「……秀隆様も、最早一人の強き武士であるな」
勝家にとって、織田秀隆という人物は、眩しく成長を遂げている若武者であった。
正直な話をすれば。主としてではなく、同僚としてであれば、最も気が合うのは彼ではないかと思っている。真面目で、責任感もある。そして、武士として教養も武術も身に着けるだけの、気概もある。
そして……今、秀隆は勝家と共に、織田家の一大事をその手で止めようとしている。それも、自分の責を、自らの手で取るために。
「家を思い、家族を思い、そして自らの手で歩く。うむ。若い者の成長というのはいつでも眩しいものだなぁ」
彼の幼い頃の事を思えば、最早そこまで育ったのは、尊敬の念すら抱く程であると、勝家は思う。彼が、土田御前に救われる前……最も酷い時期の彼は、家臣から散々な謂れ用であったのを覚えている。
『憑き物に狂わされた鬼子』
大雑把に言えば、そのような評判ばかりであった。
家臣だけではなく、下働きの物共ですらそんな心無い言葉を吐いているのだから、当時の評判は地に落ちていたといっても過言ではない。
勝家はその様な評判に踊らされ、主君の子を詰る様な真似はしなかった。とはいえ、自分はそうでも、周りからそういうものが続出したのは間違いない。
そんな彼を……救った、土田御前。恩人であり、母を。
『これ以上。母を悪鬼の道に落とすわけには参りません……お力をお貸し願えませんか』
彼は、切ることを、自らの手で決めたのだ。
簡単な事……で、ある訳がないだろう。
いったいどれだけの葛藤が、秀隆の中であったか。本人ではない勝家は分からない。それでも、生中な覚悟でないことだけは、分かっている。
獅子身中の虫となり。
現当主たる信長に後を託し。
そして母を切るために、精神統一すら行う。
必ずや、己の生みの親を討ち、謀反の機運を絶つ。それだけの気概を抱ける武士が、この家に、否、天下にどれほどいるだろうか、という話だ。とはいえ、生き残るつもりが毛頭ないところは些かと将器に疵があるというしかないが。
「全く。我々将は、先ず生き残る算段を立てねばならないというに」
その辺りは、やはり経験の浅さからくるものだろう。
如何に敵陣の最中にての暗殺だとしても、生き残る目は幾らでもある。それこそ、自分がいるならば、その場に集う者共を蹴散らして、その場から逃げる程度は叶うだろう、と勝家は自負している。
その辺りは、上手い事、その場を切り抜けてから話せばいいだろう、と勝家は思っている。秀隆は、自分の主君である信勝の弟。もしみすみす死なせた等と言ったら、お叱りでは到底済まないだろうし。
同じ織田家に仕える者同士、助けようと思うのも当然ある。
「さて……」
最近は、城周りの賊の討伐、周辺国との小競り合いばかり。些かに剛剣を持て余していた所である。自分の剣を十分に震える時だ。
若者に倣って、改めて自分も己の剣を見つめ直すのも悪くないだろう。腰を上げながら肩など回し……
「――おい」
「ん? ……おや、信勝様」
噂をすれば、という訳でもないが。
秀隆の兄で、勝家の主君……織田信勝が、目線の先に立っていた。思い出す。そういえば自分で様子を見に行く等と、口にしていたのを。
どうやら本当に様子を見に来たらしく、こちらにのしのし近寄ってきているのが見える。
「秀隆様のご様子を見にいらっしゃったのですか? 秀隆様は先ほど向こうに……」
「何を隠してる?」
しかし。
勝家が何かを口にする前にぬぅ、と信勝が顔を近づけてくる。
虚を突かれ、一瞬ぎょっとなってしまう。話を聞いていたのか、と。とはいえ、話している内容を考えて、聞いていたとしても肝心肝要な部分が分かる事はないだろう。
となれば。あまりこういう口車が得意でもない自分でも、ごまかせるだろう、と。
「あぁ、秀隆様と話していた件ですな? ははは、アレは最近秀隆様に下った任の――」
「そういうのはいいんだよ。権六」
しかし。口にする言葉を狩るかのように、勝家の言葉に信勝は強く言葉を差し込んでくる。こちらを見る瞳は、少し、暗いようにも見える。
「そういうのと言われましても……」
「
何かを口にする前に、さらにもう一歩。
