、ちょっと心残りだな。喜六郎、僕が居ないと勝手に無茶して倒れてるんじゃないか?」

 

 その言葉に思わず苦笑してしまう。

 ここ最近の事を考えれば、本当に倒れても不思議ではないと、自分でも思ったからだ。

 

 調子が悪い、というのも、真っ赤な嘘という訳でもない。自分の進退を決めることも出来ずに、眠れぬ夜を過ごす事も多かったからだ。

 目をつむれば、あの日の言葉を、呪いでもかけられているかのように、思い出す。

 

『お前はこれより、己の運命に抗うために求めざるを得なくなる……ゲッターを! ゲッター線を! 全ては、当然の様に収束してく!』

 

 運命。

 あの化け物の言っていた言葉に、覚えがない訳ではない。

 夢に出てきた、姉と、兄の最期……と思わしき景色。焔と、血の色。

 

 生き続けたその先にあるやもしれない、織田の姉弟が辿る非業の終わり。それをあの夢は示し、そしてその上で……誘いをかけた、のだろうか。

 あれは決まった事とでも言いたげな態度で。

 

 兄の顔を見つめる。

 あの時夢の中の兄は……自ら腹を裂いて。口元を真っ赤に染めて、血の気の引いた、青白い顔をしていた。だというのに、笑顔で死んでいった。

 兄はいずれ、あのような死を迎えるのか。自ら死を選ぶような、そんな事に。

 それを避けられる、というのであれば……本当か分からずとも、手を取っても、いいのではないか。

 

 どうせ自分は、絵をやめられないのだ。であれば、自分に都合のいい方を選んでしまっても誰が、誰がそれを責められるだろう、と。

 

「……なんだよ、ぼーっとして、大丈夫か?」

「っ……いえ、何でもありません」

 

――そこまで考えて、急いでその考えを振り払う。

 

 駄目だ。それでは、あの化け物の思うつぼではないかと。

 何も努力せずあの化け物のいう言葉に何の躊躇いもなく踊らされれば、何が起こるかもわからないというのに。

 自分は、織田家の将なのだ。

 別に普段からそれを意識していたわけではない。しかし、秀隆にも最低限の自覚、というか。責任感はある。自分が愚かな行いをすれば……それは兄と姉、母に返っていきかねないのだから。

 

「喜六郎、お前変だぞ」

 

 しかし、それを今、考えるのは明らかな悪手。

 信勝は、その秀隆の様子を見逃すことはなかった。

 

「……調子が悪いですから。様子も可笑しくもなりますよ」

「それだけじゃないだろ。姉上を……刺客が襲った時からだ。こうやって時々、何か考え込んだり。ここ最近なんか、出陣した後、一人で帰ってくることだって多いじゃないか」

「そ、れは」

「僕が知らないとでも思ったのか。馬鹿にするな。姉上ほどじゃないけど、僕だって頭はそこそこ回るんだぞ」

 

 兄はぐい、と距離を詰めてこちらに踏み込んでくる。

 

「……やっぱり、何かあるのか」

「そ、そのようなことは」

「そんなんで一人でやっていけるのか。僕は姉上の下に行かないといけないけど、その代わりに権六をお前につけてやってもいいんだぞ」

「何を言います、勝家殿は兄の側近中の側近、そのような方を……」

 

 兄と姉に迷惑をかけぬように、といろいろ考えいるというのに。その事で兄に気遣わせてしまっては本末転倒。

 どうやって自分は平気か、と伝えるか、悩んでいたところで……

 

「――信勝様! 秀隆様!」

 

 大声をあげてドスドスと荒々しい足音と共に、二人の元へと突如として走ってきたのは、勝家だった。

 素っ頓狂な叫び声に何事かと驚いてしまったが……その表情を見て即座に意識を切り替えた。恐らくは、それ程に重要な要件なのだろう。

 

 勝家の顔から、血の気が引き切っているのが容易に分かったから。

 

「どうした権六。そんなに慌てて」

「……一大事にございます。お二方、どうか落ち着いて聞いて頂ければ」

 

 わなわなと震える唇から、紡がれた次の言葉に。

 秀隆は、陰鬱な気持ちなど吹っ飛ぶような衝撃を受けることとなった。

 

「お館様が……お亡くなりになられました」

 

 

 

 

 

 

――秀隆が元服を迎えたこの歳。

 

 織田家に、大きな激震が走る事となる。

 

 織田家を一つの戦国大名の家に育て上げた、辣腕。織田信秀。信長、信勝、秀隆の父である、織田信秀の死であった。

 




こういう回は繋ぎとして必要なのかとか色んなことを悩んで虚無る。
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