思わずして、たじろいでしまう。こちらの目をじっと見て口にする言葉には、間違いなく確信の色が混ざっていた。
思わずして一歩下がってしまう。
その下がった一瞬。
ストン、と全ての表情が、落ちた。
だが……勝家が、その直後にもう一歩、下がったのは。その無表情が原因ではない。
まるで能面の如く表情が変わった、というのに。
「――っ!?」
「秀隆が変な顔してた。覚悟決めたような顔してたんだよ。あんな顔してるのは僕は見たことがない。アイツの事はよく知ってるけど、それでも見たことがない顔だ。アイツがあんな顔をするなんて限られてる僕でも姉上でもないなら……母上だ。そうだろ?」
勝家の目を覗き込むその目だけが。赤の色がごぽりと濁ったのだ。
赤に、どす黒い墨の一滴が混ざるように。こちらを見ているようで、信勝は今、何処を見ているのか、さっぱりと分からない程に。
全ての光を飲み込むような、どす黒い紅から、目をそらしたいのに。
目をそらせば、自分の腹に小刀の一本でも突き刺さっていそうな。そんな悪寒が、背筋に走っている。
異様だ。ここは敵地でも、戦場の真ん中でもない。見慣れた城の一部分に過ぎないというのに。ましてや、相手は自分の君主。武芸が得意という訳でもないはずの男だ。それでも尚、勝家は下がらされている。
本能がおぞましい何かを目の前の少年から感じてしまっているのだ。
「権六。言え。喜六郎は何を企んでる? 母上をどうするつもりだ?」
「たっ! 企んでるなど」
「あいつは弟だ。僕の弟だ。弟の癖にしなくてもいい苦労をしようとするんだ。何もしなくていいって言ったのに。僕が何とかしてやるって言ったのに。アイツは変に真面目だから、自分で何とかしようとするんだ。しょうがない奴なんだ」
信勝は、何も知らないはずだ。何も知らないのに、ここまで疑いの目を向けるなど、無礼と取られても仕方ないはずだろうに、恐ろしいのは躊躇わないことだ。
戦場において最後の一歩の踏み込みを躊躇う者は、その一瞬の思考の隙を突かれ、あっさりと死ぬ。猪武者は死にやすいが、しかし。最後の一歩を踏み出せないものは、その舞台にすら出られない。
しかし信勝はそうではない。
猪武者ですら、敵の最も厚い所に何も考えず突っ込みはしないだろう。
信勝は……今、本来最も分厚い中心に、まるで唐突に表れ、そして踏み込んでくるのである。亡霊の如く。
あり得ない事が、全く不可解に起きる。人は理解できない者を恐れるというが、勝家の目の前には理解しえぬ存在そのものが立っていた。
「ああ――でもそうか。もう、消えても構わない、みたいな目をしてたし。死ぬ覚悟でもしてるのかなぁ……母上を相手に死ぬ覚悟って……?」
ゆらりゆらりと揺れながら、信勝は、一歩一歩、暗闇の中にある筈の見えない事実に擦り寄るように近づいていくのだ。
「――あぁ、そっかそっかぁ」
そして。
辿り着いたことを示すかのように。能面の如く、全く動かず固まっていた信勝の表情は、どろりと溶けて、笑顔へと流れ、目はギラギラと輝きだす。
勝家の目の前で、信勝はそっと、答えに触れたのだ。
「喜六郎は、母上と刺し違えるつもりなんだなぁ?」
「ぐぅ……っ!?」
「……」
勝家は、信勝に
恐ろしかったのだ。
蛇の如く、真相に近寄ってくる彼が、恐ろしかったのだ。
そして。全てを察して……『姉にとって邪魔な輩をまとめて始末出来る』と笑った信勝の、その狂気が恐ろしかったのだ。
「――勝家ェ……っ! そこを退けッ!」
「できませぬ」
「ならば……押し通らせてもらう!」
目の前で、烈火の如く怒り狂う秀隆を見ても尚、心を落ち着かせられるのは。信勝の命に従う事が、楽だったから。彼に逆らうのが、恐ろしかったから。こちらも、己の刀を抜き放つ。
簡単な話だ。
この後、信勝様は、『反旗を翻すのはまだ早い。織田家の中の反乱分子を出来るだけ集めてから反旗を翻すべきだ』と集まった諸将を煽る。
そうして、織田家の獅子身中の虫をすべてかき集め、まとめて信長に始末させる算段を立てる。それまで、彼を抑えればいい。
「参られよ……!」
「応ッ!!」
これが終わった後。自分がどうなるのか。
そこから、必死になって目をそらしながら。
信勝君に関しては某BASARAのお市の方を参考にしてる部分があって虚無る